別設定の千と千尋の神隠し

第2部おまけ・蛇足編

 

1・クロスオーバー

 

「愚かなものだね。」

銭婆はカラカラと糸車を回しながら嘆息する。

「ア・・・ア・・・」

「男なんてもんはほっとくと

簡単に闇に落ちてしまう。」

隣に腰かけ綿(わた)を

ほぐしていたカオナシが

首を竦めるようにして小さくなる。

「・・・ア・・・」

「あんたにも身に覚えが

ありすぎるほどあるだろう。」

鼻眼鏡の上からじろりと睨んだ銭婆は

ふんと鼻をならした。

カラカラカラカラ・・・

糸車の音だけが暖炉の炎に

照らされている素朴な部屋に響く。

カラカラカラカラ・・・

それきり黙ってしまった銭婆に、しばらく

様子を窺っていたカオナシも

手元に視線を戻し、与えられた仕事に

もう一度没頭していった。

カラ・・・

真夜中、ようやく止まった音に

カオナシは顔をあげる。

疲れたように眉間を擦っていた銭婆は

カオナシの視線に首をグルリとまわした。

「かわいそうだけれど・・・」

「ア・・・ア・・・」

「あの子に人身御供になってもらうしかない。」

「ア・・・ア・・・」

抗議をするように高められた声に反論するように

銭婆はきっと視線を強めた。

「仮にも弟子だった男のこと。

このまま放ってもおけないだろう。」

「第一に、」

自分に言い聞かせるように

言葉を切った銭婆は指を折る。

「河を取り戻そうともあれはもはや

神とは言えないモノと成り果てる。」

もう一本ゆっくりと指を折りまげる。

「第二に、そんな男の元にあの子はやれない。」

そうして、殊更ゆっくりと言葉を紡いだ。

「第三に、いくら私が阻止しようとしても魔王になった

あの愚か者は千尋さえも闇に落とすだろう。」

ゆっくりと頷きながら銭婆は

カオナシに視線を戻す。

「千尋自身が望んだとしてもそんなことは許さない。」

そういうと、いきなりバンと大きく机を叩いた。

「まったく、バカな男。人間に敬われ信仰されてこそ

神と呼ばれるものを。いくら力があってもあれでは

物の怪と変わりがない。」

あれほど、あの子をお守りと言ったのに。

銭婆の怒りに同調するように

暖炉の炎が激しく燃え上がった。

「魔王の花嫁となるより、しがない魔法使いの

妻となったほうが千倍もましというもの。」

そうだろう!?

竦みあがっているカオナシに指を突きつけた

銭婆は有無を言わさぬ迫力で宣言した。

「千尋を呼び戻し、あれを鎮めさせます。

元々当に消え去っていたはずの命を救ったのは

千尋自身。あの子にも責任を負うてもらいましょう。」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「・・・あ、あの、はく。」

「何?」

蕩けそうなほど優しく低められた声が

耳元を掠める。

「もう逆上せちゃいそうなのだけど・・・」

「それは大変だ。」

ザァッ

同時にお姫様抱っこで抱き上げられてしまった

千尋は、恥ずかしさに手足を縮める。

「あ、下ろして、自分で歩けるから。」

「だめ、足の怪我の手当てをしなければ。」

「あ・・・」

「忘れていた?」

とたんにずきずきと疼き始める傷に

千尋は顔を顰める。

「無茶をして。」

千尋よりも痛そうに顔を歪めた竜の腕の中で

千尋はほふっとため息を吐き出すとそっと微笑んだ。

 

 

「神鎮めの舞?」

手渡された鈴は見かけよりも重くて

千尋は右腕にぐっと力を入れると

シャン、と音を出してみる。

銭婆は音の余韻を味わうように

耳を傾けるとゆっくりと頷く。

「本来なら処女(おとめ)が舞うものと

決まっているけれどその音ならば大丈夫だろ。

それであのばか竜の目を覚まさせておやり。」

「・・・私にできるかしら・・・」

「お前さんにできなければ誰にもできないよ。」

ただし・・・

「仮にも神であったあれ自身が作り出した闇だ。

そこから救い出そうというのなら、

身を捨てる覚悟をすることだね。」

真剣な顔で眉を寄せている千尋に

銭婆は魔女としての冷酷な視線を向ける。

「・・・それでもダメだったら・・・?・・・」

「お前さんが命を賭してもダメだというのなら

もはやあれには救いようがないよ。

人の世を巻き込んで、理を逆巻きにして、

何もかもをも闇に沈める魔王が

誕生することになるだけさね。」

 

 

「・・・よかった・・・」

温かい胸の中。

ことりことりとゆっくりと刻む鼓動を聞きながら

千尋は滲む涙を零すまいと目を閉じる。

あの北の森で神隠しに遭いかけたあの時と同じく

身も心も、その魂さえも委ねられる安寧を

己自身の手で取り戻すことができたのだ、と。

ゆらりゆらりと心地よいリズムに身体を

浸しながら、手のひらを胸に当て

ひたりと身体を摺り寄せていった。

 

 

「・・・魔王?・・・どうして?・・・」

呆然と呟いた千尋に銭婆は容赦なく言葉を連ねる。

「もともとその素養があったとはいえ

お前さんがあれの傍から離れたとたんに、

この始末さね。まったく情けない。」

「万が一。」

「いいかい、万が一だよ。あれが完全に

闇に落ちきってしまったとしたら。」

「・・・したら?・・・」

銭婆の迫力に千尋はごくりと喉を鳴らす。

人間は言わんや

「あれは神々にとっても私たちにとっても

滅すべき存在となる。」

「銭婆お婆ちゃん!」

 

 

ふわりと体が浮き上がり何か

柔らかいものの上にそっと寝かせられる。

瞳を閉じたまま真上から注がれる慈愛に満ちた

眼差しを全身で感じながら、千尋は微笑んだ。

「はく。」

「待って千尋。まず足の手当てが先。」

ぽわっ

足先に温かな熱が灯る。

とたんに絶えず疼いていた痛みが止まって

千尋はそっと目を開けた。

足元に跪き真剣な顔をして足裏の見ていた

竜が視線に気付いたように顔をあげる。

絡め取るような視線に呼吸さえも止まった一瞬。

竜の恋人はふっと笑うとそのまま唇をよせ

足の裏に舌を這わせた。

「はくっ!!」

「はく、やめて。ヤッ、汚いよ。」

反射的に引き寄せようとした足は思いがけないほどの

力で押さえつけられていて、千尋は熱い舌の感触に

羞恥のあまりに涙を浮かべる。

「表面は塞いだけれど。」

「思ったより深く切れていたから

当分は歩いてはいけないよ。」

手当てをしていただけだよ、とばかりににっと笑う

恋人は、絶対に確信犯で千尋はむっと眉を顰める。

「もう!」

くすりと笑った恋人はそのままふわっと覆いかぶさってきて。

そうしてふっと真顔になると静かな声で囁いた。

「・・・いいの?・・・」

「ばかっ!ダメに決まっているじゃない。」

訊かれた意味は充分すぎるほど理解しているけれど

千尋はわざと違う答えを返してやる。

「え〜っそんな〜。」

情けない声を上げる恋人もそんな千尋の心情に

ふっとその瞳に柔らかい光を載せて。

 

イイノ?

モウニドトカエレナイヨ・・・

バカッ!

ソンナコトワカッテイルワヨ!

イイノ?

コウコウヲソツギョウシタカッタノダロ?

ゴリョウシンハ?

トモダチハ?

バカバカバカ!

ワタシハアナタヲエランダノ!

 

「絶対ダメ。そういうことはきちんと結婚式を挙げてから。」

「この体制でそれを言うの?」

「あったりまえでしょ。はくが言ったんじゃない。」

ふわふわとした布団の上で

生まれたままの姿でじゃれあっている二人。

心を真から添わせあい

きらきらと

白く輝く光に包まれていく。

 

そうして・・・

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

カラカラカラカラ・・・

沼の底にある魔女の家から軽快な音が響いてくる。

ふんふんと鼻歌を歌っている銭婆を

呆れたような目で眺めていたカオナシは

目の前につまれた綿に視線を向ける。

カラカラカラカラ・・・

「楽しみだねえ。」

魔女の言葉に手を休めないまま耳を傾ける。

「あの子の作るチキンのマスタード焼きは絶品さね。」

カラカラという糸車の音にふんふんふんと

鼻歌交じりの独り言が被さる。

「花嫁修業。」

「そうだ、花嫁修業という口実がいいね。」

あの竜にそう簡単に渡してやるもんかね。

ふんふんふんと、それはそれは楽しそうな

魔女の鼻歌に、カオナシはフルフルと頭を振ると

竜の魔法使いをほんのちょっぴり気の毒に

思ったりしたのであった。

 

 

 

おしまい

 

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蛇足です、蛇足。

でも書きたかったのん。

はく様お預けわんわんの巻き。

そこまで行って

お預けはないだろお預けは。

と思われるそこのあなた。

友林は

三島由紀夫の「潮騒」にある

あのお預けシーンが

大好きだったりするのです。

(うふっ)

 

別設定完成!と声を上げてから

たくさんのメールやコメントを頂き

感謝感激です。

一つ一つじっくりとかみ締めながら

読ませていただいています。

感激の余り浮き上がった勢いで

夫婦編突入の予感。(てへっ)