別設定お遊び部屋・第2部恋人編

その2・ 「まるで写真に切り取られたような」 

(拍手用小話14を加筆修正したものです)

 

 

正月3が日が明けてすぐの、国際空港は

どこか浮ついた雰囲気が流れている。

冬休みを海外で過ごしたり、あるいはこれから出かけていくらしい、

うきうきと明るい顔の人々の群れの中、まだ、うら若い少女は、

飛行機の発着が見える大きな窓から、

たった今飛び立っていった

アメリカ行きの日航機に小さく手を振った。

そうして、くるっと振り返ると、ロビーの椅子に崩れ落ちたのだ。

 

疲れた〜

 

『新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。』

ピ〜ンという時報を弾いた瞬間、

テレビから流れるそんな言葉を聞きながら、

大晦日から元旦の明け方近くまで続いた言い争いは、

結局は母が折れる形で決着がついた。

もっとも、向こうの新学期が始まる

今年の秋までの期間限定ではあるが、

とりあえず千尋が日本に残りこのまま一人家を守りながら

高校に通うことをしぶしぶながら認めさせたのだ。

母親の理路整然とした説得や、

親の権力を振りかざした脅しや

情への訴えかけなどをことごとく退けて、

最後まで自分の意を主張し続けるのは

けっこうな気力が必要で、今年1年間に使うべき

それを使い果たしてしまったような気がする。

千尋は深くため息をつくと、椅子の背もたれにごてんと寄りかかった。

目の前を忙しなく行き来するたくさんの旅人たちを

見るともなく見ながらぼんやりしていると

突然、視界を白いものが横切った。

「お疲れ様。」

いつの間に来たのか、オフホワイトのセーターに

黒のスラックスを身につけモスグリーンのマフラーを巻いた

青年が左手に持っていた紙コップを差し出してくる。

千尋はチラッと笑うと体を起こした。

「ありがと。」

この青年がこうして突然姿を現すのはいつものことで、

千尋は素直に手を伸ばすとカップを受け取る。

「・・・暖かい。」

疲れた体に甘く暖かいココアが染み入るようで、

千尋はふと顔を上げると、隣の席をポンとたたいた。

それに嬉々として隣に座った青年は、

千尋がふぅ〜っと息を吹いて冷ましながら

少しずつココアを飲むのを見守る。

ざわざわと浮かれているターミナルのなか、

不思議とその2人の周囲の椅子は空いたままで、

まるで、その一角だけ別の色で

塗られているような、

静かな時間が流れていく。

「親不孝しちゃったな。」

中身を飲み終わって暖かさが無くなったはずの

紙コップを、まるで暖を取るかのように

両手で抱えたまま千尋はポツリと呟く。

「・・・後悔している?」

琥珀の静かな問いに僅かなしぐさで首を横に振る。

「そう。」

嬉しそうに笑んだ青年は、すっと立ち上がり

見上げる千尋を覗き込んだ。

「帰ろうか?」

「うん。」

差し出された手を素直に取ると、千尋も立ち上がる。

「千尋。」

振り仰いだ先には翡翠の瞳があって

千尋は小さく息を呑んだ。

そうして

じっと注がれている強く熱い視線が

鎖のように動きを封じ込めてしまう。

ざわざわした周りの音が一瞬で消え去り、

見えるのは互いの瞳だけ。

「あ・・・」

と、長い黒髪をさらりと流して、まるで

神のように美しい顔が近づいてくる。

それに僅かに目を見張り、

そうして自然に瞼を瞑ってしまうと

感じられるのは唇に落ちた

柔らかい温もりだけで。

「あ・・・」

次に気付いたときには、その温もりを与えた青年が

心配そうな眼差しで千尋を見おろしていて、

千尋は、そっと右手の指を唇に当てる。

「・・・いやだった?」

青年の問いに僅かに首を横に振ると、

次の瞬間我に返ったように

頬をボボッと赤く染めて俯いたのだった。

 

そうして、まるで初めてのキスのように

初々しい反応を見せる千尋に

青年は、己の唇をかみ締める。

 

そう、これは、そなたとの初めての口付け。

あの時、何度も貪ってしまったものとは、

まったく異なる意味を持つ口付け。

 

心のうちに湧き上がる、その幸福な思いの

桁違いの強さをかみ締めて。

 

・・・・そなたが愛おしい。

愛おし過ぎて・・・

ああ、千尋。

今度こそそなたを大切にする。

そなたの想いを、そなたの成長を

大切に見守ってみせる。

だから、千尋、どうか、私を・・・・

 

祈るように一瞬強く瞑った瞳を開くと青年は手を差し出す。

「千尋。」

「はく。」

おずおずと重ねられた小さな手を握ると青年は強く頷いた。

そうして、2人は手をつなぎ連れ立って、

ゆっくりと歩きはじめたのだ。

新しい年にふさわしい、

光に満ちた世界へ向かって。

 

 

おしまい

 

別設定目次へ

 

 

 

 

はくってば、心配でしょうがなかったんだねえ。

この程度なら許してやるか。

って少しは人目を気にしろっつうの。

ちーちゃん、こんなやつでほんとにいいのか?

いや、いいんならいいんだけどさ。