「それは、まぎれもなく幸福なひと時で」

(小話その21自火の夢おまけ話。拍手用小話17で公開済み)

 

甘やかな吐息が、桜色の唇からもれる。

それは、ほとんど無音に近い、透明な静けさに

満ちる空間に波紋のように広がっていって。

僅かに震える瞼が、ほんの少し帳を開き微かな光が覗く。

「千尋、目覚めたの?」

「・・は・・く・・・」

千尋は、気だるげに瞬きを繰り返す。

「うん。体が辛い?もう少し夢に飛んでいたほうがよいよ。」

「・・・へ・・・ぃ・・き・・・」

「我慢しないで。心配しなくてもわたしは、そなたの傍にいる。」

ゆっくりと繰り返される瞬きの間にも視線が絡み合い、

千尋は手を上げてはくに触れようとするが、

まるで体が水を含んだ綿のようで、

小さくため息をついた。

「・・・ぁ・・・く・・・」

「うん。」

琥珀主は千尋の手を取るとそっと口付ける。

そうして、しばらく自身の頬に

押し当てるように触れさせた後、

そっとおろした。

じっと見つめてくる千尋に、名残惜しげに囁く。

「眠って。」

琥珀主は愛おしそうに、千尋の頬に手を当てると、

そのまま指を伸ばし瞼に触れる。

反射的に閉じられた瞼は、開こうとする意思を飲み込んで

千尋は夫の指の心地よさにほんのりと笑んだ。

「・・・く・・」

「何、千尋?」

「・・・と・・も・・きれ・・・ぃだっ・・の・・」

とぎれとぎれにそれでも伝えようとする

言の葉に琥珀主も静かに笑む。

「そう。良い夢をみたのだね。」

「・・・な・・が・・さいて・・い・・・て・・・・」

今にも眠りの淵に落ちそうな千尋の唇が

かすかに動き続ける。

「うん。」

「・・・ぁ・・・か・・ちゃ・・・が・・・わら・・・って・・た・・・」

瞬間、千尋の眉がよせられ、今までとは

顕かに異なる呻き声が唇からもれていく。

「千尋!千尋、苦しいのか?もうよいから眠りなさい。」

「・・・へ・・ぃ・・き・・・」

「いいから、もう黙って。」

琥珀主は、久しぶりに聞けた千尋の声を

ふさぐかのように唇を合わせ、

ばむようにそっと舌を這わせると

少しでも苦痛を吸い取ろうとする。

「お眠り。もう一度。」

「・・・ん・・・」

苦痛の波が過ぎたのか、

千尋から苦悶の表情が消えて、

かすかに唇の端が上げられた。

「・・・は・・・く・・・だ・・す・・・き・・・」

そうして、深く息をつぐと、

再び夢の世界に飛んでいったのだ。

 

「千尋。」

琥珀主は切なげに囁くと立ち上がり、

千尋を覆うように体を屈める。

千尋の顔にかかる柔らかな髪をそっとかきあげると、

額にそっと口付けを落とした。

と、千尋の額は瞬間的に銀の光を放ち、

そのまま体に沁みこむように消えていく。

琥珀主は、その様をほんの少し目を細めて見守る。

そうして、満足げにふっと笑むと

額、唇、喉、鳩尾と、上から下へ正中線にそって

ゆっくりと唇を押し当てていった。

琥珀主は少しずつ、少しずつ千尋の体に

力を注ぐと、再びその傍らに腰を下ろす。

視線の先には愛おしい妻がいて。

深い眠りについているその頬には、

幸せそうな笑みが浮かんでいる。

「わたしも、愛しているよ。」

琥珀主は頬を包むように手をそえ、囁く。

時がすぎるごとに細胞が新しく生まれ変わるがごとく

少しずつ変わっていく妻を見守る瞳は、熱く切なく、

しかし幸せとしかいいようのない色に染まっていて。

「愛している。」

そうして、今度は想いを伝えるために、そっと

桜色に色づく唇に、口付けを落としたのだった。

 

 

おしまい

 

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ちーちゃん、今回は空の御方の所でも訪ねたのかな。

さっきと違い、微笑んで目覚められてよかったよかった。

 

んでもって、

世界は二人のために〜とばかりに

お篭りの間中、やつらはこんなふうにいちゃついているのだ。

龍穴の外の世界をすっかり忘れ去ったような龍神様の頭を

ハリセンで思いっきりどつきたいのは、いつも修羅場中の作者だけ?