龍神シリーズ・小話集

10、もうひとつのターニングポイントより

おまけ 

「ある挑戦者」(拍手用小話2を加筆修正)

 

「だから、そんなにぐずぐず言っているのなら

既成事実を作ってしまえばよろしいのよ。」

「きゃ〜。蜘紗(ちしゃ)様ってば、だいた〜ん。」

神在月の出雲の集いで、なにやら小難しい話し合い

の休憩中、とある地方の地護神の中でも、

女主ばかり集まってなにやら姦しく盛り上がっている。

ちょうど近くを通りかかった大天狗は、

やばい 

とばかりに方向転換した。

が、目ざとい蛇女神は、そんな動きを見逃さず 

にっと笑うとその後姿に声をかける。

「古峰様。お逃げにならないで。」

とたんに、様々な姿態の女神達に囲まれてしまい、

内心で冷汗をかいている古峰山の主は

すっとぼけた笑みを浮かべた。

中心にいる艶やかな蛇女神が

口火を切る。

「鎮守の森の若い龍神は、古峰様の古い

お知り合いとか。わたくしを紹介してくださいませ。」

・・・やはり、な。

「あ〜。かの龍は まだ仮主で

神ともいえないはずなのだが。」

古峰主の応えにピキッと でこマークを浮かべた

蜘紗神は、凄艶な笑みを浮かべてみせる。

「だからこその申し出でしてよ。さっさと、秋津島での

拠り所を作ってしまえば、仮の主などと

中途半端な立場で居なくても済むではありませんの。」

くだらない話し合いは飽きましてよ。

それほど、あの龍を我らの理に組み入れたい

のならば 行動をおこすべきではないかしら。

他の女神たちも、きゃっきゃ、きゃっきゃと、囃し立てた。

「そうですわ。蜘紗様、ご自身からのお申し出ですもの。」

「まだ、お若い龍のご真情を汲み取って差し上げなくては。」

「枕を交わしたいなどと ご自身から

言い出せないのに違いありませんわ。」

「きゃ〜。またまた大胆なご発言。」

無責任な女神たちの言に古峰主は、ため息をついた。

そうして、額に手をあて項垂れる。

 

まったく、いくら退屈だからといって 

かの龍で遊ぼうなどと あとが怖いではないか。

まあ、女神達の興奮も分からないではないが。

ここ幾久しく新たな神の誕生を見ていないうえに、

飛び切りの血筋と容姿ときては

胸を騒がすのも無理はないというもの。

 

何とかその場をごまかした古峰主は、

なにやら悶着が起こりそうな気配を感じる。

「古峰様。」

他の女神が立ち去ったあとも、一人残った

蛇女神は古峰主に追いすがってきた。

「蜘紗殿。なぜそこまでかの龍に拘られるのか?」

典雅な女神らしくはない焦ったような行動に

首を傾げていると、女神の意味ありげな

笑みに、ふと目が止まった。

ああ、たしか、この蛇女神と竜泉殿には 

一時期 誼を結んだという噂があったのだった。

古峰主は深くため息をついた。

「かの若龍は、当て馬にするには相応しくない。

竜泉殿への当てつけならば、他のものを

探された方がよろしかろう。」

大天狗の率直な物言いに機嫌を

悪くした風もなく蛇女神は微笑んだ。

「当て馬などと。心に住まうものがある龍を

振り向かせるなど愚の骨頂。

まだ、若い龍ならばもしかしたら、

本命になれるやもしれぬではありませんか。」

伴侶を求める気持ちは龍でなくても

持っているもの。戯れの恋は

飽きてしまいましたもの。

・・・女が率直に気持ちを表した時ほど

怖いものはない。

古峰主は、さすがに年の功からか、

無用のトラブルを避けるため

下手なごまかしを言うよりも

真実を明かす方を選んだ。

「あ〜。いや、言いにくいのだが、かの若者も

すでに執着するのもがいるらしいと、

翁殿が おっしゃっておられた。」

「・・・・」

とたんに不機嫌になった蛇女神は、蛇が威嚇するような

ため息をを一つはくと つんと顎をあげて去って行った。

その後姿をみおくりながら、大天狗は考える。

 

本来、戯れの恋など出来そうもない若龍が

その意中の女性(にょしょう)を手に入れる

ことなど、できるのだろうか。ましてや、

相手はあの時の贄(にえ)だった人間だとか。

まさか、贄に取らなんだ理由が恋情ゆえだとは

考えもせず。しかして、こうまでの執着を

他の女神に目を向けさせることで

諦めさせることなどできようはずもない。

話し合いの中で似たような意見が

出たときも 笑い飛ばしてしまったのだが。

 

『おそらく、噂はあっという間に広がるであろうな。

命には申しわけなかったが、かえって

これでおかしな悶着はなくなったもの

としてお許しいただこうか。』

苦労性の古峰主は肩を竦めると、まだ童神の頃に

分かれたきりの若者に思いを馳せた。

 

古峰主の思いやりの甲斐もなく、標の森に

押しかけていく女神たちは引きもきらず

いたようなのだが、誰一人として、

若龍の視界にはいったものはいなかったとか。

そうして、龍穴に封印されていたこの龍の

眠りを覚ますことができたのは、

やはり、かの人間の娘であったということだ。

 

おしまい

 

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