龍神シリーズ小話集

15・その手の中のぬくもりを・・・おまけ

(拍手用小話4「あかちゃんのお話」を加筆修正したもの)

 

かわいい。なんて小さいの。

生まれてひと月にも満たない小さな小さな赤ん坊をみながら

千尋は目をうるうるさせていた。そんな千尋にリンは、得意げに話し掛ける。

「な、かーいーだろ。沙良っつうんだ。ちょっと、お前ににているだろ。」

「えっ?そうかな。」

「そうだよ。なんつうか、持っているカラーがすごくよくにている。」

「?」

リンは不思議そうな千尋を見て、にこっとした。

それは、けっして「ハク様」の前では見せる事がないであろう、

慈しみ溢れたまさに女神の微笑で。千尋はそんなリンに思わず見とれる。

と、次の瞬間にはいつもの強気なリンがいた。

「こいつの婿は、信也に決めているんだ。せんも協力してくれ。」

そんなリンの言葉に、千尋は思わず笑い出した。

「リンさんったら。お婿さんのことを考えるのはまだ早いんじゃない?」

まるで、親ばかみたい。

「そうかな?でもよ運命っつうもんもあるし、お前だって

3つの時にはもう、『ハク様』に目をつけられていただろ。」

真っ赤になった千尋をみてにやっと笑うと、リンは誕生してから

ひと月も満たない赤ん坊を胸に抱き上げるとくるりと回る。

いつもご機嫌な赤ん坊は、自分の守護神を信じきっているのだろう。

まだすわっていない首をリンの胸にもたれかからせて うとうとしだして。

そんな2人に千尋まで自然と笑顔になってしまう。

「俺、こいつが幸せになるためならなんでもしてやるつもりなんだ。」

しみじみとしたリンの声は固い決意に満ちていて、千尋もこくん、と頷く。

「うん、リンさん。わたしにできることがあったらお手伝いするね。」

「ああ、頼りにしている。」

そういうと、リンは柔らかい布団に胸の中の宝物をそっと寝かしつけた。

 

「ほんと、リンさん自分の子どもみたいね。」

リンが祀られている社の内に戻りながら感慨深げに話し掛けてくる千尋に、

リンは口笛でも吹くような上機嫌さで答える。

「そうかもな?まあ、屋敷守の神にとって自分の守護するやつは、みんな

自分の子のようなもんだからさ。もっとも、今のこの家の当主はげろげろだけどよ。

そのぶん、沙良がかわいくってな。ま、過保護に見えるだろうけど、

せんも自分の子ができたらわかるよ。」

「へ?」

リンは、きょとんとしている千尋の額を指でつっつく。

「なんだよ、その考えた事もねえっつう顔は。」

額を押さえながら、千尋は小さく瞳を揺らす。

「え、でも、だって。」

そんな千尋に気付かないまま、リンは明るい声で続けた。

「まあ、時間はいくらでもあるからな。まだ新婚のつもりでいるうちは

『ハク様』に、その気がないんだろうけどよ。」

もう、契ってから20年近くになるっつうのにオアツイこって。

にゃはは、と笑いながらのリンのからかいに、千尋は困惑する。

そうして、しばらくの沈黙のあと、

「わたしも、はくの赤ちゃん、産めるのかな。」

ぽつりと呟く千尋に、リンは呆れかえった。

「あったりまえだろ。『ハク様』にあれだけ愛されてるくせに。何言ってやがる。」

「で、でも、ほらわたしはくの つ、妻になってもうすぐ20年に

なるのにできないから。無理なのかなって。」

俯いてそんなことを言い出した千尋に驚いたように目を見張ったリンは ついで、わなわな震えだした。

「ハクの野郎。せんになんも説明していないのか。可愛そうに、

お前かなり辛い思いをしてきたんじゃないのか?」

そういうと、千尋を思いっきり抱きしめる。

「ちょっ、リンさん。」

突然のリンの行動に慌てたように体を固くしている千尋を宥めるように、背中をポンポンと叩くと、

傍らの椅子に座らせ、その両手を握り締めてやった。

「大丈夫だよ。あのな、神が子を作るときっつうのは、そのつもりで、作るんだよ。」

「え?」

「お前らみたいに相愛な夫婦は、子を望めばすぐできる。出来ないっつうのは要するに、

はくの野郎にその気がないんだろ。お前のせいじゃないからな。」

じっと目を見ながら、囁くように言い聞かせているリンの言葉に固まった千尋は、

「じゃ、はくが欲しくないっていうことなのかな?」

小さく震える声で聞いてくる。そんな千尋に一瞬だまったリンは、大きな声で続けた。

「さっきもいったろ。要するにやつはまだガキで、お前を子に取られたくないんだろうさ。

どうしても欲しければ自分から言ってみな。そうすりゃ、やつも腹をくくるかもしれないぜ。」

そんな、リンに千尋は首を振った。

「・・・はくが望まないなら。」

そう言って小さく笑う千尋に、リンはなんともいえない複雑な顔を返す。

 

欲しいくせに。ほんと、けなげなやつだぜ。

でもよ、もっとわがまま言ってもいいんじゃないのか。

言おうと思ったことを、首を振って飲みこむと、リンはため息をついた。

俺が口出すことじゃないか。せんのこんな想い、ハクの野郎 ちゃんと、分かっているんだろうな。

 

「まあな。あ〜あ、俺が男だったらハクの野郎からお前を奪い取ってさっさと、子作りするんだけどな。」

「リンさん!!」

顔を赤くして悲鳴をあげる千尋に、同じくらい、大きな笑い声をあげると、

そのまま握り締めていた手を離し、ウインクする。

「さっ、邪魔が入らないうちにうんと駄弁ろうぜ。お前とゆっくり話をするの久しぶりだもんな。」

シリアスな話を冗談に紛らわせてくれたリンに、心のうちで感謝しながら千尋は大きく頷いた。

 

そんな千尋の本当の望みが適うのはまだ、はるか先のことである。

 

おしまい

 

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時系列でいうと、小話5の直ぐ後くらいの出来事。

小話15までは、いったいどのくらいの時間が流れているのかは

沙良ちゃんの子がもう小学生ということで、推し量ってチョ。

それにしても、はく様、リンさんに読まれたまんま、

いまだに成長がないって、あんた男としてどうよ。

まじ、リンさんが男だったらちーちゃん奪われていたかも・・・

そんな男前なリンさんがはく様に対して一言物申した場面を読みたい方は

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ある酒席にて

 

「なんだよ、せん。もうつぶれたのか。」

お前、このうわばみの比売神を張っているくせに相変わらず酒に弱いのな。

ふらっと倒れかかった千尋の体を抱きとめるとリンはからかいながらも、

そっと自分の膝に頭をのせて寝かせてやった。一瞬の差で千尋の

介抱の手を奪われた龍神は苦々しげにその様子を見ると、お開きだとばかりに

席を立とうとしたが、どうやら客たる稲荷神一族の一人は、

そのつもりは無いらしく、親友の髪に指を入れると、そっと梳き始めた。

「おいおい、こういう うとうとしている状態が気持ちいいんじゃないか?」

起こすなんてカワイソウなことするんじゃねえよ。

千尋を奪い返そうとした琥珀主を牽制すると、おいてあった杯をぐっと干す。

「うん、やっぱうまいな。あんたんとこの神酒は。」

「・・・秋の祭り用に千尋が醸したものだ。」

同じように杯を干した龍神は、珍しく千尋をリンに預けたまま

様子を見ることにしたらしい。何しろ、リンの言うとおりあまりにも

幸せそうな顔で寝ているのだ。琥珀たちが飲んでいるものとは異なる

やはり自分手作りの甘い果実酒を飲んだせいでほんのり

染まっている頬も艶かしいというよりは可愛らしくて。

リンに膝枕をされて寝入っている様はリンの言うように比売神というよりは、

成人前の少女そのもので、琥珀主も思わず微笑んで悋気をおさめたようだ。

そんな千尋を同じような思いを抱いて見ていたリンは、視線をつとあげ

この少女の夫を横目で見る。そうして、控えている眷属が再び注いだ杯を一気に

干すと、以前から言いたくて仕方が無かったことをとうとう口にした。

「あんたさ、千尋をいつまでこのままにしておくつもりさ。」

「・・・このまま、とは?」

「とぼけんなっつうの。」

龍神に向かい誰も口にしたことのない、そう千尋でさえ夫に確かめたことの無い極めて

デリケートな問題を言い出すことができるのは、やはりリンをおいて他に無いのかもしれない。

「あんた、子が欲しくないのか?」

そんなリンに目を眇めると龍神は由良に向かって杯を差し出す。

「・・・・・」

リンももう一献同じように酒を干すと、とうとう言うつもりのなかったことを突き付けた。

「言っておくけどな、千尋知ってるぜ。」

「何を・・・・?」

「子ができないのはあんたが欲しくないせいだってことをさ。」

「なっ・・・・」

僅かに狼狽の色を載せる龍神に鼻をならすと、手の中の杯に視線を据えながら話し出す。

あのさあ、新波の家に沙良が生まれた時に、千尋に聞かれたぜ。

自分でも、あんたの赤ん坊を生めるのかって。

だから、きちんと神としての性教育をしてやったのさ。

「千尋はなんも言わないんだろうけど、欲しがってるぜ。

新波の家に新しい子供が生まれるたびに大喜びする様を

みれば、一目瞭然だろ。なんで、子を授けてやらないんだよ。」

琥珀主は、黙ってリンの膝で寝入っている千尋を見つめる。

そうして、心中の複雑さを吐き出すかのように、ため息を一つ吐いた。

「・・・このままの体では、竜の子を宿すにはいたいけすぎよう。

子を宿すに足る身体にまで成長させるには竜穴での禊が必要なのだ。」

「してやればいいじゃんか。」

なに言い訳してんだ、本音は違うだろ!

後半の言葉はさすがに飲み込んで、続きを促す。なにしろ、

この龍神が素直に答えたこと自体が、奇跡的で、おまけに

言われた内容はリンも、ちらっとは思っていたことなのだ。

なにしろ、この親友は16で時を止めている。もちろん、16であっても

子を宿す力は当然あるのだ。沙良のように。しかし、17の時にあった彼女の出産も

命がけのもので、医者に言わせれば身体が大人として成熟してからのほうが

当然望ましく。3年早かった、と注意されたと信也がぼやいていた。

体つきもようやく女として目覚め始めたばかりの年頃で

精神的にも大人と子どもの端境期というような時期。

人間同士の場合でもきつい出産になることは沙良の例もありわかっていたのだが。

・・・この龍神にして二の足を踏ませるほど危険なことなのか。

しかし、手段があるならば、尽せる手を尽してやればいいのに。

上位神の加護をいただいたときほど真剣になっていないのは

やはり、せんとの子をそれほど望んでいないということなのか?

リンは雄弁な沈黙と視線でもって続きを促す。

返ってきたのは理由になっているような、そうではないような微妙なもので。

「・・・成長には痛みが伴う。千尋にそのような苦しい思いをさせるなど。」

そうして、目蓋を伏せた龍神は、つと立ち上がる。

「返してもらうぞ。」

そう言うと、リンの膝から千尋を起こさぬようにそっと抱き上げ、そのまま歩き出す。

「・・・あのさ、女はもともと産みの苦しみに耐えるように

出来てるんだぜ。あんま、せんを見くびってやるなよ。」

龍神の動きを、じっと見つめていたリンは部屋を出ようとする背に向かい

最後の言葉を投げつけてやった。一瞬立ち止まった龍神は、しかし

振り返らず、そのまま歩み去っていく。腕の中のぬくもりを大切そうに抱きながら。

 

「あ〜あ、酒の肴には相応しくない話だったか。」

「リン様にしかできない、芸当だと思いますよ。」

杯に残り酒を注ぎながら玉は微笑む。

「かもな。まあ、あの男を動かすのは最終的には

せん自身の気持ちなんだろうけどよ。」

でも、見たいと思わないか?あいつらの子をさ。

そんなリンに玉と由良は深く頷いたのだった。

 

 

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小話15は信也君29歳沙良さん22か3歳のときのお話です。

二人の子が小学校に上がるので逆算すると、ね。

(はくたちは結婚して43年目?だ、だと思います。友林の個人年表によると。)

この飲み会はそれから、さらに10年後くらいの話だと思ってくださいね。

ちなみに千尋が比売神として立てられたのは結婚50周年の年でっす。

その後はどうなったか?ん〜今所分かっているのは、小話16の地点ではまだ

お子様は誕生されていないってこと、かな。もう半世紀くらい待たなきゃだめかも・・・