前回は、ギターの指板上の音階の並びを覚えるという観点でスケールの覚え方を書いたが、ここではもう少し理論に足を突っ込んでみたい。 そこで、まず、基本中の基本であるメジャースケール(長調)とマイナースケール(短調)がどう違うのかを調べてみたい。 しかし、インターネットでいくら検索してもその明快な回答になかなかたどり着かない。 |
長調(Major Scale)は、いわゆる「ドレミファソラシド」の音の間隔を言う。短調(自然的短音階:Natulal Minor Scale)は「ラシドレミファソラ」である。 それを並べて違うという事ぐらい、誰だってわかる。並べれば一目瞭然、聞けば一聴瞭然だ。その程度の説明なら腐るほどある。
問題は『音楽理論では、1オクターブ違いの音は全く同じ音だという扱いをする』という事だ。すなわち、短調のラとシを1オクターブ上げて転回して並べ直すと、長調と全く同じ音階配列になってしまい、区別がつかなくなる。 実際、曲の中では、ドレミが無作為に選択されてメロディが構築されるため、『要するに、どちらもドレミファソラシドを使っているじゃないか。どうやって区別するんだよ?』という事になる。 一般には「明るい感じがする曲が長調で、暗い感じの曲が短調」なのだそうだが、「蛍の光」は長調(ト長調)だそうである。暗い感じの曲なのだから短調(ホ短調:ト長調の平行調)でも良さそうなものだが、何を根拠に「蛍の光」が長調だと言っているのだろうか? ――という疑問だ。 |
長調と短調の判断方法の一つに「曲の最後がドまたはソで終われば長調、ラ(またはミ)で終われば短調」という判断方法がある。 フェードアウトする曲や、転調してから終わる曲の転調前では判断がつかない方法だが、これはかなり有効な判断方法である。 (なお、原則論で言うと、長調はドで始まりドで終わり、短調はラで始まりラで終わるそうだが、現代音楽では必ずしも始まりの音がドやラではない。ただし、終わりの音は、長調ではソで終わる事もあるが、だいたいドに収束する。) |
曲を聴いているとわかるが、まだ続きそうな部分と、一区切りついた感じがする部分がある。「一区切りついた感じがする部分」を終止形(Cadence:ケーデンス(カデンツとも言う))という。 日本語でも「今日は天気です。」という具合に「です。」で文章が終わる。「明日は、雲が広がって夜には」では文章が途中だ。国語にも終止形があるが、音楽にも同様に終止形がある。 また、日本語には「○○だ。○○である。」で終止する「だ・である調」と、「○○です。○○ます。」で終止する「です・ます調」というのがある。基本的にどちらかに統一しなければならないが、国語の話はともかく、長調と短調では終わり方が違う。 |
主音とは、長調で言うドの音、短調ではラの音である。そう言われてもピンと来ないが、音階を並べた時の最初の音になるのが主音である。 問題は、なぜ主音が主音としての位置を持つか?だ。 当たり前だが、メロディは主音だけでは成り立たない。他の音があっての主音である。 |
長調と短調は、それぞれ7つの音で構成されるが、その7音のうち、重要な音が4つある。 (1)最初の音が「主音(Tonic)」である。 (2)主音の5度上の音が「属音(Dominant)」。 (3)主音の5度下の音(1オクターブ上げると4度上の音となる)が「下属音(Subdominant)」。 (4)そして、主音の半音下の音である「導音(leading tone)」。 この4つだ。 属音は、働きとしては主音を支配する役目になる。属音があって初めて主音が決まると言っていい。 下属音は、主音に対して低い音として属音と対称的な位置にあり、属音を補助する役目がある。 導音は、次に主音に進もうとする力を持つ音で、主音を明確化する働きを持つ。 実際、属音は主音の4/3倍の周波数があり、下属音は2/3倍である。属音と下属音で挟まれた上に、導音が加わる事で主音が明確化する。 メロディは、どのような経路を辿ろうが、最終的には主音(または属音)に収束するようにしないと、曲が終わった(一区切りついた)感じがしない。それを印象づけるために必要な音が、主音、属音、下属音、導音だ。 |
________ | Rt | m2 | M2 | m3 | M3 | P4 | d5 | P5 | m6 | M6 | m7 | M7 | P8 |
長音階 | ド (主音) | __ | レ | __ | ミ | ファ (下属音) | __ | ソ (属音) | __ | ラ | __ | シ (導音) | ド |
自然的短音階 | ラ (主音) | __ | シ | ド | __ | レ (下属音) | __ | ミ (属音) | ファ | __ | ソ | __ | ラ |
ここで、自然的短音階には導音が無いことがわかる。 クラシック系の作曲をする際は、主音を明確化する意味でも導音が必要となるため、ソの音を半音上げて導音の機能を持たせる事がある。これが和声的短音階(Harmonic Minor Scale)である。 和声的短音階では、ファ~ソ#で増2度もの間が開いてしまう問題点があるため、さらにファの音も半音上げてその問題を解決したのが旋律的短音階(Melodic Minor Scale)である。(旋律的短音階は、形式的にはミの音が半音下がっただけの長音階とも言える。) 上行の場合(音が上がっていく場合)にのみ導音の問題が出るため、下行する場合は自然的短音階を用いる。 |
________ | Rt | m2 | M2 | m3 | M3 | P4 | d5 | P5 | m6 | M6 | m7 | M7 | P8 |
和声的短音階 | ラ (主音) | __ | シ | ド | __ | レ (下属音) | __ | ミ (属音) | ファ | __ | __ | ソ# (導音) | ラ |
旋律的短音階 (上行) | ラ (主音) | __ | シ | ド | __ | レ (下属音) | __ | ミ (属音) | __ | ファ# | __ | ソ# (導音) | ラ |
長音階、短音階とも、主音、下属音、属音は、必ず存在することがわかる。 現代のポピュラー音楽などではそれほど強い制約がある訳でもないので「自然的短音階には導音が無い」と割り切って使っても良い。実際、自然的短音階の曲も多い。 一方で、短音階を使った実際の曲では、1つの曲の中で自然的短音階、和声的短音階、旋律的短音階が必要に応じて混合されて使われる事も多い。 |
「曲の最後がドまたはソで終われば長調、ラ(またはミ)で終われば短調」というのは、「曲は主音または属音で終止する」と言っている事に他ならない。 ここで、もう一度、主音、下属音、属音に着目して、同じ音階の配列で長音階と自然的短音階を比較してみる。 |
________ | Rt | m2 | M2 | m3 | M3 | P4 | d5 | P5 | m6 | M6 | m7 | M7 | P8 |
長音階 | ド (主音) | __ | レ | __ | ミ | ファ (下属音) | __ | ソ (属音) | __ | ラ | __ | シ (導音) | ド |
自然的短音階 | ド | __ | レ (下属音) | __ | ミ (属音) | ファ | __ | ソ | __ | ラ (主音) | __ | シ | ド |
互いに同じ音階を持つにもかかわらず、主音、下属音、属音が重なっていないことがわかる。 ソ(属音)、ファ(下属音)そしてシ(導音)によってド(主音)に向かって終止しようとする調が長調の骨組み、ミ(属音)、レ(下属音)そしてソ#(導音)によってラ(主音)に向かって終止しようとする調が短調の骨組みとなる。 その骨組みの中で、決定的に違うのが3度の音で、短3度となるのが短調、長3度となるのが長調である。 だから、同じ「…ドレミファソラシドレミファソラ…」が使われている曲であっても、(西洋音楽を基礎として曲が組み立てられているならば、)長調か短調かが決まってくる。 |
楽典を眺めていると、例題として「次の楽譜は、ある曲の一部を示したものである。何調か答えよ。」という設問があったりする。 まず、曲の途中なので、終止音がわからない。 与えられた楽譜には調号が書かれておらず、ハ長調の音階とは異なる音について、いちいち全部臨時記号が付いてある。 実際にどんな音が使われているかを拾い上げると、1オクターブ内に10音ぐらい出てくるので、単純には調が決まらない。 音大に行くには、そういう「スケールがさっぱりわからない」という楽譜から、調を読み取れるだけの技量が要求される。 音符に付いている#が、音階固有の音なのか、臨時的に上げただけの音なのかの判別が必要となる訳だ。 一応、 ・次の音に増2度以上の跳躍をする音は、音階固有の音 ・臨時に高くされた場合には、次に2度上行する(下行するなら、その音は音階固有の音) ・同様に、臨時に低くされた場合には、次に2度下行する(上行するなら、その音は音階固有の音) ・導音ではないⅦは、2度上行して主音に進む事も、跳躍進行することもない などのルールや、例外を判定しながら、音階固有の音を洗い出して調を決定する。 もっとも、クラシック音楽などに精通するつもりが無いなら、そこまで詳しくなる必要は無いとは思うが、長調と短調について細かい事を言い出すといろいろと難しい問題なのである。 |