しろうと考えではありますが・・・

まぼろしの経営力向上プロジェクト その1
「経営力向上について、一つ提案があります。私の考え方が正しいかどうか、意見をいただきたい。この根拠は、経験と勘です」
2010年7月、私は、その道の専門家の前で切り出した。そこまではかっこよかったのだが・・・。


当時、私は経営力向上TOKYOプロジェクトという事業に係わっていました。
このプロジェクトは、2008年から計画されていて、目的は「東京の産業を下支えしているのは、中小企業。その経営力の強化は重要。」というところにありました。

まず、経営力を示す7つの指標として、「経営戦略」「経営者・組織・人材」「マーケティング」「IT・業務管理」「財務・会計管理」「知財・知的マネージメント」」「環境・危機・社会」が、定められました(その後、一部組み替えられた)。
そして、この指標に基づき、100の質問が作られました。

2009年、経営の専門家が都内2000社の企業に訪れ、持参したチェックシートによって100の質問をし、さらに経営者から状況を聴取して、経営上の課題についてレポートを作成、経営者の意識変革を促すという作戦で、事業展開が行われています。

中小企業の経営者というものは、とかく日々の企業運営に追われていますから、あらためて経営課題を考えるというタイミングを作ることは、なかなかできません。
そういう機会を作ってもらい、会社運営の“見える化”を促そうという、それ自体は、なかなか結構なことだし、当時、携わった関係者からは今でも一定の評価を得ています。

結果、2000社訪問は実現され、その成果は、今もホームページにも紹介されていますので、きちんとした内容を見たい方は、こちら(経営力向上フォローアップ事業)を参照してください。

とはいえ、この事業、自分が担当していて何ですが、私は、幾ばくかの違和感を感じていました(基本的な部分は肯定していましたが)。

〔疑問その1:経営力ってそんなに簡単なものなの〕

それは、わずか「100問」のハイ・イイエの二者択一で、ほんとうに経営の状況がわかるかという点にあります。
ですが、当時はむしろ、100問という質問の数が「多すぎる」のではないか、という意見の方が大勢を占めておりまして、事実その後も数を減らす方向で再検討が行われていますから、「少なすぎる」という反論が入る余地はありませんでした。

「わずか100の質問で中小企業の経営を判断することはできない」という私の見解には、ルーツがあります。

2003年(平成15年)12月、(社)中小企業診断協会が、「中小企業の経営診断実施要領」の報告書を上奏しています。
実は、これは国内向けではなく、ASEAN各国に経営診断を普及しようとして、診断のためのYES・NOの質問を提示したものです。
ちなみに、この報告書における、経営指標は、「経営戦略」「販売・営業」「財務・会計」「人事・労務」「情報」「国際化・環境」「製品開発」「生産・技術」「資材・購買・外注」の9つの柱となっています。
私たちのプロジェクトよりも5年も早く、同じ事を考えていた人がいるのです。
しかも、その質問の数は、何と470問にも及んでいます。

このQ&Aの優れた点は、単に、質問にハイ・イイエで答えさせるだけではなく、答えを受けて、どう切り返せばいいかのコメントが付せられているところです。

例えば、
Q01(経営戦略)-02(経営戦略)-03(競争条件強化)-01-01:
仕入先や取引先の状況をよく把握し、製品の性能・品質の向上、コスト削減を図っていますか。

〇YESの回答のとき→(切り返し)新旧製品の性能・品質・コストを常に比較していますか。
●NOの回答のとき→(切り返し)代替原材料当の確信が出現する可能性はまったくないのですか。企業に情報がないだけではありませんか。

Q02(販売・営業)-01(マーケット)-01-03:
得意先の販売力、人材、信用力、将来性などを分析・評価していますか。
〇YESの回答のとき→(切り返し)得意先が成長・停滞・衰退のどの分野に所属しているかは、自社の将来にも影響します。所属する分野を規制するキーファクターを、出来れば5年後まで展望しておきます。
●NOの回答→(切り返し)得意先の属する産業分野の動向が、自社の将来にも重要な影響を持つことを理解させます。

470問全部に、こうしたコメントが2つずつ書かれています。作った人の労力はとんでもなく大変だったでしょう。
しかし、このくらい深く聞かないと、本当の意味で経営指導はできないと思います。

切り返しの質問の重要性については、私は「労働相談」の実務をやっていて痛感していました。
人には、「忘れてはいないが、意識下では明確に自覚されてない事実」「それとなく気づいているが、認めたくないので記憶の片隅に押し込めている事実」というものがあり、状況の推移によっては、それが物事の結末を決定することがあります。
労働相談では、しばしばそういうことを経験しました。

意識の下にある事実を、引っ張り出すのが切り返しの質問です。
「ほんとうに、その会社に戻りたいんですか?」というのが典型です。
と同時に、答えも二者択一で割り切れるものではない、と言えます。
「経済的な補填があれば退職してもいい」というのが典型です。

世の中は結構複雑に出来上がっていて、企業経営はその代表格なのに、簡単にハイ・イイエで決めてしまっていいのか?

結果的にはこれは杞憂で、さすがに中小企業診断士の面々は、そのあたりをうまくこなしていたようです。
しかし、私の疑問は消えませんでした。

およそ公的事業というものは、「予算の制約」や「役所が何を好ましいと感じているか」という“実施主体の都合”というフィルターがかかります。
それが、いつでも・どこでも、もっとも正しい方向であるとは限りません。
ときには「イイエ」が最適解であることもあるのです。「ハイ」と答えたからといって、それでいいとは断言できません。

最近、シャッター商店街が増えています。
公的な立場から見れば好ましいことではありません。

ですが、夫婦2人で小さな商店をやってきた、夫婦とも高齢化し子供とは離れて暮らしている、土地・建物が自分の財産だったので借金は少ない、これまで日々ようやっと生活できるだけの売上があればよかった、という、ごくありがちな商店であったとすれば、売上を伸ばすために資金を借りて店舗をリニューアルさせることが、むしろ命取りになることもあります。
「働けるところまで働いて、わずかばかりの蓄えができたなら、シャッターを閉めて、慎ましい余生を過ごしなさい」というのが、もっとも適切なアドバイスだということも、ありえます。

社会の実態というのは、そういうものです。
つづく→

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