月夜裏 野々香 小説の部屋

    

仮想戦記 『不戦戦記』

 

第01話 〜1930年 『手負いの獅子』

 1929年

 アメリカ合衆国の資源、労働力、市場、産業は拡大基調にあった。

 膨れ上がる配当金と高騰する株価は、投資家だけでなく一般庶民をも酔わせた。

 人々は憂いもなく、自分の財産を抵当に入れ、

 友人、知人、銀行からも資本を借りられる限り借り、株投資を繰り返した。

 株価は、生産で得る利潤と株配当金を越え、限界まで吊り上げられていた。

 しかし、高騰する株価も、企業価値以上の投機に堪えられるはずもなく、

 生産過剰で消費財が消費者に満たされたとき、

 供給を支えていた需要が陰りを見せ、

 株の買い渋りが始まり・・・

 10月 

 その日、ニューヨーク証券取引所で起きた株価暴落は、膨大な債券を紙屑とし、

 回収不能な借財を負債者に背負わせた。

 投機を繰り返していた銀行は不良債権を抱え、

 絶好調で生産を続けていた工場は閉鎖され、

 商品が並べられた商店の前を失業者が通り過ぎて行く。

 農主から追い立てられた農民家族は、職を求めて放浪の旅に向かった。

 

 

 ニューヨーク州ウォール街で端を発した株価暴落は、アメリカ合衆国だけにとどまらず。

 地球規模の経済不況を引き起こしていた。

 世界中の列強が大なり小なり、輸出入産業で打撃を受け、

 日本の輸出産業の主力である生糸、茶、綿糸、綿織物がアメリカ市場から締め出された。

 輸出が減り、海外で売れなくなると日本は、外貨が得られず。

 資源を購入できなくなった。

 アメリカの工業品、石油、鉄材の輸入は高騰し、購入が困難になっていく。

 日本産業は、アメリカへの輸出と輸入が困難になり窮地に陥る。

 そして、他の列強がそうであるように

 日本もダブついた商品の行き先を中国市場に求めた。

 

 この頃、各国は自国の貨幣価値を “金” と交換できる通貨として保証し、貿易を行っていた。

 しかし、大恐慌で輸出輸入が困難になると国内産業を保護し、

 国内財政の立て直しのための紙幣を欲した。

 “金” 交換で裏付けされた貨幣価値を維持することをやめ、金本位制を放棄していく。

 “金” と交換できなくなった貨幣は国際間で信用を失い、貿易を縮小させてしまう。

 

 列強は、国内産業を守るため、外国製商品を締め出すだけでなく、

 植民地の関税も大きくし、自国産業を保護するブロック経済へと移行していく、

 小さな市場しか持っていない国は、生産しても国内消費だけにとどまり、

 海外へ輸出する販路を失うと商品は売れ余り、

 企業は赤字へと転落し、現在の産業すらも維持できなくなっていく。

 小国の国民は、不況に喘ぎ、

 縮小閉塞していく生存圏の打開と市場の拡大を望んでいた。

 

 1930年(昭和05年)

 01月11日 濱口内閣の主導で日本は金本位制に復帰。(金解禁)

 01月21日 ロンドン海軍軍縮会議開催。

 02月     日本全国にわたって共産党員とその支持者が検挙される。

 04月     統帥権干犯問題が発生。扶桑改装

 09月     ドイツの総選挙で、ナチ党が躍進する。

 10月01日 特急 “燕” 運転開始。

 10月01日 イギリスから中華民国に威海が返還。

 11月14日

 東京駅、第4プラットホーム(現在の東北新幹線改札付近)

 一発の銃声がプラットホームで響き渡り、

 銃弾は大日本帝国首相、濱口雄幸を撃ち抜いた。

 ライオン宰相と呼ばれ、

 国民に人気のあった総理大臣も、

 一部の利権団体からは嫌われていた。

 そして、金本位制解禁の失策は日本国民の不信感を買い。

 軍縮政策は、一部の右翼に殺意をもたれてしまう。

 

 弾丸は致命傷を避け、

 大日本帝国の総理大臣、濱口雄幸一は、命を取りとめ歴史を捻じ曲げてしまう。

 犯人は、愛国社社員で佐郷屋留雄(さごやとめお。21歳)だった。

 

 12月

 濱口首相は、運良く回復。

 首相官邸

 日本人の気質は、正義より、損得勘定。

 弱者は事勿れを強いられ、強者の論理がまかり通る。

 日本は、忍び寄る軍国主義の波に押し潰されつつあり。

 官邸に集まった閣僚は、焦燥感と恐怖で頭を抱える。

 「右翼のハネッ返りには、困ったものだ」

 「愛国社の背後に軍部はいるのか?」

 「いるだろう。それが常識」

 「まぁ 右翼の中核はヤクザ」

 「ヤクザの中核は日本人としがらみのない朝鮮人だからね」

 「伊藤博文を暗殺した安重根も、背後を探れば疑わしいな」

 「あんな、やったもん勝ち無法集団を是とするわけにはいかない」

 「ではどうする?」

 「このままだと見境なく軍事力が増大して戦争になるぞ」

 「戦争になるか分からないだろう」

 「日本の国家予算は有限だ」

 「しかし、軍人は、出世のために戦争を欲する」

 「暴発寸前だよ」

 「たぶん、軍部は、満州を押さえにかかるだろう」

 「日本の人口は増えつつあるからな」

 「衣食住を確保できなくなれば軍人に頼って膨張政策もしたくなる」

 「もう、子供作るなよ・・・」

 「だれでも、成長し大人になれば子供が欲しくなるよ」

 「親も子供の成長と成功を望むからね」

 「成長させるため、収入を増やさなければならず」

 「成功させるため他者を排除しなければならない場合も起こる」

 「そして、子供は競争しながら大きくなり」

 「資財の収奪が始まり、簒奪も行われるだろう」

 「日本は貧しい」

 「後は、お決まりの一揆と打ちこわしだな」

 「ではどうする」

 「軍は統帥派、皇道派で割れて権力闘争中だが」

 「けっ! 綺麗事言いやがって」

 「統帥派、皇道派も派閥争いに乗じ、陛下の統制から離れ」

 「好き勝手やろうとしているだけだ」

 「というより、軍部は天皇を担ぎあげて、政府無能扱いは、下剋上の常套手段」

 「もう、やる気でしょう」

 「軍部が武力をチラつかせて国体の乗っ取り」

 「軍事国家で軍政ですな」

 「外征を避け」

 「軍事費を削減するなら、内政で大鉈を振るうしかないだろう」

 「なんとしても、財政再建して国庫を回復させないと」

 ・・・ため息・・・

 「金本位制の解禁で金が流出しているのは、辛いですよ」

 「日本は産業存続と近代化のため」

 「どうしても欧米諸国から買わなければならない工業部品がある」

 「金と交換できない日本紙幣なんて紙切れだからね」

 「一時的にでも金解禁で必要な物を購入しなければ」

 「日本の工場は立ち行かない」

 「肉を切って骨を断つですか?」

 「いや、肉を切り売りして、骨も出汁にされているよ」

 「“持てる者は与えられてますます富み”」

 「“持たざる者は奪い取られてますます貧しくなる” ですかね」

 「日本は、持たざる国だからね」

 「しかし、税金を増やすのも厳しいな」

 「初代の遺産を3世代かけ相続税でなくしていけば」

 「相続税収で赤字国債と軍票を減らせないか?」

 「相続税で遺産の3分の1も取ると反発が来るだろう」

 「んん・・・日本人の平均寿命は伸び悩み、平均年齢はまだ低い」

 「それに資産の再分配は、間に合いそうにないし」

 「購買力が落ちると企業が潰れるかも」

 「八方塞だな」

 「軍事費が大き過ぎる」

 「母屋じゃお粥なのに、軍属の離れじゃスキ焼だな」

 「それに相続税を上げても軍部は、強いまま残されてしまう」

 「そして、軍部の動きは早く、日増しに大きくなっている」

 「・・・じゃ 農地改革しかないだろう」

 「避けてきただけで分かりきったことだ」

 「しかし、農地の細分化は、食糧生産の非効率化を生むのでは?」

 「付け焼刃でもね」

 「大多数の農民が自己満足すれば能力に関わらず、収まるものは治まるよ」

 「しかし、日本は地主制度が強い」

 「議員も、軍官僚も、産業界も地主階層だ」

 「支持を失えば倒閣です」

 「地主が我が身かわいさと、保身で満州利権を生命線と言っているだけだ」

 「貧乏人を満州に送り出すためにな」

 「地主層は強い」

 「アメリカに占領してもらって農地改革してもらうしかないですな」

 「ふ まさか、自助能力がないなど12歳の子供じゃあるまいし」

 「とりあえず。この危機を乗り越えよう」

 「財政破綻をどうにかしないと」

 「やっぱり、スーパーインフレ・・・・」

 「収入より食料が高くなると、日本人の大半が餓死するよ」

 「一揆、打ちこわしどころか、革命だな」

 「戦争より犠牲が少ないよ」

 「んん・・・国民に銃口を向けると犠牲が少なくても愛国心が失われて国が成り立たない」

 「しかし、このままだと軍も、民も、我々に銃を向けるよ」

 「政府が国民に銃を向けるか」

 「軍が政府に銃を向けるか」

 「“二射” 選択かな」

 「レーニンとか、トロッキーの粛清は、惚れ惚れするね」

 「「「「うんうん」」」」

 「日本を秘密警察の国にしたくないが」

 「どちらにしろ、荒馬を御せなければ、日本は転落だな」

 「もうちょっと、愛国心がな〜」

 「愛国心は自分の土地からが生まれて、衣食住足りてだろう」

 「衣食住がなければ権威主義下の奴隷」

 「奴隷に愛国心を期待するのは、どうかと思うよ」

 「犯罪も増えていることから推測すると」

 「土地無し農民に愛国心の強制は酷か・・・」

 「しかし、行政は利権と妥協しながらソフトランディングするもんだ」

 「だが、その妥協のソフトランディングが軍国主義と飢餓状態の国民じゃ」

 「日本の先も見えている」

 「そういうのはソフトランディングとは言わん」

 「事勿れとか、馴れ合いと言うんだ」

 「民意も荒んで犯罪も増えている」

 「ソフトランディングの段階じゃないよ」

 「ハードランディングだ」

 「農地改革の強硬手段も戦争を回避するためだろう」

 「地主は、自分の土地を守るためなら戦争を望むだろうね」

 「どうせ戦争で死ぬのは水飲み百姓の倅だし」

 「それに、かわいい娘が路頭に迷えば楽しかろう」

 「戦争すれば、軍部は勝てると思っているぞ」

 「駄々っ子が家計を食い潰すほどの小遣いを欲しがっているだけだよ」

 「回転資金もな」

 「もう火の車、設備投資も公共投資も出来ないよ」

 「そう言えば餓えた鬼と書いて “餓鬼” だったな」

 「所詮、人間は餓鬼の集まりか」

 「中国だけなら楽勝だよ」

 「他の国が中国の資源と交換で、武器弾薬を中国に供給するだけだ」

 「列強の干渉を排せるものか。結果は、目に見えているけどね」

 「お国のためといいながら軍の利権拡大じゃ 先が目に見えているよ」

 「けっ!」

 「国賊軍人が綺麗事で国庫を食い潰しやがる」

 「お金持ちの列強と軍事力で張り合って国庫食い潰しても、日本はバカ丸出し、自滅だよ」

 「我々の政治生命は、国民の利益のため」

 「生贄で捧げられるべきだろうが・・・」

 「国民のエゴと国民の利益」

 「どちらに政治生命が捧げられるべきか重要だよ」

 「傲慢なエゴで戦争。忍従な利益は平和ですかね」

 「軍部は、不利な貿易と米ソ圧力を利用して生存圏と生命線を満州に求めているようだが?」

 「欧米からの原料が断たれたら失業者は1000万を越える」

 「1000万の数字は大陸侵攻の口実じゃないのか?」

 「さぁね」

 「少なくとも自給自足は無理な人口だな」

 「だが、それを防ごうと大陸侵略しても」

 「米ソに干渉されて戦争だ」

 「日本は、国力差で、押し潰されるな」

 「農地改革で小作民の糧を確保し。結核患者の減少させられればいいが」

 「そして、貧困からくる治安を回復させるべきだろう」

 「農地改革に反対しているのは軍部だな」

 「貧しい者を軍部で吸収しやすい」

 「軍部は、本来、公共設備、福祉に回すべき予算を奪うだけでなく」

 「国民の収入蓄財もを吸い上げ、生活まで貧しくさせている」

 「国庫も食い潰している」

 「あとは国民の私財から搾りとるよりなくなっている」

 「悪循環だな」

 ・・・・・・・・・

 「・・・軍部に協力しよう」

 「しかし、軍部にも協力してもらおう」

 「では?」

 「地主から土地を奪う」

 「区画整理を進めるぞ」

 「どうでしょう」

 「効率性を維持するため、企業に農地を任せては?」

 「地主に搾取させて税収を集める方が楽なんですけどね」

 「企業にやらせても・・・」

 「んん・・・・」

 「しかし、自農は自分の土地だから、生産性は上がるよ」

 「とにかく、このまま座して事勿れ。根回しで地主に良い顔だと・・・」

 「日本は軍備拡張で膨張政策に打って出るよりない」

 「地主層も対外戦争で無分別な軍人の死を望むでしょうし・・・」

 「しかし、軍縮だと。もう一度、狙撃事件ということも・・・」

 「軍部とは軍拡で話しをつける」

 「しかし、狙撃事件も合わせて、軍に代償を払わせるよ」

 「左翼政権と後ろ指刺されそうですな」

 「資源を再分配するだけだ。私有財産は認めている。共産主義とはいえんよ」

 「資産家や権威主義者は左翼を恐れるがね」

 「封建社会は、戦国時代を起こして、濁った澱みを掻き回して再分配再構築するからね」

 「それに善悪はないの?」

 「利害関係に善悪を付けたいのなら、つけてもいいけど」

 「あ、そう」

 「理不尽でも上からやるのなら、マシでは?」

 「日本を転落させても綺麗事言いながら、名宰相で余生を送りたかったのに・・・」

 「前任者たちが事勿れで済ませてきたからね」

 「ここでやらないと・・・」

 「首相暗殺未遂なんて、酷いよね」

 「うん。このままじゃ 日本は軍人に支配された無法な国になる」

 「今度は、本当に狙われるかも」

 「一命を賭けてやるよ」

 「運よく助かったのだ」

 「もう一つ命があると思えばいい」

  

 

 皇居

 29歳の壮年と総理大臣がお茶をすする。

 「今年も良いお茶が採れたの」

 「まったくです」

 「濱口。良く無事であった」

 「はっ 陛下の恩寵により九死に一生を得ました」

 「体は、大丈夫なのか?」

 「はい」

 「しかし、今回の件、背後に軍部が絡んでいると思われます」

 「んん・・・なんとすれば・・・」

 「もし、万が一皇軍に不祥事があった場合」

 「皇軍の処断権を政府に頂けたらと・・・」

 「そう勅命を出していただければ・・・」

 「んん・・・もし、政府に不祥事があった場合は?」

 「恐れながら、陛下は皇軍を動かし、政府を処断されるのがよろしいかと」

 「・・・わかった」

 「皇軍が不祥事を起こした場合の処断権を政府に一任しよう」

 

   

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 月夜裏 野々香です。

 歴史が変わったのは、濱口首相が運よく一命を取り留めたこと。

 1871年08月29日 

   明治政府は、廃藩置県で大名から土地を奪い。

 

 1931年01月20日

   昭和政府、濱口内閣は、農地改革で地主から土地を奪う。

 

 

 世界各国とも民族悪癖がありますが

 日本民族を中心に書いているので・・・

 当然、日本民族の気質について、

 あれこれ不遜なことも書いています。

 普通に週刊誌やらニュースやら目を通していれば、

 あり気な範囲だと思います。

 

 

 史実。

 濱口雄幸一は、愛国社社員の佐郷屋留雄(さごやとめお。21歳)に銃撃される

 昭和08年(1933年)佐郷屋留雄は死刑判決。

 昭和09年(1934年)恩赦で無期懲役に減刑され、

 昭和15年(1940年)11月 仮出所している。

 第二次世界大戦後も右翼活動を続け、昭和47年(1972年)4月死去)。

 殺害犯が死刑判決、その後、恩赦で出所。

 これは右翼勢力が緊縮財政と

 軍縮政策を進めようとする政府を脅迫したと想像できます。

 

 

 右翼とヤクザと朝鮮人

 右翼の中核はヤクザ、

 ヤクザの中核は、日本人に対し非合法活動が平気な朝鮮人です。

 意外と知らない人が多いので書いておきました。

 右翼を見破る方法は、価値観。

 軍 > 国家。

 軍 > 天皇。

 軍 > 国民。

 保守層は、不等号が逆になります。

 因みに右翼は政治勢力であり、

 本来、政治に中立な軍は右翼に含みません。

 軍隊が右翼だと大変ですからね。

 

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