月夜裏 野々香 小説の部屋

   

SF小説 『銀杏星雲のジル』

        

第05話 『終 焉』

 エルドリッジ航法の特性で、青白いモヤの大きさで転移する距離がだいたいわかる。

 転移走査という安全圏を確保するため、転移点を転移先に向けて飛ばす。

 重力がある宇宙域に転移できないものの、

 安全性が確保されているとわかると、そこに向けて、転移を開始する。

 その場合の転移走査は、外壁の転移走査機によって行われる。

 

    

 バンッ。

 銃弾がSPアンドロイドを撃ち抜く。

 サラを護衛していた最後のアンドロイドが倒される。

 どんなに武器が優れていても、

 こうなると、全周囲に意識を配らなければならず。

 どうしても、注意力が散漫になってくる。

 「・・・た、助けてくれ」

 乗客らしい男が近付き、

 サラは、乗客だと判断してしまう。

 もっとも、プロらしく、油断していなかったが・・・

 「・・・・ジ・・・ル・・」

 ジルとヒュジのホログラフが、わずかな隙を作った。

 突然、背後から羽交い絞めされる。

 「ふっ バカめ」

 「ちっ!」

 「おうっと、動くな、このままクビを圧し折るか」

 「楽しませてもらったあと、生かしておくか、思案・・」

 羽交い絞めしていた男が崩れ落ちる。

 「・・・奇遇だな。お嬢さん」

 「・・・あなたは・・・・」

 「須郷ナオキ。新聞屋だ」

 「ただの新聞屋に見えないけど・・・・」

 「君も、ただの家庭教師に見えないね」

 「なにか、お礼をしないと、いけないのかしら」

 須郷が、通路の向こうの海賊に向けて銃撃。

 「そうだな・・・」

 「とりあえず。一緒に組まないか。パートナーがいないと、とても生き残れそうにない」

 「そうねぇ じゃ とりあえず。同盟ね」

 「よし」

 「何か、作戦でもあるの」

 「転移させるには転移点を動かすことだよ」

 「軍か、国境警備軍の方に転移させれば、あとは軍がやってくれる」

 「あと、一時間、持ち堪えれば、カバディがシステムを回復して、再起できるわ」

 「回復した回線が偽装させられていなければな」

 「分離して、転移点を相殺すれば転移させないようにすることもできる」

 「まぁ 近くにいる海賊船が黙って、見ていてくれればね・・・・」

 船窓から小さな宇宙船が見えていた。

 「・・・・・」

 「カバディシステムが無事に回復すれば、あんな、ブリキ海賊船」

 「いちころ、でしょうけどね」

  

 

 機関室

 海賊と密輸組織の銃撃戦。

 転移先の主導権を握ろうとギリギリの戦闘が続く。

 密輸組織ヤンゴン側。

 「・・・・アドリアン副長」

 「大丈夫だ。機動歩兵がいる間は、何とかできる。それより、首尾は?」

 「プラムエンジェルは、全部、船外の転移圏にばら撒きました」

 「・・・・少なくとも物証だけは消せるな」

 「ええ、座標だけは、わかっていますから、後で回収できるとして」

 「シンジケートの迎えが間に合うかどうか・・・」

 「ああ・・・俺たちのマトリックスだけは、転移せず、プラムエンジェルと、この宙域に取り残される」

 「宇宙機雷の応用ですか?」

 「そういうことだ。転移の前にマトリックスに移動する」

  

  

 海賊ハイゼン側

 「・・・・くそぉ〜 あの機動歩兵。何とかならんのか。制御盤に近づけねぇ」

 「頭領、もうすぐ、弾薬が・・・」

 「ちっ! あの機動歩兵さえ、やっつければ、あんなやつら」

 「ヒュジがいれば・・・」

 「やつのことは、どうでもいい!」

 『・・・頭領。準備できました』

 「おう。弾薬の半分を使うんだ。上手くやれ!」

 「3・2・1・掴まれ!」

 機関室の床が連鎖的に爆発。吹き飛んでしまう。

 そして、機動歩兵が空気と一緒に宇宙へ放り出されていく。

 空気の流出は、ラスクィーンの自動制御で自動的に閉鎖され、止まっていく。

 「よ〜し。やろうども、突撃!」

 そのとき、転移が始まった。

  

  

 時空間転移。

 わずか、0.0563秒で全ての形勢が入れ替わる。

 転移後。

 海賊も、密輸組織も、暗い倉庫の中にいることを知る。

 ヤンゴン側

 「・・・・どういうことだ。なぜ。こんなところにいいる」

 「アドリアン副長・・・・ここは、ラスクィーンの倉庫ですぜ」

 「バカな・・・・マトリックスごと転移せずにあの宙域に残されるはずだ」

 「・・・アドリアン副長。海賊です」

 「くそぉ〜 撃て!」

   

 海賊ハイゼン側

 「・・頭領・・・ここは・・・」

 「ヒ、ヒュジのやろう〜」

 「脱出する・・・・残りの弾薬を全て使って、船底に穴を開けろ」

 銃撃が始まる。

 「・・・あのヤンゴンのバカども・・・」

 「構うな。マッグス、適当に相手をしてやれ」

 「残りは、コンテナを確保して、臨時の宇宙カプセルにする」

 「船が迎えに来ればいいんですがね」

 「・・・転移する座標は、近くで見ていれば大体わかる」

 「この倉庫。運次第で助かるだけの物はありますぜ」

 海賊と密輸団のほとんどが倉庫の中に移動させられていた。

  

  

 ラスクィーン備え付けのマニピュレーター船が転移機を強制的に動かしていた。

 座標は適当でも、安全圏が確保され、

 パープル恒星系へと向けられていれば良かった。

 結果的に密輸団が転移装置を動かし、距離を決めたものの、

 転移させた方向を決めたのは、ジルだった。

 そして、転移と同時にヒュジが海賊と密輸組織を倉庫へと移動させる。

 倉庫の中で、海賊と密輸組織の小競り合いが起こっていたものの、

 転移した先は、ブリタニック恒星間王国パープル恒星系に比較的近い宙域。

 ブリタニック警備艦隊が集まると、

 大勢は、決まっていく。

 

  

  

 ラスクィーンのラウンジ

 サラと須郷は、静寂の中、取り残される

 「・・・・海賊と密輸組織は、どこに行ったんだ?」

 「さぁ ・・・でも、海賊船が近付いているわね」

 「もう、弾がない」

 ラウンジの船窓に宇宙海賊船が迫ってきているのがわかる。

 「迎賓室に行けば、まだ残っているわ」

 「やれやれ、特権階級は、素晴らしいねぇ」

 「どうせ、海賊船が取り付いても、カバディがシステムを回復する」

 「ラスクィーンを乗っ取るのは、不可能よ」

  

 ラスクィーンの船底が爆発。

 コンテナのいくつかが宇宙の彼方に飛び出していく。

 海賊船がコンテナを回収すると転移。

 消えていく。

  

  

 その後。

 客船ラスクィーンの周囲を各国の外交訪問艦隊が囲み。

 ラスクィーン事件が終結していく。

  

 マニピュレーター船の台所、

 ジルが、なにやら、動いている。

 『ジル様、カバディシステム。8割ほど回復しました』

 「そう、助かるわね」

 『海賊の7割が船底を破壊して脱出』

 『密輸組織は、全員、逮捕されつつあります』

 『カイゼルシステムのサルベージは、あと4時間ほどかかりそうです』

 「カバディ。乗員と乗客は?」

 『・・・神経ガスで仮死状態ですので、蘇生治療できます』

 『犠牲者を報告しますか?』

 「ああ・・・いえ、お父様に報告して」

 『了解しました』

 「・・・・・・」

 『・・何をされているのですか?』

 「コーヒーを入れているのよ」

 『コーヒー豆、砂糖、お湯の量が違います』

 「じゃ さっさと教えなさいよ・・・・それと・・・」

  

 

 各国の宇宙艦隊がラスクィーンを囲んでいる。

 ヒュジは、マニピュレーター船のコクピットで、ぼんやり傍観していた。

 海賊は縛り首が基本。

 だが罪状にもよる。

 ヒュジは海賊として、まだ評価されていない。

 つまり、賞金首未満。

 罪状も少なく。知られていない。

 どうなるかは、運次第。

 縛り首以下の罪状になると予想できる。

 あの時、0.0563秒の接触。

 それだけで、ジルに惹かれた。

 ジルが切っ掛けを作ったのは事実だ。

 “総督” になるかもしれなかったものの、

 ジルを助けたかったのも事実。

  

  

 そこにジルが現れる。

 「・・・とりあえず。事件は、一件落着ね」

 ジルが、コーヒーをヒュジに渡すと。

 「・・・・・・・」

 ヒュジが驚いたようにコーヒーを見詰める

 「・・・なによ?」

 「ジル、って、人にコーヒーを出したりとか、するんだ」

 「・・・あ、あんた。わたしをなんだと思っているわけ。コ、コーヒーくらい入れるわよ」

 「あはは」

 用心深く飲み始める。

 「・・ったく」

 「あ、美味しい・・・」

 「・・・・・・」

 ヒュジの評価は高いものの、

 ジルは、庶民の風味と味に舌打ち。

 迎賓室に戻って、口直ししなければ・・・・

 「ヒュジ。バルナ家で雇ってあげる」

 「あなたが余計なことを言わなければ、他の国に取られないで済みそうだし」

 「と、取られるの?」

 「そ、そりゃ ああいった。得意技があったら・・・」

 「最後は、解剖されるかもね」

 「・・・バ、バルナ家で、雇われます」

 「じゃ 契約ね」

 契約書が出される。

 「・・・は、早いね」

 「軍が来る前に、さっさと、署名しなさい」

 「・・・アズマ・シュウって?」

 「新しい名前よ」

 「・・・・・・」

 「気に入った? アズマ・シュウ」

 「・・・うん・・・」

 「・・・・・」

 「・・・・ジル・・・これ、バルナ家じゃなく、個人の所有物に近くない?」

 「・・・気のせいよ。気のせい」

 条件が良さそうなので、

 まぁ、良いかと、

 若気のいたりでサインしてしまうシュウだった。

  

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 月夜裏 野々香です

 舌を出して ムフッ のバルナ・ジルと。

 軽率なシュウ君の行く末に幸あれ。です。

  

 一年記念作品で、終わらせました。

  

 

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第04話 『走 駆』

第05話 『終 焉』 完結