第01話 『孤 独』
夫婦が買い物を終えて帰宅中。
幼い女の子 (八歳) が、両親から附かず離れずフラフラと・・・・
「・・・紫織。帰るわよ」
「は〜い」
紫織がスキップしながら両親に近付く
父親に抱きつくと手を買い物袋から離し、頭を撫でてくれた。
やさしく微笑んでいるお父さん。お母さんも笑っている・・・・
安心と幸せがあった。
紫織の視界に角から曲がってきた車が勢いよく突っ込んでくる。
一瞬。周りの喧騒が消え、時間がゆっくり流れていく。
迫ってくる車。
車のエンジン音、急ブレーキ。
そして、急発進していく車・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
紫織、(一二歳)
一週間前 病院で
紫織の手を握っていた手から力が抜けていく。
そして・・・・・・・・
「おばあちゃん」
「おばあちゃん」
「おばあちゃん」
「おばあちゃん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、いま。
古本屋の店内。
「・・・・紫織ちゃん。晩御飯、食べに来なさいね」
隣の理髪店の主婦カオリ
「大丈夫。儲かっていないけど、食べていけそうだから」
「・・・気兼ねしなくて良いからね」
「うちの息子が立ち読みばかりしているんだから、それぐらいさせてね」
「客がいる方が客が入りやすいって・・・・サクラみたいなものだから」
幼馴染で同級生で古賀シンペイが脚立に座ってマンガを読んでいた。
「こら、シンペイ。マンガばかり見て」
「あんたも紫織ちゃんを少し見習いなさい」
「紫織ちゃん一人で寂しがっているとか、思わないの?」
「ご愁傷様」
シンペイ、本を読みながら応える。
「ご丁寧に、どうも」
紫織は、テレビで覚えたセリフ。
「シンペイ〜 あんた勉強は?」
「マンガばかり見ていると本当に、バカになるよ」
「おばさん、七時にお邪魔していいですか?」
「えっ。 ええ、七時ね。わかった。紫織ちゃん、待っているからね」
カオリが店を出て行く
奈河市
寂れつつある北奈河町、西口商店街。
古本屋の娘。
角浦紫織 (一二歳)は、四年前、交通事故で両親を亡くしていた。
そして、一週間前、おばあちゃんを肺炎で亡くし、天涯孤独になっていた。
平日は、奈河町学校の六年二組に通い。
家に戻ると古本屋を開け、客のいないときを見計らって宿題を片付ける。
紫織は、小さい頃からおばあちゃんの手伝いをしていて、何とか生活できると養護施設行きを拒んでいた。
「・・・・・・」 シンペイ
「・・・・・・」 紫織
「あんなに泣いていたのに」
「ずっと泣いていた方がよかった?」
「いや」
「・・・・・」
「やっていけそう?」
「わからない」
「養護施設。断ったんだ」
「店に愛着もあるし、試してみたいもの?」
とはいえ、現実は厳しい。
店を開けられる時間は短く、売り上げが落ちて、経費を払うとスレスレ。
借金が無いのが救いで、食べるためだけに働いている。
両親の保険金は、まだ残っていた。
「お父さんとお母さんが交通事故で亡くなった時は、ひどかったけど、タフなんだ」
「二年のときじゃない」
「世の中を恨んだりしないの?」
「恨んでいるって、言ったら?」
「恨んでいたら、もっと怖い顔になっていると思うよ」
「それは、わたしが、かわいいと言っているのね」
「ははは」
「・・・・」
「・・・また来る。サクラで」
「うん」
シンペイは、教室で二人、三人。あるいは、一人でいる事が多かった。
元々、明るく、なんとなく自分に同情し、笑わなくなった気がしていた。
シンペイが好きというわけではない。
普通だろうか、自立しようと考えている紫織にしたら物足りない。
紫織の方は、シンペイより一ヶ月先に生まれ、兄弟でも、双子でもない。
それでいて他人より近い関係、幼馴染。
ふと思い出す。
羞恥心の無い好奇心だけ頃。
二人でテレビを見て、キスの真似をした。
思わず頭を抱える。
あれはファーストキスじゃないと思いたい。
ファーストキスは、もっと神聖で感動的であるべきだ。
シンペイも覚えているだろうか。
そう思うと泣きたくなる
“忘れやがれ” とも “わたしとのファーストキスを忘れたら殺す” とも思う。
覚えているかも聞きたくなかった。
シンペイは、空気のようなもので、そこにいる事が当たり前の存在だった。
シンペイがいなくなると古本屋は、いきなり寂しくなる。
しばらくすると大学生らしい男性が入ってきて本を22冊置いていく。
紫織は、本を確認。
ほとんどの場合、定価の10分の1で買い取り。
大学生は、新しく12冊の本を買っていく。
買い取った本を除菌布で拭き、艶出しの布で拭く。
リンス液を含ませた布だと埃もつきにくくなり、ちょっとしたことなのに売り上げが変わる。
そして、3倍から5倍の値札をつけ棚に並べる。
高すぎると売れない。
店が古本で溢れそうになると割安にする。
いつもやっている仕事だった。
本の価格の付け方は、おばあちゃんの仕事を見て覚えていた。
古くても、とんでもない値段になるプレミア付きの本も、だいたい分かる。
40代のおじさんが入ってくると、しばらく、店内を物色し歩き回る
「お父さんか、お母さんはいないの?」
おじさんが本を4冊買う
ちょっと危ないかもと思った。
「・・・お留守番」
「偉いね・・・こんな小さい子に働かせるなんて」
「お小遣い貰っているから」
「そう、おりこうさんだ」
おじさんは、そういうと去っていく
紫織は、ため息をつく。
店の正面奥でビデオカメラが回っている。
3倍録画で6時間。テープは10本。
店を開けている間は、順番に回していた方が良いと養護院の職員が親切心から言ったこと。
そして、机の上にカメラ付きの携帯。
これだけで安全性が高まるらしい、
それ以前に、寂れた商店街の古本屋に泥棒に入ると思いたくないが
ニュースを見ていると世情はよろしくない、
しかし、子供だけなら、それくらい用心した方がいいらしい。
そういえば、子供を見るようなテレビを見なくなって久しい。
七時。紫織は、隣の床屋に行く。
髪を切るのはまだ早い。
床屋の息子シンペイがマンガの立ち読みをするため。
いつもタダで髪を切ってもらっている。
あるいは、ただで散髪させるためにシンペイが立ち読みしているような・・・
持ちつ持たれつだろうか。
「いらっしゃい、紫織ちゃん。ご飯準備できているからな」
店主のトオルが客の髪を切りながら声をかける
「ありがとうございます」
「いいよ、いいよ。隣だから」
「少しくらい甘えても罰は当たらないよ」
おばあちゃんが死んだ後、
隣の理髪店、古賀家が面倒を見ろと商店街会議で押し付けられたらしい。
三食一緒に食べようという話しも弁当を持ってきてあげるという話しも断って、
夕食だけ、隣で食べている。
借りを作りたくなかっただけでなく、自分で料理を作りたかっただけ。
台所に入ると、既にシンペイは食べていた。
カオリは、空いている席に紫織を座らせると食事を出す。
「朝も食べに来ていいのよ。紫織ちゃん」
「朝は食べないから」
「そうなの?」
「ダイエットしているから」
「子供なんだから、朝食べなくちゃ駄目よ」
「朝抜き、慣れているから」
「紫織ちゃんかわいいんだからダイエットなんて必要ないわよ」
『社交辞令か・・・』
紫織は、自分を知っている。
辛うじて、かわいいという分類に入れられても子供だからで、美少女の分類に入らない。
「ダイエットしているから、かわいいの、頂きます」
「どうぞ」
「あっ 紫織ちゃん。ダイエットなんて好きな子でもいるのかな〜」
「ただの自己満足」
「最近の子は、言うことが違うのね」
「達観的というか、すれているというか。世代のギャップを感じるわ」
「おばあちゃんは、わたしより、お母さんに世代のギャップを感じてたって」
「そ、そういえば、目元が、おばあちゃんの方に似ているかも」
「でも、紫織ちゃんがいると会話が出来て助かるわ。シンペイ、全然喋らないから」
「・・・・・・」
シンペイ、黙々と食べる
「むかしは、かわいかったのに」
「角浦。俺の代わりに母ちゃんの相手をしてやってくれよ」
シンペイは、食べ終わると自分の部屋に戻っていく。
「シンペイ! あんたは、たまに喋ると憎たらしいこと言うんだから」
「ごめんね、紫織ちゃん。この子、気が利かないから」
「家にも紫織ちゃんみたいな、かわいい子がいたら良かったのに・・・」
「・・・・・」
「あっ! 紫織ちゃん」
「養護院の人と話しをしたんだけど、オール電化の話し、考えてくれた」
「法定代理人の了解はとっているの」
「紫織ちゃん、しっかりしているけど、ほら、周りの家とか心配して少し出してあげることになったんだけど」
「うん、どのくらいかかるの」
「商店街から3万、近所から3万を援助してくれるの」
「配線の方は見てもらっているから1万円くらい加算されるけど・・・」
カオリは、数枚のパンフレットを置く
紫織は、いくつものメーカーのオール電化パンフレットを見る。
「これぐらい、あるかな」
「本当、大丈夫?」
「たぶん」
「そう、今度、商店街やご近所さんと一緒に事情を話して割引が出来ないか聞いてみるから」
「本当なら家ごとリフォームが一番良いと思うんだけど、ごめんね」
「近所の都合でお金使わせちゃって」
「無理言って、在宅保護にしてもらったんだもの、良いわよ」
「里親というのもあるんだけどね〜」
「ほら、大きい不動屋さんが、この辺の土地を狙っている噂もあるから気を付けてね」
「うん、おばさん、ありがとう。そろそろ、行く、また、店開けなくちゃ」
紫織が皿を持って行こうとすると、
カオリが良いからと言って止める。
「がんばってね。紫織ちゃん」
「うん。ありがとう、おばさん」
「来週の月曜日。商店街の集まりがあるけど、どうする?」
「パス。酔っ払いの集まりに行きたくない」
紫織は、おばあちゃんに連れられ、何度か行った事があった。
「そう。何か決まりごとがあれば伝えるから」
「うん」
「あ、紫織ちゃん。ケーキ屋さんが試作ケーキ作ったの、食べて感想聞かせて」
「うん」
「シンペイも呼んできてくれる。コーヒーも入れるから」
紫織が部屋に行くと、
シンペイが、なにやら両手を前に突き出す仕草をしている。
その先には、机の上に鉛筆が立っていた。
「古賀・・・ケーキ・・・食べるかって」
紫織、呆れる
「うん。後から行く」
「まだやっているわけ」
「カ〜メ〜ハ〜メ〜波!!」
シンペイが返事の代わりに思いっきり両手を突き出す
突き出した両手の先に机があって鉛筆が立ててあるが微動だにしない。
むかしは楽しかったけどね・・・
と、紫織が思う。
紫織は、あと一時間ほど古本屋を開ける。
ため息をつきながら数枚のパンフレットを見る。
安いものが良いものとは限らない。壊れ難いものが良かった。
そうなると電気屋さんで聞くのが良いだろう。それも一カ所では駄目だ。
一人でいるのが寂しく、それでいて他人を警戒する。
顔で判断する?
身なりで?
人を騙そうと思う人間ならやさしく微笑みかけ、良い服を着るはずだ。
隣近所も商店街の組合も完全には信頼できない、
それでいて誰を信用し、誰を警戒していいのか、わからない、
というのは、矛盾しているだろうか。
騙されても人を信用したい気持ちが強いのだろうか。
勘が働くほど、経験はなかった。
しかし、働いたことがある。
葬儀屋さん。
マニュアル通りの話しにカチンときて、棺おけと戒名だけのシンプルな葬儀にしてやった。
“基本が、ですね・・”
葬儀屋さんが法定代理人が見守る中でパンフレットを見せる。
“これと、これと、これだけで良い”
“生前、お世話になった、おばあちゃんの供養のために・・・”
と、葬儀屋さんが、がんばる
“これと、これと、これだけで良い”
“先祖を良くすれば、きっと良い事がありますよ”
“これと、これと、これだけで良い”
“これくらいしないと、商店街やご近所目もあるし、おばあちゃんがかわいそうですよ”
“知らない人間に、かわいそうなんて、思われたくない!”
紫織。怒った。
世間体や体面も面子もなかった。
見栄張って養護院に行くつもりはない。
当然、落とし文句も通用しなかった。
親戚はいない。
商店街も近所の人も批判するほど香典を持ってこないはずだ。
そんな、連中に見栄を張るのもバカらしい。
法定代理人や養護院の職員。学校の先生も何も言わず。
葬儀屋さんは憮然としていたが、それだけで良いと言い張った。
隣近所や商店街の組合に人たちは感動していたようにも、
面白がっているようにも思える。
しかし、おばあちゃんが、かわいそう。などと批判する者はいなかった。
お陰で香典だけで葬式代全額払って、さらに余る。
子供から生活費まで取ろうとする
“呪われやがれ、くそババア” だ。
結局。葬儀屋さんも法定代理人や近所の人から事情を聞いて諦める。
そして、サービスが悪いと思われたくない葬儀屋は、サービスで献花を飾る。
後から近所の話しを聞くと、
戒名や棺おけだけの方がゴテゴテしておらず、
故人とお別れするのに目移りせずに良かったという。
見栄で葬式を挙げると、故人との別れが形式的になるのだろうか。
こんな世界で、一人で生きて行けるだろうか。
12歳の女の子が宇宙で、一人きりという気分。
小魚が群れをなしている間は、襲われない。
群れから飛び出せば食われる。
家族という単位を失ったとき、宇宙からも見放されたと感じる。
両親の死後、老いた祖母との生活と会話の中で死を前提に心の準備をしていた。
自立するという意識は、高まり。
精神的な喪失感やショックを和らげられた気がする。
客が一人、入ってくる。
紳士風のおじさんで、馬の柄の付いた杖を持っている。
馴染みの客で、3回に一度は買う。
今回は、冷やかしのような気がする
客の4分の3は、馴染み客で。4分の1は、駅が近いためか、新顔。
特定の本を探している客もたまに来る。
おじさんもその客の一人で、むかし、なくした本を捜していた。
本の題名を尋ね、ないと答えると帰っていく。
おばあちゃんが控えたメモに題名と作者が残っている。
昭和50年頃の本で。発行部数も少なく、再販されていない。
見つかる可能性は少なく、ある時もあれば、ない時はない。
しばらくすると、おまわりさんが入ってくる。
法定代理人か、児童相談所から通達があるのだろう。
一日に一度は、ふらりとやってきて、何もなさそうだと思うと、何もいわずに去って行く。
巡回の一つになっているだけだろう。
何かあっても “一日に一度は見回っていた” と言えば、処罰されなくて済むのだろうか。
紫織は、ため息をつくと店を閉め、
戸締りすると、小さな古本屋の一日が終わる。
風呂を沸かし、僅かな時間で集中して勉強。
学校でノートに書き取った内容を見直し、授業の内容を思い出すだけ。
勉強は、好きでなかった。中の下だろう。
おばあちゃんと一緒に自分の名義に切り替えた通帳を見る。
結構な金額だった。
初めてみた時は感動したものだ。
少なくとも子供の持つ金額ではない。
お年寄りが夜中に通帳を見てニタリとする気持ちも分からなくもない。
とはいえ、養護院の職員が簡単に項目別に大学卒業まで、
これくらいは必要だという試算した紙切れ・・・・
物価次第だが、合計金額に足りない気がする。
中学、高校で特待生を狙うか、とも思ったが苦笑いしながら諦める。
記憶力は低いと自覚している。
塾にいく暇も無い。
奨学金制度は使えるそうだ。
それでも古本屋の収益と合わせれば、何とかなる気がする。
交通事故で死んだ両親の保険金と、おばあちゃんの年金の残り。
土地建物の登記は、おばあちゃんの具合が悪くなって、やっていた。
面倒な手続きは隣のおばさん、法定代理人、養護院の職員とやってしまった。
固定資産税や相続税の処理は、日本語と思えず、うんざりだ。
世の中を恨むなというのも無理な話しで、両親を轢き逃げした犯人は捕まっていない。
警察は、税金泥棒だ。
お父さんとお母さんを轢き殺した人間は、捕まることもなく平気な顔をして生きている。
これでは、税金を払うのもばかげてくる。
紫織は、風呂に入った後、服を洗濯機に入れる。
一人だけだと、三日に一度しか、洗濯しなくて済む。
明日の準備をして寝る。
豆電球だけ残して消すと寂しく、泣きたくなった。
翌朝
学校に行こうとすると、シンペイと出会う。特に待ち合わせしていない。
会う時は、一緒に行くが、会わない時は別々。
それでも、5日に一度は、バッタリと同じ時間に出る。
小さい頃は、一緒に行く事が多かった。
しかし、交通事故以来、なんとなく疎遠。
今では、性格破綻気味なシンペイと仲が良かったことも、
なにを話していたのかも思い出せない。
「・・・やあ、角浦」
「おはよう。古賀」
むかしは、シンペイちゃん。紫織ちゃんと呼び合っていた・・・
昔の話しだ。
「夕食は、トンカツだってさ」
「そう・・・・・」
「ただめし食えるのに暗いやつだな」
「考えることが多くて」
「暗く考えたって、良いことないよ」
「シンペイちゃんだって根暗じゃん!・・・あっ」
つい、昔のように名前で言ってしまう。
「むかし、そう言われていたっけ。なつかしい」
「ふん、扶養者には、わからないことよ」
「そ、そうだよ、俺だったら、養護院行きだよ」
シンペイが走っていく
「バカだ・・・」
紫織は自嘲気味に呟く
奈河町小学校六年二組。
担任は、大神ヨシミ先生 二七歳。独身。中肉中背。メガネをかけていた。
美人でも、ブスでもない。普通。
理知的でも情熱的でもない。
なんとなく先生になって、途中で教育の熱情が冷めた感じだ。
客観的に見ると結婚までの腰掛で生徒に勉強を教えている気もする。
教室は、才色兼備の優秀な三森ハルキと、中山チアキが委員長で主流派を形成。
不良の親玉のような、田城タクヤと鹿島ムツコが反主流グループを作っている。
そして、気の合う4人から5人の仲間でグループが形成され、収まりやすい場所に集まる。
しかし、友達を作れず孤立すると極めて不利で虐めの対象になりやすい。
いつ虐められてもおかしくない状態。
紫織は、鎌田ヨウコ、足立クミコ、沢渡ミナの四人でいることが多かった。
気が合うだけの関係でリーダーはいない。
会話も、行動も、芯がなくダラダラ、ヨロヨロと流れる。
鎌田ヨウコは大柄の体育会系。
足立クミコは、細身の文科系。
沢渡ミナは、中肉中背のミーハー。
タイプは違うものの、自分に似た波長で4人いれば虐められず済むという打算だった。
テレビの話し。アイドルの話し。
男子の品定めから、女子の品評もする。
Hな話しは、あまり踏み込まない程度。
教室で
「一組の上川と四組の小山が酷い虐められているんだって」 情報通のクミコ
「四組も竹松が無視されているじゃない。富田も孤立しているし」 紫織
「そんなもんじゃないって」
「無視じゃなくて、教科書とかノートに落書きされているんだって」
「殴られたり、蹴られたり」
「えぇ〜 自殺したら、どうすんのよ」 ヨウコ
「だって、クラス全員が自殺しろって、書いているみたいよ」
「それに四組は、須藤先生まで・・・」 クミコ
「ひどい」 紫織
「あの先生、なんか嫌い」
「威張っててさ、子供の話しなんて全然聞かないみたいな」 ヨウコ
「子供の話しを聞かないのは、一組の高島先生よ」
「優秀な子供だけ話し聞くの」 クミコ
「ヒイキね」 紫織
「二組は、大神先生で少しましかな。でも三組の村井先生の方が優しそうだけど」 ミナ
「そうね。二組の虐めは、そこまで行ってないか」 紫織
「それは、田城君と鹿島さん次第でしょう」
「弱い者虐めより、三森君と対立しているもん」 ミナ
「田城君じゃ みんな、三森君の味方するよ」
「性格良し、顔良し、頭良し、体格も良くて、足も長いし、かっこいいし」 ヨウコ
「ねえ、三森君と中山さん。付き合っているのかな」 紫織
「・・・美男美女、才色兼備か、付き合っているか、わからないけど」
「田城が言い掛かり付けたくなるのも分かるけどね」 クミコ
「やっぱり」 ミナ
「やっぱり本音、本命は、男子が中山さん狙い。女子が三森君狙いね」 ヨウコ
「でも高嶺の花でしょう」 紫織
「紫織ちゃん。冷めてる」 クミコ
「現実的なの」 紫織
紫織は、虐められる側でもなく、虐める側でもなかった。
しかし、いつ自分の番が回ってきてもおかしくなく。
お互いに戦々恐々としている。
誰か虐められる人間がいれば、自分に回ってこないだろうと計算も働く、
子供の世界も大人と変わらず残酷だ。
虐める側に回ると数に物を言わせて、死ね。自殺しろ。臭い。いなくなれ。など。
大人なら思っても言わない事を口にして言う。
子供同士、すぐ仲良くなれると幻想を抱く、大人を馬鹿だと思う。
子供は、人を殺しても罰せられない。全員が知っている。
ほとんどの大人は、そういう事を知らないと思っている。
グループ同士の争いは、リスクが大き過ぎてなかった。
寄って、たかって一人がセオリーだ。
一度、人間関係が悪化すれば、どちらかが虐められる側に回る。
それを避けようと思すれば大きなグループに入るのが良く、
悪いところに入るとグループ内で虐められる。
そして、グループ内で突然いじめが始まるパターンもある。
自分が虐められないように生贄を探す者もいる。
それが、ストレス発散なのか、家庭の事情なのか、虐めることが好きな人間がいる。
ある者は、弱者を憎み、弱者が増え過ぎないよう、選別して滅ぼそうとする。
人類の総意を体現していると感じる。
彼らは、人間社会にとって白血球であり、暴走すると癌のようでもある。
紫織がトイレに行った後、
教室に入ってすぐに。声をかけられる。
「角浦」 鹿島ムツコ
「は、はい」 紫織、ごくん!
強面の鹿島ムツコに声をかけられ、怖気づく
“いじめ”
という単語が思い浮かぶ。
取り巻きの四人も怖い顔をしている。
「なあ、これを買ってくれよ」
鹿島ムツコが紙袋に入ったマンガの本を10冊ほど机の上に置いた。
「い、いまですか?」
「金は、明日でも良いぜ」
思いっきり怪しかった。
カツアゲしたものじゃないだろうか。
この鹿島ムツコならあり得るという雰囲気。
「・・・あ、あした。持ってきます」
頭一つ高く。迫力ある眼つきが怖い。
『こ、これが原因で虐めが始まるんじゃ・・・』 青。
紫織は、いくらにしようか悩みながら、袋に入ったマンガ本をカバンに入れる。
おばあちゃんが亡くなって、保護者がいなくなると事情が変わる。
苦学生になって教室の中が色褪せて見えた。
学校に向ける意識は小さくなり、毎日の収支計算に頭を悩ませ、
ヨウコ、クミコ、ミナの話しに付いていけなくなる事が多くなっていく。
虐められる側もイヤで、虐める側もイヤだった。
好き嫌いはあるにせよ、
世の中を恨むことがあっても、
見当違いの相手を恨むつもりもなく。
金にもならないことで無駄な労力も精力も使う気もない。
虐められる人間は大人しい、弱そう、暗い、話しベタ、人と違うなど要素が必要になる。
そして、虐められると大人しく、弱く、暗く、話しベタになり、卑屈になっていく。
一人以上の友達を作れない人間は、切っ掛けさえあれば虐められる。
軽度の発達障害者などいい標的。
重度だといじめる側が人間性を疑われて悪者になってしまう。
紫織は、発達障害も個体差で境界線はないと思っていた。
線引き自体が無意味。
心身とも上級から低級まで並んで、
低級側を発達障害と呼んでいる程度の差だと割り切っている。
紫織がマンガ本をかばんに入れようとしていた時
「おい。角浦。そのマンガ見せろよ」 田城タクヤ
「で、でも・・・・」
「良いだろう。放課後まで読ませろよ」
「その代わり、先生が来たらおまえが持ってきたことにしろよ」
「おまえなら、取られずに済むからな」
これは何かの詐欺だろうか、田城に袋ごと取られる。
泣きたくなったが、虐められるのがイヤで何も言えない。
田城のグループがマンガ本を読み漁る。
例え、先生に見つかっても紫織の物にすれば、お目こぼしがあるという狡猾さだ。
ヨウコ、クミコ、ミナが同情しているだけ、
助けてくれる者は、いなかった。
体育は、担任の方針なのだろう。
前半、走らされる事が多い。
「人間は、足腰が一番大事よ」
半年もすると、大神先生のダイエットランニングに生徒が付き合わされていたとわかる。
そのあとバレーボールなど学校で決められたカリキュラムをこなしていく。
それでも、担任は、自分に気を使っている気がする。
35分の1より多い。
35分2ほど、他の生徒より自分に割く時間は多い気がする。
生徒間で、嫉妬されない程度。
PTAで、問題にならない程度。
紫織は、世の中捨てたものじゃないと、ちょっと思う。
とはいえ、大神先生も、生徒に好き嫌いがあると、なんとなく分かる。
先生の生徒に対する評価と生徒間同士の評価は、微妙に違う、
しかし、大差が無いように思える。
それでも、大神先生の好き嫌いは、程度の低いもので、ヒイキが目に付くほど無節操でもない。
先生も、数が多い側の味方をする。
人気のない、たった生徒一人の味方をして、大多数の生徒の不評を買うようなことをしない。
虐める側が多く。当然、虐める側の親も多く有力者もいる。
虐める側の親は攻撃的で、虐められる親は温厚な性格。
無難にやっていこうと思えば知らない振りが当然で、長いモノに巻かれて、事勿れ、
ほかのクラスは酷い担任がいて、ハッキリと生徒の好き嫌いをしてみせる。
それも不良でなく弱者に対して、先生と生徒が一緒になって、一人の生徒を虐める。
こんなやつを先生にする文部省もキチガイで、
こんなやつを雇う学校もバカだ。
教員同士の受けが良くても生徒からすると最悪の反面教師で能力があっても適性がない。
昼休み
紫織、ヨウコ、ミナ、クミコ
「酷い。田城君」 ミナ
「このまま返さなかったら。紫織、大損でしょう」 クミコ
「うん」
「あの二人、グルなんじゃない」 ヨウコ
「はぁ〜」 紫織
「大神先生。こういうとき頼れないから・・・・・」 クミコ
「学校でマンガの取引しているなんて言えないよ」
「いくら生活が、かかっているからって」 紫織
「鹿島も、田城も、酷すぎるよ」
「紫織が一人で生活しているの知っているのに」 クミコ
「うん」
マンガの本10冊。
物によるが、明日、300円から400円を鹿島に払わなければならなかった。
こんな事を繰り返されると生きていけなくなる。
電気代、水道代、電話代。
払えなければ天涯孤独の未成年でも遠慮なく止められる。
食費、給食費、学費も必要だった。
一冊いくらの利潤で、本を売り買いし、得られたお金で支払っている。
紫織は、一日にいくらの利益を上げなければならないか計算する。
基本的に古本屋は、薄利多売。儲からない仕事だ。
紫織は、授業を真面目に聞くようにしていた。
おばあちゃんの遺言だ。
『おばあちゃんは、年だからね。おまえを守ってやれなくなるよ』
『だから授業中はちゃんと勉強しなさい。遅れないように勉強しなさい』
『自分と人。人と人の関係を良く見て研究しなさい』
『誰も、恨んでは、いけないよ』 おばあちゃん
両親が亡くなった時は、突然過ぎて分別が無く、感情的だった気がする。
しかし、おばあちゃんの死は、人が生から死へと向かう姿勢を見せた。
人が体だけ残し、意識が消えていく。
それまで何かを思い、考え、話し、動いて、
自分を心配してくれていた、おばあちゃんが一転し、無機質なモノに変わる。
あの瞬間に自分の何か。スイッチが入ったような気がした。
放課後
田城タクヤが来る
「おい、角浦」
「は、はい」紫織。青。
目の前に2000円が突き出される。
「あのマンガ本。俺が買う」
「その代わり、先生が来たら、おまえが持ってきたことにしろ。いいな」
「う、うん」
悪い取引ではなかった。2000円なら、一冊200円で売ったことになる。
新古本でも180円だ。
チラッとしか見てないものの、
あのマンガの本は古本で売値100円。
学校に知られるリスクを負っても、既に利益は自分のものになっていた。
虐めから一転、ホッとするものの、反面、必ず見つかり、処罰されると諦めた。
断って虐められるより良い。
しかも、金が入る。
正義が助けてくれず。
悪事が自分を助けようとしている。
悪の誘惑は、強く、大きい。
これでは、世の中から悪がなくならない。
学校
薄情な世界。打算、派閥、階級めいたものがある。
先生と親に点数で評価され。
生徒同士も、それぞれの尺度で評価する。
教室の世界も奥深い。
テレビに出ているような意欲的な先生はいない気がする。
テレビの学園物。
ディレクターと脚本家の視聴率稼ぎ、偽善、現実無視、脚色に呆れる。
なかには、影響を受ける先生や生徒もいるが現実は難しい。
テレビの世界は、悪い人間が制裁を受ける。
しかし、現実の世界は、弱い人間が制裁。
いや、虐待か搾取される。
ニュースで悪い人間が捕まる。
それが、何分の一が捕まっているのか気休めにもならない。
弱者の淘汰が現実に思えた。
紫織は、帰り際に鹿島ムツコに古本の代金として400円を渡した。
「へぇ〜 一冊40円か」 鹿島
「・・・・・」 紫織、引きつる
「まっ 良いか」 鹿島が去っていく。
ホッとする紫織
帰宅中
紫織、ヨウコ、クミコ、ミナ。
「なに。田城君。あの本、買ったんだ」 クミコ
「なんだ。グルじゃなかったんだ」 ヨウコ
「良かったね。紫織ちゃん」 ミナ
「みたいね。いじめの始まりかと思ってドキドキしちゃった」
「まだ、わかんないぞ」 ミナ
「ミナ〜 やめてよ」
「虐められたら、どうするの?」 クミコ
「不登校して朝から店を開けるから儲かるかも。その方が生活楽だもん」
「・・・なるほど。転んでもただでは起きない。家だとそうも行かないよね」 ヨウコ
「でも紫織ちゃんも真面目ね。親が見張っていないのに学校に来るから」 ミナ
「学校に行かないと・・・」
「法定代理人と先生と養護員が来て “養護施設に入れる” とか言われたら困るもの」
「そうか」
「そうなると、結局、養護院か、弱者は損ね」
紫織は身内がいない、
法定代理人がいても社会的弱者とわかる。
滅入ると、泣きたくなる。
法定代理人は、鈴木イチロウという40代の物静かで無機質な男。
この近辺で名士と評判だった。
角浦家の資産は、土地建物や預金の大きさで、
ある程度の資産があり、節度のある人間が法定代理人に選ばれる。
鈴木イチロウは、紫織と一定の距離を保っていた。
大人の世界は、経済力、能力、親、兄弟、親戚、会社、
役職、先輩、後輩、恋人、夫に妻、顔やスタイル。
出身、学歴、人脈、金脈、権力、暴力、運など複雑に絡まって評価されていく。
当然、トータルバランスで勝っている者が有利。
アンバランスでも著しく突出しているモノがあれば優勢に思えた。
思いやりも、やさしさも、愛も、距離に比例して薄く、浅く、うつろいやすく。
心の変化は、目に見える物より変わりやすい、
条件次第で内容を変化させ、愛情も憎悪に転化する。
水が気体に変わるのと同じで、石は、石のまま、人の心は、それよりも変わりやすく、砕かれやすい。
条件次第で状況が変われば、優しい人間もマニュアル通り子供から生活費を盗ろうとする。
紫織は、子供の世界と大人の世界。
二つの違う世界に住んでいる。
学校では、小学生。
そして、古本屋の店主で営業しなければならず。
売り上げは、営業時間に左右される。
当然、学校に行くと利益は減る。
それでも生活費を節約すれば、預金を使わずに生きていける。
しかし、近くに大型古本屋チェーン店が進出すると万事休す。
客足が遠のけば、あっという間に店は傾き、
資金繰りがつかず貯蓄を食い潰してしまう。
最悪の場合、不自由な養護施設行きか、身売りの援助交際。
鏡で自分を見る。
それほど高く売れないだろうと、なんとなく思える。
援助交際。
子供は、知っている。
大人は、偏見を持っているのか、綺麗ごとなのか、知らないと思っている。
子供も、目もあれば、耳もあって、ご丁寧に性教育までやってくれる。
バカだと思うが、先生は真面目にやっているらしい。
当然、エイズも知っている。
大人も、子供も、かかった後で知らなかったと言ってるが嘘で、
認識不足だっただけで自己正当化の言い訳。
エイズに当たる確率変動は、年々、増加しているらしい。
テレビを見ればだいたい分かる。
もっとも、つまらないことを教えるべきじゃない。
好奇心で、ファーストキスをしてしまったのも、おバカなテレビのお陰だ。
“子供に見せるつもりじゃなかった!? 出来心!? 親父狩りに遭え、バカが!”
古本屋は、その種の生々しい古本も高値で売り買いする。
脂ぎった。いやらしいそうな目付きをしたスケベおやじが、その類の写真集を売るために持ってくる。
嫌悪感が高まる。
「おじさん。こういう本は店の雰囲気が悪くなるから高く買えないの」
「東口の古本屋の方が高く買ってくれるよ」
脚立に座ってマンガを読んでいるシンペイも気に入らないといった表情に見えた。
「安くてもいいよ」
スケベおやじ、ニヤニヤ
たんに落丁や破れを見るだけなら本を開く必要は無い。
角を曲げて見るだけでよかった。
落書きもパラパラとめくればなんとなくわかる。
しかし、古本屋の業界で起こりやすいことがある。
見るのも匂いも身の毛がよだつ。
『この手の本は、良く確認しないと・・・どこかに・・・・・オエ〜 気持ち悪い・・・神様〜』
想像するだけでも気分最低。
キリスト教徒やイスラム教徒でもないのに神に祈る。
当然、中身を確認するがその間、ニヤニヤとこちらの表情を見ている。
小学生の女の子にスケベ本を見せ、喜んでいる変態おやじだ。
嫌悪感が最大値に跳ね上がる。
これも一種の性暴力だ。
スケベおやじと共有したくない時間と空間と感覚が流れていく。
「お嬢ちゃんいくつ?」
スケベおやじ、ニヤニヤ
「・・・・六歳」
紫織。誰でもわかる大ウソ。
本が汚れてなかったのでホッとする。
“この、スケベ変態ロリコン親父が息子に刺されやがれ”
と思いながら、赤い顔をして1000円のところを400円で買い取る。
スケベ親父が帰っていく。
店を閉めたあと、H本をもう一度見てみようかと思い悩む。
一人で見るとなれば話しは別。
しかし、興味深そうにこちらを見ている少年と目が合うと、その気が失せる。
翌日
放課後、友達と別れ。
いくつかの電気屋さんに寄って書き留めた項目順にオール電化の質問をする。
基本料金や総合的な考え方からするとオール電化の方が長い目で見て割安。
それでも元が取れるほどじゃない。
どちらかと言うと損をしそうなのだがオール電化の響きも良く。
確かに火事の心配もなさそうだ。
それにガス代を考えなくて良いのは計算上、楽だった。
最新のものは壊れ難いらしい。
まぁ 壊れやすいという電気屋さんはいない。
それでも、どちらが壊れ難いかは正直に話すだろう。
消耗品は、焼き魚用ヒーターだけで、10年以上は持つらしい。
そして、家路に着く。紫織は、部屋にカバンを置き、店を開ける。
おばあちゃんを手伝っていたとき、シンペイと一緒でマンガを見ながら手伝っていた。
しかし、一人になってから、そうはいかない。
生活がかかっていて、宿題をしながら客を待つ。
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月夜 野々香です。オリジナル小説です。
サスペンス物、超能力物、探偵物では、ありません。
天涯孤独になった少女。
角浦紫織のサクセスストーリーです。
少しだらだらしているかも・・・でも、長い目で見守ってください。
第01話 『孤 独』 |
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