月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

 

 第02話  『幼馴染が好きな娘は?』

 土曜日の朝。

 紫織は、洗濯と掃除を済ませると学校の勉強しながら古本屋を開ける。

 朝から開店できる休日は、稼ぎ時。

 大型古本屋チェーン店が近くに無いことから日曜日の売り上げは落ちていない。

 むしろ、わずかに上向き。

 むかしは、大きな町に出ると大型の古本屋チェーン店に立ち寄り、

 良いな〜 と単純に見ていた大型店が魔王の居城に感じる。

 「この商店街は、昔ながらの下町の良さがある」

 隣の理髪店の主人トオルの口癖

 紫織は、商店街の人通りが減少を魅力不足、負け惜しみと確信していた。

 しばらくするとシンペイがやってきて、目当てのマンガを見つける。

 そして、いつものように脚立に腰掛て読み始め、なんとなくホッとする。

 タダ読みでも誰もいないよりマシ。

 近所のお金持ち、佐藤のおばさんが入ってくる。

 おばあちゃんが死ぬ前は、来た事がないように思う。

 少なくとも紫織が手伝っている間に来た事がなく、古本屋に入る服装じゃない。

 佐藤のおばさんは、一回りすると手芸の本をパラパラと見て買うと出て行く。

 おばあちゃんが死んだ後、近所の人が店に入る機会が増えたような気がする。

 子供が一人で生活しているのを心配しているのだろう。

 なんとなく監視されている気もする。

 一番心配しているのは、火事だろうか。

 これでも用心深い。

 それに、ご飯も炊ければ、味噌汁も作れる。

 おかずのデパートリーも10以上ある。

 そう思いながら、オール電化のパンフレットを見る。

 そして、ボンヤリと教科書を書き写し、練習問題をする。

 『難しい・・・』

 紫織の気が削がれる。

 「古賀は、土曜日なのに遊びに行かないの?」

 「・・読書で、忙しいんだ」

 「へえ〜 いまどきの子供って、テレビゲームで遊ぶのが普通なのに、まじめ〜」

 「角浦だって、子供じゃん」

 「これでも所帯染みているんだけど」

 「そういえば、老けたね」

 「てめえ〜」

 殴りたくなったが客が来る

 「紫織ちゃん。遊びに来たよ〜」

 ミーハーの沢渡ミナ

 「ミナちゃん。やっぱり来たのね」

 「紫織ちゃん。つれなくしないで」

 「ほら、サンドイッチとポテチ。ジュースも持ってきたから」

 「それに、じゃじゃん、おニューのゲーム」

 「はいはい、テレビゲームがしたいのね」

 「よーし、記録更新よ」

 ミナはチラリとシンペイの座り読みを見詰める

 「ミナ。親の目の届かないところでゲームをするのもいいけど。少しは勉強したら」

 「やだ、紫織ちゃん。土曜日に勉強してる〜」

 紫織は、教科書とノートを開いているた。

 「ミナだって、学校が終わったら塾に行っているじゃない」

 「わたしも弱肉強食の世界で生きていくのよ」

 紫織は、さっさとテレビゲームの準備をすると仕事に戻る。

 「ワイルド紫織ちゃんね。鎌ヨとクミコちゃんも塾が終わったら来るって」

 「溜まり場になりそう」

 「今に始まったわけじゃないでしょう。大丈夫よ。食べ物は、持参してくるって」

 「いいけど」

 ミナは、いつものようにテレビゲームを始める。

 古本屋の客は、サクラのシンペイだけだった。

 後ろでゲーム音がすると集中力が欠けてくる。

 思わず “ゆとり教育は、私塾の陰謀よ” とか

 “わざと学校のレベルを落とし、善良な庶民に余計な教育費を使わせようとしている” とか

 “きっと文部省の役人が私塾からお金を貰っているに決まっている” とか

 “仕事しないなら税金返せ”

 など相続税や固定資産税のことでブツブツ呟く。

 紫織も遊びたくなったが生活費のことを考えるとそうもいかない。

  

  

 『じゃりん子○○ね。まるで・・・』

 最近、共感のあまり、愛読書になっている本を思い出す。

 『少なくとも本の主人公より不幸よ』

 『子供が生活費を稼いでも両親がいるのと、いないのと比べたら・・・どんな親でも・・・』

 宇宙の孤児の気分は、あまりにも孤独だった。

 お客が入ってくる。

 常連2人、新顔1人。

 30代の大人が3人で少し緊張する。

 こっちは、12歳のか弱い女の子なのだ。

 なんとなく、シンペイも緊張しているように思える。

 意外とシンペイも頼りになるのだろうか、ただのサクラじゃないような気もする。

 常連の1人は、一回りして帰る。

 もう一人の常連が4冊。新顔が2冊買っていく。

 それと入れ替わるようにおばさんとOLが入ってくる。

 客の出入りが増える。

 紫織は、いつものように買った本を綺麗に拭いて値札をつけ。

 本棚に並べるなど仕事をすることになる。

 特に忙しい訳ではなかった。

 売り上げは、ソコソコで失敗も少ない。

 それでも売れそうな本を分かりやすく。

 取りやすい場所へ移動させるなど小技が必要になる。

 目新しい本でも、パラパラと見るだけで売れ筋がなんとなく分かる。

 その辺は、おばあちゃんよりセンスが良かった。

 この近くに本屋が無いことから、新刊を置いても良いかもと思うのもセンスの差だろう。

 ベストセラーだった本を調べ、蛍光サインペンでかわいく。

 『○年度ベストセラー○位、○〇万部』

 とか書いた紙を本に巻いたのも、おばあちゃんが死んだ後にやり始めたことだ。

 マメに苦労しているお陰か。

 時間が制限されている割に売り上げは減っていない。

 角浦古本店は、客足が遠のきつつ寂れた商店街でもソコソコに客がいて薄利な利益を上げていた。

  

  

 昼になる頃、鎌田ヨウコ、足立クミコの二人が塾を終えてやってくる。

 二人とも弁当持参。

 「紫織ちゃん。お待たせ。お昼よ」 クミコ

 「やっと、土曜日って感じ」 ヨウコ

 「ああ〜 私も土曜日は塾休みたい」 クミコ

 「良く言うわね。平日くらい普通に帰りたいって、土日にしてもらったんでしょう」 ヨウコ

 「ミナ、どこまで行った。あ、新しいゲーム」

 クミコが、真新しい箱を指差す。

 「ほほほ、お母さんに買ってもらったんだ。算数で90点以上取ったから」

 「ったく。その顔で算数を90点も取るなんて生意気よ」

 「クミコちゃん。私の顔にケチつけられる顔じゃないでしょう」

 「それに90点じゃなくて95点!」

 「うぅ・・・完全に負けてる」 ヨウコ

 「鎌ヨは、理数系が苦手だったよね」 クミコ

 「ていうか、鎌ヨは、得意科目と不得意科目の落差が酷すぎ」

 「鎌ヨ。好き嫌いしちゃ駄目でしょ」 クミコ

 「うるさい」

 「好き嫌いすると鎌ヨみたいに胸が大きくなるのかな」 ミナ

 「しるか!」 ヨウコ、胸を隠す。

 三人は、ゲームをしながら、食事を始める。

 紫織は、客が残っているため動けない。

 「はい。紫織ちゃん。食べて」

 ミナが机の上にオニギリ、サンドイッチ、お菓子、ジュースを持ってくる。

 「ありがとう」

 紫織は、客の応対をする。

 引越しでもするのだろうか30冊の本を売りに来た客だ。

 少し待ってもらうように言うと、規定に沿って金額を確認。

 了解をしてもらうと現金を支払う。

 客は金を受け取って出て行く。

 1冊はプレミア本で、

 4冊は連載本の穴を埋められるマンガだった。

 プレミア本は、定価よりも高値買い取り。

 連載本は、通常の値段で買っても、まとめ売りが出来る特典がある。

 少しくらい割り引いても、まとめて、売れば大きい金額になった。

 まとめ売りが良いか、バラが良いかは、本種と在庫しだいで勘を働かせる。

 紫織は、連載物を集めてビニール巻にし、一割引で売ることにした。

 ふと気付くと客がいなくなっている。

 シンペイも、昼食で帰ったのだろう。

 一息ついて、食事。

 ミナ、クミコ、ヨウコもゲームに熱中している。

 一人寂しく店番するより、遊んでいても友達が、そばにいると気が休まる。

 それでも遊びたい盛りだ。

 事情が違うのは分かるが、なんとなく羨ましい。

 気分は “私の青春未満も、青春期も、古本と一緒に埋もれてしまうのね” だった。

 これは、万馬券以上の確率で玉の輿に乗らなければ避けられない現実。

 そして、玉の輿自体も、プライベートを墓場に埋めてしまうのと変わらない。

 ため息。

 「ミナちゃん。これ教えて」

 紫織が問題集のひとつを聞く

 「えぇ〜・・・」

 ミナは、算数が得意なのか、さっさと教えるとゲームに戻っていく。

 分かったような、分からないような。

 紫織は、ミナの計算式を見よう見真似で、次の問題集も解いていく。

 実は、問題集も古本。

 流行の公文式は、理屈がいらない。

 繰り返し慣習的に覚えさせる。

 紫織は、理由も分からず、公式通り言いなりになる事に生存本能が抵抗する。

 そういう習慣が身について、社会に出れば草食動物のように狩られるだけだ。

 一億総草食動物化。

 僅かな肉食動物に良いように食われるだけの家畜。

 無事に生きて行けるか、行けないか運次第。

 政治家にとって都合がいいはずだ。

 大人しく従順な国民。

 自我の強い個人ばかりだと国がバラバラになって国が弱くなっていく。

 国にとって都合がいいのだろう。

  

  

 お父さんとお母さんは、運が悪かったのだろうか。

 紫織は、自分が肉食動物になれるとは思えなかった。

 ライオンよりも、リスに共感する。

 賢い草食動物で、あれば良いが運次第に変わりない。

 動物に食物連鎖があるように人間も、それに近く、

 人間の天敵は、人間だけだった。

 そして、強い者が弱い者を搾取していく。

  

  

 ミナ、ヨウコ、クミコは、夕食前に帰ると、いきなり寂しくなる。

 たぶん、明日も来るだろう。

 彼女達にとっては親の干渉を受けずに羽を伸ばせ、安上がりに遊べる場所。

 マンガ本も売るほどある。

 

 

 シンペイが来る。

 「・・・お母さんが晩御飯だって」

 「うん。ありがとう」

 一生恩を着せられそうと思いながらも、跳ね除けると角が立つ。 

 オール電化のパンフレットを集めて持っていく。

 古賀の家に行くとおばちゃんが食卓に料理を並べていた。

 「お邪魔します」

 「はい、紫織ちゃん、たくさん食べてね」

 「はい、頂きます」

 「はい、どうぞ」

 父親は、散髪中。

 母親と息子と紫織の食卓。

 会話は、カオリと紫織だけ。

 食後、シンペイは、さっさと部屋に戻る。

 紫織は、パンフレットの一枚を出し、

 いくつかのメーカーで丈夫そうなものを選んだ。

 「これにする」

 壊れたら修理費の方が高くつくから、

 いくつかの電気屋さんで、一番壊れ難いものを聞いた結果だった。

 「これね。高くも無く、安くも無くか、大丈夫なの?」

 「これが一番丈夫だって、電気屋さんが言ったから」

 「そうなんだ。なるほど、家もこれにしようかな〜」

 「どこの電気屋さんが言ったの?」

 「駅前の電気屋さん。四軒ぐらいあるから聞いたの」

 「三軒は、このシリーズが修理率とか、返品率が少ないって」

 「やっぱり、紫織ちゃんって、しっかりしているわね。同じ12歳でも緊張感が違うわ」

 「・・・・・・」

 「じゃ これでいきましょう。どこで買うか決めた?」

 「私も一緒に行くから」

 「駅前のヤ○ダ電機が一番、安そうだった」

 「そう。いつ行く?」

 「月曜日の学校の帰り」

 「そう、じゃ 学校の前で待っているから、一緒に行きましょう」

 「代理人も一緒に行くけど。おばさんが割引してもらえるよう。がんばってみるからね」

 「うん」

  

  

 日曜日

 ミナとヨウコが朝から来る。

 ミナは、ともかく、ヨウコは塾のはず。

 聞いてみると母親とケンカしたらしい。

 ケンカ相手がいるだけでも幸せだと思えても、両親がいるところは、そうでもないらしい。

 「家出よ。紫織ちゃん。今日から一緒に住もう」

 「わたしも、働くから。働かせて、ね、ね」

 「鎌ヨ。一日や二日ぐらい、泊められるけど無理だと思うよ。怒られちゃうし」

 「そうそう、だいたい。塾がイヤだなんていうから、こじれるのよ」

 「だって、勝手に部屋に入って、勝手に人のもの見るんだもの、絶対イヤ!」

 「子供に関心ある母親は、みんなやっているよ」

 「そんなの気が付いてないだけだと思うよ」

 「わたしなんか、秘密の物は、ばれないところに隠しているもの」

 「ミナ〜 秘密って、何よ」 紫織、ニタ〜

 「秘密は、秘密よ」

 「興味あるな〜 あ、店を開ける時間だ」

 バタバタと店内の埃を落とし、店を開ける。

 例え、古本屋でもフケツにしている店に客は来ない。鉄則だ。

 紫織がつやの着きやすい除菌布で本を拭いているのも。

 音楽を流し、微香性の香水を置いているのも、

 客入りと客の滞在時間をのばし、買いやすくさせるためだ。

 「紫織ちゃん。苦学生ね」 ミナ

 「まじめ〜」

 「これで、食べているの」

 「キャー! 素敵、紫織ちゃん。おとな〜」 ミナ

 「カッコいい、ひゅー! ひゅー!」

 「全然、素敵じゃない。全然、かっこよくない」

 紫織にとっては、学校でやっているのと同じ、ただの掃除だった。

 他の子には、違うように見えるのだろう。

 「じゃ 客が来るまでゲームだ〜♪」 ミナ

 4人は、最初の客が来るまでテレビゲームをする

 「ねえ、知ってる。三組の武田ハルコちゃん。車に連れ込まれそうになったんだって」 ヨウコ

 「えっ! うそ、やだ、怖いじゃない」 ミナ

 「イヤよね〜 変態親父に誘拐されて、あんなことや、こんなことされて」

 「殺されて、捨てられちゃうなんて」 ヨウコ

 「うぅ ヤダ」 紫織、青

 「気持ちワルイ〜」 ミナ

 「山の中に埋められて。永遠に・・・だったりして」 ヨウコ

 「えぇ〜 わたしなんか、完全に忘れ去られちゃうじゃない」 紫織

 「じゃ 裸で野ざらし」 ヨウコ

 「絶対! いや!!」 紫織

 「紫織ちゃん。わたし、紫織ちゃんのこと忘れないから貞子はやめてね」

 ミナが紫織の手を握る。

 「・・・・ミナちゃん。ありがたいけど縁起悪いから、やめて」

 「殺される時は、痛いのかな」 ヨウコ

 「きゃー! 鎌ヨ。怪奇物が好きなんだから」 ミナ、耳を塞ぐ

 「ぞぞ〜 もう止めて〜」 紫織

 「やっぱり、あんなことや、こんなことは好きな人とやらないと」 ヨウコ

 「えぇ〜 誰とやりたいの、あんなことや、こんなこと」 ミナ

 「だから、好きな人よ」 ヨウコ

 「だから、誰が好きなの?」

 「まだ、いないけど」

 「なんだ」

 「紫織ちゃんは、古賀かな」 ヨウコ

 「ば、バカいわないでよ。家が隣りなだけでしょう」

 「幼馴染から、実は、許婚ネタへ〜」 ミナ

 「全然違う! 全然違う!」

 思いっきり首を振る

 「まあ、見た目は悪くないけど」

 「マンガオタクで。ちょっと暗いけど」

 「なに考えているのか分からなくて。成績は並み以下で、体育は・・・並み以上かな」

 「良いところ無いじゃん」 紫織

 「でも、幼馴染って、運命的な響きがあって、いいじゃない」

 「生まれたときから隣同士、きっとあんなことや〜 こんなことも〜」 ヨウコ

 「ば、ばか。な、な、なにも、ないわよ、なにも」 紫織、赤

 「あっ! 紫織ちゃん。顔赤い〜」 ミナ

 「あやしい。何かあったな」 ヨウコ

 「な、なに、言っているのよ、何も無いに決まっているじゃない」 紫織、真っ赤

 「・・・・・・・・」 ミナ

 「・・・・・・・・」 ヨウコ

 「あ、お客が来るから」

 紫織、逃げる

 カウンター席に着いた紫織の左右にミナとヨウコが座って腕を組む

 「紫織ちゃん。誰にも言わないから〜」 ミナ

 「古賀と、どこまでいったの?」 ヨウコ

 「い、いくか!」

 「限りなく、怪しいんですけど」 ミナ

 「怪しくない! 全然! 怪しくない!」

 「古賀に聞いてみようかな〜」 ヨウコ

 「うそっ 駄目!」

 「駄目〜ぇ ますます怪しい」

 「紫織ちゃん。そんな子じゃないと信じてたのに〜 ミナ。恥ずかしい〜」 ミナ

 「な、なにが、恥ずかしいよ。恥ずかしいことなんか。し、して無いわよ」

 ヨウコが紫織の両肩に手を置いた。

 「紫織ちゃん。しっかり前を見て。怖くない、わたしを信じて、正直に話して。紫織ちゃん」

 「鎌ヨ・・・ドラマの見過ぎ」 紫織、しら〜。

 「あはは」

 「まあ・・・慌て様からして、だいたい想像つくけどね」 ミナ

 「やっぱり」 ヨウコ

 「まあ、武士の情けだ。この辺にしておいてやろう」

 「え〜 つまんな〜い。武士じゃないし〜」

 「続きは、古賀が来てからやろう」 ミナ、にま〜。

 「よ〜し」

 「お、おまえら〜」

 ミナとヨウコがニタニタしながらゲームの続きをする

 『古賀・・・今日は、来ないで〜』

 紫織、祈る

  

  

 日曜日の集客は基本的に天候に左右される。

 朝から天気だと外に出て行く。朝から雨だと出ない。

 朝、雲って昼から天気が良くなると、客が多い。選挙と同じ。

 今日は、多いだろうと思える天候だった。

 人間は、霊長類。高等動物なのだろうか、

 天候に左右されるのなら動物と同じだ。

 しかし、一概にそう言いきれないから高等動物で霊長類なのだろう。

 それとも、他の要素が絡んでいるのか客入りが悪い・・・

 どこかでイベントがあるのか、安売りがあるのか。

 思わず、今日の分のチラシを調べる。

 本を読む人口は確実に減少している。

 お客第一号は、まだきておらず、スロー・スタート。

 休みの日に客が来ないのは最悪。

 そして、第一号でシンペイが入ってくる。

 本を取ると、いつものように脚立に座って読み始める。

 ふと気配を感じて引きつる。

 そっと振り返るとミナとヨウコがにんまりと笑っている。

 思わず怯える。

 ミナとヨウコがスルリと獲物に・・・・・

 シンペイに近付く。

 そして・・・・

  

  

 ある意味ショックな気もする。

 ある意味ホッと・・・・・・

 幼馴染に好きな相手がいたからといって悪いわけじゃない。

 それが友達の鎌田ヨウコでも・・・

 そして、いまではミナが仲人になって、初々しさ満点のカップル。

 古賀シンペイと鎌田ヨウコが並んでテレビゲームをしている。

 気分は “わたしじゃないのかよ” とか

 “わたしとのファーストキスは、なんだったのよ” とか

 自分だと嬉しいが困るような気もする。

 どうして良いのかわからない。

 人に好かれるのは、どういう気持ちだろうか。

 まだ、好奇心だけで心身ともに異性を求めていない年齢だ。

 幼馴染ネタで面白がっていたヨウコは、当事者になったとたん、歯切れが悪い。

 正座してゲームしている。

 「・・・ほら、何か言いなさいよ。古賀。ヨウコちゃんを喜ばせるような、会話をしなさいよ」

 ミナが横から、ちょっかいをかける。

 ゲームに集中していたシンペイが動揺する

 「え・・・・な、なんて」

 「そ、それくらい自分で考えなきゃ え〜と〜」

 「“いつから好きになったんだよ” とか “どういうところが好きになった” とか」

 「愛を囁くのよ。愛を・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・」

 シンペイ真っ赤、ごっくん。

 「早く、早く。鎌ヨも聞いてみたいよね」

 「愛の言葉でメロメロよ〜」 ミナ、面白がる

 「耳元で囁くのよ!」 ミナ。全開。

 「・・・・・」 ヨウコ真っ赤

 「六年になってから・・・せ、性格が・・好き・・・かな・・・」

 「キャー! キャー! 古賀って男らしい・・・」

 「鎌ヨも、何か言いなさいよ」

 「・・あ、りが、とう・・」 ヨウコ真っ赤

 「ねえ、ねえ、二人でデート行かないの」

 「デート。天気が良いんだから。デートよ。デート」

 ミナ。ワクワク、ワクワク

 「お、お金ないから・・・・・」

 「お金がなくても二人で歩くだけでいいのよ」

 「古賀が愛を囁き続ければ、お金なんて要らないの・・・」

 「鎌ヨは、刺激的な、愛の囁きを聞きたいの! そうよね。鎌ヨ」 ミナ。恍惚 & トリップ。

 「・・・・・・・・・・・・・」 ヨウコ、真っ赤

 「ほら、二人きりで、歩いてきなさいよ」

 ミナが二人の手を繋げさせて古本屋から追い出す。

  

 「二人とも両手足がチグハグに出てる」

 手を繋いで歩いている二人のうしろ姿を携帯のカメラで撮る。

 出来の悪い二足歩行ロボットの方が、はるかにマシだ。

 どちらかと言うとヨウコの方が背が高く、体格も良い。

 「緊張しているみたいね。あ〜ん。どうしよう」 ミナ、ウズウズ

 「後を付けようと思っているでしょう。やじ馬根性丸出し」

 「えぇ〜 愛のキューピットよ」

 「行ってくれば・・・私は全然構わないけど」

 「んん・・・んんん・・・・んんん・・・」

 ミナ、腕を組む

 「なに?」

 「なんか無粋じゃない。邪魔したら悪いし」

 「チョッカイかけたくてウズウズしているくせに」

 「んんんんん・・・・ここは、温かく見守ろう」

 「おっ! いつになく立派」

 「ねえ、紫織ちゃん。結構、ショックだったんじゃない」

 「別に・・・まあ、驚いたけどね」  紫織、負け惜しみ

 「そうかぁ・・・好きだったんだ・・・・」  ミナ、腕を組んで頷く

 「言っていないでしょう! そんなこと!」

 「はいはい」

 「ったく・・・・」

 「あたしはショックだな。女として鎌ヨに負けたのかと思うと自尊心が傷付く」

 「発育のいい子が好きなのよ。男って!」

 ミナ、ため息しつつ自分の胸を見る。

 「負け犬の遠吠え?」

 「うん」 ミナ。頷く

 シンペイとヨウコは、手を繋いだまま、町の中に消えていった。

  

  

 「日曜日に女同士で二人きりか」

 ミナは、テレビゲームをしながら脱力

 紫織は、客の相手をしながら、小学生の営業用の愛想笑い。

 「つまんな〜い。今頃、鎌ヨと古賀は、二人で、あんなことや、こんなことを〜」

 「気まずかったりして」

 「あれ、紫織ちゃん。二人が上手く行かない方が良いんだ。やっぱり、古賀のことを〜」

 「ちがう〜 あ、いらっしゃいませ」

 お客が本を購入。

 ようやく、客の出入りが、増え始める。

 「やっぱりさ。女同士って楽だけど、刺激少ないよね・・・」

 「負け組みって感じ〜」

 「どうせ、そうでしょうよ」

 「・・・紫織ちゃん・・・田城君と鹿島さんは、相変わらずなの?」

 学校での古本マンガの売買いのことだ。

 「うん」

 「儲かっているんだ」

 「うん」

 「いつか、ばれるよ」

 「覚悟している」

 「紫織ちゃんが、悪いわけじゃないのに」

 「同罪だよ、金取っているんだから。主犯かな」 ため息

 「やめられないか。相手が怖いし」

 「犯罪ってさ。こういうのから始まるのかな・・」

 「・・・わたし、気持ちだけは、紫織の味方だから」

 「ありがとう」

  

  

 昼を過ぎると、隣のおばちゃんが来る。

 「シンペイは、来てないの? お昼なのに・・・」

 「あ・・デートに」 ミナ

 「デ・・・デート・・・シンペイが・・・デート」

 カオリが紫織を見る

 「誰と?」 カオリ、驚

 「同級生の鎌田ヨウコで〜す」

 「あの子が・・・・デート・・・・・」 カオリ、呆然

 紫織が携帯で撮った映像を見せる。

 カオリは、マジマジと携帯の画像を見詰める

 「まあ・・・・へえ・・・この娘とデート・・・・・シンペイが・・・・」

 カオリは、フラフラと出て行く

 入れ替わりにクミコが入ってくる。

 「足立クミコ。ただいま戻りました」 敬礼、

 左手にセブンイレブンの袋

 「うむ、ご苦労。クミコ中尉。早速、作戦会議を始める」

 「コード名は “鎌ヨと古賀のムフフ作戦” である」 ミナ敬礼

 「・・・・」 キョト〜ン。

 「これ・・・・」

 紫織が携帯の映像を見せる

 「うっそ〜 おぉぉお!!」

 「うっそ〜 おぉぉお!! ではない!」

 「戦況は、極めて流動的である」

 「我々の作戦いかんによっては、計画が破綻する可能性も極めて高い」

 「早速、作戦会議だ。クミコ中尉」 敬礼

 「はっ! ミナ大佐。了解しました」 敬礼

 ミナとクミコがテレビゲームをしながら。

 ヨウコとシンペイの顛末で、笑い転げるまで、時間はかからなった。

 紫織は、増えてきた客をさばくために動けない。

 昼食は、ミナとクミコが持ってきたおにぎりやパン、お菓子、ジュースで済ませる。

  

  

 しばらくすると隣のおばちゃんが、コーヒーとホットケーキを持ってくる。

 「あの子・・・どこに行ったのかしら・・・・食事もしないで・・・・」

 時計を見ると三時になっていた。

 「おばさん。鎌ヨに電話する?」

 「鎌ヨ、携帯持っているから」

 「・・・邪魔したら・・・・不味いわよね・・・・・」 カオリ、ドキドキ

 「絶対に駄目です。おばさん」 

 ミナはホットケーキを食べながら喋る

 「そうです。あんな事や、こんな事の真っ最中だったら、気が削がれちゃうじゃないですか」

 クミコがホットケーキを食べながら応える。

 「あ・・・ん・・・な・・・ことって、まだ、小学生だし・・・そんな・・・・」

 「絶対に駄目。わたし達だって携帯かけたいのに我慢しているのに」 ミナ、力説

 「戻ってきてから、聞くんです!」

 「・・そ・・そ・・そうね・・それが・・いいの・・かしら」 カオリはオロオロ

 「当然です! 母親ならそうすべきよ」 ミナ

 「息子の成長を見守るべきです」 クミコ

 「そ・・・そうね・・・そうね・・・・そうするわ・・・・」

 カオリは、小学生二人に言い包められ、フラフラと出て行く。

 紫織は、息子だから落ち着いていられるのだろうと思った。

 ヨウコの父親と母親が聞けば半狂乱で探し回るだろう。

  

  

 午後になると、ミナとクミコが帰っていく。

 ついにヨウコは、戻ってこなかった。

 幼馴染のシンペイが、友達のヨウコとデートしている。

 それまで、近くにいるはずのシンペイが遠くに行ってしまったような気がする。

 なんとなく、むかし、シンペイとキスしたときのことを思い出す。

 そして、ため息。

 シンペイは、クラスで六番目から八番人気だろうか、無難なところだ。

 クラスで、カッコいい男子も、女子も、一人か、二人。

 後は、五人から八人の団子がいくつかあって

 “こいつ、最低” なのが、一人か、二人いるのが標準。

 普通、男子同士、女子同士でいる方が楽で好きといっても興味本位が強く。

 思いも淡いような気がする。

 クラスで一番人気の男子、三森ハルキは、ジャーニーズ系。

 紫織も好きだが、学校にいるときだけで、後は、忘れている。

 そして、女子が力強さや頼りになる男に惹かれるのが自然で、どんなにカッコよくても小学生は、頼りなく見える。

 特に一人で金を稼いで生活している一二歳の紫織だと、同級生が頼りなく見えても仕方ないことだ。

 顔や頭やスタイルより、男性の生活能力に関心が行く。

 ふと気付くとシンペイが目の前。

 「角浦。夕食」

 「うん、デートは、どうだった?」

 「・・・なんで、母ちゃんが知っているんだよ。お父ちゃんまで・・・」

 「・・・わ、わたし、じゃないわよ。わたしじゃ」 紫織、首を振る

 「さ、沢渡だな」

 「あは、ははは・・・・でも、がんばったじゃない」

 「古賀にしては・・・鎌ヨに告白するなんて」

 「誤解してたから・・・・つい・・・」 シンペイは、気まずそうに一言

 「まあ、いいけどね」

 紫織。簡単に戸締りをすると、隣の家に行って四人で食事する。

 食卓に焼肉と寿司がある。

 いまどきの子供が食い物に釣られて、親にデートの内容をベラベラと話すると思うのは、認識が甘過ぎる。

 カオリとトオルは、余程、息子の初デートが嬉しかったのだろう。

 にこやかに根掘り葉掘り聞く。

 シンペイは何も答えず、ムッとする。

 そして、紫織にまでヨウコの素性を聞いてくる。

 カオリとトオルの恋の手ほどきが延々と続きそうだった。

 シンペイは、さっさと食べて自分の部屋に逃げていく。

 紫織も苦笑いしながら無難に応えるが

 “お小遣いは増やした方が恥をかかなくて済むかな”

 と幼馴染を助け、仕事だからと戻る。

  

 その夜、紫織、ミナ、クミコ、ヨウコのメールのやり取りが続く。

 そして、情報提供を条件に二人の関係を学校に話さないという、第三次 ヨ・シ・ク・ミ 四者協定が結ばれる。

  

  

 

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第01話 『孤独』

第02話 『幼馴染が好きな娘は?』

第03話 『やっぱり、バレた』

登場人物