月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

 

第03話 『やっぱり、バレた』

 そして、月曜日

 学校に来たヨウコは、ミナ、クミコ、紫織に連行され、根掘り葉掘り聞かれることになる。

 三人ともデートした事がないのだから当然で、あんなことや、こんなことは、生で聞きたいに決まっている。

 追求が上手いのは、クミコだった。

 ノートに時間経過ごと、どこで、誰が、何をして、何を喋ったか、行程を聞いて書き取る。

 矛盾点や疑問点があると余罪が切り崩されていく。

 クミコに尋問され、暴かれていくヨウコは、立派な被疑者に思えた。

 小学生二人の初デートで面白いことなど、あろうはずもない。

 一度、離した手は繋がれることなく。

 それでも、一緒に公園に行って、シンペイは、なけなしの金を出し、二人で焼ソバを食べたらしい。

 たわいもない内容でも、なんとなく、ときめいてしまうのは、そういう、お年頃だからだ。

 「鎌ヨ。次のデートは、いつ?」 クミコ

 「き、決めてない」

 「古賀のこと、好きになった?」 紫織

 「き、嫌いじゃないわよ。好きだって、言われたら・・・いやな気がしないもの・・」

 「ふ〜ん。古賀に好きだって、言われたんだ〜」 クミコ、にま〜

 「鎌ヨも、古賀に好きだって言いなさいよ」 ミナ

 「えぇ〜!」 ヨウコ、真っ赤

 「それが礼儀よね」

 ヨウコとクミコは、面白がって何度も頷く

 「次にデートの時に、ちゃんと言わないと、振られるぞ」 紫織

 「だ、だって、そんな、急に」 ヨウコ、モジモジ。

 「振られたら、もう好きと言ってもらえない」 ミナ

 「・・・・・」 ヨウコ、迷う

 「これが最後だったりして」 クミコ

 「・・・・・」 ヨウコ、悩む

 いつもと違う、ヨウコがいた。

 『『『おもしろい〜!!』』』

  

  

 放課後、校門を出ると隣のカオリおばちゃんのほかに法定代理人。

 そして、商店街や近所のおばちゃんが4人ほどいた。

 一緒にヤ○ダ電気に行って、オール電化の値段交渉が始まる。

 おばちゃん5人集まると、電気屋さんもタジタジになるらしい。

 結局、かわいそうな身の上話しを泣きながら語る5人のおばさん。

 思わず、わが身の不憫さを再確認させられ、もらい泣きする角浦紫織。

 法定代理人は、名刺を渡した後、傍観する。

 二重の不幸を嘆き、店長は泣きそうな表情で、ほかの客も集まってくる。

 店長も、下手に逆らえば、血も涙も無い電気屋にされてしまうと思ったのか、

 とんでもない安値になり。

 目聡い老夫婦二組と新婚一組は、チャンスと思ったのか

 “一緒に契約するから” とさらに価格を落とさせてしまう。

 なんとなく、店長が降伏文書に調印する全権大使のようにも見える。

 しかし、計9件の同時契約が終わると周りから拍手が起こる。

 紫織は、ダシに使われたが草食動物が生き残るにはタッグを組むのが一番良いとわかる。

 どっちが肉食か、わからなかったが人も、金も、物も、数が多い方が勝つ。

 夕方になって、鼻息荒いカオリおばさんと紫織が凱旋帰宅し、古賀家で一緒にピザを食べた。

  

  

 翌日の朝

 担任の大神先生に学校に休むと伝えると店を開ける。

 しばらくするとオール電化の改装屋さんが来て家の中の工事を始める。

 いつの間にか、近所のおばちゃんたちも様子を見に来ていた。

 いや、工員の監視だと気付いたのが、10分後。

 使われなくなったガス台とガス湯沸かし器が数百円でリサイクル業者に持っていかれる。

 中国に持っていかれ、安い労働力で綺麗に洗浄され修理され、

 新品同様に拭かれて売られると話していた。

 オール電化の工事が終わると都市ガスを止める

  

 その日と翌日は、六家庭のオール電化の改装工事が行なわれ、かなり話題になったらしい。

 結局、おばさん連合の言うとおり。電気屋さんの宣伝につながって、長期的に損をしないだろう。

  

 午前中にオール電化の改装工事が終わり、隣の古賀家の改装工事が始まる。

 紫織は、早速、スーパーに買物に行った後、

 ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、肉で、オーソドックスなカレーを作る。

 大量に作ってもタッパーに入れて冷凍庫に入れておけば、しばらくもった。

 紫織は、料理を作るのが苦ではなく、どちらかと言うと好き。

 そして、好きこそなんとかで、うまく作れる物が多く、自分では美味いと思っていた。

  

  

 そして、その夜。

 古賀家に夕食を誘われたとき、タッパーに入れたカレーを持って披露する。

 おばさんの作るカレーより辛口。

 しかし、父親とシンペイにヒットしたらしい。

 おばさんは・・・・・・という表情だった。

 紫織にすれば、もう夕食に誘ってもらえなくても大丈夫。

 という意思表示も含んでいたが、おばさんは強かった。

 “一人で食べても、おいしくないでしょう”

 “そんなことさせたら紫織ちゃんが不良になっちゃうわ”

 という事でダラダラといきそうだった。

 そして “料理も上手だから、夕食は、一品。作ってきてもらえるわね” だった。

 おじさんも “そうだ、そうだ” と頷く。

 これが噂に聞く、どちらの面子も立てるという、大人の解決法だろうか。

 結局、紫織は頷く。

 「明日は、紫織ちゃん、何を作るの?」 カオリ

 「サバの煮込み」

 冷蔵庫に入れてある食材で出来るものを言う。

 カオリは、箸を落とし動揺し、

 父トオルは、あからさまに面白がり、

 息子の表情は対照的。

 「・・・紫織ちゃん、気を使わなくてもいいのよ」

 「ほら、玉子焼きとか、目玉焼きとか、安いもので良いんだからね」 カオリ、汗

 「もう、買ってあるから。明後日からそうする」

 「女の子一人なんだから食費を安く上げなくちゃ」

 「新しい台所になったから、つい試してみたくなって」

 「料理の上手な女の子は、結局、良い結婚と安定した家庭になるから」

 「長い面で見ると得だよ。家で食材を・・・・・・」 トオル

 「あなた〜」 カオリは、剥れる

 「まあ、高い食材を買って手抜き料理する女は、どこに嫁いでも嫌われる」

 「安い材料で美味しい料理を作れる女性が一番だ」

   

 紫織は、夕食後、店を開け、古本の料理本を読む。

 結局、トオルおじさんのいう通り、簡単料理や手抜き料理は、高価な素材に頼る。

 当然、食材の値段も跳ね上がる、

 安い食材で量を水増しで丁寧に美味しく作るのが鉄則。

 タイマー付きのオール電化なら、少しくらい目を離しても時間を有効に使える点も優れている。

 紫織は、店を閉めて、戸締りをする。

 風呂を沸かすのもタイマー。

 しかも浄水装置付き、風呂の水をタンクで浄水して塩素で殺菌して水洗に戻すというもの。

 水道代が安くなる点で優れている。

 紫織は、湯船に浸かるとなんとなく極楽極楽と思いながらぼんやりとし、

 ・・・・ハッとする。

 いつの間にか、鼻の上までお湯に浸かっていた。

 激しく咽びながら危なく、死ぬところ。

 湯船から出て体を拭き、着替え、寝ることにする。

 “疲れているとき、湯船のお湯を二分の一じゃなくて三分の一にしよう” だった。

  

  

 紫織の小学校生活も、あと4ヶ月。

 中学校は、淀中学。

 駅で二つ先、歩いて行くには遠く、自転車の方が割安。

 “義務教育なのに金を取るな”

 と言いたいが奨学金で何とかなる。

 紫織に言わせれば、

 “そんなに年寄りの票が欲しいか” で

 “手抜き教育で金まで取るな” で

 “もっと子供の教育に金を使え” で

 “でも、歳をとると、年寄りを大切にって、思うのよね”

 と、ばあちゃん子だった紫織は、そう思うのだった。

 問題は、高校だった。

 中学は、義務教育でも、

 高校は、行くも、行かないも自由。

 しかし、高校は行くべきだろう。

 高校のセーラー服も、かわいい。

 たぶん、高校になれば、もっと綺麗になっているはず。

 背丈も体も大きくなって、去年の服は、着られないだろう。

 値段が気になるところで、夏冬・間服で二着ずつは買わないと・・・・・・・・

 あれこれ計算すると、面倒な金額が出てくる。

 養護員の書いた紙切れと睨めっこする

 “計算より、厳しいかも” で

 “本当は、中国で安く作っているのに、子供の教育や世間体を人質にして、卑劣な業者だ”

 一人で生きていくと、そういうことばかり考える。

 たぶん、ニュースを見る機会も同級生の中で圧倒的に多いかもしれない。

  

  

 この頃、紫織と鹿島と田城との関係は、共生関係になっていた。

 「明日、持ってこいよ」 田城がお金を渡す。

 「うん・・・」

 紫織は、指定された本がなければ、ほかの古本屋に行って探し、マンガの本を買ってくる。

 田城グループも、鹿島グループも同じ。

 学校で読むためのマンガの本を紫織が持ってきたことにして、読み漁る。

 見つかっても紫織のせいにする。

 紫織は、既に金を貰っており。

 二つのグループは、読み終わると別のマンガ本を持ってくるように本を返し、金を渡す。

 乱雑にならなかったのは、田城・鹿島グループの専売になってしまい、

 マンガを学校に持って来られないようしたからだ。

 そして、二つのグループは、他の生徒の金でマンガを読めるようになっていく。

 悪い事をしていると思ったが、断ると虐められそうで、断る勇気もなかった。

 そして、けっこうな利益になっている。

   

 その日のホームルーム。大神先生と教頭先生が入ってくる。

 「持ち物検査を行います」 大神

 「・・・・・・・」 沈黙

 「カバンの中と机の中の物を全部机の上に出しなさい」

 「全部、机の上に出せ」

 教頭先生が前から後ろに移動する。

 後ろから見れば、隠しようがなかった。

 不承不承に荷物が机の上に出される。

 デジカメで撮られ、授業で関係ない物が次々と箱の中に入れられていく。

 厄介なのは携帯でゲームだけでなく、衛星追跡が出来るものまであり。

 これは、没収しないらしい。

 そして、緊張の中、ロッカーの中からマンガ本が入った袋が出された。

 「これを持ってきたのは、どの生徒だ」

 教頭先生の言葉に教室全体が沈黙する中。

 紫織が席を立つ。

 「わたしです」

 既に覚悟を決めていた。

 学年で問題ありの物品の5分の4は、紫織と関係ないものだった。

 それは、5分の1が紫織と関係あるもの、つまりマンガ本。

 紫織は職員室に呼ばれ、

 大神先生は、ムッとしている。

 目の前にマンガの本の山が置いてある。

 六年二組が他のクラスを抜いて第一位。

 他の先生も注目している。

 「角浦さん。どうして教室にマンガの本があるのかしら」

 「わたしが持ってきました。すみません」

 紫織は、素直に謝る。

 「田城君と鹿島さんが “持ってこい” と言ったの?」

 「わたしの独断です」

 「脅されたんでしょう。持ってこないと虐めるとか」

 「いえ、わたしが悪いんです。済みませんでした」

 「どうして、マンガの本を持ってきたの?」

 「お金が欲しかったからです。済みませんでした」

 紫織は頭を下げる。

 大神は、周りの先生を見渡す。

 ため息をつく先生もいたが多くは無表情。

 「残念ね。角浦さん。困った事があったら “わたしに言って” と言っていたのに」

 「・・・・言ったら・・・どうしました?」

 「・・・・・・」 大神

 「・・・・・・」 紫織

 「田城君と鹿島さんをかばっているの?」

 「違います。わたしが悪いんです。もう持ってきません、済みませんでした」

 「角浦さん。事情はね。全部知っているの」

 「角浦さんも悪いけど、田城君と鹿島さんをかばう事は無いのよ」

 「・・・・・」 紫織

 「こっちの箱の中のマンガ本も田城君と鹿島さんが持ってこいと言われ、あなたが持ってきたものね」

 「大神先生。わたし、分かったんです」

 「田城君も、鹿島さんも、わたしを助けようとしたんだと思います」

 「だから、わたしが悪いんです。もう、持ってきません。ごめんなさい」

 「・・・・・・・」 沈黙

 「そっちの箱の本も、わたしが持ってきたものです。ごめんなさい」

 「ゴホンッ・・・あ、反省しているようだし・・・」

 「とりあえず、もう、持ってこないという事で・・・」

 「ここは、収めて良いんじゃないかかな」

 校長が終わりにしようと声をかける。

 「法定代理人への連絡は、どうしますか?」

 「学校内での物品の売買、それもマンガ本の売買は重大ですが・・」 教頭

 「まあ、今回は、元々、風紀を正すのが目的。厳重注意という事で」

 「もう一度やったときに、連絡しても良いのではないかな」

 「情状の余地は、あるようですし・・・」

 「どうですか? 大神先生」

 「・・・ええ、校長が、そう仰られるなら、そうします」

 「角浦さん」

 「はい」

 「今度、マンガを学校に持ってきたら法定代理人に知らせます」

 「養護院行きになるかも知れないわよ」

 「はい、済みませんでした」

 紫織は、田城、鹿島とお金を精算して、マンガの本を持って帰ろうとした。

 田城タクヤ、鹿島ムツコだけは持ち物検査で自分の机から出した本を自分の本だと言い張り、

 金を受け取らなかった。

  

  

 そして、大神、田城

 「このマンガは、どうしたの?」

 「角浦に金を渡して持って、こさせたんだよ」

 「どうして? 田城君」

 「あいつ、古本屋だろう。マンガを読みたかっただけだ」

 「・・・ねえ、田城君。角浦さんを助けようとして、マンガを持ってこさせたの?」

 「しらねえよ」

 「じゃ 嫌がる角浦さんに金を渡してマンガの本を持ってこさせたの?」

 「ああ」

 「“ああ” じゃないでしょ “はい” でしょう “はい”」

 「はい、はい」

 「“はい” は、一回」

 「はい」

 「はぁ〜 もういいわ」

 「ただし、今後、角浦さんにマンガを持ってこさせないこと」

 「いい。今度、マンガ本を見つけたら」

 「角浦さんは養護院行きになるかもしれないからね」

 「へぇ〜」

  

  

 そして、大神、鹿島

 「鹿島さん、このマンガは、どうしたの?」

 「角浦に金を渡して持ってこさせた」

 「どうして?」

 「マンガを読みたかっただけ」

 「・・・ねえ、鹿島さん。角浦さんを助けようとして、マンガを持ってこさせたの?」

 「しらない」

 「じゃ 嫌がる角浦さんに金を渡してマンガの本を持ってこさせたの?」

 「だから」

 「はぁ〜 もういいわ」

 「ただし、今後、角浦さんにマンガを持ってこさせないこと」

 「いい。今度、マンガ本を見つけたら、角浦さんは養護院行きよ」

 「ふ〜ん」

 田城タクヤ、鹿島ムツコは、自分が紫織に持ってくるように命令したと先生に白状する。

 しかし、既に紫織が全面的に非を認めた後で、先生達も、シラケていたのか、どうでも良くなっていた。

 紫織のマンガ本の件は、有耶無耶にし、ほかの物品に力を入れている。

 田城タクヤ、鹿島ムツコが紫織を助けようと思っていたのか分からなかった。

 ただ、結果的に大きな利益が紫織の懐に流れ込んだのは事実。

 紫織が田城タクヤ、鹿島ムツコをかばったのは、その利益の礼だろうか。

 その後、田城タクヤ、鹿島ムツコが密告者狩り行ったらしく、

 その結果は、分からなかった。

 どうせ、ほかのクラスの子に漏らした内容がそのまま、先生の耳に入ったのだろう。

 密告者も、6年の教室全てで、持ち物検査をされるとは思わなかっただろう。

 大変な量が没収がされる。

 紫織には、どうでも良いことだった。

 「もう、誰がチクッたの、あったまにくる。大丈夫だった? 紫織」 ヨウコ

 「うん」

 「あの二人のせいで、いやな思いしたわね。紫織」 クミコ

 教室の後ろで、ふて腐れている田城タクヤ、鹿島ムツコが妙におかしかった。

 それでも、あの二人のグループに入りたくない。

 「でもさ、携帯が残ってれば遊べるのに」

 ミナが携帯を覗いていた。

 「携帯だけは没収できないよ」

 「あっ! リップクリームは返してくれるみたいよ。色付きは駄目だけど」 クミコ

 「返ってこないじゃない」 ミナ

 「あ、そうか」 クミコ

 「でも、ムシャクシャする。帰りにどこか寄る」 ヨウコ

 「私は、いい」 紫織

 「大丈夫? 紫織」

 「大丈夫。苦学生だし、怒られたけど、それなりに稼いだし。自業自得だもの」

 紫織は、公にされずに済んでホッとしていた。

 養護院行きは、微妙だったものの、

 それも運命かもしれなかった。

  

  

 数日後。

 PTAが持ち物検査で、騒いでいた。

 紫織のマンガ本は、当然、持ち物検査の没収で5分の1を占め、

 風当たりも強く騒動の種になって、批判も集まる。

 しかし、それ以外の持ち物も多く、多くの場合。厳重注意で収まる。

 車の中、

 大神先生は、ため息を付きながら運転し、

 紫織は、助手席に座っていた。

 「先生。幸せが逃げていくよ」

 「紫織ちゃんのお陰でね」

 「もっと謝らないといけないの?」

 「もう、学校に持ってきてないよ」

 「あのね・・・こっちが悪者じゃない」

 「だから悪かったって、謝っているじゃないですか」

 「知ってる?」

 「あの時、職員室にいた先生全員。その夜、自棄酒飲んだの」

 「本当は、紫織ちゃんを悪者にしたく無いの」

 「それなのに自分一人で、悪ぶって」

 「子供の世界にも義理人情仁義があるの。そんなにペラペラと話せるわけじゃないでしょう」

 「分かっている、忘れていただけで、わからないことじゃないから」

 「終わりにしたって、校長先生が言ってたよ」

 「でも、言って欲しかった」

 「大神先生が、校長先生や他の先生に虐められたら、誰に言うんですか?」

 「ヤクザに殴られたら? 誰に言うんですか?」

 「・・・・・」 大神

 「・・・・・」 紫織

 「少なくとも、無力なのは思い知らされたわ」

 「・・・・・」 紫織

 「生活は、大変じゃない?」

 「食べていけるよ。今夜の分は収入減だけど・・・」

 「その分、しっかり食べて、すき焼きなんだから」

 「は〜い」

 「生徒が生活費を稼いでいるのに、それを叱って、やめさせなければならない」

 「悪者の生徒達は、その生徒の生活費を補っているのに叱らないといけないなんて・・・」

 「自棄酒にもなるわね」

 「だから、もう、良いよ」

 「そっちが良くても、こっちの寝覚めが悪いの」

 「教え子を生活苦に追い込まないといけないなんて」

 「お金のことなら、もう気にして無いもの」

 「食費じゃなくて、洋服代が稼げたかなって、それぐらいのことだから」

 大神は、大きなため息をつく、

 「なんか、美味しくなさそうな、すき焼きになりそう」

 「・・よし! 楽しい食事にしよう」

 その日は、大神先生の2LDKのアパートで、すき焼き。

 先生なりに紫織を助けたいと思ったのだろう。帰りに4冊の本をくれた。

  

  

 数日後。

 宿題をしながら古本屋の営業をしていると大神先生が入ってくる。

 学校の職員から集めた古本を車に乗せてきたらしい。

 段ボール2個で58冊。二人で店内に運び込んだ。

 ざっと見る限り、学術関係の本が比較的多い。

 そして、マンガも。

 「先生。ありがとうございます」

 「学校の先生とか職員からね」

 「先生達も出来る限り応援するって」

 「明日、朝、一緒に礼を言いに行けばいいわ」

 「・・・ありがとうございます。先生」

 「角浦さん。がんばっているのね。大丈夫?」

 「食べていくのは、何とか」

 紫織は、お茶を入れる

 「・・・・これ食べて。そこで買ったの」

 大神は、袋を紫織に渡す。

 「先生、ありがとう」

 「回転焼だ」

 お茶を出して、回転焼きを分ける

 「日曜日、遊びに行ったりするの?」

 「あまり遊べない。店開けないと・・・・」

 「そう・・・」

 「ふ〜ん。先生たちも意外とマンガが多い」

 「わ、笑いは、ガン予防なのよ」

 「でも、若いときは、勉強しないとね」

 「なるほど」

 「・・中学は、淀中ね」

 「うん」

 「わたし、淀町に住んでいるから縁があるわね」

 「大神先生が結婚しなければね」

 「き、気にしていることを・・・」

 独身だった。

 「先生。結婚できそうなの?」

 「あ、あのね。大人の心配はしなくて良いの・・・」

 「ご飯とか、どうしているの?」

 「夜は、隣の古賀の家に呼ばれているから」

 「料理は、できるの?」

 「うん。一品作って、隣で食べるよ」

 「そう、宿題しているの?」

 「うん。客待ちをしている間に宿題と少し勉強」

 「偉いのね」

 「一人で生きていかないと。援助交際で生計を立てたくないもの」

 「紫織ちゃん。それだけは止めてね。先生。クビになりたくないから」 拝む

 「大神先生は、援助交際したことなかったの?」

 「そ、そんなのあるわけ無いでしょう。こ、これでも身堅いんだから」

 じっ と見詰める。

 「無いわよ!」

 「信じるよ」

 「ったく」

 「同級生にはいなかったの? 援助交際やっていた子」

 「高校の時・・・二人・・・いたかな」

 「その時は、どう思ったの?」

 「んん・・・良くできるなって・・・で、でも紫織ちゃんは、駄目よ」

 「ハイハイ」

 「ハイは、一回」

 「ハイ・・・・特待生になれれば、経済的に楽なんだけど」

 「奨学金を受けるんでしょう」

 「うん、物価を考えたら借りたほうが良いけど」

 「でも特待生なら、お金返さなくても良いし、無理だけど」

 「よし、じゃ ちょっとだけ、個人レッスンをしてあげよう」

 大神は、宿題と勉強を教え始める

 一対一だと、分かりやすく覚えやすい。

 ふと見るとシンペイが脚立に座ってマンガを読んでいる。

 女子高生が入ってくる。なじみの客だ。

 あまり、文学少女に見えなかった。

 いつも恋愛物を買うと前に買っていた本を売る。

 紫織は、本を確認するとお金を払う。

 「おばあちゃん。亡くなったの?」 女子高生

 「死んじゃった」 紫織、頷く

 「そう・・・」

 高校生は、そう言うと去っていく。

 「一日に何人くらい来るの?」

 「10人くらいかな。土日は、朝からやるから30人くらい」

 「生活できそう?」

 「お父さんとお母さんの保険金とおばあちゃんの年金が残っているから」

 「騙し取られないようにね。子供でも容赦しない人がいるから」

 「弁護士さんが、あれを作ってくれたの」

 紫織が会計している壁の額縁を指差した。

 「訪問販売の契約は、全部、弁護士を通さないと行けないんだって」

 「でも、子供だから契約自体無理だけど。これ見たらすぐいなくなるよ」

 「そう、でも、お金は、不用意に渡したら駄目よ」

 「サインも、印鑑も、駄目、誰にも分からないところに隠して。代理人に相談しなさい」

 「社会人になったら、少しでも楽をしようと騙し盗る人が多くなるから」

 「うん」

 「中学は、このままとして、高校を卒業したら古本屋を続けるの?」

 「朝から開ければ、客も増えるから・・・」

 「就職して、日曜日だけ古本屋をする方法もあるけどね」

 「いろいろ考えているんだ。偉いのね」

 「先生が一生懸命に生きているのを見たら」

 「わたしも一生懸命に生きようかなって、思うかも」

 「うぅ・・・最近の子は、そういう事、言うのね」

 「半分は、大人の世界に入っているから」

 「あ、そうか」

 「・・・・」

 「大人の世界の感想は?」

 「たいして変わらない。確かなものが無いのは、不安」

 「お金も、人の心も、信用できないことが多いから宗教が流行るのも頷ける」

 「宗教は気を付けた方がいいよ。危ない人もいるから」

 「うん・・」

 暴露モノ宗教本の古本もあった。

 「・・・でも、人と人の心の結びつきは、楽しい人生で必要なものよ。うんうん」

 大神。教師冥利で悦に入る

 「人って変わりやすいから」

 「そんなこと無いわよ。人間って信頼と友情と愛が大切よ。そんなに捨てたものじゃないし」

 「離婚率が、いまの半分になれば、それ、信じる」

 「いま、四組に一組だっけ」

 「・・・・・・・・」 大神

 「・・・・・・・・」 紫織

 「じ、自分を信じよう。自分は出来るんだって。ね!」

 「たしかに思春期の子供に、恩師の影響は、大きいから」

 「もう、憎たらしいわね・・・はい、練習問題!」

 「ひぇ〜! 突然、難しくなっている」

 くすくす

 「ありがとう。先生、良くしてくれて」

 「たいしたこと、出来ないけどね」

 「そんなことないよ」

 「でも、東口の商店街の方が元気ね」

 「むかしは同じくらいだったのに、最近でしょう。差がついたの」

 「・・五年前に有名なラーメン屋さんと、品揃えの良い小物屋さんが入ってから客足がそっちに流れたの」

 「その後、ブランド物を安く仕入れたテナントが入って、一気に差がついちゃって」

 「西口商店街の方が苦しいのか、閉まっている店もあるみたいだし」

 「うん。商店街組合会議も、酒ばかり飲んでいるみたい」

 「この店は、大丈夫?」

 「いまのところね」

 「そう・・・・」

 しばらく、個人レッスンをしたあと、先生は、紫織の頭を撫でながら

 「本当は、甘えて反抗したい年頃なのに、そうできたら良いのに・・・」

 「ごめんね、先生、力になれなくて」

 そう言って先生が、帰っていく。

  

  

 翌日

 58冊分の古本の代金を持って学校に行く。

 「ありがとうございました」

 紫織は、封筒を教頭に渡す

 「これは?」

 「購入代金です」

 「いや、お金は、要らないから」

 「いえ、支払いします」

 物乞いするくらいなら、

 まだ、田城や鹿島との悪事で金を稼ぐ方がマシだった。

 「まじめな子だね」

 『教頭先生・・・勘違いしてるよ・・・』

 

 

 紫織の残りの小学校生活は、それなりに楽しいものだった。

 クリスマスの遊園地。

 ヨウコとシンペイのデートイベント。

 紫織、クミコは、二人にチョッカイをかけようとするミナを押さえ込みつつ。

 シンペイとヨウコの初々しいカップルを見て、ときめく。

 客観的に見れば、情けなさ、たっぷりで、かっこ悪い。

 「鎌ヨったら。良い子ぶって、しおらしい真似して」 ミナ

 「ミナ。せっかく二人っきりで良いところなのに、邪魔しちゃ駄目よ」 紫織

 「そうよ・・・鎌ヨが幸せなラブラブ状態なのに」 クミコ

 「だ、だから、もっとラブラブにしてあげようと思っているんじゃない」

 「古賀君が奥手だから先に進めないのよ」

 「わたしが、何も言わないと、鎌ヨは、私たちと一緒にいるし」

 「古賀は、一日マンガ読んでいるんだから」

 「もう、人のことより、自分の恋愛の心配をしなさい」 紫織

 「そ、それも、そうね」 ミナ

 「ねえ、ミナと紫織は、バレンタインチョコ、誰に送るの?」 クミコ

 「なにそれ、12月クリスマスに、来年の2月バレンタインの話し?」 紫織

 「だって、クリスマスにデートも出来ずに、こんなことしているのよ」

 「男の子にプレゼントも出来ないで」

 「こうなったら、小学校最後の飾るのは、女の子からプレゼント出来る2月しかないじゃない」

 「でも、早すぎ」

 「いまのうちから、気持ちを高めるのよ」

 「じゃ わ、わたしは、一番カッコいい、彼かな〜」 ミナ

 「ミナちゃん。競争率高すぎ。自分と釣り合いが取れる相手を選ばないと」 クミコ

 「青春の思い出として、最高のバレンタインにするの」

 「例え、相手にされなくても妥協して自分を偽るのはいや」

 「妥協するのは20歳過ぎてからで、十分よ」

 「ふ〜ん。紫織ちゃんは?」 クミコ

 「・・・わたしも、駄目元で、一番カッコいい彼に送ろうかな」

 「青春の一ページか」

 「卒業前の賭けよ」 ミナ

 「賭けというレベルじゃなくて一人よがりな特攻と玉砕。自己満足ね」

 「まず。他人の評価より。自分を満足させたい。わたしはそう思う!」 ミナ、ガッツポーズ。

  

  

 クリスマスが過ぎ。

 正月を越えて、

 そして、卒業前のイベントで最大は、バレンタインチョコ。

 ヨウコは、シンペイにチョコを渡す。

 紫織の場合。

 古賀家にお世話になっている理由もあり、

 シンペイにも “義理” と、表にも、中にも、書いてあるチョコを渡し、

 紫織、クミコ、ミナは並んで憧れの三森君に本命チョコを渡した。

   

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


誤字脱字・感想があれば掲示板へ

第02話 『幼馴染が好きな娘は?』

第03話 『やっぱり、バレた』

第04話 『無情の恐怖』

登場人物