第04話 『無情の恐怖』
昼休み学校。
ご飯を食べた後、紫織、ヨウコ、ミナ、クミコの四人は、校庭の木陰で話し込んでいた。
少し離れた鉄棒のそばでシンペイと同類のオタク族、小田コウジが何か話している。
シンペイは、時々、ヨウコを見る。
ヨウコも、時々、シンペイをチラチラと・・・
あまりにも見え見えで、紫織、ミナ、クミコが面白がるとユウコがムッとする。
「鎌ヨ。あ・げ・た・の?」 ミナ
「あのね・・・あ・げ・た・のは、チョコ!」
「鎌ヨ。もっと引っ張ろうよ。会話を」 クミコ
「小学生が、そっちで引っ張れるか。そっちこそ、あげたの?」 ヨウコ
「3人で、三森君にあげたよね」 ミナ
頷く、紫織とクミコ
「はあ〜 没個性的」
「どうせ、その他大勢。一山いくらの脇役よね。わたし達って」 紫織
「アイドルにまとわり付くファンね。恐れ多くて、一対一で渡せない」 ヨウコ
「誰かさんは良いわよ」
「はっきりと好きと言ってくれる彼氏がいるんだから」
「もうちょっと美少女に生まれていたらね」
「一対一で悩殺も出来たかもしれないけどね」 紫織
「もうちょっとじゃ 二桁足りないような・・・・」 ミナ
「そこまで言う」
「どれどれ」
ミナが紫織の胸を触る
「きゃー!」
「二桁ね」
「あはは」 ヨウコ
「もう〜」 紫織
それは、突然の悲鳴と叫び声だった。
一人の若者が学校内にバットを持って侵入。
校庭で遊んでいる子供達を襲う。
生徒がバットで殴られ、鮮血が飛び散る。
呆然とする紫織、ミナ、ヨウコ、クミコ。だんだん近付いてくる暴漢。
慌てて逃げ出す子供達。
紫織は、ハッ! とし、すぐそばのミナを引っ張って逃げ出し、校舎裏に隠れる。
若者は、無機質な表情で子供達を追い掛け回した。
無造作に勢いよく振り下ろされるバット。
突然、取り残されて呆然としているヨウコとクミコに向かって、
若者がバットを持って近付いた時。
「止めろ!」
バットを振り下ろそうとする暴漢をシンペイが横から押した。
その後の光景は、スローモーションのように見えた。
暴漢は、よろけた後、逃げようとするシンペイを追いかけ、バットで左肩を叩いた。
倒れて肩を押さえるシンペイ。もう駄目だと思った瞬間。
暴漢は、他の子供達を追いかけて校舎に迫ってくる。
紫織は、ミナを引っ張って通路を逃げ、
暴漢は、血の付いたバットを持って走ってくる。
「ミナちゃん。早く。速く走って!」 紫織が叫ぶ
「紫織ちゃん。怖い。紫織ちゃん、手を離さないで、紫織ちゃん、助けて!」
先生たちが若者を止めようとし、
構内と校庭のあちらこちらで子供が倒れ、血を流している。
紫織は、怯えているミナを引っ張って逃げ、
そして、あと少しで追いつかれる。
紫織は、殴られると思い、空いている左手で頭を守ろうとし、
!?
追い抜いて行く、
暴漢は、紫織とミナを見ていない。
そのまま他の生徒を追い駆けて行く。
怒っている様でも無く。
凶暴でもない、事務的な作業をこなしているように見えた。
紫織とミナは、暴漢に見逃され、二人とも脱力して座り込む。
ミナは紫織にしがみ付いて震え、泣き出し、
生徒たちは、突然の地獄絵図に生存本能だけで動く。
逃げ遅れる生徒を置き去りにし、他の生徒と一緒に逃げる先生もいる。
わけもわからず、呆然とする生徒も多く。
数人の先生たちによって、暴漢が取り押さえられ、血の付いたバットが床に転がる。
救急車やパトカーがやってきて若者は、警察に捕らえられた。
シンペイは、バットで左肩を殴られ、
顔をしかめながら救急車に乗せられて行く。
ヨウコとクミコは、自分達が叩かれそうになった時、シンペイが暴漢を後ろから押し、助けてくれたと話す。
マスコミが集まり、全校生徒が体育館に集められた。
校長は、事件が終わったから落ち着くようにと説明し、家族が迎えに来ると家に帰される。
そして、状況が明らかになっていく。
一組の男子生徒、三木タカオと四組の男子生徒、青島ナオキが撲殺。
五人が重症。一三人が打撲。
シンペイは打撲で骨が折れているかもしれなかった。
そして、四人の先生は重体。
大神先生は、紫織を車に乗せて帰る。
「・・・・紫織ちゃん。大丈夫?」
「・・・」 頷く
「落ち着くまで先生のアパートに来る?」
「先生、これから古賀君の病院に行くんだけど・・・」
「いい。自分の家に帰る」
「何かあったら、すぐに先生の携帯電話に連絡してね」
「・・・平気」
「沢渡さんを助けたでしょう。ありがとう。紫織ちゃん」
「・・・すぐ、そばにいたから」
「ありがとう。紫織ちゃん」
「でも、一緒にいた鎌ヨとクミコちゃんを置いて逃げちゃった」 真っ青
「紫織ちゃん!」
大神先生が車を脇に止める
「いい、紫織ちゃんは、間違っていないの」
「誰がなんといっても紫織ちゃんは、間違ったことをしてない」
「ミナちゃんを連れて逃げただけでも紫織ちゃんは、偉いの」
「一人で逃げても、誰も責めないのよ」
「・・・で、でも、鎌ヨとクミコちゃんの顔、見れなかった」
紫織が泣きだした。
大神先生が、やっぱりといった風で落胆。
その後のことは、良く覚えていなかった。
家に戻って、ぼんやりとする。
気が付くと大神先生が、いつの間にかいなくなり、男女の養護員と法定代理人がいる。
しばらくすると大神先生が戻り、古賀のおばちゃんと肩にギブスをしたシンペイが来た。
養護員と先生、法定代理人、古賀のおばちゃんに心身症の話しているのをぼんやりと聞いていた。
紫織は、思い出したように台所に立つと、
鍋に醤油、味噌、みりん、砂糖、塩、生姜、七味を入れる。
そして、サバを四つに切って入れる。
一つ一つは、それほど大きくなかった。
メインのおかずではないのだ。
集中しているのか、周りの事が気にならなくなる。
「・・・そうやって、作っているんだ」
!?
突然、声をかけられ、紫織がビクッ!とする。
「シンペイちゃん。肩、大丈夫?」
紫織は、ぼんやりと聞いた。
「う、うん・・平気だよ」
シンペイは、紫織の様子が少し違うことに気付く。
「やっぱり、女の子の一人暮らしだから」 カオリ
「PTSD、心的外傷後ストレス障害は、外傷の無い人間の方が厄介で」
「外傷と一緒に治療治療できる方が比較的、回復も順調なんです」 男の養護員
「紫織ちゃんは軽度だと思いますが酷くなると、麻痺、短気、協調性のなさが出て」
「頭痛、肩や背中の痛み、顔の痛みなどの症状がおきたり」
「体の内部の器官をコントロールしている自律神経系が乱れたりしたら」
「本格的な心療治療が必要になりますね」 女の養護員
「大丈夫なんですか?」 大神
「本人は、家で暮らしたいと言っているので」
「無理に環境を変えるのは得策ではないと思います」
「しばらく様子を見た方が良いでしょう」 男の養護員
「何か、できることは?」 カオリ
「・・・これ・・・というのは無いですね」
「不安を与えないように出来ればいいのですが」
「依存する気持ちが強くなりすぎると、逆に病状が悪化する場合があるので・・・」
「これまで通りで、良いと思います。少し、親切にするくらいで・・・」
「専門的な知識がないのに過剰に反応しても逆効果になることもあるので・・・・」 男の養護員
「そうですか・・・」
カオリ。一同が大きく溜息。
そこにギブスをつけたシンペイが来る。
「古賀君。鎌田さんと足立さんを命がけで守ったでしょう」
「立派ね。名誉の負傷だけど、気を付けてね」
「古賀君に、もしもの事があったら、先生。どうしたらいいのか・・・・」
「先生は、怪我がなくて良かったね」
「せ、先生・・・職員室にいたから・・・」
「ごめんね、助けにいけなくて・・・怖くて・・・」
大神、思いっきり情けない
「いいよ、助かったし」
「母ちゃん、角浦。魚の煮込み作っているんだけど、何か作らなくてもいいのかよ」
「えっ! あら、イヤだ。こんな時間。急いで、作らなきゃ」
「紫織ちゃん、洒落にならないんだもの」
カオリおばさんは家に戻る。
大神が台所を見に行く。
「紫織ちゃん、魚の煮込み作れるの?」
大神ヨシミが台所に行くと紫織がサバを煮込んでいた。
良い香りがして、いかにも美味そうである。
「へえ、紫織ちゃん。上手ね」
「・・・先生の分ないよ。もう切っちゃったから」
「あっ! いいのよ。わたしは、食欲なくて・・・」
「でも、凄いのね。サバの味噌煮込みを作れるなんて」
「おばあちゃんが作っていたの見てたから・・・」
「それが本質よね。調理法は、盗み取るものよね」 大神、焦る
「シンペイちゃんの家で夕食を食べているから一品持っていくの」
「でも、もっと安いもので、良いんだって」
「そ、そう・・・そうよね・・・こういうものを持ってこられたら一家の主婦は焦るわね」
「肉じゃがも作れるよ。カレーも・・・」
「そう、紫織ちゃん。先生。職員会議に出ないと・・・」
「何かあったら、携帯で連絡してね。すぐに来るからね。夜中でも、構わないから」
「うん」
紫織は、古賀の家に行く前、ヨウコとクミコにメールで
「置き去りにして逃げて、ごめん。紫織」
と送った。
紫織は、古賀家で夕食を食べて、家に戻ってテレビをつける。
予備校生の小学校襲撃事件がニュースに出ていた。
キャスターが残虐性を伝えている。
あの事件の半分を的外れにしているような気がする。
それでも、あの若者の素性がわかる。
一浪の予備校生。一八歳。
警察で “小学生のとき、自分が虐められていた母校に復讐をした” と呟いているらしい。
被害に遭った子供達の親がテレビで騒いでいた。
そして、最新の速報で犯人は “ホームページで、虐めている子供を選別して、殺した”
と証言していた。
今日、学校であったことを思い出す。
理不尽にバットで殴られる生徒達。
廊下で紫織とミナを追い越した若者は、無表情で何の感情も無くバットで子供を殴っていった。
しかし、殴られた生徒の多くは、虐める側で、
殺された二人は、特に酷い虐めをしていると聞いている。
弱者が強者を殺したら劣性遺伝が残ってしまう。
世界中で、強者が弱者を自殺させているのに弱者が強者を殺すことがあるのだろうか。
紫織は、同じだと思う。
虐められている人間を10人集めても、虐める人間と虐められる人間に分けられる。
虐める人間を10人集めても、虐める人間と虐められる人間に分けられる。
もし、教室から強者3人と、弱者3人を引き抜いても、
残った生徒から強者と弱者が別れて虐めが起きる。
正義と悪の勝率で言えば、悪の勝率の方が高いだろう。
一人の人間の中に善と悪があるのに善悪二元論自体が怪しい。
加害者と被害者に分けられても善悪に分けられない。
そして、強者が悪とも言えず、弱者が正義とも言えず。
必ずしも強者が勝ち残るとは言えない。
時の実力者が意図的に有力者を滅ぼし、自分の都合の良い人間を後継者につける。
よく起きていることだ。
自分が理解できる人間。
自分を褒める人間。
自分のいう事を聞く人間を後継者として選ぶ。
自分の理解できない人間。
自分と違う価値観を持つ人間。
自分のいう事を聞かない人間。
自分に対して批判する人間を選ぶわけが無い。
馬鹿なことをするとも思うし、
混乱を起こさないという点では優れているとも思う。
一つの選択をすれば元に戻れない。
今日、殺された生徒も、殺した若者も取り返しがつかない。
テレビを消して寝る準備をする。
携帯にメールが来ていた。恐る恐る見る
「ポテトで許してあげる カマヨ」
「今度、襲われた時は、忘れないで助けろ クミコ」
紫織は、それを何度も読み返した後。眠る。
翌日、
紫織は、いつものように起きた。
目覚まし時計二つで起きられる。
準備をして学校に行こうと思って、今日が臨時休校だったのを思い出す。
朝から掃除をして古本屋を開ける。
いつもと同じようで違う世界。昨日と違う世界という気がした。
しばらくするとシンペイが、いつものようにやって来て本を取り、脚立に座ってマンガを読み始める。
シンペイの左肩にギブスがなければ昨日の事件は、なかったと錯覚する。
「ヒーローがこんなところで何やっているのかな? 左肩が痛いのに」
ちょっと、嫌味
「マンガを見れないヒーローになりたくないよ」
「鎌ヨも、クミコちゃんも、シンペイちゃんにウットリね」
「自慢したら? 聞いてあげようか」
「・・・あいつ、手抜きしたよ」
「やせ我慢して〜 ヒビが入ってたでしょう」
「手を抜いてなかったら死んでた・・・」
「勇気ある若人だから殺すのを惜しんだのね」
「かもね・・・」
そして、何台もの車の音がしたかと思うと周りが騒がしくなる。
外を見るとテレビ局。
「シンペイちゃんに用事があるんじゃない」
「僕も、紫織ちゃんって、呼んで良いのかな」
紫織とシンペイが見詰め合う。
紫織はいつの間にか自然と、シンペイちゃんと呼んでいたことに気付く。
昔のように・・・・・。
「か、勝手にすれば・・・・」
紫織は、慌てる。
外の騒ぎは、次第に大きくなり、隣の床屋を中心に古本屋の前にまで来ていた。
完全に営業妨害である。
先にプライバシーや営業妨害に関して承諾を得るべきだろう。
と思いながら、外の騒ぎをボンヤリと見る。
シンペイを追い出しても、理髪店も、古本屋も隣同士で小さい店。
結果は同じに思えた。
「・・・シンペイちゃんのこと、探してんじゃない」
「・・・・・・・・」
シンペイは、マンガの世界に入っていた。
テレビをつける。
古賀理髪店の看板を前に大勢のレポーターが、それぞれに話していた。
そして、鎌田ヨウコと足立クミコが映る。
古賀シンペイが自分達が襲われそうになった時、命がけで暴漢を押して助けてくれたこと。
そして、そのせいで暴漢にバットで叩かれたことを涙ながらに話している。
理髪店の前で、おじさんとおばさんがレポーターのインタビューにシンペイがいないと応える。
『予備校生の奈河小学校襲撃事件は、痛ましい事件でした・・・』
『六年男子の古賀シンペイ君12歳は、同級生の鎌田ヨウコちゃん、足立クミコちゃんの二人を助けるために命がけで・・・・・』
キャスターが、なにやら解説していた
「ふ〜ん・・・・」
シンペイは、いつものようにマンガを見ている。
少しばかり日照権を遮られ、外が騒がしい。
そして、ついに古本屋にいる古賀シンペイをマスコミが嗅ぎ付け、
ぞろぞろとカメラと機材を持って店内に入ってくる。
そして、シンペイにカメラとマイクが向けられる。
「古賀シンペイ君ね?」 レポーター
「うん」
「小学校を襲った暴漢から同級生の鎌田ヨウコちゃんと足立クミコちゃんを助けた。古賀シンペイ君ね」
「うん」
「襲撃事件の感想を聞かせてもらえる・・・・」
「うん」
「同級生の鎌田ヨウコちゃんと、足立クミコちゃんを助けようとしたとき、どういう気持ちだった?」
「覚えてない」
「暴漢を怖いと思った?」
「怖かった」
「その、怖い気持ちを越えて、同級生を助けようとした気持ちを教えてもらえる?」
「忘れた」
「では、助けた後の気持ちは?」
「逃げなきゃ って、思った・・・・」
「それは、暴漢を押した後ね?」
「うん」
「暴漢を押すときに、なんて、言ったの?」
「やめろ」
「それは、暴漢が女の子二人をバットで叩こうとしたからね?」
「うん」シンペイ
「暴漢にバットで叩かれた時の気持ちは、どうだったの?」
「殺されると思った」
「暴漢がシンペイ君を追いかけてきたのよね?」
「うん」
「その時、暴漢の顔は見た?」
客観的に見るとヒーローインタビューというより、
レポーターの質問に暴漢が応えているようにも見える。
さらにシンペイはマンガに意識が行っている。
マンガの原作者が見たら、あの子は、なんといいやつだと感涙するだろう。
「うん」
「暴漢は、どんな形相だった?」
「普通・・・」
紫織は、マスコミに囲まれ、
見えないシンペイがテレビ画面に映っているのを見て、なんとなく面白がる。
いつの間にか、狭い古本屋の中、全部がマスコミで一杯になっている。
「左肩は、まだ痛い?」
「少し痛い・・・」
不承不承に応えるシンペイは、いつもと同じだ。
狭い古本屋で脚立に腰掛け、マンガを読みふける。
レポーターも、どう対処していいのか困惑。
「・・・いまの気持ちを正直に言ってもらえるかな?」
「眩しい・・・」
「ぶっ!」 紫織が噴出す。
「・・・・・」
レポーターが手振りで照明を落とさせる。
フラッシュが減る。
いくつものテレビ局が来ているらしく、足並みが揃わない。
シンペイは、いつの間にかマンガに目が行っている
「古賀シンペイ君。襲撃事件をどう思いますか?」
「殺されなくて良かった」
「暴漢に言いたいこと、ある?」
「バカ」
「・・・・・」 レポーター
「・・・・・」 シンペイ、マンガに目がいく
「・・・ほ、ほかに何か?」
「ないよ」
「あ、あのう・・・鎌田ヨウコちゃんと足立クミコちゃんに一言」
「直接、話す」
「そ。そう言わずに・・・」
「いや」
「鎌田ヨウコちゃんと、足立クミコちゃんを助けたときの気持ちだけでも思い出してもらえませんか?」
「怖かった・・・」
「シンペイ君が怖い気持ちを越えて助けたのは、どうしてですか?」
「覚えてない」
「鎌田ヨウコちゃんとデートしたことはありますか?」
レポーター、ニマ〜
「・・・・・・」 シンペイ、頷く
「ヨウコちゃんが好きだから助けたのよね〜?」
「そうかも・・・」
「3人で、遊んでいたの?」
首を振る。
「鉄棒の前で友達と話してた」
「それで、鎌田ヨウコちゃんと足立クミコちゃんは、どこに?」
「木の近く」
「シンペイ君。その時の様子を教えてくれない」
呆れたように、ため息するシンペイ。
「紫織ちゃん! 警察呼んで、こいつら、うるさい」
「わ、わたしか!」
携帯で110をかけると警察を呼び出し、
友人がマスコミに囲まれて困っていると通報。
警察は、そばにいたらしく、すぐに警察官が割り込んでくる。
「シンペイ君。そんなこと言わないで、答えてくれませんか?」
「いや」
シンペイ、そう言ってマンガに目を落とす。
「じゃ 最後に虐めについて、どう思う?」
「虐められるのは、イヤだね」
「殺された。二人のことを知ってる?」
「顔は、見た事がある・・・」
その後、マスコミを古本屋から排除しようとする警察と、客だと言い張るマスコミの間で押し合いになり。
本が売れ、さらに買い戻されるという状況がしばらく続く。
紫織にとっては、ムフッである。
さらに一般客も増え、いつもの4倍の売り買い。
隣の床屋も行列が出来て儲かったそうだ。
個人のプライバシーと報道の自由は相反する。
そして、報道の自由の矛先は角浦紫織に向いてきた。
女の子二人を助けた古賀シンペイが注目され、
紫織も、事件の当事者だった。
レポーターに質問される。
買い戻した本を綺麗に拭いていた紫織は儲かって気分がいい。
ムフフである。
「角浦紫織ちゃんも、襲撃されたとき、校庭にいたよね。どうだった?」
「怖かったです♪」
ムフフ状態の紫織の言葉に説得力はない。
「家の方は、いらっしゃらないんですか?」
「いま、いない」
紫織は、保護者が居ないことを教えるつもりはなかった。
保護者が居ないと狙われやすくなる。
「暴漢に言いたいこと、ある?」
「バットで、殴らせろ」
「過激ね」
「殺されるかと思ったのに良い子ぶれるか」
「そうよね〜 女の子二人を助けた古賀シンペイ君をどう思う?」
「・・・キャー! シンペイちゃん。素敵。偉い偉い」 紫織、棒読み
シンペイは、チラリと紫織を見て、すぐにマンガを読み始める。
「紫織ちゃんは、シンペイ君とは、どういう関係かな?」
「幼馴染」
「シンペイ君は、どういう幼馴染?」
「売り上げに協力してくれる幼馴染」
「あのう、シンペイ君の性格は?」
「レポーターさんは、どう思います?」 紫織、反撃
「ヒーローよね」
「ええ、愛想が悪くて、暗くて、マンガオタクで」
「凶暴な人と図々しい人が嫌いで勇敢な、とても立派なヒーローです」 嫌味
「た、確かに行き過ぎがありました。反省しています」
「反省して、またやるんですよね」
「仕事で仕方なく、ごめんね」
「わたしも凶暴な人間と図々しい人間は嫌いかな・・・」
「で、では、あと少しだけ・・・」
「暴漢が襲ってきたとき」
「紫織ちゃんも同級生の沢渡ミナちゃんを引っ張って逃げて、助けたのは、本当?」
『良く知っているわね。誰が教えたの?』
「すぐ側に一緒に居たから・・・」
「大変だったでしょう」
「バットで殴り殺されるかと思った」 ウンザリ気味
「虐めについてどう思う?」
「虐めるのも、虐められるのもイヤだけど。好き嫌いはあるから」
「どういう子が嫌い?」 ニヤリ
「凶暴な人と図々しい人は嫌いかな」
紫織がレポーターを睨みつける
「・・し、失礼しました」
マスコミの取材が一段落すると外が少し静かになる。
それでも、客は、いつもより多い。
シンペイは、昼食で、いなくなる。
そして、あの暴漢と似た客が近付くと緊張する
紫織は、客が増えたことから買い置きのカップラーメンで済ませる。
テレビの影響を考え、それまで細々と扱っていた18禁本を全てダンボールに入れ、
替わりの文庫本と入れ替える。
そして、18禁本の取引停止の紙を張る。
一息つくと携帯にメールが十何通も着ていた。
どれもテレビを見た時の感想だ。
ヨウコ、ミナ、クミコからのメールは嬉しく、楽しいものだった。
中には、酷い内容もある。
思った通り。やっかみ、ひがみの中傷だ。
『来ると思った・・・』
紫織のため息。
何かの矢面に立つと敵と味方が増える。
嫌な事に出る杭は打たれるのか、敵の方が多くなる。
そして、シンペイと紫織は、一緒に通学する。
時間を合わせ、交替で母親や父親が付いて、次第に生徒が増えていく。
集団登下校。護送船団方式。
学校の周りにマスコミが集まっている。
学校の警備システムも、どこかの警備会社と契約したらしい。
学校じゃなく、収容所の気分。
学校生活は、見た目より、以前と違う影を落とし、生徒同士の会話も尻切れトンボが増える。
「・・・角浦」 三森ハルキ
「はい」 ドキッ!
「これ、バレンタインのお返し」
キャンディーの入った袋。
「あ、ありがとう。三森君」
「ごめんね。いろいろあって遅れて、それに、こんなので」
「そ、そんなことないよ。嬉しい」
「一人で20人以上にお返しするのなんて、不公平だよ。そう思わない」
「・・・うん、思う。迷惑だった?」
「嬉しかった」
「ほ、本当」
「うん。だって、自分で働いて稼いだお金でプレゼントしてくれたのは角浦だけだよ」
「・・・・」 真っ赤
「チョコも、なんか、重みがあったと思う」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
「ぼくの方は、お小遣いだから、たいしたことないけどね」
「そ、そんなことないよ。とっても、嬉しい」
「角浦は、あのバット男に追われたとき、最後まで沢渡の手を離さなかったんだ」
「・・・う、うん」
「偉いなって、思って、よく見捨てなかったね」
「は、離すのも怖かったんだ。一人になるみたいで・・・」
その日、紫織と三森ハルキは、少しだけ長く話した。
テレビの報道で襲撃事件と学校のイジメ問題が連結すると。
奈河町小学校の評判は、ガタ落ち。
一組の高島先生は大怪我。
四組の須藤先生は無事だったものの、生徒が危険に晒されていたのに逃げたと非難される。
そして、紫織も、どことなく気落ちしていく。
二組は、一組や四組のような酷いイジメはなかった。
だからといって、イジメがなかったといえない。
そして、自分が、一組や四組にいたら虐める側にいただろうか。
虐められる側にいた可能性もある。
古本売買の主犯である紫織は “自分なら書かなかった” と言えない。
机や教科書、ノートに書いていたかもしれなかった。
あるいは、書かれていたかもしれない。
運が良かっただけ。
二組でも嫌われている生徒はいた。
二人とも酷いイジメにならなかったのは、弱いタイプでなかったのが理由だろうか。
この二人は性格的な、いやらしさと不気味さを感じた。
仲良くなりたくない。近付きたくないタイプ。
たしかにイジメは良くないだろう。
しかし、仲良くしたくない人間もいる。
テレビに出ているディレクターの様に大義名分を振りかざし、風見鶏のように良い子ぶるつもりはない。
紫織にすれば、奈河小学校襲撃事件から掌を返すマスコミ。
奈河小学校イジメ報道で一方的に攻撃するテレビ局が信じられない。
そして、紫織の “いじめるのも、いじめられるのもいやだが、好き嫌いはあるよ”
という、一貫した姿勢が面白いのか、時々、取材される。
18禁本の取引停止が功を奏したのか、危ないタイプの客が減り、女性客が増加。
商店街も人通りが増える効果が僅かにあった。
人に不快を与える危ない客を減らせば、その倍の集客が見込める。
そのため危ない客の趣向に合う物やサービスをしないことだろうか。
大きな店に客を取られると、何でも良いから客層を集めようとする。
影が大きくなると、一般客が減って商店街が寂れていくパターン。
テレビ局が来たというのは、光が当たったといえる。
奈河西口商店街組合会議
「品の良い商売をして、客層を変えてもっと買い物客を増やしたほうが良いと思う」
「テレビに映っている間に、変えられる物を変えよう」 紫織
商店街の集まりで紫織が話すと、多くの店主が沈黙する。
紫織の言った内容は、ある意味正しく、ある意味足りない。
しかし、サービスや売り物を変えただけでは足りないと、
ほとんどの店主が考えている。
その種の客層に依存している店も少なくない。
それを行なうとすれば、商店街全てが足並みを揃え、大規模な資本投資が必要になった。
それが、できるだけのリーダーシップを取れる者も資金的な余裕もない。
しかし、唯一、小学生の店主。
そして、マスコミ受けの良い紫織は、老齢化する北奈河町商店街組合に希望を与える。
彼女の意見を無視するのは気が退け過ぎた。
少なくとも紫織が小学生でありながら的を射たことを言っている。
「北奈河町商店街が注目されても資金力と余裕の無い店が多い」
「すぐ、商店街全体の雰囲気を良くするのは、無理だ」 代表
辛うじて、まだシラフだった代表が返答。
しかし、紫織に味方する店主もいた。
その種の客層に依存が少ない店主が・・・・・
「このまま寂れた奈河町西口商店街をマスコミによって定着させられるより」
「借金しても商店街を改装すべきではないだろうか」
という意見だった。
代表は、嘲笑するような表情で面白がる。
そして、各店主にいくらまでなら借金できるか聞いた。
100万円から始まり、100万円ずつ、1000万円まで上げていく。
紫織は、品揃えを変えることで、客層を変えるだけのつもりだった。
それが、どうして商店街の改装にまでなっていくのか分からない。
しかし、この商店街が良くなり。
それで客が増えるのなら持ち金で出せる金額を数秒で計算し、手を挙げる。
そして、運命の歯車が回る。
酔っている人間が既にいるのか、かなりいい加減だった。
しかし、そのとき、紫織の反応は、店主たちの酔いを醒まさせてしまう。
そして、時間だけが過ぎて、商店街会議は、お開き。
「気を落とすな。紫織ちゃん」
「みんな、憂さ晴らししていたとき。子供に、まともなことを言われて混乱しただけだ」
「言っても無駄と思っていたけど、言わずにいられなかった」 憮然。
「しかし、紫織ちゃん。300万は大きく出たな」
「借りられないから、商店街のために出せるお金は、それくらい」
「・・・紫織ちゃんの言ったことは、無駄にならないかもしれないな」
「そうは、思えないけど」
「まあ、酔いが冷めれば、わかるさ」
「立派な人間じゃないが目端がまったく利かない人間じゃない」
「みんな分かっていても切っ掛けがなくて、どうしていいか、分からなかっただけだ」
そして、切っ掛けは、与えられた。
一組と四組から虐められていた生徒二人が同級生が暴漢に殺されて喜んでいると伝わって、深刻さが増していた。
二人は、同級生が暴漢に殺され喜んだ人間。
殺された二人は、暴漢に殺されて喜ばれた人間だった。
虐められていた生徒の机、教科書、ノートに死ねとか、自殺しろとか書かれている。
虐められた人間が自殺したのでなく、虐めた人間が殺されただけの珍しい事件。
テレビは、予備校生が小学生のとき虐められていた母校を襲った話題で盛り上がり。
一週間が過ぎる頃、殺された生徒2人に虐められていた生徒2人が喜んでいる話題に移っていた。
その生徒2人は顔こそ映っていなかったものの・・・
“虐めていた二人が死んで嬉しい”
“担任の先生や他の生徒も殺されれば良かったんだ”
とテレビで話し衝撃を与える。
校長と教頭は、世間体や体面を守るため、虐めを全て否定。
しかし、虐められていた生徒二人に愛校心、恩師への感謝の念を期待する方がどうかしている。
“死ね、自殺しろ” と書かれた教科書やノート。机がテレビに映される。
そして、一組の高島先生は、治療中を理由に逃げ。
四組の須藤先生は、記者会見で一部の生徒と逃げた事を糾弾され、
寄せ書きに “自殺しろ” と書いた事も詰問された。
四組は、一部の生徒を除き。
須藤先生を含め。殺された生徒を中心に同級生のほぼ全員が “死ね、自殺しろ”
と教科書やノートに寄せ書き状態で書いていた。
一組と四組の先生と生徒全員が悪者となるのに時間はかからない。
ホームページで殺された二人が書いていた虐めの内容が報道され。
虐められていた子供の親が共同で学校と教育委員会を訴えた事が話題になった。
息子を殺されて騒いでいた両親や同じクラスの生徒は、被害者であり、
同時に加害者にされてトーンダウン。
その後、大神先生は “虐めは止めようね”
と言うようになり、昼休みに先生が各教室と構内を交代で見回るようになっていく。
そして、受験と重なったことも影響が大きく、
奈河小学校出身の受験生が私立中学や高校の受験で差別されたとの噂も広がっていた。
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第04話 『無情の恐怖』 |
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