月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

 

 

 

第05話 『ちょっと、大人の世界へ』 

 北奈河町西口商店街組合会議

 酔っている店主は、一人もいなかった。

 お茶とツマミがテーブルにあるだけ。

 北奈河町西口商店街組合会議始まって以来、初めてだろうか。

 少なくとも過去遡って、そのことを知っている者はいない。

 商店街に失望している者もいた。

 そして、組合内での争い、揉め事。

 信用できない店主もいる。

 借金を抱えている店主もいる。

 組合会議は、集客が減りつつあるにもかかわらず、打開策が講じられず、

 酒を飲んでの憂さ晴らしが惰性で続けられていた。

 前回まで・・・

 しかし、無礼なことに新参者どころか小学生の女の子が商店街の行末に正論を吐いた。

 それだけならば馬の耳に念仏で自棄酒の集会だった。

 問題は、正論だけでなく、商店街改装のために300万を出すと挙手したことだろうか。

 単純に25店が300万を出せば7500万になる。

 多くの組合店主が酔い始めの奇襲攻撃にオロオロしながら無様で、みっともない応対で、

 数日後、代表は商店街店主に会合をかけた。

 そして、多くの店主も代表と同じような気持ちを味わったのか、目つきが違う。

 紫織は、呼ばれていなかった。

 彼女の意見は知っていた。

 しかし、このままで済ませるわけには行かない。

 もう一つ、体面があり、醜い争いを子供に見せられない。

 問題は、それぞれの店主が商店街のため、いくら借金が出来るか。

 総額いくらの団体保証人として手を挙げるか、に絞られていた。

 店主の誰かが逃げ出せば、借金が被さる。

 失敗すれば間違いなく、商店街そのものが一蓮托生で潰される。

 寂れつつある商店街の店主たちに余力がなく。

 当然、寂れつつある商店街に資金を提供する銀行も見つからない。

 既に借金を抱えている店主もいる。

 それでも借りたお金を自分の店だけに使うか、

 商店街全体で使うか、どちらが効率的か、

 回転資金も綱渡り。

 状況は、古賀シンペイと角浦紫織のお陰でマスコミが集まり、

 一時的に集客が良くなっているだけ。

 商店街が一度に潰れるか、持ち直すかの賭け。

 商店街組合会議は、借り入れ総額と商店街の改装を話し合う。

 そして、商店街のタイル敷きをもっとモダンにするという内容。

 いっそのこと石畳に。

 また、照明など、注目を集めるモチーフなどが検討される。

 東口の南奈河町商店街は魅力的な商店が多く、太刀打ちできないことも問題にされる。

 しかし、どの道、このままだと安値で店ごと買い取られ閉店。

 そして、我田引水やリベートの動きも起こる。

 その結果・・・・・

   

 夕食、紫織が茶碗蒸しを持って古賀家に行く、

 茶碗蒸しは、高価な材料を最小限に出来、卵でさえ水増しできる点で優れている。

 食事が終わるとシンペイは、早々に部屋に引き上げた。

 それを見計らってトオルが商店街の改装について話し始める。

 改装は、石畳、照明、オブジェ、記念モニュメントなど、

 項目別に検討されたものが印刷されている。

 「・・・どう思うね」

 「まあ、言い出しっぺの紫織ちゃん抜きで、先に話し合ったのは、申し訳ないがね」

 「・・・・」

 「大人の汚い部分を見せたくなかったのも事実でね」

 「・・・一店当たりの借入金と総額は、これだけだ」

 「商店街の団体で借り入れできるであろう金額で店内の改装費は、別になる」

 「これだけの金額で商店街の改装が出来るのなら検討する」

 それらしい、項目が羅列されていた。

 「んん・・・モチーフが彫刻なら中国とか、インドとか、ギリシャとか、ローマとか、イギリスとか」

 「テーマを決めた方がいいかもしれない。テーマパーク型の商店街とか」 ぼそ。

 「・・・わたしも、それが良いと思う」 カオリ、賛成

 「やっぱり、若い子の発想は、違うわね」

 「ひひジジイが集まるより面白いもの」

 「その、中心になるモチーフを決めるだけで大騒ぎになりそうだな・・・」

 「紫織ちゃんは、どれが良いと思う?」

 「・・・分からない。銀行と相談したら良いと思う」

 「テーマパーク型商店街なら、もう少し貸してくれるかもしれないし」

 「利率を減らしてくれるかもしれない」

 「・・・最初は、銀行に当たるがね」

 「銀行は、回収が容易な高利貸しにお金を貸して」

 「一般が借りられそうなのは、高利貸しになるな」

 「?? 学校で習ったのは、日本銀行が普通の銀行にお金を貸して」

 「銀行が企業や家庭、個人にお金を貸すって習ったけど」

 「テストでは習ったとおり書いたほうが良いけど、現実は勉強と違うことあるから」

 「銀行は、担保が無いと貸してくれないし。バブル崩壊後は、もっと酷くなった」

 「銀行は取立てを高利貸しに任せる方針かな」

 「既に借金の担保になっている店もあるし」

 「まあ、お金の件は、こちらのほうで検討しよう」

 「しかし、テーマパーク型商店街にするとしても言い出しっぺの紫織ちゃんの案は必要だ」

 「何でもいいから、一つ出してくれないか」

 「木かな、桜、銀杏、楓、キンモクセイ、ポプラ。外国の珍しい木とか、竹とか花」

 「・・・・」 トオル

 「商店街の通りに木や竹を植えるの? 花も・・」

 「あ、思い付きだから。駄目なら、駄目でもいいの」

 「そういうのは専門の人の方が分かるから」

 「商店街会議で話してみよう」

  

  

 学校。自習。

 紫織は校長室に呼ばれた。

 校長先生と大神先生。背広を着た大柄な男が二人。

 紫織が、ゆったりとしたソファに座らされ、

 大柄な男の一人が警察手帳を見せる。

 刑事だった。

 「角浦紫織ちゃんだね」

 「奈河町小学校襲撃事件のことで、話しを聞きたいが良いかね」 刑事A

 紫織の顔が強張る。

 「いや」

 「それは、どうしてかな?」

 「警察は、嫌い」

 「・・・どうして嫌いなのかね」

 「無能だから」

 刑事二人の顔色も変わり、

 校長先生と大神先生も慌てる。

 「紫織ちゃん! そんなこと言わないで・・・」 大神

 「あ、いいですよ。先生。事情は分かっているので・・・」 刑事A、ため息

 「それほど、意外なことでもないですから・・・」 刑事B、落胆

 二人の刑事は顔を見合わせる。

 「戻ります」

 紫織は、警察に敵意丸出しで立ち上がる。

 「今度、わたしに近付いたら」

 「写真撮って、二人に脅迫されたってマスコミと弁護士と警察署に送るから」

 刑事2人は、呆然とする。

 「紫織ちゃん・・・・」 大神

 「あ、構いません」 刑事A

 紫織は、断固として校長室を出て行く。

 「ど、どうもすみません。あとで、話してみますから」

 「せっかく来て頂いたのに・・・」

 「いつもは、あんな風じゃないと思ったんですが・・・」

 「いや。しっかりした娘です。実に羨ましい」

 「家の娘もあれくらい。しっかりしてくれるのなら殉職するのも悪くないですよ」 刑事A

 「普通、あの年齢の女の子だと」

 「わたし達のような刑事を前にすれば、大人しく、なんでも話しますからね」 刑事B

 「では、角浦は、ご両親の交通事故で警察に対し、怒っているという事ですか?・・・」

 「ご両親をひき逃げした犯人を捕まえていないので」

 「警察に敵意を持っても、おかしくありません。残念ながら・・・」

 「珍しいことではありませんから・・・」

  

  

 小学校を出て行く刑事二人

 「角浦紫織は、あの通路で、山下と擦れ違っているはずです」

 「沢渡ミナの証言だと、要領が得られませんね」

 「彼女は、後ろ姿をチラリと見ただけですから」

 「現場の検分で山下が角浦と沢渡を殴らずに追い越していったのは確かだ・・・・」

 「あの通路の状況で角浦紫織の証言がないと片手落ちになるな」

 「弁護側は証言を得られるかもしれません」

 「検察側が証言を得られませんでしたじゃ 格好が付きませんね」

 「こっちにしわ寄せが来ますよ」

 「あの子は、両親の轢き逃げ犯人を捕まえられない警察を無能と言った」

 「つまり、轢き逃げ犯人を捕まえない限り証言しないという事だ」

 「まともに証言して欲しければ、轢き逃げ犯人を捕まえろ・・・・脅迫ですか?」

 「あの子なりの反抗だろう。気持ちはわかるがね」

 「両親が同時に轢き逃げされたのは4年前」

 「年寄りの祖母と小さい娘だけが残された」

 「警察が手を抜いたと言えないまでも・・・」

 「はっきりと認めるべきだろう。優先順位を下げた。そのため迷宮入り」

 「警察も人員は少ない。一つの事件に振り分けられる人数は、どうしても制限される」

 「初動捜査で一定以上の人数を集中して投入しなければ捕まえられるものも、捕まえられない」

 「全部の事件に警察官を均等に振り分ければ迷宮入りが増えるだけだ」

 「どうしても、警察受けが良い方に重心が傾く」

 「それに大きな事件と。本店の公開捜査と重なったら、どうにもならんよ」

 「轢き逃げ車両は、解体されてしまっていると考えて良いんですよね」

 「いつ、どこで、誰が、証拠から20台にまで絞った」

 「しかし、初動捜査の遅れで証拠隠滅でアリバイも固まっているだろう」

 「4年前の証言などできやしない」

 「サミットの爆弾予告事件と重なったのが運の尽きですかね」

 「そうだったな。実は地方での銀行強盗のための陽動だった」

 「・・・あの先生が説得してくれれば良いのですが」

 「そうだな。しかし、今度、近付いたら、か・・・・」

 「どっちに転んでも立場が無いですね」

 「家の娘もあれくらい、しっかりしてくれたらな・・・」

 「・・・そればっかりですね」

 「苦境が人生にとって、肥やしになる場合もある」

 「あの子は、世間を知って、それでも大勢に媚びない気概がある」

 「あの年でマスコミや警察に媚びないところなんか、眩しいくらいだ」

 「保身のときだけ命がけになる官庁や署長に爪の垢でも飲ませてあげたいね」

 「社会に出て処世術を覚えると、虎も猫になるんですがね」

 「犬の間違いだろう」

 「ニワトリという話しもあります」

 「そうだ。署で古本を集めるか」

 「懐柔策ですか?」

 「まあな、いちいち、償いをしていたら破産してしまう」

 「悪意はなかったが、それでも気分的に楽になるだろう」

 「確かに、4年前の負い目は減りますね」

  

 テレビで奈河小事件の報道をしていた。

 “死ね” “自殺しろ” “臭い” “バカ” “キモイ” “ウザイ” “学校に来るな”

 など書かれた教科書とノートが映される。

 事件の大きさから、子供の将来のため、

 放送を自制して欲しいという投書や抗議のほとんどが空振り。

 さらに運が悪かったのだろうか、他に目立つニュースがなく、しばらく報道が続いた。

 そして、全国的な虐め件数が減少する統計が出され、

 奈河町小関係者はスケープゴートにされる。

 特に当事者となった六年の一組と四組に対する風当たりが強くなった。

 あるテレビニュースで司会者、ニュースキャスター、評論家が話していた。

 「これが小学生の虐めですか。酷いですね」

 「中学生や高校生では聞いた事がありますが」

 「いま、虐められている生徒が大きくなり、同じことをする可能性はありますね」

 「犯人は、事前に弱い者虐めをしていた生徒のホームページを読んで殺す子供を決めていたようです」

 「比較的、大柄の子供を意識して追いかけたと聞いていますね」

 「弱そうな子供を追いかけていたら、もっと多くの生徒が亡くなっていたと思いますよ」

 「暴漢を押して女の子二人を助けた古賀シンペイ君は “暴漢に本気で殴られなかった” と警察に証言していますね」

 「友達を引っ張って逃げた角浦紫織ちゃんは “暴漢に見逃してもらった” と、弁護士に証言したそうです」

 「クラス全員で、一人の生徒を虐め殺そうとするのは、集団の怖さですかね」

 「先生も一緒に全員でやれば許されると思っているのでしょうか」

 「まだ、確証にいたっていませんが、これは、先生が書いた字のようです」

 “自殺しろ” が赤丸で囲まれ。教師の直筆の “自” “し” “ろ” の文字が比較される。

 「文字鑑定の専門家に見てもらいましたから確かなはずです」

 「担任は否定していますが、小学生の字にしては、違和感がありますね」

 「・・大人の字ですね」

 「これは、先生による生徒の虐待」

 「いえ、もし、四組の生徒が自殺していたら自殺関与というか自殺強要です」

 「自殺幇助、自殺教唆ですね」

 「刑法203条6ヵ月以上7年以下の懲役。または禁錮」

 「これだと生徒が自殺未遂を起こしただけでも202条で罰せられます」

 「むかしの先生は不良を目の敵にしていましたがね」

 「いまの先生は、不良と一緒に弱い者虐めですか」

 「こういう証拠を残してしまうのも先生としての良識がまったくないどころか、幼児化しているんじゃないでしょうか」

 「そういえば、不良らしい不良が減少し、陰湿というか、小粒になっているそうですね」

 「今の生徒は、仲間を作りながら1人か2人を虐めて、仲間意識と連帯を強めるようです」

 「多くの場合、普通の生徒の集団ですから、先生も数の多い生徒側の味方が一般的らしいですよ」

 「教育界も抜本的な刷新が必要ですね」

 「先生が悪いから生徒が悪くなるんでしょうか」

 「宗教、立法、司法もそうですがね」

 「学校も基本的に独立して、警察が介入するのが難しいですからね」

 「先生と生徒が一緒に虐めをしたと認めるのは深刻では?」

 「ええ、それを放って置いた学校も県教育委員会も処罰されますから、絶対に認めないと思いますよ」

 「学校側や保護者にすれば子供の将来のためという大義名分で臭いものに蓋をするでしょう」

 「学校と生徒も虐めを認めて良いことなんて、一つもありませんから」

 「学校も社会も、虐めを増長させていますよ」

 「ですが、こういったことを教える学校は頭が良くても卑劣な人間を育ててしまうのでは?」

 「ここは虐めをすれば必ず損をする事がわからない限り、虐めはなくなりませんね」

 「いじめの抑制は、いじめをすれば、社会的な制裁を受けることしか・・・・」

 「」

 「」 

  

 北奈河町西口商店街会議

 酒抜き会議は、何度目だろうか。

 テーマパーク型商店街という角浦紫織の発案で会議は大きく揺れ動く。

 少なくとも酒を飲むより酔える話しだ。

 当然、紫織の思いつき、木、竹、花などを植えるというアイデアも検討された。

 代案も多く出されたものの、強行に自分の案に固執する者もいなかった。

 少なくとも紫織の発案は我田引水やリベートは、考慮されていない。

 そして、各店長とも決められたテーマで最善を尽くせても、テーマそのものを想像することが不得手だった。

 その後、銀行の行員も参加し、具体的な内容になっていく。

  

  

 紫織は、店を開けた後、ぼんやりしていた。

 一時、多かった客も次第に減り、昔の倍程度の水準で安定。

 それでも、それまでに稼いだ利益は過去最高で、トントンだった収支が上向いていく。

 上手くいけば中学入学でも、お金を降ろさなくて良い可能性もある。

 商店街会議の内容は、古賀のおじさんとおばさんから聞いていた。

 結局、テーマパークの専門家は、少しくらい規格が良くて参考になっても他人事で怪しい存在だった。

 さらに銀行側は担保次第で、貸しやすいか、貸しにくいかの認識でしかない。

 テーマパークが、あちらこちらで破産。

 儲かっているのが東京ディズニーランドだけと、専門家でさえ成功率が低い。

 紫織の思っていた “子供よりましなアイデアを出すだろう” の考えも脆くも崩れていく。

 発案者の角浦紫織の “木と花” テーマパーク型商店街にズルズルと傾き・・・

 どの木を植えるか、一種類にするか混成にするかの違いになっていく。

 紫織は、大人が神のような視点で、積極的に物事を進めて行くものだと思っていた。

 しかし、そうでない事がハッキリすると、ショックを受ける。

 よりによって自分が、思い付きで出した路線で物事が進んでいくなど嬉しいより、空恐ろしい。

 それが我田引水やリベート疑惑を排除した適当な方法でも・・・・

 商店街会議で決まったのは、石畳、照明。

 そして、肝心のテーマが最悪で紫織が思いつきで言った “木と花” に決定。

 さらに紫織が適当に “こもれび” 商店街と名付けた名称が、そのまま使われそうになっていた。

 紫織にしたら “ふざけんな、失敗すれば、自分の思い付きのせいになってしまう”

 そして、昨夜の集まり、

 大人たちの、あまりのいい加減さと無責任さに・・・・・

 

 「子供の思い付きを、そのまま使うなんて、本気で商店街を立て直す気があるの?」

 紫織は、商店街の代表、酒屋の木村ゲンジとトオルに意見する。

 ほとんどの店主が気まずそうに視線を逸らし、

 一人が “用事あった” と引き上げると

 “自分もあった” と次々と引き上げて行く。

 残された代表の木村ゲンジとトオルは引きつり、

 「も、もう一度良く検討するから」

 「商店街の店主全員が借金しての投資だから、決していい加減な決断じゃない」

 議長役の木村ゲンジは、言い訳しながら解散する。

  

 寂れつつあった北奈河町商店街の店舗半分は、“南興” 銀行と高利貸しの担保に入っていた。

 市長、町長、南興系のゼネコン、銀行、不動産が水面下で計画していた北奈河町商店街跡地の大規模再開発と、

 デパートとインテリジェントビルを主とする北奈河町商店街再開発計画と、

 突然湧き出した北奈河町商店街組合の独自案 “木と花” テーマパーク型商店街 “こもれび” が、ぶつかる。

 それまで、ゆっくりと羊の皮をかぶり、

 北奈河町西口商店街再開発を進めようとしていた町長、ゼネコン、銀行、不動産が焦る。

 そして、本性を出し、借金回収を強要しようとし、待ったがかかる。

 どこで聞きつけたか “北奉” 銀行系列のゼネコンが北奈河町商店街組合の計画した “こもれび” 商店街計画に関心を見せた。

 捨てる神あれば、拾う神なのか。

 たんにタイミングが良かっただけだろうか。

 借金の肩代わりをまとめてやろうと。

 北奉銀行と業者が現れ “こもれび” 計画に協賛する。

 借金さえ返せば文句が無いだろうと、一括で借金が返済され、

 “こもれび” 商店街計画を推進する北奉銀行とゼネコンが入り込んだ。

 金の切れ目が縁の切れ目。

 借金を返され、口の出せなくなった市長、町長や “南興” 系ゼネコンは引き下がるしかなく。

 妥協案すら出せない。

 北奈河町商店街のメインバンクが “南興” 銀行系から “北奉” 銀行系へと一斉に切り替えられた。

 そして、この地域の南興系銀行の人事異動が行われ。

 “こもれび” 商店街が北奉系企業の奈河市進出の足場になった。

  

  

 そして、紫織は、系列企業同士の画策や謀略じみた事柄をトオルから聞くことになった。

 紫織が見たところ、メインバンクが変わり、取立てが、ひとまず収まっただけで状況は変わらない。

 それどころか、店ごとにバラバラだった借金が、商店街の団体保証て借り受けたことになり、

 資金が返せなければ、担保にされた商店街ごとソックリ北奉系銀行に取られ、北奉系の手で再開発される。

 もっとも余剰資金のある紫織の古本屋と、

 ほか三店は、自己資金で資金を出すたため、団体保証に入っていなかった。

 そもそも未成年の紫織は、保証契約そのものが出来ない。

   

 紫織は、法定代理人に商店街改装で、お金を降ろすかもしれないと伝える。

 銀行で大きなお金を降ろす時は、法定代理人の同意と同行が必要だった。

 商店街全体の集客が増える事が重要だった。

 紫織は生涯設計が狂っても体力があるうちに集客を増やせる方を選択した。

 これは、両親が残した保険金が、そっくり残っているからできることで、

 半分以上の店が借金しなければ、金を出せないほかの商店街の店主と事情は違う。

 借金せずに済む店でも、店の改装費に回す資金は残っていなかった。

 紫織の場合。これだけの立地でありながら、土地建物の相続税と固定資産税も少なめで延納できた。

 そして、両親の保険金のほとんどが残っており、

 年齢的に団体保証人になれない紫織は、資金と、制度で圧倒的に有利だった。

 わけのわからない確定申告の後、

 西口商店街で現金で余裕がある店は、紫織の古本屋を除くと、パチンコ屋、コンビニ店、薬屋、木村の酒屋だけ。

 残りの二〇店は回転資金を除き、現金の余裕のない店が大多数だった。

  

  

 その日

 学校の大神先生と私服の刑事が古本を持って来る。

 段ボール8個でおよそ400冊という大変な量だった。

 中身は趣味系が多く、H本も多い。

 “ったく!”

 売れる本も、あれば、売れない本もある。

 単純に100円をかけると4000円になりそうだった。

 両親の死は警察が悪いわけではなかった。

 悪いのは、轢き逃げ犯。

 轢き逃げ犯でさえ、殺意があったのなら別だが99.9パーセント、普通の人が普通の人を過失で轢いてしまう。

 殺意があったとか、100パーセントの過失は、ほとんどない。

 警察は、たんに犯人を捕まえられなかっただけ、

 バカだといって、紫織が警察に協力しないのも子供っぽくてかわいいが、いつまでも通用するものではない。

 『誰も、恨んではいけないよ』

 紫織は、おばあちゃんの最後の言葉を思い出す。

 警察側が誠意を見せたのなら、少しは、協力してもいいだろう。

 紫織は真っ当な市民の義務だと懐柔される。

  

  

 襲撃事件のニュースは、寄せ書きに名前を書かなかった生徒の報道がされていた。

 一組の横井タケト、白根ケイ

 四組の石井ショウヘイ、国谷ヒロコ、安井ナナミの五人。

 彼らの何人かは寄せ書きに悪口を書かなかったことで虐められたと、教科書やノートを見せて証明する。

 マスコミは、一組と四組の生徒全員でなかったと報道して全面的に訂正していく、

 報道は、次第に減少して、いずれ、忘れ去られ、

 何年もしないうちに似たような事件が、起きるだろう。

 その時、もう一度、奈河町小学校襲撃事件が思い出される。

 店の片隅で脚立に座ってマンガを見ているシンペイは、左肩のギブスが取れていた。

 ツボに、はまったのか、肩が震え、笑いを堪えている。

 暴漢が血に染まったバットをヨウコとクミコに向かって振り降ろそうとしたとき、

 暴漢に向かっていくシンペイを思い出す。

 紫織は、一部始終を見ていた。

 襲撃事件の後から紫織は、シンペイちゃんと呼ぶようになり。

 シンペイは、紫織ちゃんと呼ぶようになった。

 両親が自動車事故で死ぬ前の呼び方だ。

 なぜ、交通事故の後、

 古賀と呼び、角浦と呼ばれるようになったかわからない。

 二人の間が近付いたわけでもない。

 ただ、呼び方が元に戻っただけ。

   

  

 ヨウコからの携帯。

 紫織は、ため息をつく。

 ヨウコは、紫織とシンペイがお互いの呼び方が変わったことで関係を疑う。

 シンペイが、もて始めたせいだろう。

 クミコも、時折、シンペイにチョッカイを出し、ヨウコにムッとされている。

 ヨウコとシンペイは、学校でも一緒にいることが増え。

 時々、デートをするようになり。

 ヨウコの方が命の恩人と積極的に手を繋ぐようになっている。

 時々、ヨウコから電話してきて、シンペイが何をしているのか探りを入れてくる。

 紫織は、脚立に座っているシンペイを写すとメールで送る。

 いつもと同じ、読んでいる本だけが違う画像。

 「シンペイちゃん。鎌ヨから電話」

 シンペイは、嬉しそうに携帯に出る。

 左手にマンガ、しおり代わりに指を挟んでいる。

 『最近のヒーローは、違うね〜』

 紫織は、頬杖を付きながらぼんやりと思う。

 シンペイは、嬉しげに頷きながら話す。

 どうやら、休みのデートの話しらしい。

 紫織にすれば、なんとなくほほえましく、同時に寂しい。

 シンペイとの関係は、一種の兄弟だった。

 紫織の方が一ヶ月早く、姉みたいなものだ。

 大型古本屋チェーン店の自動車が表に来ると店員が入ってくる。

 紫織は、H本が入った段ボール二つを出す。

 「87冊です」 紫織

 「商売替えですか?」 店員

 「この手の本を扱いたくなくて」

 店員は、18禁本取引停止の張り紙を見ながら頷き、一冊、一冊、丁寧に確認しながら数字を足していく。

 「そちらの店は儲かっているんですか?」

 「さあ、どうかな、店員は儲かっても、儲からなくても、利益がソコソコなら問題ないから」

 店員が嬉しげにH本に目を通す。

 公然と見ても仕事だよと言えるのは役得だろうか。

 「儲かった時は、ボーナスを余計にもらわないの?」

 「・・・少しだけ。お小遣い程度、小さくても店長がいいよ」

 「ここも寂れているから厳しくて」

 「小さい店は欲しい本も見つけにくから、どうしても大きな店に行くの」

 「確かに床面積当たりの客数は、少ないか」

 店員がチラリと周りを見回す。

 「北奈河町に出店するような、噂はある」

 「今のところ無いな・・・」

 「まだ、4駅か5駅置きごとに一店は聞いた事があるけど。それが事実なら奈河駅周辺は外すだろうね」

 「・・・」

 「ほかのチェーン店は、わからないけど」

 「古本の数と新古本の購入と建物の確保と店員を揃えないといけないから」

 「次は、どこに出店するの?」

 「それは言えない・・・予定地は、3ヶ所くらいあるみたいだけど、この近辺じゃないよ」

 「それで十分。資金が回収できるまで4〜5年は、余裕あるのね」

 「頭の良い子だな。いくつ?」

 「12歳」

 数人の客と本の売り買いをする。

 「全部で、これくらいかな」

 店員は、計算したメモを見せる

 「それで良いよ」

 紫織は、代金を受け取る。

 思ったより損していない。

 この手の本を安値で買い取っていたせいだ。

 おばあちゃんが買った分は、損をしていたかもしれない、

 しかし、まとまったお金があると嬉しい。

  

  

 休みの日。

 店を開け、しばらくすると法定代理人が保険屋さんを連れて来る。

 法定代理人は、襲撃事件の影響が冷めるまで待ったをかけていたらしい。

 そして、襲撃事件の精神的な痛手が残っている絶妙な時期だろう。

 紫織は、葬儀屋さんとの一件で人の弱みに付け込む人間に冷淡で苛烈な反応を見せる。

 というのが、商店街や近所で定着している。

 商店街全体の災害保険は、付き合い上、仕方が無いとしても、

 身内のいない紫織に受取人はいない。

 当然、保険の内容も、怪我と病気に特化して死亡保険はない。

 果たして、身内のいない紫織を親身になって診てくれる病院があるだろうか。

 死んでも、受取人無し、訴える者もいないなら後回しで見殺しにされるかもしれない。

 どの道、結婚できなければ無縁仏だ。

 両親の交通事故で、そういった事柄に対し、勘が働く。

 法定代理人も、事務的に仕事をしているようにも思える。

 保険料の金額を合わせると結構な金額になる。

 貯金した方が良い。

 商店街投資の見返りの方が大きいと結論をつけた。

 紫織は、ミナが遊びに来たのを利用して断った。

 「なに、なに、紫織ちゃん。誰だったの?」

 「保険屋さん」

 「保険屋さんか・・・入るの?」

 「やめた。死んでも受け取りいないし、貯金したお金で医療費を払う方が良い」

 「でも、お金が貯まる前に怪我したり、病気になったら困るんじゃない」

 「危なかったでしょ あの時」

 「今度は、もっと速く走ろうね、ミナちゃん」

 「あ、わたしのせいね」

 「お金が貯まる前に怪我するか、病気になるか、賭けてみるしかないわね」

 「そんなに余裕は無いし、保険屋に脅されて入るのは、イヤ」

 「貯まるのお金?」

 「保険屋さんに払うお金を貯められたらね」

 「貯められないとすれば、保険に入ること自体無理でしょう」

 「損なんだ」

 「賭博と同じ、満期で計算すると賭け率は、総額25対1よ」

 「総額20万なら5000万で制約があるから目減りするの・・・」

 「病気や傷害に遭うと、だいたい25倍で戻ってくるみたい」

 「保険自体は、悪くないと思うけど。わたしの場合、事情があるから」

 「ふ〜ん。じゃ・・・不幸になれば、賭け金の25倍で返ってくるの?」

 「だいたいね。私の場合、誰もいないから」

 そして、午後になるとクミコが来た。テレビゲームが始まる

 「いいな、ヨウコちゃん、古賀君を独り占めして」

 クミコ、ポテチを食べる

 「クミコちゃんも、古賀君に惚れちゃったか」

 ミナ、ゴマ煎餅を食べる

 「だって、あの時、助けてくれたんだもの」

 「夢で、あの時の光景も出てくるし」

 「あ〜ん、古賀君。運命を感じてしまう」 クミコはクネクネ。

 「助けたのは、ヨウコちゃん・・・クミコちゃんは、ついで。オマケ。ふろく」

 「ひっど〜い。ミナちゃん。酷すぎ」 クミコ、泣き

 「泣かないで胸でも大きくしたら」

 ミナが見下したようにクミコの胸を見る

 「んん・・・ヨウコのやつ〜 胸で古賀君を誘惑するなんて、卑怯者」

 クミコ、ポテト五枚、まるかじり。

 「あはは」

 「そういう、ミナちゃんは、古賀君を好きにならないの?」

 「一部で、赤丸急上昇中よ。オタク系だから落胆している娘もいるけど」

 「わたしが好きなのは、紫織ちゃん〜」

 ミナが紫織にゴロゴロ状態

 「あ、あのね〜 ミナちゃん。わたし、そっちの気は無いからね」

 「紫織ちゃんと一緒に入ると安心するんだ」 ミナ、ゴロゴロ

 「不健全なやつ」

 「紫織ちゃんは、古賀君と、どうなの?」 クミコ

 「どうって? 相変わらずよ」

 「好きじゃないんだ」

 「好きというか、幼馴染だから居て当たり前っていうか」

 「あそこの脚立に座ってマンガを読んでいるのが、当たり前」

 「ふ〜ん」

 「それ以上でも、それ以下でも、無いよ」

 「あれぇ〜 キスしたんじゃないの?」

 「な、なんてこと、言うのよ。す、するわけ無いでしょう!」 紫織、焦る

 「あれ、幼馴染って、普通。一緒に風呂に入ったり、一緒に寝たり、キスしたりとか、するんでしょう」

 『一緒に風呂! 一緒に寝た! 記憶に無い。記憶に無い』 焦る

 「そ、そんなこと無いよ。変な想像しないで。思い込みよ。怖いこと言わないでよ」

 『記憶に無いけど・・・』 紫織

 「そうかな〜 ヨウコも、そう思っているみたいよ」 クミコ

 「わたしも、そう思った」 ミナ

 「えぇぇええ〜!! 違う。違う。違う」 首を振る

 クミコが紫織の両肩に手を乗せる。

 「紫織ちゃん。しっかり前を見て、怖くない、わたしを信じて、正直に話して。紫織ちゃん」 クミコ

 「クミコ・・ドラマの見過ぎ・・・」 紫織、しら〜

 「あはは」

 初老のおじさんが馬の柄がついた杖を持って入ってくる。

 おじさんが、チラリと紫織を見た時。

 紫織は、一冊の本を見せる。

 初老のおじさんは、顔をほころばせながら近付いてくる。

 「これを探してたんだ。いくらかね」

 おじさん、喜ぶ。

 「300円です」

 「ありがとう」 おじさん

 おじさんは、お金を払うと本を持っていく。

 古本屋も、意外と悪くない。

 紫織は、なんとなく嬉しくなる。

  

  

 その後、虐められていた生徒の一人が卒業文集を出した。

 最初、学校は、その生徒に書き直しをさせようとし、

 マスコミに文書が流れる。

 そして、紆余曲折を経て、

 学校は、卒業文集に原文のまま載ることになった。

  

  

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 それでも目立たないほうだろう 

 思いやりも 残忍さも 

 無関心も みんなのもの 

 世界を創ろう 大多数の微妙な 

 大差のない評価 優しさも 醜さも 

 手負いで弱っている者を自殺させよう 

 自然にそうなっただけ 

 子供の世界も そう みんな知っている 

 先生も一緒に 学校も一緒に 

 みんなで弱者を淘汰しよう 

 次は誰だ 一人死んだ ルーレットが回る 

 一人で歩いている不適格者 

 弱者を淘汰しよう 切っ掛けがあればいい 

 みんなで作った名簿 多数決で決めよう 

  

 世界を創ろう 打算と等級で評価される

 強いものに媚びて生き残る みんなの世界 

 死の刺激が渇いた気持ちが満たす 

 泣き苦しむ者が自分を神にする 

 気持ちで生きて 傷付けようか 

 打算で生きて 嘘をつこうか 

 みんなが肉食 一人だけ草食 

 人と人が創った 自然の食物連鎖 

 誰に習ったわけでもない 

 大人の世界も そう みんな知っている 

 弱者を淘汰しよう 

 きれいごとをいう者が認めないで 

 人になすり付けて捻じ曲げる 

 ハゲタカのように啄ばんで 

 自分だけ逃げをうって 

 卑怯で薄っぺらな世界が創られる 

   奈河町小学校 六年四組 小山ケンジ

  

 

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第04話 『無情の恐怖』

第05話 『ちょっと、大人の世界へ』

第06話 『こもれび商店街と中学入学』

登場人物