月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

   

第06話 『こもれび商店街と中学入学』

 奈河町小学校卒業。淀中学校入学。

 どちらも、紫織にとって、大きな節目になっていない。

 北奈河町西口商店街が進めているテーマパーク型商店街 “こもれび” の方が重々しく感じる。

 未成年なので連帯保証人こそ入っていないが投資額は、ほかの店主と同額。

 そして、“こもれび”商店街の設計にも、いくつかの提案をしている。

 それまでのタイル張りが重量感のある石畳に張り替えられていく。

 半透明の天蓋で屋根を作り。

 遊歩道に植えられる桜が20本。

 全天候テーマパーク型商店街になる。

 照明灯の一部は、発光ダイオードが使用され、深夜でも明かりを灯すことが出来た。

 工事が進んでいくにつれ、

 奈河町小学校襲撃事件とイジメ報道が急速に減少していく。

 資金の回収が一店でも遅れれば、全体に波及して商店街ごと潰れる可能性さえある。

 焦った“こもれび”商店街の代表、木村ゲンジは宣伝費不足を補おうと、

 角浦紫織を “こもれび” の発案者として、リークしてしまう。

 奈河町小学校襲撃事件と、イジメ問題を扱っていた隔週ベンチャー情報誌が飛びつく。

 不承不承に苦笑いする古賀シンペイと愛敬を振りまく紫織が掲載され、

 角浦紫織は、北奈河町商店街の救世主、小学生企業家、角浦紫織として紹介される。

 作られた客寄せの虚像。

 情報誌が印刷したビフォア・アフターの写真は、完成した風景を認識させる。

 この手の画像処理技術に疎い商店街組合は、早速、金を出し、

 完成予想図の風景を出してもらい商店街会議で協議。

 こもれび商店街改装で、あれこれ、口出しし、

 工期が遅れるだけ損をするというのに手を加えながら工期を遅らせていく・・・・

  

  

 卒業間近の日曜日

 ミナとクミコが、遊びに来ていた。

 ヨウコとシンペイは、デートに行っているらしい。

 出版されたベンチャー情報誌を眺める紫織

 『企業家じゃなくて、相続しただけなのに・・・救世主にされている・・・』

 『だいたい “南興” 系と “北奉” 系の争いは、勝手にやっていたことだし』

 『わたしは、関係ないじゃない。裏読みのし過ぎ』

 紫織は、活字にされた自分の名前と写真を見て苦笑する。

 『今度、写る時は、口紅しよう・・・』

 情報誌に北奈河町商店街の風景がビフォア、アフターで画像処理されて丁寧に写されていた。

 『待てよ、口紅しなくても画像で処理できるんじゃない』

 『いっそ、写真だけでも、もっとかわいく整形を・・・・』

 など、不謹慎で、不埒なことを考えつつ、

 古本屋の小学生店主は、相続前の2.5倍も増えた客の相手をする。

 「紫織とヨウコとミナが淀中で、わたしだけが緑中か、わたしも淀中に行きたいな」 クミコ

 「遠くなるじゃない」 ミナ

 「だってさ、中学に行ったら虐められそう。奈河町小の生徒が来たって」

 「虐められるかな」 ミナ、不安

 「虐められるよ、きっと」

 「お母さんも、言ってた “一組と四組の父兄は、本当に腹が立つ。反省が全然ない” って」

 「お父さんは “会社で嫌味を言われて、迷惑している” って」

 「近所でも “娘さんが、奈河町小に行っているんでしょう” なんて、嫌味、言われて」

 「お母さんも “クラスが違うのを知って、聞くから。むかつく” って」

 「それは、イヤね」 紫織

 「紫織は、良いわよ。自立した女の子だから」

 「自立できるか、なんて、分からないでしょう」

 「でも中学は、義務教育だから行かないと」

 「本に載って有名人になっているから虐められないわよ」

 クミコは、情報誌を見る

 「北奈河町商店街組合が宣伝費代わりで、わたしをダシにして売り出したのよ」

 「自分で望んだわけじゃないし」

 「それに虐められるかだって、行ってみないと分からないし」

 「でも、“こもれび”商店街は、紫織ちゃんの発案でしょう」

 「子供の思い付きを使うのって。なに考えているんだか」

 「だいたい。商店街の改装を言い出したの、わたしじゃないし」

 「この “南興”系 と “北奉”系 の争い。なんて、わたし、関わっていないし」

 「面白、おかしく、書いているだけよ」

 「じゃ この写真は?」 ミナも情報誌を見ていう

 「名刺を貰って、握手しただけ」

 「は、ははは」 クミコ

 「利用されただけね」 ミナ

 「お陰で段ボールの箱が増えて困っているけどね」

 「そうよ。何、この段ボールの山。生活できなくなっているじゃない」

 「もっとマスコミを利用しなよ。小学生起業家なんでしょう」 ミナ

 「起業してないでしょう。古本屋を相続しただけよ」

 「それに商店街改装で具体的に動いたのは商店街組合なんだから」

 「だいたい、小学生がチョロチョロしてもバカにされるだけよ」

 「そうなんだ」

 「これ見てよ。またアドレス変えなくちゃ」

 紫織は、携帯を見せる

 ミナとクミコは、携帯を見ると目の色が変わる

 「酷すぎ、子供に向かってこんなこと書けるなんて人間なのこいつ」 ミナ

 「最低〜 身の危険を感じるわね」 クミコ

 「うん」

 「だいたい、なに、学校に古本持ってきて儲けた女子小学生なんて」

 「襲撃事件とも、虐めとも関係ないじゃないの」

 「田城と鹿島のせいで、本当に迷惑するわね」 ミナ

 「自業自得だから。儲けたのは事実だし」

 「違うわよ。正当防衛、緊急避難。持ってこなかったら、紫織が虐められていたんだから・・・」

 「それを、この馬鹿が何も分からないくせに・・・」 クミコ

 「分かってて書いているのかも」

 「同級生ってこと?」 ミナ

 「わからないけど。メールアドレス知っている人限られているし」

 「そんなの学校の連絡網を調べたら。すぐわかるじゃない」 ミナ

 「そうだった」

  

  

 そして、わけのわからない、投資紹介のようなメールが増えた。

 未成年なのにお金があると思われたらしい。

 客こそ増えたがしがない古本屋で低収入であることに変わりない。

 法定代理人のアドレスに転送させる。

 資本回収が軌道に乗るまで余計なことはしない。

 困ったことに両親が轢き逃げで亡くなって保護者不在を知る者が増えている。

 両親がいると思わせた方が安全で保護者がいないことは、マスコミも控えさせていた。

 それでも、天涯孤独だと聞きつけた人たちが支援とかで古本を持ってきてくれることが多く。

 一階から二階の部屋まで、本の入った段ボールが山積みになっていた。

 生活空間にダンボールが侵入してくると、さすがに切れそうになる。

 仕方がなく、他の店が一般的に一〇〇円にするところを九〇円にし、在庫を捌く。

 しかし、客が増えただけで買い入れも増え、思惑通り在庫が減らない。

 店内に売れ筋を並べ、重複分の在庫名簿を作ってシンペイの部屋に段ボールを5つほど置かしてもらう。

 当然、好きなだけ読んで良いよという条件付。

 生活空間に押し寄せる段ボールの箱は負担だった。

 「せま〜い」 ミナ

 「他の本屋に売ったら」 クミコ

 「本の売り買いで儲けているんだから。売って、買って、売る」

 「また、買って、売る。この利潤が大きいの」

 「でも・・・せま〜」 ミナ

 「ははは」

  

  

 紫織の結論は “リフォームするか” だった。

 奈河町小襲撃事件以来、一時的に収益が5倍に拡大したあと、

 2倍程度の売り上げで収益が安定。

 その後、商店街の思惑で紫織は、北奈河町商店街の救世主。

 広告塔にされ、売り上げが2.5倍となり、小さな古本屋としたら上等だろうか。

 テレビを見れば、リフォームの功罪が映っていた。

 悪い業者に当たれば、最悪。

 良い業者に当たれば、支払いに見合うリフォームになる。

 リフォームの金額からして回収できるか分からない。

 結婚の持参金として、いくらか残すべきだろうか。

 まさか、体ひとつで、とは、いかないだろう。

 建築関係の古本でリフォームする人が載っていた。

 資金的に余裕が出来るのは、年を取ってからだ。

 しかし、苦しくても、いま、一階全てを店にすれば床面積は最大で三倍以上、

 増えた書籍と客に対応できる。

 そして、目玉になる店が多ければ、相乗効果で商店街の利益も増える。

 ここで、両親の保険金を使い切ってしまうのは、やはり賭けで思案のしどころだった。

 商店街の改装と同時にやる方が良いかも知れない。

 しかし、改装するなら桜の木が満開になった後が良い。

 今からやっても桜の満開を逃すのは惜しい。

 もう一つ、信用のできる業者を探すことだろうか。

 町長が進めていた北奈河町商店街再開発に待ったをかけた “北奉” 系の銀行と業者に頼もうか、

 少なくとも彼らの資本は、融和的な形で投資されている。

 “こもれび”商店街に入り込もうと、有力店や有名店の出店を誘致しようとしていた。

 “北奉”系の意図がどこにあるのか、紫織は分からない。

 現金を使い過ぎれば、彼らが何か事を起こしたとき、

 回転資金が尽きて、太刀打ちできなくなる可能性がある。

 そうなるとリフォームに使える資金は限られる。

 さらにリフォームした場合の固定資産税の増加分を考慮すると、悲惨なことになりそうだった。

 あれこれ考えると使える資本は意外に少ない。

 無機質な法定代理人がどう考えるかにもよる。

 店が大きくても小さくても、交替時間と人件費で四人の店員がいればなんとかなる。

 あとは、床面積が広ければ広いほど良い。

 その点、大型古本屋チェーン店は、圧倒的に有利だ。

 そして、大型古本チェーン店に対抗するのに紫織の店は小さ過ぎた。

 このままだと、苦しい古本屋の店主として婚期が遠のいていく、

 自立した女の独身迷走ドラマは多い。

  

  

 そして、学校。

 襲撃事件と生徒のイジメ報道は、中学校入学を控える生徒にとって深刻だった。

 一組、四組は自業自得、

 二組、三組は巻き込まれ損。

 一組の高島先生は大怪我。

 四組の須藤先生は無事だったものの、生徒が危険に晒されていたのに逃げたと非難される。

 生徒を引っ張って逃げたのは確かでも世間も甘くない。

 逃げたと批判されていた四組の須藤先生が寄せ書きに書いたと自白すると、

 その場で、懲戒免職。

 そして、一組の高島先生も怪我の治療が終われば

 “事情を聞いた後、処罰されるだろう” と予測報道がされている。

 マスコミは、いつから司法機関予報士になったのだろう。

 奈河小学校六年で一組、四組と、二組、三組の生徒の間でケンカが始まる。

 臨時に一組と四組に代理の教員が立ったが騒動は、おさまりそうになかった。

 虐められていた2人の両親と、

 寄せ書きを書かなかった5人の両親は、子供が正常な義務教育を阻害され、

 生徒として扱われなかったとして県教育委員会と学校に対し損害賠償を請求。

 奈河町小学校の六年の父兄会は、二組、三組側と、一組、四組側に分かれる。

 そして、互いに、いがみ合いながらマスコミに偏向報道の即時中止と学校責任を訴える。

 しかし、この時期、

 運が悪かったことに奈河町小学校襲撃事件といじめ報道に勝る話題がなかった。

 当然、話題性がある間は、マスコミが騒いで、毎日があわただしく過ぎていく。

  

  

 奈河町小学校の卒業

 紫織は、淀中入学までの期間を利用し、開店時間を増やし在庫一掃を画策した。

 朝から晩までフルに開店すると客足も増え、現金収入も過去最大規模で増加。

 一日の売り上げが40000円になったときもあった。

 単純に400冊。一時間に40冊が売れた計算になって、少しずつ在庫が減っていく。

 そして、毎日のようにミナ、ヨウコ、クミコが遊びに来る。

 商店街の歩道からタイルが剥がされ、

 土壌が深く掘られた後、桜の木が植えられ、石畳が敷かれていった。

 花は、つぼみの状態で、咲くか不安だったものの、

 遊歩道の中央に植えられていく桜の並木は、希望だった。

 “北奉” 系の専門職が工事に干渉し、より洗練された商店街へと変貌していく。

 そして、某テレビ局のディレクターが新しくできた “こもれび” 商店街をドラマで利用。

 アイドルタレントを歩かせてしまう。

 格別、目玉になる商店の無い“こもれび”商店街だった。

 しかし、ぎりぎりセーフで集客が増える。

 空テナントが買われ、目玉となるブランド店と有名店の出店が決まっていく。

 ホッと一息する、こもれび商店街だったものの、

 商店街全体の集客が各商店の集客に連動されるかは、別の話し、

 桜並木の開花に合わせて、店の前に長椅子が設置される。

 商店街で雇ったアルバイトスタッフが、お茶や菓子の接客を開始すると、さらに集客が増した。

 利益は、団体保証の商店街に還元されていく。

 桜の花が安定しているのは、5日〜10日間。

 屋根があって、雨や風で散らされない。

 “こもれび”商店街にとって、年を通して最大の収益が見込める時期だった。

 そして、ほとんどの店主が最悪の状態を切り抜け、

 借金を返済しながら回転資金を捻出することに成功している。

  

  

 中学校の入学準備は、法定代理人と古賀家のカオリおばさんとシンペイと一緒に手続き。

 淀中学の奈河町小学校卒業生に対する扱いは、公平ではなかった。

 淀中学に張られたクラス案内を見ると淀中学一年D組は、奈河町小学校卒業生ばかり。

 元一組、二組、三組、四組の混成。

 ある意味、ホッとし。これが現実かと落ち込む。

 一緒にいた奈河町小卒業生も似たような複雑な反応を見せている。

 『臭いものを一ヵ所に集めたわけね』

 合流したヨウコ、ミナと一緒に入学式にでると、

 どこかの議員の話しや校長先生の長い訓辞の後、

 元奈河町小の生徒は、D組の教室に集まり、必然的に二組・三組と、一組・四組に分かれていく。

 次第に緊張感が高まっていくと、いがみ合いから、一触即発しそうになる。

 それとは、別に淀中全体の奈河町小出身に対する目もあった。

 特に奈河町小出身の二年、三年は、憎悪に近い目で今年の卒業生を見ていた。

 彼らの高校入試に影響があったと思っている。

 D組だけ部活の誘いが、まったく来ない。

 同じ元奈河町小学校六年卒業でも、二組、三組卒業生は、一組、四組の卒業生を責め、亀裂が広がる。

 さらに四組で虐められていた小山ケンジもいたので事態をさらに複雑にする。

  

 「・・・おまえ達のせいで、俺たちまで悪者じゃないか」

 と元二組と三組が責める。

 「俺の教科書やノートには書くな」

 とか、濡れ衣で言われていた事を当事者にいう。

 当然、元一組・四組の生徒は肩身の狭い扱いになっていく。

  

 比較的、安全地帯に居たのは古賀シンペイと角浦紫織だけだろうか。

 二人は、知られており、学校内でも覚えている者も多かった。

 古賀と角浦だけは部活の誘いがあった。

 中学校側は、学校襲撃事件と奈河町小学校卒業生の入学で虐めに対し、過敏に反応する。

 そして、紫織の予測したとおり、

 元二組と三組が団結すると元一組と四組が結束していく。

 他のクラスと違う雰囲気。

 『多党制じゃなくて二大政党制か、楽しい中学生活が送れそう』 ため息。

 紫織も、元一組・四組に良い感情を抱いていない。

 あれだけのことを寄せ書きに書いたのだ。

 気にしていない、いや、忘れてるのは二次元世界の住人でマンガオタクの古賀シンペイぐらいだろう。

 そして、元一組の白根ケイ、元四組の石井ショウヘイは、寄せ書きに悪口を書かず二組三組より。

 そして、元四組の小山ケンジは、奈河町小襲撃事件とイジメ報道の台風の目で、

 二組・三組とも、一組・四組とも外れ、

 一躍ヒーローに押し上げられた古賀シンペイやヒロイン兼店主兼企業家の角浦紫織より意識される。

 

 担任は、北島カツジ(三二歳)。

 体育会系の強面は、最初から偏見で見ていた。

 本人は正義の味方で、生徒は悪者に見えるらしい。

 「これで、だいたいの説明は、終わったな・・・」

 「さてと、学級委員を決めるぞ。古賀シンペイ!」

 「はい」

 「おまえだ。いいな」

 「はい・・・」

 シンペイは、諦めて頷く。

 「副学級委員は、角浦紫織!」

 「はい・・・」

 紫織、ため息

 「おまえだ」

 「二学期になったら、選挙でもう一度決めるからな」

 「それまで二人に、やってもらう」

 「「はい」」

 「良いか、くれぐれも、問題を起こすな! 虐めは、やめた方が身の為だ。いいな」

 「・・・・・・・」一同

 「返事は?」

 「はい」 一同

 「以上でホームルームは終わる。今日は、これで終わりだ。解散。帰って良いぞ」

 北島が教室を出て行くと不穏な空気が流れる。

 紫織は、ぼやきたくなった。

 古賀シンペイと角浦紫織は、委員長の適性なしだった。

 普通に小学校からの内申書を見れば、いや、自己紹介の時点で判断できる。

 委員長になる人間は、人望、覇気、頭脳、人気、体格など、総合バランスに優れていなければならない。

 少なくとも成績は、クラス平均の水準を越えていなければ誰も話しを聞かないだろう。

 特権やら権力やら、うまみがあるのならともかく、

 日本のクラス委員は、内申書でプラスされることを除けば、

 調整、根回し、雑用など労力が多く、敬遠される損な役職だった。

 特に下克上思考の腕力バカ。

 いわゆる実力主義派で、アンチ権威主義的な骨のある元二組の田城タクヤ。元三組の大田シンゴの一派。

 入院中の元一組の相楽リュウイチと元四組の大友シゲルと、その一派。

 女子は、強面の元一組の島津カズエ、元二組の鹿島ムツコ、

 元三組の三浦ノゾミ、元四組の林コノエと、その一派がいる。

 担任、北島カツジは、手抜きしたのか、社会的に目立つだけの二人を選択。

 古賀シンペイは、ぼんやりと事務的にやろうと考えて逃避中に思えた。

 別世界の住人は人間社会をわかっていない。

 商店街組合の不条理的な人間関係を見ている紫織に言わせると、

 “人間社会は、サル山のサルと同じなのよ〜 事務屋じゃ人は、動かないのよ〜” だった。

 そして、本来なら正統なクラス委員長候補。元二組の三森ハルキ、元三組の進藤ジュンがいて、

 女子なら元三組の沢木ケイコ、元二組の中山チアキがいた。

 この四人を前にすれば、明らかに劣勢で宝石の前にある石ころのイメージになる。

 もうひとつ、虐め加担組の元一組の高見コウスケ。四組の元久保木モトヤ。

 女子では、元一組の佐藤エミ。元四組の清水ヒトミは、優良人種ながら完全に失墜。

 紫織は、人間みな平等などという世迷言を信じていない。

 そして、委員に決まった紫織、古賀は、人望、覇気、頭脳、人気、体格で、

 クラス平均を超えるものなどなく、突出している分野もなかった。

  

  

 北島先生がいなくなると、

 元二組と三組が不平を言い出し、元一組と四組の生徒が黙り込む。

 『シンペイも、わたしも、学級委員という、適性じゃないのよね。暇も無いし』

 紫織。我が身の不幸を呪う。

 ある意味、不幸慣れしている紫織は強かった。

 両親を轢き逃げされ、犯人は捕まらず。

 おばあちゃんも死んで、天涯孤独。

 いまさら程度の低い、不幸が一つ増えたところでアクセサリー程度。

 そして、思わずシンペイを見る。

 シンペイは、同類系の石井ショウヘイとなんとなく仲良くなりながら、ぼんやりと帰る準備をしている。

 喧騒から外れた人間がもう一人。

 小山ケンジは、陰に篭もる表情で、虐められやすそうな雰囲気は相変わらず。

 元奈河町小学校卒業生全員から、白い目で見られているのは小山ケンジだけ。

 『この分じゃ 高校も、大学も、就職も、狭まるわね』

 『古本屋家業一本でやっていくか』

 『まだ近くに大型古本屋チェーン店も出来ていないし、資金もソコソコあるし・・』

 二大派閥の騒ぎが一触即発になろうとした時、

 学級委員長の古賀シンペイの帰り支度が済んだのか、

 石井ショウヘイと一緒に、さっさと帰る。

 思わず笑えたが紫織もミナ、ヨウコに合図を送ると帰る。

 仕事があるのに、いつまでも関わっていられない。

 そして、それに気付いたのか、

 何人もの生徒が立ち上がって帰り始める。

 無理に・・・実は、無理なのだが、事態を収拾するより帰った方が良かった。

 まだ数人が睨み合っていたようだが、三々五々、教室から消えていく。

  

  

 帰り道。

 紫織、ヨウコ、ミナは、自転車通学。

 「これからどうなるんだろう?」 ヨウコ

 「んんん・・・鎌ヨは、まず、その肥大化する胸を・・・・・」 ミナ

 「や、やかましい!」 ヨウコが胸を隠す

 「古賀君に揉んでもらっているの?」 ミナ

 「も、揉ませるか!」

 「なんだ。古賀君に揉んでもらってないのか」 ミナ

 「ミ、ミナ、あんたね・・・・なんてこと、言うのよ」

 「デートしないの? 倦怠期?」 ミナ

 「す、するわよ。ま、まだそこまで行ってないだけ」

 「あのね。シンペイちゃんは、鎌ヨに誘われなかったら」

 「土日と午後のほとんどをマンガ読んで、根暗に隠遁生活しているようなやつよ」

 「そこまで発情してないと思うよ」

 紫織、冷めた目。

 「あははは。宝の持ち腐れ女と発育不良男」

 「ケンカ売ってんのか。ミナ〜」

 ヨウコがミナの自転車に蹴り。

 「キャー」

 じゃれ合っているときが、一番楽しかった。

 D組が水と油に分かれていることを忘れられる。

 他のクラスは、いくつかの小学校の混成だった。

 そのため、知っている者同士は少なく。

 気が合う者を探しながら小集団が群生しつつまとまる。

 通常の入学初期といえる。

 二大派閥が出来て、一方が、一方を憎むクラスは、D組だけ。

 それでも紫織たちも新しい友人、

 元一組で寄せ書きに名前を書かなかった白根ケイと仲良くなり始めていた。

 中学に入って、少しばかり人格の幅が広がったのだろう、波長が合いそうなのだ。

 「・・・ったく、学校側も想像力が無いわね」

 「二組三組と一組、四組を別のクラスに分ければよかったのに・・・・」 ヨウコ

 「そ、それでも同じよ、他の小学校連合と奈河町小学校とに別れてしまうから」 紫織

 「結局、一度、貼られたレッテルを貼り続けるのが日本人の風習、伝統、文化ね」 ミナ

 「ねぇ 北島先生って、怖いね」 ヨウコ

 「うん、最初っから偏見を持って見られるのは辛いね」 紫織

 「やっぱり! わたしも感じた。なんか、不登校しても良いぞって感じ」 ヨウコ

 「紫織ちゃん。副学級委員、がんばってね」 ミナ

 「とにかく、短絡的な人間が多過ぎるのが問題ね」

 「シンペイちゃん。体を鍛えないと体格と性格で負けているから、舐められそうだし」

 「そうなのよね。見た目が良くて強そうで頭の良い人間が人望を集めて強いもの」

 「人気、実力、能力の三拍子揃っていない学級委員は馬鹿にされてクラスをバラバラするし」

 「下克上よ」

 「馬鹿ばっかり。一番重要なのは、腕っ節ね」

 「古賀君、押しも、今ひとつだし・・・・ていうか、もっと話せ!」 ヨウコ、不満あり

 「シンペイちゃん。どっちかっていうと、あの事件で一目置かれているだけで」

 「人気、実力、能力は中途半端だから・・・」

 「さらに悪いことに、あの時のことを利用しようともしてないし、営業能力無しね」 紫織

 「一組と四組で強そうなのは、例の事件で大怪我して二人が入院中で大人しいみたいだし」

 「どっちかと言うと、元二組と三組の腕力バカ二人ね」

 「相当、いらついているから、爆発寸前。まとまらないぞ〜」 ヨウコ

 「紫織ちゃんも副学級委員長なんだから他人事じゃないでしょう」

 「少なくとも田城と大友は、女の子でも殴りそう」 ミナ

 「はあ、女子もね〜」

 「不良っぽい鹿島、島津と仕切り屋の中山さんと沢木さんがいるから交渉しないとな」

 「気が重いな、四人ともわたしと気が合いそうに無いから」 紫織

 「ていうか、格が違う」 ヨウコ

 「悪かったね。人並み以下で」

 「でもさ、紫織ちゃんが学級委員で良かった。なんか安心できるし。信頼できるし」 ミナ

 「少なくともシンペイちゃんが舐められないように格闘技でもやらせるか」

 「あいつ、頭の中がマンガチックだから、そういうサル山のサル的仕組みが分からないから」

 「古賀シンペイ育成ゲームね」

 「理想的にはさ。学級委員を中心にまとまっているクラスが一番強いんだけどね」

 「腕力バカって、そういうの分からないから・・・」

 「自分ひとりで我を通して、D組をバラバラにして、空中分解させてしまうから」 ミナ

 「虐める側も、虐められる側も協調性のなさで同じ」

 「腕力バカか、弱いかの差で、同類よ」 紫織

 「ホームページの書き込みを読んだけど」

 「昔は、家族も兄弟も多くて、自然とまとまる訓練が出来ていたの」

 「いまは、一人子が多いから協調性が欠けるんだって」 ミナ

 「自分さえ良ければ、か・・・・よ〜し、シンペイちゃんに何か格闘技をやらせるぞ」

 「言ったらやるの。あのマンガオタク」 ミナ

 「彼の両親に動いてもらうわ。学級委員長になったといえば、考えるはずよ」

 「腕力バカの低脳化が進んでいるから、強くないとバカにされて、誰もいうこと聞かない、て、言えば」

 「古賀君、友達をもっと作れば数の論理で腕力バカもいう事聞くのに・・・」

 「マンガオタクだから〜」 ミナ

 「ミナ。何度も、何度も、マンガオタクって言うな」

 「今日だって、ちゃんと静かにさせたじゃない」

 「いや、呆気に取られて、気が抜けただけだから」

 「うぅ・・・・」

 「正気な人間が少ないから・・・・」

 紫織、ため息

  

 その夜、紫織は、お好み焼きを作って持っていく。

 淀中入学祝の古賀家で夕食。

 シンペイちゃんが学級委員長になったと言うとトオルとカオリは、大変喜んだ。

 しかし、当人のシンペイは、食べたあと、さっさと部屋に行く。

 「・・・それで、学級委員長のことなんだけど。結構、腕力バカが多いの」

 「シンペイちゃん。中肉中背で、おとなしいから」

 「いうこと聞かない生徒もいるから武道とか教えないと、一学期持たないかも〜」

 「ほ、ほんとう?」

 カオリは、思い当たることでもあるのだろう。単純に喜んでいたが急に落ち込む。

 「・・・だって、こんなに背が高いのや、こんなに体格の良いのもいるから」

 「自分勝手で凶暴なのもいるし、特に元二組三組と一組四組の対立は酷くて・・・」

 紫織、手振り身振りで話す。

 「そ、そうか・・・・そういう風になっているのか」

 「サル山のサルね。頭は良いけど、利己中過ぎて、ヒガミ根性丸出し」

 「人間らしい知的で、バランスのある譲り合いとか、譲歩とか、協調性とか、ほとんど無いから・・・」

 「それに加えて、二組、三組と一組、四組の対立」

 「シンペイちゃん。人気だけはあるけど、やっかみもひどい・・・」

 「このままだと潰されるかも・・・」

 「・・・あなた・・・」

 「はあ〜 何か探してみよう」

 「紫織ちゃんも、大変ね」

 「生徒達のストレスは、大変だけど」

 「わたしは、半分くらいかな。“こもれび”商店街の方が気になるもの」

 「あっ! 北奉銀行の支店長が紫織ちゃんに会いたいそうだ」

 「なんだろう」

 「“こもれび”商店街に新設される北奉銀行こもれび支店の社内報で、握手したところを撮りたいそうだ」

 「相乗効果というやつだな。組合代表と握手しているより、絵になる」

 「そう・・・・いいよ」

   

 

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第05話 『ちょっと、大人の世界へ』

第06話 『こもれび商店街と中学入学』

第07話 『まだ引き摺ってる』

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