月夜裏 野々香 小説の部屋

    

架空歴史 『釈迦帝凰』

 

 第12話 『産業革命と奴隷制度』

 人々は権力と権威のある者に従い、公正と正義に従わない、

 都合の悪いことに耳を塞ぎ、強者と利益に迎合する、

 わかりやすく心地良い声に従い、わかりにくく耳障りな声を封殺する、

 臆病者を軽んじ、覇気のない者を引きずり落としてしまう。

 小心な者は、臆病者と思われることを恐れ、見栄を張り自滅する、

 

 封建社会は、忠誠、慣習、伝統を重んじ、領民が利口で王家に反旗を翻すことを恐れ、

 新しい着想と想像力を潰すことで成り立っていた。

 統治は領民が馬鹿で従順であるほど容易になり、

 領民のエゴが強いほど、エゴを上回る暴力を背景としなければならず、

 生かさず殺さずの統治をしなければならなかった。

 大きな集団を代表する立場に立つと、地位と名誉と財産を損なうことを恐れ、

 高圧的な態度と意気地を見せなければならなくなる、

 庶民が生きる道は狭められ、長いモノに巻かれ、事勿れに流されていく、

 

 この時期、国家間の競合と貴族の権力抗争は莫大な富を必要とし、

 商品経済の発達と重なって貧富の格差は広がっていた。

 一人当たりの生産量を増大させることで商品単価を下げ、

 同時に莫大な利益を上げようと画策する者が現れる。

 蒸気機関の発明と発見はなされており、

 その原理は、少しずつ列強各国に知られていく、

 とはいえ、動力機械をどう使うかは想像力に頼ることになった。

 そして、蒸気機関は、奴隷制度を破壊しなければ成り立たたず、

 近代化は、奴隷制度の破壊と同義だった。

 動力機械の導入と、近代化を求める知識層と庶民の人権が絡み、

 西洋、中洋、東洋の既得権を揺るがし、確執を広げていた。

 封建社会は人口が増すにつれて、世襲階級を支持基盤とする王政を嫌悪する人々は増大し、

 国民を統合する手段として適さなくなっていた。

 そう、産業革命、奴隷制度破壊、市民革命、民主化は別個の支流ではなく、

 全て繋がっており・・・

 

 

 

ムガル帝国 (北インド) 9350万    
ヒンディー王国 5100万 グジャラート王国 1360万 ベンガル王国 1870万
ウルドゥー王国 1190万 マラーティー王国 1700万
 
ドラヴィダ連合 (南インド) 5610万    
テルグ王国 2040万 カンナダ王国 850万  
マラヤラム王国 850万 タミル王国 1870万  

 第12代 釈迦帝凰ムハンマド・シャー(31歳)は、誰のモノともしれないラホール城を出て、

 シャーラマール庭園を散策する。

 釈迦帝凰がサイイド家の傀儡であることは知られている、

 イギリスと清国の代表団は簡単な会釈をした後、去っていく、

 北インドのムガル帝国と南インドのドラヴィダ連合の戦い、

 ムガル帝国は中洋随一、

 北インドのイスラム圏と南インドのヒンズー圏の確執、

 それらは、帝凰の実権とかかわりのないもの、

 すべてサイイド家の実権を強化するためだけに起こっている事象にすぎない、

 ムハンマド・シャー帝凰は、どうでもよくなっていた。

 それらは、王権の回復に比べれば些細なことに過ぎず、

 サイイド家に復讐できるのなら釈迦帝凰でなくなっても構わない気分になっていた。

 

 有力者との婚姻で王権の基盤を保つ、

 こういったことは古今東西珍しくない、

 忘れてはならないことは実力者が権威者の盾と矛になりうるだけでなく、

 実力者が釈迦帝凰を庇護下に入れてしまう事だ。

 日本の代表に聞けば、日本の歴史に現れる蘇我氏、藤原氏がサイイド家と同じで、

 外戚だったらしい、

 この愚かで浅はかな婚姻は、第9代釈迦帝凰の時代に行われ、

 それ以来、いくら悔もうと釈迦帝凰は外戚サイイド家の傀儡にされ、王権が簒奪されて久しい、

 帝凰は、サイイド家によって簡単に殺されるため取り返しがつかない、

 帝凰が頼るべく勢力は帝国内になく、

 ムハンマド・シャーが頼りたいのは、三大陸国家連合の同盟勢力であり、

 むしろ、外戚サイイド家と戦っている南インドと三海洋連合といえた。

 無論、彼らの望みは、ムガル帝国をバラバラにし、ムガル帝国の権益を求める事だ。

 たとえそうなったとしても、憎むべき敵は、外敵ではなく、内患サイイド家だった。

 そして、列強の魔の手はラホール城の近辺にまで辿り着いており、何度か接触していた。

 「帝凰・・・良いのですか?」

 「ふっ 南インド軍がラホール城に攻め込んだことが一度でもあるか?」

 「三海洋国家連合などモンゴル軍とティムール軍の来襲に比べれば取るに足らない」

 「連中がサイイド家に短剣を刺してくれるのなら喜んで、居場所を提供する」

 

 

 タミル王国

 世界初の大学は紀元前700年インド・ベンガル域のTakshilaに設立され、

 その後、イスラム系の侵略と言語統一の虐殺による興亡と遍歴を繰り返し、

 南インドで数か所が残り、王直属の指南機関として存続していた。

 南インドの知的水準の高さが大学の存在にあることは知られ、

 西洋だけでなく、東洋からも留学生が訪れていた。

 日本人留学生たち

 「元服を過ぎても勉強とはね」

 「学ぶ内容が増えたからだろう」

 「しかし、大学の成果があるのかないのか・・・」

 「あるだろう」

 「しかし、インドを見ると大きな成果とは言えない」

 「インドの大学はカーストと言語統合戦争と北方イスラムの侵入で効果を上げられなかった」

 「だが、言語統合戦もないだろうし、ムガルも衰退期だ」

 「それにインドのカーストもゆるくなってきてる風潮がある」

 「これからの近代は、民族の知的水準の差が大きくなると思うね」

 「日本でも私塾がいくつも作られているというし」

 「幕府が大学教育を一元管理できなければ空中分解する恐れもあるな」

 「いろいろ、瀬戸際に来てるわけか」

 「もう、身の丈の小さくなった服は着れない」

 「時代の流れから落ちこぼれたくないなら」

 「誰かが気づいて新しい服を着ることを伝えないとな」

 「それが俺たちということか」

 「まぁな」

 

 

 北アメリカ大陸 北西域 幕府直轄すめらぎ領

 太平洋を越えて、朱印船が到着し、食い詰め浪人&農民たちが降りていく、

 旗本の次男坊は予備として残されるものの、

 三男坊以下は、太平洋を越えることが増えていた。

 防風林に囲まれた水田が地平線の彼方まで続く光景は、日本で見ることができない

 竜巻が大地を削って大きな被害をもたらすことがあるものの、台風のようなものに過ぎず

 すめらぎの全地は、ほぼ平穏で豊作が続く、

 インディアンとの交渉ごとは、山に登ることで決着がつけられ、

 9対1の割合で、すめらぎ藩が勝っていた。

 最近は、旗本同士の争いも罰則ありの決闘でなく、罰則無しの山登りで決着がつけられ、

 剣が振るわれることが少なくなっていた。

 基本的に水利があり土地が余れば、喧嘩沙汰も少なくなるため、

 すめらぎ城下は、平穏に発展していく傾向があった。

 5月になると鯉のぼりが風にたなびき、

 インディアンたちが面白げに見上げ、

 8月になれば、精霊祭と灯篭流しが行われ、

 インディアンたちが神妙な表情で付き合ったりもする。

 すめらぎで死んだ人間が少なく灯篭自体は少ないものの、人々の関心は高く、

 日本の風習は、インディアンたちの興味を引くところとなり、

 交流が増えるにつれ、日本風の伝統がインディアンにも広がり、

 バイリンガルが増えると、日本人とインディアンの結婚も増えていた。

 日本風の城下町が作られていたが、日本の城下町より直線的だった。

 簡単に言うなら、まっすぐ、城郭に向かって、歩いていける道路整備で

 利便性重視で、城攻めが容易であることを意味した。

 茶屋

 商売人は、ほうじ茶の香りを楽しみながら、団子を頬張り、

 高さ14490尺(4392m)あるといわれるタコマ富士を見上げ、

 両手に花で女たちを侍らせる、

 女たちを囲うのも金が必要で、

 さり気なく、庶民が求めそうなサービスに目を配る。

 中南米の料理、タコスやサルサが少しずつ浸透していた。

 米は、人口需要を上回っていることから、趣向品の売買が適当に思えた。

 「世乃介」

 山蔵、護空、沙五条、白海は、身支度を整え、城下町に降りてきた。

 「へぇ 山伏姿も見違えるな」

 「俺たちは、次の定期船で聖典と聖遺物を持って日の本に帰還する」

 「お前には世話になった」

 「なぁに、すめらぎのお殿様に報償をもらったので、のんびりするよ」

 「といっても面白みのない土地でな」

 「農民でもやってろよ」

 「俺は商人で畑仕事に向いてないんだよ」

 「どうするつもりだ?」

 「そうだな。余った米を東のインディアンに持って行って」

 「バッファローの干し肉と交換するかな」

 「日本人は肉をあまり食わないだろう」

 「そうでもないんだな」

 「狭い土地で放牧してたら食べられなくなるやつが増えるが」

 「すめらぎ領は日の本より広い、だから、牧畜でも金になる」

 「まぁ 東のインディアンと伝手はつけてきたし」

 「最初は、米と肉をインディアンと交換してもらってからだろうな」

 「ふっ じゃ お別れだな」

 「ええ、山蔵さまたちもお元気で」

 後、歴史教科書に名を残す彼らは、あっさりと別れてしまう。

 

 

 この時期、日ノ本は、外様勢力や次男坊以下の海外移民が進み、

 長子制の負の部分を解消し風通しは良くなっていた。

 頑迷ながら西洋、中洋、中華の文芸と芸術が披露されるなど、

 庶民生活まで西洋、中洋、中華の文化の影響を受けていた。

 在日フランス人の真似で、クリスマスにモミの木を飾り、

 ケーキーを食べて、キリストの生誕を祝ったところで実害はなく、

 

 江戸湾

 スクーナー型帆船が徐々に増えていた。

 徳川幕府が清国と正面から戦うことを避けた結果で、

 彼我の国情と国力比で清国の鄭和・ガレオン型帆船に張り合おうとすると

 日本全土がはげ山になることから無難な選択肢ともいえた。

 幕府海軍総監は、手持ちの艦隊を見て憮然としていた。

 清国鄭和級帆船は東アジアから太平洋、インド洋にまで行動範囲を広げている。

 にもかかわらず、海軍総監の手持ちは、ガレオン型15隻、スクーナー型40隻、

 この数では日本沿岸の警備すらできない、

 さらに湾の艦隊は、その3分の1に過ぎなかった。

 豪商商人たちの方が船をもっと持っており、

 諸藩も合わせれば数倍のガレオン船とスクーナー船を保有している、

 もっとも幕藩体制で諸藩を縛るため護身用の大砲が10門しか認められていない、

 すべては、日ノ本が国家統一を成せない事が元凶で、

 国家統一さえ成せれば、この艦隊を5倍から6倍にすることも可能だった。

 これでは、日ノ本を守れない、

 徳川で絶対王政が無理なら、共和制で統合しなければ清国艦隊に負ける。

 もっとも清国も鄭和級帆船の使い道に困っていることが知られていた。

 逆に言うならスクーナー船は、軍民両用で使いやすく、

 鄭和級は上陸作戦以外に使い道がないようにも思えた。

 商人の持ち船は煩雑に江戸湾を出入りしていた。

 「総監。ね組。準備が整いました」

 総監は、艦隊を子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の12戦隊に分け、

 担当海域を順番に交替させていた。

 「そうか、では、貴下の戦隊を出航させ、大西洋のうし組と交替してくれ」

 「はい」

 「帰還は5年後になるはずだ。達者でな」

 「はい、総監もご壮健で」

 「うむ」

 幕府の大西洋のカーボベルデ、アゾレス諸島への派兵は、それほど重きがない、

 幕府とフランス、スペイン、ドラヴィダ連合との約定に過ぎず、

 国家間の約定以下の存在でしかない役人はそれに従うだけ、

 個の権利の小さな、いまをおいて、無理な海外飛躍を推し進める機会は少なく、

 危険から遠ざかる旗本士官もいることから

 御用船の乗員は、漁民を中心に士官入りが開かれつつあった。

 日ノ本がスペイン継承戦争に巻き込まれた結果であり、

 負けなかったのも同盟国の働きが大きかったからといえる。

 御用船のガレオン船2隻とスクーナー船4隻が出航していくと、

 御用船と同行したいのか、商人船5〜6隻も出航していく、

 役人と商人の持ちつ持たれつの関係は相変わらずで、

 持ち出し上限の金貨は少しずつ増え、

 流通する銅銭と銀子が減っているのに工芸品が高騰し、庶民生活を圧迫している。

 最近は宝石類が貨幣の代用を兼ねて流通していた。

 徳川幕府になって海外との交易が増え、

 江戸っ子を見れば生活様式だけでなく、知的な変化も見て取れた。

 日本人はキリスト教が初期で世代を経てなかったことから、

 世界が球形であるという説を西洋より受け入れられやすかった。

 そして、キリスト教が世界の裏側の日本に到来したことが地動説を証明する。

 また、俗事的な気質からか、

 高台から沖を見れば湾曲しているように見え、

 さもあらんという風潮も少なからずあった。

 どちらにせよ。世界が休憩であろうと平地であろうと拘りがあるわけでなく、

 日常が変わるわけではない、

 それが日本人の人生観であり世界観といえた。

 フランスの代理官ピエール・シャルルヴォアがやってきて、

 視察してきた半島の悪口をひとしきり言って帰っていく、

 江戸幕府になってから半島とは、儀礼的な関係が作られていた。

 あそこに関わると明軍、今は清軍が出てくる

 八島(舟山)の安全と直結していて関わりたくないのが幕府だった。

 聞けば、清国とムガル、イギリス、オランダの関係も入貢問題で拗れてるという。

 あの中華は、どこまで傲慢なのか、

 内情も漢民族支配で総力を出せないという。

 鄭和級を何隻も建造して総力を出せないなどと信じがたい国だが

 「総監殿。将軍様が清の情勢で新しい話を聞きたいと」

 「老中殿、そうそう大きな変化はありませぬが」

 「二、三、聞き及んだとこは、話せます」

 「それはよかった。耳よりだといいがな」

 「鄭和13番艦の建造は中止したそうによし」

 「それは、ほっとするの」

 「情報筋がまだ、三つですので」

 「もう二つ、三つ、同じ情報を受けなければ安心できませんが」

 「時に、総監は、この前、話題に登った海堡について、どう思うね」

 「ああ、帆船の操船は風次第ですゆえ、邪魔の無きよう」

 「では、軍船で対処するか、大砲を大きくするよりないかの」

 「はい」

 「イギリスのあるという銀行についてどう思うね」

 「そうですね。いいとは思いますね」

 「しかし、両替商がどう出てくるか」

 「んん・・・樺太と北海道の商藩が後ろ盾になって、銀行をやりたがってる節があるからな」

 「できれば銀行を徳川の権限として、共和制に移行するくらいの・・・」

 「滅多のことをいうな。外様が不穏な動きを見せてるというのに勢いつかせてどうする」

 江戸城への登城で日本人の服装が洋風化が目立ち始めていた。

 髷を結う者も少しずつ減って、散切り頭が目立っていく、

 海軍など、短く刈り込まなければシラミが湧くため、基本が短髪。

 船の生活がしやすいよう服装も様式化し、伝統に固執できなくなっていた。

 日本は、中華と違い東夷、化外の民なのか、

 それほど日本式に拘らない風潮も、変化を楽しむ気概もあった。

 

 

 ポーランド・リトアニア共和国は、ポーランド士族(シュラフタ)議会(セイム)が支配していた。

 非世襲の王を選出する参政権を有するポーランド士族(シュラフタ)は全人口の10パーセントに達し、

 この時代、ポーランド・リトアニア共和国は、世界でもっとも民主的な王国といえた。

 その王国で国王アウグスト2世(兼ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世)が死去し、

 次期王の選挙で、ポーランド士族(シュラフタ)スタニスワフ・レシチニスキが議会に王位を請求、

 対し、アウグスト2世の息子、ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト2世も対抗馬として立ち、王位を請求した。

 ポーランド士族(シュラフタ)スタニスワフ・レシチニスキは、娘婿に当たるフランス王ルイ15世に支持され、

 アウグスト2世の息子は、神聖ローマ皇帝カール6世とロシアのアンナ女帝に支持され、

 ポーランド議会(セイム)は、賛成多数をもって士族スタニスワフを次期国王に選出した。

 しかし、反対派がザクセン選帝侯をポーランド王アウグスト3世と宣言して擁立、

 関係国を巻き込んでポーランド継承戦争に発展していた。

 フランス

 花の都パリ

 物価高騰に伴い貧富の格差は広がり続け、市民は不穏な空気を見せていた。

 革命は一朝一夕で起きるものではなく、数世代にわたって蓄積された憎しみの発露であり、

 ポーランド継承戦争参戦の負担は、それをかすかに増長させたに過ぎなかった。

 カフェテラス

 フランス人たちが王政に疑問を持って、こそこそ密談してる中、

 黒髪黒眼の小男たちもカフェの一角を占め何やら動いていた。

 遣欧使の日本人たち

 「イギリスはどうだった」

 「清教徒革命と名誉革命で立憲君主制と議会制民主主義が確立している」

 「ジョージ2世は安泰なのか」

 「君臨はしているが統治してるのは議会だ」

 「徳川幕府が絶対王政をあきらめるなら、立憲君主制への意向はやむなしといったところか」

 「立憲君主制になっても君主は天皇になるだけで、徳川は臣下の礼を取らされるだけではある」

 「だから有力大名を参画させて共和制でいいんじゃないの」

 「日ノ本じゃ下級武士が騒いでるのではないか」

 「いや、煩い次男坊以下はフランス、タミルに行ったり、すめらぎに行ったり・・・」

 「天皇のおられる京都で動いてるのは少ないとみたね」

 「幕政も延命してるな」

 「正直、幕府を延命させたがいいのか、改革した方がいいのか、悩むところでもあるな」

 「ふっ 既得権を持った武士階級が保身ばかりで汲々じゃな」

 「世襲をいったんどうにかしないと・・・」

 「世襲か・・・教育が一般化してない以上、難しい気もするが」

 「世襲を維持するいい方法は、民に文字を教えないことだよ」

 「勝手に覚えてるからな」

 「神社、文廟で教えるんだよ。欧州諸国よりよほど識字率が高い」

 「タミルやマラヤラムも識字率が高いけどな」

 「まぁ 識字率の高さでムガル帝国の攻勢を撥ね退けたと言えなくもないか」

 「問題はフランスだが、大丈夫なのかね」

 「絶対王政の反動で反王政勢力が広がってるね」

 「今すぐ、どうにかなるとは思えないけど、ブルボン朝は見限られつつある」

 「んん・・・いま強いのは?」

 「第一身分の聖職者14万人。第二身分の貴族40万人。第三身分の平民2600万人で順番通り」

 「銀行で社会資本をうまく運用できるし、制度が安定してるのはイギリスじゃないのかな」

 「しかし、フランスとの同盟関係を考えると、銀行の採用は踏みにくい」

 「タミルとマラヤラムは銀行を採用する動きがあるよ」

 「元々南インドはヒンズー教が強くて利子を取ることに躊躇してない」

 「職業ギルドは互助会の要素が強くて、会員同士で金を融通し合ってたからね」

 「じゃ 南インド型のカースト職業ギルド銀行を採用するの?」

 「その判断のために来たんだろう」

 「樺太・北海道の商藩は、銀行制度を採用する動きを見せてるから、のんびりしてられないと思うな」

 「ズルズルはまずいと思うよ」

 「そうだけど、幕府がな・・・」

 

 バアーン!

 チュン!

 戦場では小さな奇跡が起きる。

 日本刀の一閃が短銃の球形弾を弾いて、壁にめり込む

 それが引き金になって戦場の優位がひっくり返っていく、

 弾込めが間に合わなくなれば短銃の音は戦場から消えていく、

 そして、剣と剣が合わさる音が戦場を支配し、

 血を流しながら人が倒れていく、

 陸軍で将官が架空の兵士分の差額で私腹を肥やすことが当然の時代、

 王族直轄の銃士隊は別格で、士気が高く、一騎当千のつわものが多かった。

 アラミスは、敵の大将ロシュフォール卿を追い詰め、彼の剣を弾き飛ばした。

 「さぁて、例の手紙を渡してもらおうか」

 アラミスに剣先を突きつけられた卿は、渋々 胸ポケットから手紙を渡す。

 「お、おれたちは、勝ってたんだ。信じられん」

 「まったく、同感だよ」

 「トモエ。あれは、偶然だよな」

 「偶然だ」

 「トモエ。お前が言うと。半信半疑になるから怖い」

 「アトス、手紙は本物なのか?」 ポルトス

 「・・・ああ、これで王族の不祥事は闇から闇に消える」

 「いつもいつも、碌な役割じゃないな」

 「碌な役割じゃないものに限って、報いが大きいのさ」

 王族の不評が強まるにつれ、

 忠誠を誓う者たちの実入りは良くなっていく、

 王直属になると、その明暗が大きくなるのか、

 麻薬に近いものがあって、やめられなくなる。

 そう、特権階級は、実入りを良くするため

 作為的に王の敵を増やしていく傾向があった。

 それは、身を危険にさらすかのようなゲームであり、

 末期的な趨勢にある権威側特有の発想でもあった。

 世相全体から反王政機運が高まり、 

 それを食い止めるどころか、容認する風潮が作られていた。

 

 

 

 八島(舟山)

 八島城は、標高330mの白華山の山頂域にあった。

 典型的な山城なのだが、城下は城塞都市となっており、

 天守閣は、平時の指揮所で、見栄のためだけに建てられていた。

 イギリス製ブラウン・ベス(マスケット銃)と

 フランス製ゲベール銃(マスケット銃)が並ぶ、

 マスケット銃の構造はそれほど複雑なものではなく、

 工具さえ開発できるなら製造できた。

 そして、日本のタタラ衆は、マスケット銃を模倣する工具を製造でき、

 手工芸品のマスケット銃が多種多様に並べられていた。

 規格は統一されておらず共有性に劣る。

 もっとも、この時代は、当たり前のことで、

 同じ鍛冶場で作られたモノでも合わないときは合わない、

 性能もまばらで、命中率がいいモノはよく、悪いモノは悪い、

 弾自体がいい加減なもので、当たり外れが大きかった。

 「所司代、鄭和級は沖に下がったようです」

 「相変わらずのろまな船だな」

 「しかし、陸兵を満載して迫ってきたら怖いですよ」

 「ふっ 上の思うことと現場は違う」

 「港には大型の大砲」

 「吃水を考えるなら、上陸は小舟を使うしかない」

 「勝ち目はあると?」

 「どうかな。しかし、上が考えてる脅威と現場の脅威は質が違う」

 「むしろ、城下に入り込んでる華僑資本に政策が誘導させられてる方が怖い」

 「それに清国八旗軍は陸戦が強くとも、海戦が得意と聞いたことがない」

 「だといいのですが」

 「幕府軍も海戦が得意とは言えないが。むしろ、諸藩の動きが気になる」

 「倒幕に動く気配は今のところないようですが」

 「切っ掛けがないだけだろう。長州と薩摩は諸国と通じてる気配がある」

 「そういえば、沖縄にオスマントルコの船が漂着したと聞いてます」

 「オスマントルコか。ムガル帝国より強大だと聞くが」

 「オスマン帝国からのカピチュレーション(恩恵的待遇)の付与もかかわってるので」

 「そういうのは、幕府がやるものだろう」

 「内政は徳川幕府ですが、こと外交は、天皇家と交渉する必要があるようで」

 「ったくぅ〜 だから共和制でもいいから幕藩合体するか、公武合体するしかないのだ」

 「日ノ本もいろいろあるのでしょう」 

 「この状態が続いていられるのは、清国が少数民族支配だからに過ぎんよ」

 

 日ノ本で作られた工芸品が八島に集められ、中国大陸へと売られていく、

 幕府は利息分、紛失分の銀子、銅銭を最低限作るとしても、

 大判小判は海外取引で使われ、そういったものを差し引くと、どうしても国内に回る金は減る。

 日本商人は小判の持ち出し制限で片手で戦ってるような不自由さを感じながらも、

 幕府や大名に踏み倒されるより益しと、

 大陸との取引で蓄えた資本で利益を上げ、富を築いていた。

 両替商

 日本の長崎貿易銭、丁銀、清国の銀両だけでなく、

 タミルの帝凰銀とマラヤラムのルピ銀、

 欧州のターラー銀貨、

 フランスの銀貨エキュ。メキシコドルが取引で使われ、

 その時代の銀の含有量や生産量で価値が複雑に変わっていく、

 「やあ、邦一」

 「久しぶりだな、ローエン」

 「今日は少し騒がしいな」

 「幕府軍が大砲の試射をしてるんで、見物が集まってるんだろう」

 「新型の大砲か」

 「音からしてセーカー砲だと思うな」

 「ふ〜ん 火薬が湿気る前に撃ってるわけか」

 「どうせそんなところだ。それより、内陸に行ったんじゃないのか」

 「戻ってきたのさ」

 「荷馬車にお宝を積んで?」

 「陶磁器だ」

 「ほぉ そういや、旦那衆が品評会前でぶつぶつ言ってたっけ」

 「オーストリアの貴族に頼まれたんだが、余計に買ってるから、そっちにも流せるよ・・・」

 「・・・って、邦一・・・I'm in a cage of what is? (その鳥かごに入ってるの、なに?)」

 「This is a deer. (これは、鹿だろう)」

 「鹿って、小さ過ぎるだろう」

 「コン・チェオって言ってな。ダナンで手に入れた手乗り鹿だよ」

 「ほぉ・・・」

 「客寄せで買ってんだが、面白いだろう」

 「んん・・・・そういや、内陸で白黒のクマを見たことがあったぞ」

 「はぁ そんなのがいるのか」

 「こっちに持ってこれたら客引きで儲かるだろうな」

 「んん・・・重慶までならルートを確保できそうだけど」

 「残念。もっと奥地」

 「奥地か・・・無理だな」

 「おっと、ギニー金貨をメキシコドルに」

 番頭は、ギニー金貨の重さをはかると、白人にメキシコドルに換金して渡す。

 八島は、国際化が進み、人種も多様になっていた。

 「八島は、景気よさそうだな。建物が増えてる」

 「どうかな。しかし、両替商なんてやるもんじゃないよ」

 「あははは・・・」

 「しかし、金貨を換金するなんて、よほど、いい陶磁器を買ったんだな」

 金はかさばらないことから最後まで手持ちに残すことが多く、

 金を換金するということは、予定外の買い物をした可能性が高かった。

 「ああ、清国の国宝級の陶磁器をね」

 「じ、じゃ 上物か?」

 「ふっ 出所からして、確信はあるがね」

 「持ち出し制限がなければ一口乗せてもらいたいところなんだが」

 「黄金の国ジパングと思ってたが相変わらず、時勢を読めない国だな」

 「金山でも掘れたら持ち出し制限も解消すると思うんだがね」

 それぞれの国の商館があるにもかかわらず、

 言語を覚えると独自の情報収集と人脈を構築するため、他国の商館と取引する事も増えてた。

 仲介業でも幾分かの利銭が転がり込むことから積極的に国境を越えて情報交換する。

 

 

 

 

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 月夜裏 野々香です。

 仏教が存在しない世界は、なかなか、掴みどころがない、

 日本人の精神状態もかなり変わると思いますし、プラスとマイナスがありそうです。

 仏僧の著名人は神主、儒学者に吸収されてるか、山伏のまま、

 鳥居、狛犬、燈籠が世俗に押し寄せ、陽明学と朱子学の対立も深まり、

 儒教と神道の役割も大きくなってると思います。

 産業革命は、どこで起こるでしょう。

 まず、機械による大量生産を維持できる人口、資源が必要です、

 耐えられそうなのは、清国とムガル帝国、

 しかし、封建社会バリバリで、且つ機械より安い人間が腐るほどいます。

 イギリスは、スペイン継承戦争に敗北して余力を失い、肝心のインド植民地がありません。

 フランスは、欧州最強ですが財政難です。

 スペインは、広大な植民地をもっていますが人口が少なく回収困難です。

 日本は、比較的人口が多そうですが、社会制度と慣習が足を引っ張るかも、

 やはり、巨大市場と陸続きな南インド・ドラヴィダ連合(5610万)でしょうか。

 

 

 

 

 

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第11話 『元祖、多国籍産業は』

第12話 『産業革命と奴隷制度』