月夜裏 野々香 小説の部屋

    

架空歴史 『釈迦帝凰』

 

 第13話 『侍魂 VS 商魂』

 鎌倉の大燈籠は、神道のアマテラスを象徴するものとして建てられ、

 夜間、蝋が焚かれ障子紙越しの淡い灯りが四方を照らしていた。

 各国の外交関係者が大燈籠に登って鎌倉を見渡していた。

 「これは、面白いですな」

 「高さ264尺ですので80mほどかと」

 「これを450年前に建てたと」

 「記録ではそうです」

 「銅が錆びに強いとはいえ、ずいぶん、長持ちですな」

 「手入れするのが大変なのですよ」

 「奈良には巨大な狛犬があるとか」

 「大狛犬は、鎌倉の大燈籠より古く」

 「900年ほど前、疾病災害から国を守ろうと建てられたそうです」

 「日ノ本は昔から大変な権勢ですな」

 「国家は、実利を超えた存在ですから」

 「商人ときたら、そういった有形無形の畏怖をないがしろにし、目先の実利ばかり追い求めてますよ」

 「なるほど、我が国もそういう商人が幅を利かせてますな」

 「彼らにも言い分はあるでしょうが、崇高な規範は特別な階層によって生じ」

 「国と民を導くものなのです」

 「そうでなくては、私利私欲に走るばかりの売国人ばかりになってしまいますからな」

 「まったくもってその通り」

 

 

 江戸幕府が清国の鄭和級ガレオン船の脅威と

 欧米列強の外患工作に神経をとがらせ、

 過去の権威と権力を維持することに汲々としていたころ、

 目端の利く、蔵屋敷の商人たちは利益を上げることのみ考え、

 欧州とインドとの交易が増えるにつれ、

 利潤の大きな新規の商品作物の開発を考えるようになっていた。

 庶民生活も洋物が取り入れられ、

 外国の作物が植えられることも珍しくなくなり

 パンが食卓に出されるなど少しずつ多様になっていた。

 豪商たちの集まり

 「将軍家がまた、無心に来たよ」

 「米を売って金に換えるしか能のない連中か」

 「ふっ 権勢と保身だけの寄生虫が」

 「金を作れない道楽怠惰な侍階級に金貸しても何にもならんのだがな」

 「今回は外国高官の接待らしい」

 「どうせ、虚栄丸出しの自慢話しだろう」

 「連中が持って行った資本を回収するのに物価を上げなきゃならん」

 「それが庶民を苦しませてることに気付け、あほどもが」

 「お上が何かするたびに迷惑を被るのが弱者だからの」

 「本当に要らないのは侍階級かもしれんな」

 「しかし、弱者が善人とは限らんし。それでは統治にならんだろう」

 「樺太、北海道の商藩は、問題なくやってるが」

 「あそこも株仲間の利権で癒着してる」

 「結局、農民の生かさず殺さずは変わらないからな」

 「少なくとも時代の流れに逆行する風潮はないがね」

 「それは言えるがね」

 「世襲じゃなく、万人から実力や能力を持つ者を取り立てなければ外国に負ける」

 「しかし、万人といっても教育制度が一貫してないからな」

 「農民層は難しいし、どうしても規範のある家の子弟になるだろう」

 「それに階層を守ってる方が我々も楽ができる」

 「まぁ そうだがね」

 「ん・・・面白い味だな。これはなんだね」

 「欧州原産のチコリというものらしい、子飼いの農家に作らせてる」

 「金になりそうかね」

 「そうだな・・・今は、あたらしもの好きの旗本が買っていくぐらいだな」

 「しかし、高い商品を買うため無慈悲なことが行われ、借財もちの旗本が増えるのでは?」

 「人の欲で人が苦しめられるのは今に始まったことじゃないだろう」

 「まぁ 我々は人の欲で利益を上げてるのだけどね」

 「それはそうと、幕藩合体の共和制移行は、どうなってる?」

 「将軍様も、まだ何とも決断がつかないようだ」

 「公武合体でもいいがね」

 「どちらにしろ、不労就労の武士階級が増えすぎた」

 「何とかしないとどうにもならないだろう」

 「今は、すめらぎ領に行く者が増えて、落ち着いてるようだが」

 「すめらぎ領に行く人間より生まれてくる人間の方が多いから何とも言えないね」

 「町はともかく、田舎はすることぐらいしか楽しみがないからな」

 「しかし、どうにかせんとならんとしてもな」

 「まともなことを言ってもな」

 「武士の権威が脅かされると判断されたら獄に引っ立てられて打ち首だしな」

 「こういうのは、頭の悪そうな人間に言い出しっぺをやってもらわんと」

 「頭のいい者は言わんだろうし。頭の悪い者はそんなこと思いもつかんよ」

 「じゃ 頭が良くて、死ぬ覚悟のある人間か」

 「ふっ 世の中変わらんな」

 「権力を嵩に不正を働くからな」

 「じゃ どこかの藩に倒幕?」

 「んん・・・幕府軍も洋式に移行してるし大砲もある」

 「倒幕の気概があるからって、どうにかできるものでもないし」

 「朝廷を味方につけても、国を二分してしまうような気がしてな・・・」

 「「「「・・・・」」」」

 「誰でも言いたいことが言える時代にでもなればいいのだが」

 「言いたいことを言いたいなら、すめらぎに行けと言われそうだしな」

 「それも、みんなが保身で嘘ばかりつくようになって怖いかな」

 「ふっ」

 

 

 北アメリカ大陸

 日ノ本すめらぎ領

 広大な土地と豊かな水源で作られた水田が広がっていた。

 一日一食どころか、白米と野菜を食べることができると、日本からの移民が増え続け、

 日系人が100万人を越える頃から、日本とすめらぎ領間の定期帆船が行き交うようになっていた。

 むろん定期船を維持させるだけの実入りが日ノ本とすめらぎ領の双方にあるからであり・・・・

 すめらぎ城

 「すめらぎ領は領地が大きい、日ノ本を超えるやもしれないな」

 「はい、このまま、日本人の入植が増えれば、遠からず日ノ本を超える大国となるでしょう」

 「そうなると怖いのは、南のヌエバ・エスパニョーラ、東のヌーベルフランスだな」

 「どちらに対しても人口では勝ってるかと」

 「ただ、大陸東岸のイギリス13州植民地は人口が多いと聞いています」

 「イギリスか、スペイン継承戦争で負けたが、もう回復してるだろうな」

 「イギリスは銀行というものがあるらしい」

 「眠ってる社会資本をうまく還流させられるし、才能のある者が金を得られやすいらしい」

 「蓬莱は銀行制度を取り入れたようだ」

 「蓬莱が・・・是非、すめらぎも取り入れたいな」

 「商藩は、そのつもりのようだが、将軍様か、朝廷の書付がある方が信用されて預けてくれる」

 「幕府はどうすると?」

 「何とも保身の塊でな。権威が薄れると剥れてる」

 「どこまで、馬鹿なんだか」

 「すめらぎで、勝手にやるというのは?」

 「そうしたいが、庶民が信頼して預けてくれるような制度にしなくてはな」

 

 

 ヌエバ・エスパニョーラ

 アステカ帝国の首都テノチティトランは、人口30万を要する世界有数の都市だった。

 しかし、1521年8月13日、

 湖上都市は、コルテス率いるスペイン軍によって占領され、

 インディオは抵抗したものの支配される。

 その後、街は破壊され、

 200年が経ったいま、ヌエバ・エスパニョーラの首都メシコが建設されていた。

 地上の建造物が破壊されてもテスココ湖の埋め立ては進んでおらず。

 テノチティトラン時代の橋が残されていた。

 日本人たち

 「ここがメシコか」

 「壮麗だな」

 「スペイン人は、よくこれだけの世界を征服できたものだ」

 「アステカ帝国は、毎日毎日、心臓を刳り抜いて神に捧げていたそうだ」

 「なんで?」

 「生贄をやめると太陽が昇らないと思ったらしい」

 「はあ?」

 「正気な人間なら、こんな王国滅んでしまえと思う人間だって現れるだろうね」

 「少数のスペイン軍に負けるほど、アステカ人の士気が低かったわけか」

 「メキシコ銀貨が腐るほどあるんだろうな」

 「しかし、銀山や金山に頼った都市は、どうかと思うね」

 「んん・・・まぁ 確かにどこか、創意工夫が感じられにくいし、鼻持ちならないな」

 「インディオは少ないようだ」

 「占領前は1100万いたらしいが、今じゃ100万もいないらしい」

 「殺戮か」

 「いや、ほとんどは白人が持ち込んだ病死と聞いた」

 「ペスト?」

 「さぁ どちらにせよ。日本も気を付けないとな」

 「日本人は免疫があるようだがね」

 「わからんぞ、殺戮より楽なんだから、機会があればと狙ってるかもしれん」

 「それは言えるが、逆のことが起きる可能性もあるだろう」

 「どっちの医療が進んでいるか、ともいえるね」

 「たとえば、この赤い花。ポインセチアは毒草らしい」

 「きれいな花じゃないか」

 「死ぬほどのことはないが、食べたり傷口に付くと痛い目に合うそうだ」

 「医療か。アステカの秘宝探索は医療技術がもう少し欲しいな」

 「医療より、インディオの協力が欲しい」

 「インディオが話してるナワトル語は難しそうだな」

 「絶滅寸前のナワトル語より。スペイン語が実用的だと思うね」

 「しかしなぁ スペイン人に気取られたくないこともあるからな」

 「それは言える」

 

  

 

ムガル帝国 (北インド) 9350万    
ヒンディー王国 5100万 グジャラート王国 1360万 ベンガル王国 1870万
ウルドゥー王国 1190万 マラーティー王国 1700万
 
ドラヴィダ連合 (南インド) 5610万    
テルグ王国 2040万 カンナダ王国 850万  
マラヤラム王国 850万 タミル王国 1870万  

 タミル王国は、ムガル帝国の弱体化と緩衝地帯のドラヴィダ連合の拡大で隆盛を極めていく、

 

 

 

 

 フランス

 ルイ15世の治世は、フランスが最も繁栄したと同時に、最も腐敗した時代であった。

 対外的には、

   三大洋国家連合  フランス = ドラヴィダ連合 (南インド) = 日本

   三大陸国家連合  イギリス = ムガル帝国 (北インド) = 清国

 の対立は、継続していたが係争状態に過ぎず、戦争未満であり、あまり気にすることがなかった。

 そして、フランスの敵は、国王にとっての敵であり、

 対外的な外患勢力より、国内の内患勢力にあった。

 その最大勢力が高等法院なのだが、その身分は国王の補完機関であり、

 国王から身分を買わなければならず、

 国王の財源でもあったため問題を複雑にしていたのだった。

 この頃、インド経済圏が中継となり、採算レベルで日本人のフランス渡航を可能にさせていた。

 パリに日本人区画やインド人区画を形成させたのは、

 フランス王権の犬であることで得た地位と利権で、

 日本人衛士隊(新選組)が着込んだ薄青のダンダラ羽織は、フランス人の目に止まりやすく、

 モラルが高いため人気があった。

 日本人とインド人は、フランス王の属州利権を守るため各地に派遣され、

 ポーランド継承戦争でも活躍し、力を証明していた。

 そして、フランス王も内患に殺されるより、

 忠誠を誓う外国人勢力を重んじたとしても仕方がないことと言えた。

 無住心剣流(むじゅうしんけんりゅう)の針ヶ谷 巴(はりがや ともえ)は、変わり種な経緯から、

 新選組でなく、王直属の第一銃士隊と組んでいた。

 実のところ人脈は金脈と並ぶ政治力で、

 第一銃士隊も日本人とのパイプ役を必要としていたのだ。

 剣術場

 剣術は、銃が戦争と治安の要になった後も重視され、稽古の時間が割かれていた。

 剣術の練度が上がると、相手の視線や重心の移動、筋肉の動きなどの気配で、

 次の動きがおよそ見当が付いた。

 上位になるほど、相手の動きを読み合うため、手を出しにくくなるジレンマに陥る。

 針ヶ谷 巴は、剣術の名人に違いなく、

 どんな打ち込みであれ、剣の軌道を事前に読み、正確に対処することができた。

 バシン!

 振り下ろされた木刀を横合いから薙ぎ払い、

 切っ先を相手の喉元に突き付けた。

 「ま、まいった」

 ベテランと素人ならよくある光景なのだが、相手のフランス人も剣のベテランだった。

 「トモエ。ひょっとして、このまえ、会った柳生の男より強くないか」

 「柳生か。柳生も、まぁ 強い剣術であるな」

 「試したことないのか?」

 「んん、2、3度手合わせしたことがあるが、流派の強い弱いより、個人の強い弱いが大きいようだ」

 「大きくなり過ぎて、教育で個人差を埋められなくなってるのかもしれない」

 「流派が大きくなるのも考えものってわけか」

 「大きくなると権威と数に頼るし」

 「剣術より、血筋と年功序列の思い込みが強くなって格式張り、最後は弱くなる」

 「こっちに流れてきてるのは、権力闘争で負けたからかもしれないな」

 「お前は、どうなんだ?」

 「俺もそんなもんだ・・・」

 「おい、占領地ロレーヌを視察してこいってさ」

 「それ、銃士隊の役目か?」

 「王直属だから正確な情報を知りたいんだろう」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 月夜裏 野々香です。

 徳川幕府も外憂内患・内憂外患のようで、

 なぜ、銀行制度の導入が上手くいかないのか、

 まぁ 儒教の強い武士が金勘定をしてはけません、みたいな意識が根底にありそうです、

 聖書では、

 “だれも新しいぶどう酒を古い皮袋に入れるようなことはしません”

 “そんなことをすれば、新しいぶどう酒は皮袋を裂き”

 “ぶどう酒は流れ出て、皮袋もだめになってしまいます”

 “新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れなければなりません”

 といった感じでしょうか、

 すめらぎ領がガス抜きになればいいのですが、

 外国勢力の脅威と政治腐敗が進むと脱封建社会の兆候が少しずつ芽生えてきそう。

 

 

 

 

 誤字脱字・感想があれば掲示板へ

第12話 『産業革命と奴隷制度』

第13話 『侍魂 VS 商魂』