仮想戦記 『バトル オブ ゼロ』

著者 文音  

 第01話 序 章

 明治時代後期

 今度の次期皇太子(昭和天皇)は、学習院初等科に入学することが決まった。

 霞が関近辺の飲み屋

 「へー、それは良かった」

 「なぜ、そう思う?」

 「あそこは、乃木大将がいるだろ。軍人教育はばっちりだろ」

 「乃木大将の出身はどこだ?」

 「陸軍だ。」

 「それは、我ら海軍にとって問題だ」

 「何か対策はないか。海軍寄りにするために」

 「学習院に入ることはすでに決定事項だしな。海軍が手本にしているのはイギリスだ。イギリス大使館の知り合いに頼んでみるか」

 

 イギリス大使館の一室

 「知っての通り、日本が手本としている国は、軍隊に限っては二つある。我ら海軍がイギリス。陸軍が独逸だ」

 「我々イギリスを模範にしているのはなぜ海軍のみなんでしょうね?」

 「そこでお願いがある。貴殿にもメリットがあることだが、今度の次期皇太子殿を我ら海軍寄りにすることはできないだろうか?今の皇太子殿が天皇になるのは近いと思う。次期皇太子殿を取り組むことができれば、メリットは計り知れないものがあると思う」

 「‥‥‥‥‥‥。わかりました。情報局に協力を要請してみます。改めてこちらから連絡させていただきます」

 

 数日後、同室

 「陸軍大将が学校の教師ならば、こちらとしては、家庭教師を派遣してはどうでしょうか?」

 「悪くないですな。具体的にはどんな方法で?」

 「イギリスより次期皇太子殿下が初等科に入学する際に、ランドセルをお贈りしたいと思います。そのランドセルをお贈りする人物をこちらがご用意します。あなた方には、その式典の際に、こんな質問をしてくれませんか?『貴殿の職業をおききしてしてもよろしいでしょうか?』」

 「それでうまくいくのでしょうか?」

 「うまくいけば、こちら側の人間を次期皇太子殿下の家庭教師として派遣できます」

 「やってみる価値はあります。お任せください」

 

 1908(明治40年)三月

 皇居

 「おい、きいとらんぞ。贈り主が女だとは」

 「いえ、こちらにも家庭教師を派遣するとしかうかがっておりません」

 「しかし、いう役目は一緒だな。まかせろ」

 

 「わたくしことマリー=ラッセルは、イギリス政府を代表いたしまして、迪宮殿下の初等科入学をお祝いに、ランドセルをお贈りいたします」

 「き‥」

 「そちは何者なるか?」

 「わたくしは、家庭教師を職業といたしております。今まで英国駐日外交官の子弟のために日本に滞在しておりました。子弟の家庭教師を終えます際、花道としてこの場に立っております」

 「どうだろう、汝さえよければ、孫の家庭教師を務めてくれないだろうか?」

 !!!!!!

 「イエッサー」

 

 「おい、陛下直々のご指名だ。誰にも反対することはできまい」

 「では、次期皇太子殿下は英語で授業を受けることになるのでしょうか?」

 「いや、マリー先生は日本語にも精通している。その点は心配いらん」

 「しかし、第一外国語が英語になるのでしょうか?今は、独逸語が第一外国語の地位にありますが」

 !!!

 「我々海軍も英語を習うのだ。見込みのある若手にはイギリスかアメリカに留学させろ。きっと将来、役に立つ。独逸万能主義の陸軍にひと泡吹かせてやる。これが悲願だ」

 「さっそく、善は急ぎます」

 

 同年四月

 皇居

 「殿下におきましては、国語算数理科社会を学ばれることでよろしいでしょうか?」

 「マリー先生。我はそれ以外に学びたいものがある。世界についてだ。」

 「殿下の覚悟のほど、よく理解いたしました。世界について学びたいのでしたら、世界の共通語、英語についてまず、最初に学んでいただきます」

 汗、汗、汗、汗、汗、汗。

 「うむ」

 「まずはアルファベット26文字を書きとりいたしましょう」

 同月

 学習院初等科

 「殿下におきましては、将来、日本を背負って立つ覚悟をなされねばなりません。殿下の命令一つで大勢の命が戦場に死ぬ場合がございます。そのためにはいかなる覚悟をわたくし、乃木がお教えいたす覚悟です」

 「院長閣下(乃木大将)は、どれほどの人間を殺しましたか?」

 「日露戦争の折には、味方でさえ、万を超える人物が死にました。敵兵ではその限りではありません。敵兵に殺される者もあれば、病気やその他の理由から死ぬ者がおりました」

 「我は、少しでもそんな者たちを少なくする義務があるとおもうか?」

 「御意」

 

 皇居

 「マリー先生に質問があるのだが、軍で死者を少なくさせるにはどうすればいいだろうか?実は、わらわが将来、臣民を戦地に送り込むことになる際、できるだけ死者を少なくしたいのだ」

 「学問に王道なしという言葉がございます。すぐれた戦略、優れた戦術を用いれば戦争を有利にできますが、学問を究めねばそれは難しゅうございます。また、できるだけたくさんの方から意見を募るのもよいかとおもわれます。では、今日から殿下を究めしものに近づけるのが私の役目です」

 「道は遠いの」

 「ただし、殿下という立場ならば、できる手段が一つだけございます。」

 「それは?」

 「戦場に行く兵士が戦士以外の場合で死ぬのをできるだけ減らすのです。病気や事故で死ぬものを少しでも減らすのです。」

 「それは、難しいのう」

 「難しく考えることはございません。最初にいいました、できるだけたくさんの方から意見を募るのです。そうですね、軍の場合でしたら戦場で命を預かる者は軍医です。海軍の軍医が優秀なら、その方法を陸軍に導入する。また逆もしかり。陸軍の方が優秀ならば、それを海軍に導入する。ただそれだけのことです」

 「それなら、いつかできるかもしれぬ」

 

 1912(明治45年)九月

 明治天皇崩御の後、乃木大将が殉職。

 皇居

 「マリー先生。わらわは院長閣下を救うことができなかったのだろうか?」

 「難しい質問ですね。彼の死はそれを意味あるものにするかは殿下次第かもしれません?」

 「どういうことだ?」

 「彼のためにも、一人でも多くの臣民を助けることができたならば、それが殿下の役目と思われます」

 「何か方法はないものかのう」

 「乃木大将の教えと称して、少しでも多くの臣民を救う努力をするとお父上(大正天皇)お話しされてはどうでしょうか?」

 「それが院長閣下のためならばやってみよう」

 「そうですね。お父上の即位にあたってこうしたためてはどうでしょうか

 我きく、乃木大将は臣民を大切にせよといった。そして、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ(五カ条の御誓文)として、陸軍もしくは海軍の軍医のどちらか一方が優秀なればそれを他方に導入するものとする。これは、朕の臣民を大切にするものと考える上でのものである

 大正天皇の即位とともに、御前会議で話し合われた内容は、昨年度戦死以外で死亡した兵士の割合が低い方の軍医療を陸軍もしくは海軍に導入することを乃木大将の名をもって実行いたすというものであった。いわゆる、乃木令。

 

 海軍省

 「実吉医務局長、このたびの勅令で海軍と陸軍のどちらの医療が採用されると思うか?」

 「海軍のイギリス式が採用されると思われます。理由といたしましては、陸軍は赤紙一つで徴兵した兵士に食費込みで給料として渡します。そうなりますと、貧しい兵士は食費を削り、白米に沢庵数切れで食費といたすため、軍全体に脚気が蔓延いたしまして、日露戦争の際には、戦死者を上回る死者を病死させております。これに対し、わが海軍では食費を渡すのを日清戦争後、中止いたしまして艦内勤務の場合、小麦から作りましたパンを与えることで貧しい食事ではなく、栄養豊かな食事を与えることで日露戦争では脚気による病死者数を激減することに成功いたしました。いうなれば、今度の勅令は、富国強兵にかわり、少数精鋭による富国精兵にかわるものといえます。」

 「結構。では、陸軍医務局長に推薦する人物を汝から申し上げておいてくれ」

 

 陸軍省

 「森鴎外医務局長、このたびの勅令は、乃木大将の名のもとに発令されておるが、陸軍は医療の点で海軍よりまさっておるかね?」

 「理論で独逸式は結果を重視するイギリス式よりまさっておるはずです。ですが、赤紙一つで徴兵した兵士に対し、脚気が蔓延しておりますゆえ、病死者比率は、海軍のほうが下回っております。

 「ふむ、君は首になり医療はイギリス式が導入されるというものだな。結果、イギリス式が陸軍に導入されることになるのだな。最後に今後に対する献策があれば、申してくれ」

 「兵士を徴兵した後、兵士に食事を与えるべきかと。栄養不足の兵では病死比率が上がります。また、兵士には白米信仰がありますが、今度やってくる海軍医局上がりの人物により、麦飯に替わると思われます。結果がすべてのイギリス式ですが、十分な栄養をあたえ、経費のかからない麦飯を兵士に給付する必要が生じるはずです。よって、必要以上の兵士を抱えることは必要以上の食費を抱えることになりますから、今後は徴兵抑制をはかる必要があります。」

 森鴎外は、翌日辞表を提出し新聞社に就職した。彼の代表作としてあげられるのが阿部一族であるが、自らの半生をモデルとしたともいわれている。

 

 1914(大正3)年四月

 迪宮殿下、学習院中等学科に進学

 

 1914(大正3)年七月

 バルカン半島で第一次世界大戦勃発。

 

 同年八月

 連合国側にイギリスが参戦。

 同月皇居

 「マリー先生、最近落ち着きがございませんがどうされましたか?」

 「実は、イギリスが戦争に参加いたしまして、私の知人や同僚が戦場に赴いて死ぬかもしれないと不安になっております」

 「先月、日本はイギリスと同盟していると伺ったのですが、日本は参戦すべきでしょうか?」

 「独逸の勢力をアジアから駆逐するのは難しくありません。その後は、インドとヨーロッパを結ぶスエズ運河の通航を保証すれば多くの国から、そして多くの商人から称賛されるはずです」

 「アジアから独逸の追い落とし、スエズ運河の確保ですね」

 

 御前会議

 「この場に皆を呼びだしたのはほかでもない。我が国は三国干渉の結果、膠州湾をドイツにかっさわれた。いまこそ、ここにその臥薪嘗胆をはかる機会だと思う。皆の意見をいってくれたまえ。」

 「陛下、政府に対し会議直前に、イギリスより正式に日英同盟を根拠とする日本参戦の要請が参ったことをお知らせいたします」

 「大隈首相の言葉を受け、軍部といたしましては、日夜三国干渉で割譲された中国領土に対する攻略準備のぬかりはありません」

 「うむ、独逸のアジア占有地から彼らを追い落とすのは難しくないと思う。朕が思うのはその先である。戦争の長期化がすすんだ場合、我が国と欧州を結ぶ大動脈はスエズ運河となる。スエズ運河まで我が国が艦隊を派遣した例はなく、前代未聞のこととなるが、ぜひともスエズ運河の確保に邁進してもらいたい。これは、日本と欧州の物流および、輸出入の保証をすることにもなる。世界の海運業から称賛をもたらしたまえ」

 「はっ」

 独逸駐留大使館より独逸への宣戦布告。英国に対し、参戦とスエズ運河守備隊を派遣したことを連絡。

 

 同年十月

 独逸の租借地青島と杭州湾に対し攻略開始。水上機母艦若宮(移動能力10kt)より水上機を海上に降ろし、空襲から戦闘が開始された。この日より、空軍戦力が日本軍に加わった日でもある。八日間の戦闘の後、同地を占有。その後、若宮を含む連合艦隊はスエズ運河守備を目指す部隊とドイツの太平洋植民地である南洋諸島の攻略部隊とに分かれた。その分離の方法としては、スエズ運河を通れるものが前者というものであった。スエズ運河到着を前に、南洋諸島を攻略。

 同年十一月

 オスマン帝国が同盟国側として参戦

 

 陸軍省

 「只今、オスマントルコが同盟国側として参戦しました」

 「中国に対する要求は布告するな。ただちにスエズ運河に陸軍を送る必要があるか、情報収集の後、検討せよ」

 

 1915年(大正4)年一月

 カイロの英国陸軍情報部

 「ロレンス中尉、君に重大任務を授ける。スエズ運河守備をかってでてくれた日本軍通訳に任命する」

 「どのような艦隊がやってくるのでしょうか?」

 「スエズ運河を通れる条件を満たしている艦隊だ。巡洋艦十六艇が主体となる。戦艦は喫水が足りない。スエズ運河の拡張が早ければ、戦艦も来てくれたがね。(地球を半周したロシアのバルチック艦隊の大きな船は喜望峰回りであった)」

 「会話は、英語でよろしいのでしょうか?」

 「報告では、英国に留学した将校が向こう側の代表を務めるそうだ。派遣された日本軍のトップは水瀬隼人少将という人物らしい」

 「はっ」

 

 同年二月

 エジプト領スエズ

 「トーマス=エドワーズ=ロレンス中尉です」

 「日本海軍少将の水瀬隼人です」

 握手

 「早速ですが、最新の情報をお教えください」

 「独逸側にオスマントルコが参戦しました。トルコ軍には、独逸より売却された巡洋戦艦二艇が戦力の中心となっております。黒海でロシア軍と交戦中です。ロシア軍と対峙しており、地中海に派遣されることはまずありえません。それよりも、ダマスカスとメジナを結ぶヒジャーズ鉄道がトルコ勢力圏にあり、これを有機的に運用されますと、兵力の弾力的な運用につながります」

 「その鉄道を日本海軍の巡洋艦で攻略もしくは、無力化できるか?」

 「途中の分岐点であるハルファが地中海に面した港ですが、その街を攻略しても鉄道の幹線が残りますから、鉄道運行には支障ありません」

 「では、地上兵力を持たないわが海軍では、トルコ地上軍と戦うことはままならんか」

 「実は、私が温めている戦略がございます。私はアラビア語にも堪能です。兵は現地のアラブ人を反乱兵としてゲリラ戦をしかけさせます。鉄道を所々爆破すれば、それは立派な戦果であり、搭載物を略奪できればわが軍の戦果となります」

 「第一段階でアラブのスンナ派のシャリフであるフェイサルを口説きます。彼の一族を核として反乱軍を組織します。彼は、紅海に面したヤンブーにいるとも情報を得ています。次に目標は紅海に面したアカバをラクダ騎兵で攻略いたします。このとき、日本軍には沖より、港の大砲が届かない範囲で威嚇射撃をお願いしたい。その後は、鉄道に対するゲリラ戦を展開する予定です」

 「わが海軍はおとりか。承った。ところで、ヤンブーまでどうやっていくつもりだ?」

 「ラクダで砂漠を渡るつもりですが」

 「その点に関しては、電撃作戦でないな。よろしい、わが軍の水上艇(モ式ロ号水上機)をパイロット込みでお貸ししよう。紅海への出口であるスエズとヤンブーの中間地点まで水上機母艦である若宮でいき、そこで水上機にのり、いっきにヤンブーへ飛ぶ。これで君の疲れはなく、そのままの勢いでフェイサルを口説きたまえ。若宮とその水上艇を君たちラクダ騎兵とわが軍のつなぎにもちいる。アカバに突撃する際には、こちらが空より連絡を受け、突撃タイミングを合わせよう」

 「イエッサー」

 

 若宮とその護衛艦を引き連れ、南下してゆく。

 「水瀬少将、彼の策は成功するのでしょうか?わが軍の偵察兵力を喪失してまでやる価値はあったのでしょうか?」

 「留学中、俺が知ってるイギリス人ならあんな策は思い浮かばんよ。それは確かだ。しかし、彼の作戦はラクダ騎兵隊さえ、あれば成功の可能性はある。第一、たとえ失敗してもわが軍に被害はない。その点だけでも評価できる。我々をすりつぶそうとする意図はないからな」

 

 

 翌日

 水上機でロレンスは、ヤンブーの港に着水した。彼を見たアラブ人は、その気迫に押され、フェイサルトノの会見の場を設定した。

 「フェイサル殿、今こそ、オスマントルコをアラブから押し出す好機ではありませんか?」

 「貴殿は、わが一族だけでオスマンに勝てる策がございますか?」

 「私の後をラクダ騎兵が五十騎いれば、アカバの開放とトルコ軍が落としてゆく軍需物資は確実だ」

 「どうやって、アカバを落とすつもりかね?」

 「日本軍を知ってるかね」

 「知ってるとも。ロシア人だが白人に勝った最初のアジア人だ」

 「彼らがおとりになってアカバの砲台を海上に向けさせてくれる。我々は、後方から突撃するだけで、アカバを落とせる」

 「よしやろう。砂漠は我らのものだ」

 「水瀬少将に伝えてくれ。我々は砂漠をラクダで渡ると」

 「イエッサー」

 燃料補給後、水上機は若宮目指して飛び立った。

 後、(1962年)映画アラビアのロレンスが公開。水上機に載ってるロレンスは頻繁に銀幕に登場した。イギリス人は、主人公に注目した。フランス人は自国の水上機だとして自慢した。機体に描かれた赤丸を見て操縦士はゼロの運び屋として有名となり、その後も映画に出演し続けた。

 

 同年三月

 アカバのトルコ陣地

 「おい、きいたか。日本軍がスエズを守備しているらしい」

 「ロシアの海軍を一戦で壊滅させた日本軍か。制海権は連合国側にあるな。トルコ海軍では、たとえ戦艦が出てきても勝てないよな。向こうは魔術師だからな」

 「海をよく見とけよ」

 「おいみろよ。遠くに巡洋艦が見えるぞ。大砲の射程外だが、あの旗は日本軍のようだ」

 「ドン、ドン、ズドン」

 「大砲部隊、狙いを先頭巡洋艦にあわせろ」

 

 砂漠側

 「いけ、奇襲は成功間違いなしだ」

 「ドドッドドドド」

 トルコ兵は注意を海側に向けていたため、砂漠からの奇襲に対応できず、アラブ軍はアカバを占拠した。

 「すぐさま、アカバを占拠したことをエジプトのイギリス基地に連絡し、補給物資を受け取りたい。その旨よろしく」

 「イエッサー」

 若宮よりアカバに水上機が水上着水し、一路エジプトを目指した。

 

 エジプト領イギリス基地

 「何、アカバを落としただと。補給の件は了解した。すぐさま、送る」

 「それでは、若宮に載せて、アカバまで運ばせていただきます」

 「おい、イギリス本国に連絡せよ。一人の中尉がアカバの拠点を落としただと」

 

 アラブ軍とロレンスは、鉄道の爆破をおこない、略奪を繰り返した。略奪に成功すると、アラブ軍は、近隣のアラブ人も参加するようになり規模を大きくしていった。イギリス領インドからの部隊と日本陸軍が合流したのちハルファを占有。激戦の結果、ダマスカスの攻略に成功した。

 

 1915(大正4)年十一月

 ダマスカスのイギリス陣地

 「おい、トルコ兵、志気が低くなかったか?」

 「低かったな。兵站が止まっていたらしい。人間、腹が減ってはいくさはできないな」

 「制海権と制空権がイギリス側だったのも大きい。こっちは、英日印とアラブ混戦部隊でまとめるのに苦労したがな。終わりよければ、すべてよし、オスマントルコは戦線離脱だろ。独逸兵が参加していないでよかったよ」

 「連合軍のギリシャがオスマントルコの本拠ともいえるアナトリア半島に攻勢をかける予定らしい。こっちにトルコが反撃してくる可能性は低いのが救いだ」

 「ヨーロッパ戦線は停滞しているね。双方が塹壕を掘りあって、フランスを南北に北海から地中海まで二本の溝ができているからな」

 「兵士の仕事も塹壕を深くする以外に動きようがない」

 「アフリカからは独逸が駆逐された。後は、ヨーロッパ戦線で決着がつく。我々はこの後、占領地の維持だ。北上する余力はないし、停戦条約が話し合われているからな」

 「イギリスと日本及びアラブの占領地の取り合いは、はたまたどうしたものかな」

 「それは、お偉いさんの仕事だよ」

 「おっと、占領地行政に入るなら、アラブ軍の略奪を止めないといかん。これが一番の難問になりそうだ。後、日本海軍に地中海での船団護送を依頼せねばならない。わが軍の中からも西部戦線に引き抜かれる者が出るだろう。ここに残るのも厳しいが独逸軍相手はもっと厳しいからな」

 

 同年同月

 大阪堺の弾薬製造工場

 「社長、これ以上の増産は無理です」

 「やはり無理か」

 「増産余力もありませんし、部品の供給も間に合いません」

 「わかった、納期を確定しない仕事しか受け付けないことにする。ヨーロッパからも近東に派遣されてる日本軍からも仕事が舞い込むのはいいことなんだが」

 「それよりも、部品の確保に奔走してください。苫田工業の薬莢は一日分しか在庫がありません」

 「よし、すぐさまそちらに確認をとる」

 

 1916年(大正5)五月

 ユトランド沖海戦。双方の艦隊が沈没するも、北海の制海権は連合国側から移ることなし。

 東部戦線からロシア撤退。

 

 1917年(大正6)二月

 ロシア革命勃発。同年十月、社会主義国家誕生。

 

 1917年(大正6)四月

 アメリカが連合国側として参戦。日本は、近東の連合軍占領地からマルセイユまで連合軍陸軍を船団にて移動する際、護送艦隊といて随行。西部戦線での劣勢回復をする要因となる。

 

 同年十二月

 皇居

 御前会議

 「ここに集まってくれたのは、他でもない。ロシアの革命に対し、対応策を練るためである。陸軍の作戦部にはシベリア出兵を検討してもらったものをここに発表する」

 「只今、日本軍は近東のダマスカス周辺で占領地行政と地中海での制海権維持及び船舶の安全通航の維持に努めているほか、太平洋での南洋諸島の占領維持。中国の独逸租借地の占領維持。この三つを抱えており、シベリアに出兵する余力はございません。また必要な戦力も陸軍にもございませんし、海軍にあたっては予備艦隊さえも確保できておりません。よって、シベリア出兵は無理だという結論に至りました」

 「ふむ、では何をするかは既に決まっておるようなものか?」

 「いえ、ロシアと国境を接している南樺太での対応とダマスカスに亡命してくる帝政ロシア人に対する対応の検討があります。また、ロシア社会主義国家に対する対応がございます」

 「亡命者は無条件で受け入れせよ。その旨、国際社会にも告知せよ。勝田大蔵大臣、国庫に金はあるかね?」

 「税収は期待できますが、近東への出兵により出費も増大しており、かろうじて戦時国債をださなくてすむ段階です」

 「では、ロシア社会主義国家と北樺太購入交渉をおこなってくれ。これだけでは国際社会が納得しないだろうから、ユダヤ人国家を誕生させるためにロシア社会主義国家に領土購入を検討しておると発表してくれ」

 「納得していない者もいるだろうが、今回の方針には三つの目的がある。石油の確保が第一。第二は、わが日本軍は北国での作戦に慣れていない。八甲田山での冬季山岳行進(明治35年)の結果を見れば、一目瞭然である。シベリアに出兵するものの冬将軍に負けたとあっては、富国精兵の精神が泣く。ナポレオンの二の舞をするわけにはいかん。最後に日露戦争でのユダヤ人に対する感謝を示さねばならない。誰も見向きもしなかった日本の戦時国債を最初に購入してくれたのは、ユダヤ人だ。彼らなくして日露戦争も勝利がなかっただろう。その彼らは国を持っていない。彼らのもつ富は莫大だ。一説によれば、アメリカ経済を牛耳っているのは、彼らであり、その金融手法は世界をも動かすと。よって、さまよえる彼らに土地を提供するとともに、彼らから金融手法を学びたまえ。国際社会の世論を親日でまとめるのだ。」

 「はっ」

 

 1918年(大正7)一月

 迪宮殿下の婚約発表。

 その折、ソビエト社会主義国家より北樺太を日本が一億円で購入。また、ロシア帝国関係者を受け入れる旨を国際社会に告知するとともに、ユダヤ人国家建設を行うためにこのたびの領土購入であったと告知し、社会主義国家とのの取引を社会主義国家公認と異なる旨を表明。

 

 シベリア鉄道沿線

 「お父さん、どこまでいくの」

 「線路沿いに、ずーーと東にいくと海が見える。そこに私たちロシア人を受け入れてくれるサハリン島がある。そこまでだ」

 「うん、わかった。僕、がんばるよ」

 

 パリの連合国連絡所

 「おい、日本がソビエトを公認したよ」

 「それに関して、マスコミをみるとその記事は三段目のほうになっている。この新聞はニューヨークタイムズだが、日本国、ユダヤ人国家建設を表明。日本、ロシア帝国亡命者受け入れ。三番目に、日本、人道支援目的によりロシア人と土地取引。どこにもソビエトが出てこない」

 「これでは、国際世論がこの取引を認知してしまうぞ。アメリカのマスコミは親ユダヤだから、やむを得んが、日本に圧力を加えられないか?社会主義国家をみとめないように」

 「アメリカはまずい。せっかく参戦したのに、マスコミで西部戦線からの撤退キャンペーンを張られては元も子もない」

 「イギリスも無理だ。西部戦線に戦力を終結させるために、近東の占領部隊は日本軍に任せている。アラブ人に任せていくと、略奪しか起こらん」

 「フランスとしては、日本とアメリカに撤退してもらっては困る。ここは講和会議でからめ手を使うしかないな」

 

  1918年(大正7)七月

 シベリア出兵を計画するものの連合国側で足並みがそろわず、中止。

 

 1918年(大正7)十一月

 独逸革命の後、連合国と同盟軍との間に休戦協定が成立する

 

 1919(大正8)年四月

 迪宮殿下、学習院高等科に進学。マリー=ラッセルを宮内省顧問として雇用。

 

 1919年(大正8)六月

 フランス ヴェルサイユ

 ヴェルサイユ条約締結

 東洋における独逸の租借地と植民地が日本に組み入れられる。中国山東半島から北半球の南洋諸島までの広範囲に渡って、日本の支配地が広がった。

 「おい、いつまで近東に軍を派遣しておくのだ?イギリスはどう言ってる?」

 

 1920年(大正9)八月

 セーヴル条約締結

 トルコの領土が休戦協定にもとづく国境線で確定。

 ヒジャーズ王国の独立。ギリシャの領土拡大。

 シリアをフランスの委任統治、イラクをイギリスの委任統治とする。同様に保護国をエジプト(イギリス)モロッコ、チェニジア(フランス)。

 レバノン、パレスチナ(現在の日本の領土に匹敵)を日本の委任統治とし、アラブ人、パレスチナ人及びユダヤ人の居住を無条件で認めること。

 

 「やられた。すぐさまこれを日本に送れ」

 「何か問題でも?本土と同じ面積を獲得できてほくほくではないですか?」

 「もともとこの土地は、イギリスが三枚舌(アラブ人、パレスチナ人、ユダヤ人)で三者に土地をやるから参戦しろとあおっていたわけだ。そして、勝ったら三者に領地をやらないといけないんだが、土地は日本のものになったから日本からもらえと言ってることになる」

 「つまり、近東の火薬庫を押しつけられたわけですか。これは、日本がユダヤ人国家を建国するといった公布への嫌がらせと責任逃れ以外の何物でもないんですね。うまく処理しないと、毎日、民族間で銃撃戦がくりかえされ信託統治に失敗するとお取り上げになると。大変だ。」

 

 皇居

 御前会議

 「つい昨日、フランスよりセーヴル条約が締結され、詳しい内容が送られてきました。皆さまのお手元にある資料にあるように、日本は地中海に面した土地としてエジプト隣接地(パレスチナ、レバノン)を信託統治することになりました。」

 「これは、広いじゃないか。これなら国民も納得してくれるだろう。」

 「鉱物資源として、塩化カリウム、リン鉱石もいいじゃないか」

 「観光も悪くない。古代文明に死海でのバカンス」

 「で、我々を急きょ集めた理由を申し上げてくれるかな、内田外務大臣」

 「問題点は、付託事項としてアラブ人、パレスチナ人及びユダヤ人の居住を無条件で認めることになっております。いいかえれば、そこに住みたいと言われれば、移民の申請を受け入れざるをえません」

 「それが何か問題になるのかね」

 「イギリスが三者にこの土地を勝利にあかつきに与えると約束したために三者の間からこの土地をくれと要求されかねません。また、宗教がそれぞれ異なるのが問題です。十字軍を例に出すまでもなく、日本の歴史と同じくらい信託統治領に含まれるエルサレムを争ってきた歴史を持つことです。いいかえれば、先の戦争の理由となりましたバルカン半島を受け持ったといえばいいかと。近東の火薬庫を押しつけられたと」

 「うおおっ。!!!」

 「もし、信託統治に失敗したらどうなる?」

 「イギリスとフランスに取り上げられる可能性が高いかと」

 「いい方法はないのかね」

 「外務省としましては、信託統治領を三分割して民族ごとに分離統治するのが最善かと」

 「日本は、資本主義国家だ。信託統治領の半分を区画ごとに競売に出せ。競り落とした者に十年間の管理権を与え、ある程度の治外法権を認めよ。十年後、競りをし直せばいい。もちろん、納めた税金の分だけ次回競売の折には有利になるようにせよ。残り半分の統治領は、日本式の平等を押しつけよ。公立学校等は、その区画に建設し臣民と同じ扱いをせよ。」

 「はっ。」

 「それから、第一次世界大戦の総括を広く集めよ。来年度の予算配分は、その総括を読んでからとなる。それと皆には悪いが、次の会議からは迪宮が代理をするかもしれぬ。前もって了解しといてくれ」

 

 

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 月夜裏 野々香です。

 不戦戦記系とあったのですが、不戦戦記は1930年〜 ですから

 02、完結作品で年代の範囲内で始めて終わらせてください、が破られてる気がします。

 むしろオリジナル色の強い日清不戦系でしょうか。

 というか不戦なのに戦ってる (笑


 

 1)不戦戦記系戦記

 2)バトル オブ ゼロ

 3)文音

 4)本文

 5)メールアドレス表記

 

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