仮想戦記 『バトル オブ ゼロ』
著者 文音
第13話 休戦編
1943年(昭和18)六月三日
上海租界
「ブルルルルッル。キイイイ。ズウウウウ」
「ヒューーーーーー、キキイイイ、ゴオオ」
「プルプルプル。シャーーーー。プルプル」
「おい、戦争でも始まったのか」
「そうか、お前は今週出張で上海にいなかったよな」
「日本空軍によるタッチアンドゴウの演習さ」
「何もこんなとこでやらなくてもいいだろうが」
「何を言ってるんだ。ここは戦争中の最前線でもある。一週間前から軍事演習の予告があっただけましだぞ」
「五月蠅いのは変わりない」
「では、聞くがこのまま上海の北岸が紅軍、国府軍、英日軍のどれに占拠されたら租界にとっていいのか?」
「紅軍以外だな」
「だったら、日本空軍が上海の対岸を占拠するために嵩明島で演習してるならせめてみて見ぬ振りをすべきだろう」
「しかし、ここ上海租界が攻撃を受けたようで面白くない」
「そうかもしれないが、遠く東京から今日の演習に参加するために二千キロを飛んでくる部隊もあると聞いたぞ」
「それはわかるが何も上海でなくてもいいだろ」
「それが駄目ならしい。東シナ海は非戦闘区域であって、日本領から直接戦闘区域に爆撃するのは禁止事項というわけさ」
「それでいったん、戦闘区域に降りるというわけか」
「ああ、紅軍の策士が世界三大海軍である英日軍を出し抜くために考え出した戦略らしい」
「今日のところを我慢できなくてどうする。本番は十月になるということだ」
「物好きな連中は船に乗って横沙島まで見物に出かけてるぞ」
「わかった、後四カ月我慢しよう」
六月十日
新中港(嵩明島北十五キロ)
求人
六月二十日、土嚢一俵を指定した海に投げ入れてくれたものには同じ大きさの米と交換する。必要とする土嚢の重量は三千トンであり、三千トンの米を用意するものである
六月十五日
東シナ海 ロンドン指令室(英国海軍重巡洋艦、一万トン級)
「トマス指令、東洋艦隊が陸に上がるとは我々もおまんまの食いあげですかね」
「この艦は就役してから十五年がたっている。今回が最後の大仕事になるだろう。今回の一番くじをひいた分だけ、記念艦としてそのうち英国領となる土地で活躍する場に恵まれたと考えられらくもないか」
「日本海軍も東洋艦隊も戦場が中国陸上部に限定されたからと言って、無茶を通しますね」
「なんでも戦略会議の中ごろ、ぽつりと『このまま東シナ海沿岸を占拠できれば、東シナ海(East China Sea)を改名できそうですね』といったために、広く高名な地理学者から政治家まで話が膨らんでしまったそうだ」
「で、改名した後、どんな名前になるんですか」
「日本湾とか、日本外海、対馬海、東郷海、九州海などいろいろな例があがったらしいが」
「昭和海とするらしい」
「ほうほう、これにケチをつけるのは難しいですな」
六月二十二日
延安 紅軍司令部
「毛主席、英日軍が軍艦で攻めてきました」
「それはどういうことかね?軍艦を陸にあげた?」
「報告によりますと、二十日、嵩明島を発着とする空軍が制空権を獲得した後、嵩明島北十五キロにある新中港を陸軍で占拠しました。ただちに英国海軍所属の重巡洋艦ロンドンが港に入港。地元民が土嚢を使って、ロンドンを南北方向に固定しました」
「地元民を使う?どうやって?」
「はい、必要最低限の装備以外、ロンドンに積んでいた物資は土嚢と交換するための米だったそうです」
「それは、地元住民を手なずけるとともに、四連装二十センチ砲を備えた要塞を壱日で建設されたということかな?」
「はい、希望者には次回の作戦時にも協力を要請していました」
「前線を新中港まで引き上げたことに伴い、英日陸軍も重巡洋艦の射程範囲内で前線を引き上げるとともに、東西一線で前線を形成しております」
「今回は、長江からの射程範囲内だからいい。我々も手が出せないところに戦略要塞を作られたわけだからな。問題は次だ、防げるか?」
「難しいですねえ。敵の戦略は簡単明瞭ですが。戦術として巡洋艦の射程範囲内で守られた地点まで前進してきます。伏兵の置きにくい沿岸部に敵が制空権を取っています。そうすると空からの情報を元に重巡洋艦の主砲が敵部隊のあるところに照準を合わせてきますから一方的な殴り殺しがおきかねません。地上部隊にとって士気が最も下がるのは、敵部隊が見えないところで一方的に攻撃を受けることですから、農民兵主体の紅軍といえど退却するでしょうなあ、前線部隊は」
「やむを得ん。沿岸部は英日軍にくれてやれ。後二十隻ぐらいの巡洋艦は世界三大海軍の英日なら用意できるだろう」
「沿岸部に展開予定だった部隊を襄陽にまわしますか?」
「それがよかろう。第二の長征ではない。沿岸部に英日軍が来るなら内陸部をいただくまでだ」
六月三十日
重巡洋艦妙高
「今回の前進が作戦の転換点となりえる」
「ロンドンには、地元住民並びに紅軍に見せつけるために毎日空砲を撃ちこませている」
「正午の鐘代わりだがな」
「重巡洋艦で見せつけることになるとは思わなかった。第二次世界大戦までの話と思っていたがな、砲艦外交とは」
「圧倒的な力で黙らせる、これが中国民衆に対して一番だからやむなしかね」
「民衆に飴を与えかつ鞭を見せつけるのがよいかと」
「どうやら、民衆に混じったスパイはいそうですが、空軍からも敵兵力を発見できなかったと報告が来ています」
「こちらが艦を土嚢で固定している最中に攻撃を受けなければかまわないさ」
「第二次世界大戦を生き抜いたこの妙高も陸揚げという名の退鑑準備ですかね」
「海軍が出しゃばった理由の一つに今回の中華内戦で巧みに席を外されたのも大きい。いくら紅軍に海軍がないからといって戦争から海軍を締め出すといわれたら長江に駆逐艦を展開させ、退役間際の巡洋艦を要塞に仕立て上げるさ。立派に役に立ったから代わりの艦を建造してくださいと世論に訴えるさ」
「どうやら、この後米を下すだけで済みそうだな」
「明日からは正午の空砲を撃つ部隊になりそうだが」
「しかたありません、金にあかして土地を取るしかありません。中華内戦における兵の命は高くなりましたから。血を流す代わりに金を流しているわけです」
「何とかホワイ川河口の燕尾港まで妙高型重巡洋艦と東洋艦隊を順次並べていくしかないでしょう」
八月一日
長沙 日本軍食堂
「調理主任、八十万食のカレーはどうだった」
「なぜか、百六十万食を作ってしまった」
「一人一食でなかったのか、そうしたら二度目の兵隊には納豆カレーを出したのか」
「十人に納豆カレーを出したらそのうち一人が気に入ってしまってな。『これは珈琲珈竰アル』と誰かが言いだして、にわか病人が増えて結局、二度三度と納豆珈竰を食べにくる面々がいたぞ」
「確かにあの苦み、コーヒー味と言われればそうかもとなるか」
「さすが室内に食材があれば、机の脚を残して全てを食べてしまうお国柄だ」
「病人食として納豆珈竰を上回るものを考えれなかったのが悔しいい」
「さすが元は腐りかけの食材を長持ちさせるために始まった保存食のカレー、納豆の味を包み込める懐があったか」
「後は、唐揚げが大人気だった。中華にはない料理法だったらしい」
合肥県(南京より西へ百キロ)
「春から役人がいばらなくなったアル」
「役人もどの勢力につくか迷ってるせいアル」
「鉄砲しかない在郷勢力が戦車に立ち向かえるわけないアル」
「だから、役人は日和見をしているアル」
「攻められたら降伏あるのみ」
「紅軍がここを占拠したら十年間免税という噂が流れているがどうみるアル」
「噂だけなら、今のままでいいアル」
「それより中国籍でない人間を保護して英日軍に引き渡したら褒章がもらえる方が興味アル」
「そっちの方こそ信憑性がアル」
「俺は、マグヌードル十年分と聞いたアル」
「それより、未知の食材、珈竰十年分の方が興味アル」
「どんな味だって?」
「食べだしたら止まらないアル。ご飯の上に天津飯のように掛けて食うものらしいアル」
「辛くて、水を飲みながら食べると聞いたアル」
「マーボーみたいな味?」
「興味は尽きないアル」
「戦闘がおこったら露西亜人だろうと日本人だろうと印度人だろうと一人捕まえて英日軍に差し出すアル」
八月八日
ミュンヘン とある牛丼屋
「へい、らっしゃい」
「大将、いつもの牛丼大盛り」
「大盛り一丁」
「大将、隣のテーブルで天丼を出しているようだけど、天丼を始めたの?」
「それが電気炊飯器なるものを試してくれと言われましてね。何とこれが使い勝手が良くて、コンセントを差し込んで釜にといだ米と適量の水を入れておくとひとりでに炊きあがってくれるというそれは便利なもので。試してみたところ、一人米を炊く人間が余っちゃいましてね。しょうがないから天婦羅担当係にしちゃいましてね」
「そりゃ、こっちもうれしいね。今度来るときは天丼目当てで来るよ」
「そうだ、忘れてました。これを試してくんなさい」
「こりゃ、ゆで卵のようでゆで卵でない。ま、くってみりゃわかるか」
「半分に割った後、だしをつけてどうぞ」
「ほう、こりゃ。天婦羅の衣のサクサク感、白身のこりこり感、とろりとした黄身の三重奏にだし汁がよくあう」
「こりゃ、卵料理の範疇を越えてるねえ」
「なんてことはない。ただ、衣をつけたゆで卵をあやまって天婦羅油におとしてしまい、まかないで食べたところ、病みつきになっちましてね」
「こりゃ、看板にしたらいいさ。名物になれるよ」
「へい、ありがとうございます」
十月一日
燕尾港(ホワイ川河口口) 重巡洋艦羽黒
「とうとう、妙高型八番隻、最後の艦を使って戦闘区域北限まできたな」
「戦争期間が半年だからといって、タイで調達したインディカ米五万トンを中国国民に引き渡すとは豪快だな」
「日本で調達すると米騒動になりかねんと良識派が電気炊飯器を輸出する代わりに輸入したよ」
「伝統あるこの艦でカレーを食べられるのは後どのくらいかね」
「艦長、私はこの船を降りたら、羽黒カレーという名前でお店をもちたいと思ってます」
「いけるかもしれんな。この中国でカレーを食べたことがある人間はごく少数のようだ(現代の中国でカレーを食べた人間はホテル勤務を除いて留学生ぐらいに絞られます。ごく最近、日本のインスタントカレーをはやらそうとし始めてます)」
延安 紅軍司令部
「とうとう、沿岸部は英日軍に押さえられてしまったか」
「代わりに内陸部の襄陽以南を戦闘らしい戦闘なしで今のところ占拠できています」
「決戦は、南京以北の中央部か」
「どうみる?」
「まず、長江以北三十キロは駆逐艦がでしゃばってますからこれは放棄しましょう」
「ホワイ川と長江の中間に塹壕を築きましたからこれを越えてこられる可能性はまずないでしょう」
「ということは、長江以北にどこまで国府軍の進撃を許すかだな」
「戦力として中央に搭禽(T-34)二千輌を用意できましたが、国府軍も同数の解放者(M-4)を用意したときいています」
「そりゃ、英日軍相手に消耗したくなかったのも最後に国府軍が総力戦を仕掛けてくると思っていたからね」
「どうします、塹壕まで引き込んだ後、反撃を開始しますか?」
「それがよかろう」
十月三日
南京対岸 国府軍司令部
「解放者(M-4)に続け、まだ戦線が決まっていないのはここだけだぞ」
「百三十キロ前進したら、塹壕を掘れ。そこが褒美をもらえる最南端だ」
十月六日
長江―ホワイ川中間地点 紅軍司令部
「国府軍がここより百二十キロ以南で塹壕を掘り始めたとのことです」
「どうやら、ここより百二十キロ以南が最後の戦争区域のようだな」
「敵のひくことができないラインが南京より百三十キロ以北というところか」
「それもあるが歩兵混成部隊で前線を押し上げていった場合、敵の最前線から一日かかるラインなら塹壕を整え、迎え撃つ準備ができるのも大きい」
「この後、双方が前線の押し上げをはかった場合、双方が六十キロずつ押し上げることになりそうだ」
十月十日
国府軍―紅軍 中間地点
「薬(Yak-1)の弾をぶつけても向こうは耐えるな」
「ライトニングの仇はこのサンダーボルト(P-47)でとらせてもらう」
「相撃ち覚悟で来られたら、薬を落とされる」
「たとえ後ろを取っても急降下で逃げられてしまう。なんていう急降下速度だ。耐久性はあるわ、あられのように弾をはきだしてくるわ、こりゃアメリカ軍の最終兵器だな」
「よし、サンダーボルトで制空権を取ったら、B-17で戦略空爆だ」
長江―ホワイ川中間地点 紅軍司令部
「司令、制空権を取られてしまいました」
「薬では駄目だったか?」
「向こうはアメリカ軍のライトニングより二世代進化した戦闘機を出してきたようです。サンダーボルトは手ごわいですね」
「となると、この塹壕より前進は難しいか?」
「こちらはベテラン飛行機乗りでしたから撃墜は少数ですみましたが、一対一では勝てないと言われました」
「塹壕を出た場合、敵の超大型爆撃機(B-17)が飛んでくると戦車二十台は覚悟した方がいいかと」
「金にあかしてきたか国府軍は」
「さてどうするか、やっぱり臆病ものが負けだろうな。隣の戦車が爆撃でつぶれたら、後続の戦車がそれを埋めろ」
「五十キロ前進」
長江以北百三十キロ 国府軍司令部
「紅軍、進軍を始めました」
「やっぱそう来るか、俺でもそうするわな」
「空軍に連絡。制空権がある限り、敵戦車に空爆を繰り返させろ」
「はっ」
「陸軍に連絡。空軍の制空圏内で前進。目標紅軍最前線より五キロ手前で停止」
「はっ」
長江―ホワイ川中間地点 紅軍司令部
「B-17の十機編成による空爆で戦車部隊二十輌損失」
「気にするな、それは空軍に任せとけ。目標地点についたら塹壕を掘れ」
「いっそのこと、空爆が無効になるように敵戦車に近づきたいがそれはあくまで封印だ」
「塹壕を掘ったら、その土を戦車部隊にかけておけ。少しは防御力が増すだろうし、空爆目標が見えにくくなるだろう」
十月二十三日
長江―ホワイ川中間地点 紅軍司令部
「戦車部隊稼働可能な戦車数千五百輌になりました」
「外観さえ無事ならそのまま立たせておけ。後一週間このままでいくぞ。砲台が無事なら前方に向けて砲を向け直しておけ」
十月二十五日
長江以北百三十キロ 国府軍司令部
(このまま終戦のようだな。声に出して言うわけにはいかんが)
「敵戦車を空爆で攻勢に出られないだけ絞り込んだだけ良しとするしかないだろう」
「最後まで見張りに偵察を徹底させろ。敵に先手を取られるな」
十一月一日
紅軍、国府軍、英日軍による停戦協定
長江北岸三十キロ及びその中州は武漢−南京―鎮江市間を除き、英日軍に属するものとする。ただし、長江は国際河川とし航行は自由である
長江―ホワイ川―洪沢湖で囲まれた沿岸部は英日領とする。境界となる河川部は国際河川扱いとする
襄陽と長江に囲まれた区域は紅軍の領土とする
武漢―南京―鎮江市以北二百キロは国府軍に属するものとする。それより北は紅軍に属するものとする
停戦協定は五年後、開戦決議がなされない場合を除き、自動的に更新されるものとする
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