仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第250話
1923年(大正十二年)九月一日
水戸城城門
「おい、この三代目はくの一と結婚したことにならないか」
「どれどれ、おまえんちは無理だ。忍者の血統は一滴も入ってない」
「駄目か。忍者の末裔となると国外留学した時の扱いが格段に上がるんだがな」
「どこでもかしこでも、家系図を取り出して忍者の一族と認められる方法を探してますねえ」
「昔、赤穂浪士。現在、忍者との血縁が一番、おいしい権威だな」
「昔の赤穂浪士は、国内限定。忍者は、世界中で認知されてますからその効果は天と地との差がありますか」
「亜米利加での扱いは、メイフラワー号に搭乗していた子孫よりも丁寧な扱いを受けるという話だからな」
「それって、国賓並みですか」
「なんせ、メイフラワー号から下船した時代は、1620年だからな」
「つまり、戦国時代に活躍した忍者はそれよりも古いというわけですか」
「亜米利加人は歴史好き。古いものほど価値がある」
「つまり、欧州で爵位を持っているほどの価値があると」
「そうだな、男爵よりは上とみてよい」
「では、我が国に直しますと十万石規模ですか」
「ただし、私がきいた話では入国審査の際、蕪の桂むきをさせられたという眉唾な噂もあるぞ」
「そうですか。これからも桂むきで練習する侍が増えそうですねえ」
「女房連中は喜びそうだがな」
「それというのも日本女性は、世界一の花嫁だという認識されていますから。それほどの不良債権である日本男児を少しでも優良物件にできると思えばいいでしょうが。所で、渋沢相談役のご家庭ではどうでしたか」
「どうだろ。最初のうちは武蔵の名主の家で生まれたから、女中任せ。その後、若様に従って仏蘭西在住。さすがにワシは侍出身でないから、立場が弱くて街中への買い出しはわしか塩飽衆。おかげで漁師料理の仕方は詳しく教えてもらったな」
「漁師料理というのは、ぶった切り料理ですか」
「間違っておらんよ。海で釣った魚に醤油か味噌で味をつけて、ぐつぐつと煮る。そしてその場で食べる。御蔭で腐っても鯛。とか、魚のアラの力。だしの力を大いに教えてもらったよ」
「ふーん、だとすれば本日水戸城での料理は、水戸納豆に太平洋のサバか霞ヶ浦のシジミいやウナギのかば焼きをあてにできますか」
「おいおい。水戸藩は我が鉄道会社における事実上の筆頭株主様だ。それがどうして昼食をおごっていただく話になるんだ」
「いえいえ、水戸藩に対する定期報告に御供する選抜は毎回大抽選会でして。それはそれは皆選ばれるのを楽しみにしていますんで」
「ま、確かにわが社は水戸藩に対して藩収入に占める割合も大きな配当金を落としているから、藩が我々に食事会に招くのは痛くもあるまいが、どうだ。ぼちぼちワシ抜きで株主回りをせぬか」
「何をおっしゃいますか。相談役は日本橋に本拠を構えるほとんど全ての店舗における一番の株主ですよ。だからこそ、水戸藩の扱いも最上級になさるのですから一人で来ようものなら、納豆ご飯を出されるだけですよ」
「やれやれ。少しはワシを楽にせぬか」
「他の株主ならばそうでしょうが。相談役はこの水戸藩だけは足を運ばれます。それについてゆくのは部下として当然の義務です」
「まあな。若様とつくった鉄道会社に乗って一時間で到着する水戸。若様に対する遺言を果たすうちはそうするさ」
「さあさあ、今日のお昼を楽しみに参りましょう」
「相談役、今回も御苦労さまです」
「いえいえ。水戸藩はおいしい料理に事欠きません。なんでしたら、日本橋で食べる昼食をいつも水戸から取り寄せたいくらいですよ」
「確かに難しくはないでしょう。なんせ、名目上、水戸には東海道鉄道会社の本社がありますから」
「そうですねえ。あれは、69年の幕府令でしたか。江戸市中の売上税を二割にした際、高い売上税を嫌って江戸、京、大坂にあった大店舗はこぞって出身地に本店を構えました」
「江戸が二割の売上税。その近郊にあたる川越えあたりで一割五分。関東を出てゆく直前が一割でしたか」
「左様、鉄道を利用して遠方で高い買い物をすれば元を取れる。一種の地方振興策になっておりますな」
「かれこれ五十年前の政策ですが、日本各地に会社が散らばりました。その歴史を考えますと、地方税が藩ごとに違うのは理にかなっていますか」
「人口が多い土地では、間接税が高く、寂れたところでは間接税が安い。人は、間接税が安い所に住みたい。その点では優れた政策ではないかと」
「元は、韓国に攻め入る軍艦をそろえるために増税しようとしたわけですが、国土の均等な発展に貢献していますか」
「グラグラグラ」
「おや、大きな地震ですな。どこが震源ですか」
「もしかすると日本橋を直撃しているかもしれません。太平洋で揺れていてくれればと思いますが」
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