第08話 『二律背反』
カオス世界には、魔物に味方する勢力がある。
ダヴォ教。
その大元は、ダヴォの大災厄以前、デセート山岳地帯の修行僧だった。
大災厄以降。
ダヴォの雲がカオス世界に迫ってこないよう念を送る祈祷集団に変わる。
それが大衆の危機感と一致。
市民権を得るとカオス世界全体に広がる。
身の丈が大きくなっていくと効率良く運用するため組織が肥大化していく。
そして、政治的にも、経済的にも、密接に関わりながら宗教として世俗化していく。
人智を超えたダヴォの雲。
間近に見れば、あまりの強大さに畏敬と敬服の念を持ってしまう。
ダヴォ教は、いつの間にかダヴォの雲を崇拝する宗教団体に変貌してしまう。
大災厄以前の慎ましい。修行僧は数えるしか残っていない。
デセート王国の山岳地帯
山向こうを一つ隔てた峰々を雲のカーテンが断ち切るようにそびえ立ち永延と広がっている。
夜明け前は、もっとも眠くなる。
ガイオスは、気が付かないうちに仲間とバラバラにされ、山間の中に一人立っていた。
幻影を見せる方法は、二つある。
蜃気楼という形で視覚から見せて混乱させるか。
直接、相手の精神や脳に働きかけ、直接撹乱するか。
ガイオスは、幻影を見ていた。
相手が自分より強いかは、不明。
単純に数が多いほうが有利。
魔法石に個体差があれば、術者にも個性差がある。
得意・不得意があって、オールマイティに強いわけではない。
ムーゼス先生に教わった魔法術で、この種の魔法の対処も教わっていた。
自分自身に催眠術をかけてしまう。
これは、二つのどちらの魔法に対しても効果があるらしい。
危険をはらんだ戦術で、一定のパターン戦術を確立していれば何とかなるらしい。
想像力が備わっていれば多様な攻撃にも柔軟に対処できた。
想像の枠を越えた攻撃だったら、一巻の終わり。
幻覚によって平衡感覚が狂ってくる。
足がふらつき始め、かなり、危険な状況といえる。
追加で糸を結んだ針を地面や木々に向けて飛ばし、
木や地面に意識を固定させる。
狂っていた上下・平衡感覚が、わずかに回復していく。
不意に場に向かって攻撃が始まる。
そして、反撃。
持っている針が飛び出していく。
次に気付いた時、
足元に魔物が二つ転がっている。
ぞっ! とする。
針が魔物に致命傷を与え、戦いが終わっていた。
魔物は剣を持った状態で足元で力尽きている。
ギリギリの勝利だったのだろう。
まだ平衡感覚がおかしく、気持ち悪い。
魔法石の消費は、半分を割っている。
それなりの大きさの黒妖石が二つを取り出すと・・・・
背後にわかりやすい気配を感じる。
「・・・だれ?」
後ろも見ずに呟くと、相手から殺意が消える。
「その黒妖石。欲しいな」
木陰から弓を持ったダヴォ信徒独特の雰囲気を漂わせた男が現れる。
「売ってやるよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
睨み合った状態でジリジリと時間が流れる。
一般にも人気のある宝石だがダヴォ信者にとって特別な意味がある。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
男は、黙って引き揚げていく。
女、子供でも、相手が魔法使いだと手を出さない方が良い、というのが常識の世界。
「文無しか・・・」
節操がなくても相手を選べるほど、裕福でもない。
ガイオスにとって、相手が誰であれ、金次第だった。
はぐれたパーティの仲間を探す。
一組は、同士討ちで死んでいる。
一人は谷底に落ちて、怪我。
もう一人は、夢遊病の如く歩いているのを見つける。
生存者を連れ、警備所に帰還。
「・・・よう、ハイネス(ガイオス)。調子はどうだ?」
「・・・悪くないよ。良くないけどね」
まだ、13歳だが自分を子ども扱いする者は、随分と減った。
「今度、女遊びにでも行くか? 連れて行ってやるぞ」
「あはは、遠慮しとくよ」 赤
少なくとも小僧と言われなくなった。
そして、黒妖石を馴染みになった換金所か、宝石店に持っていく。
大体の相場は、決まっている。
なんとなくこの仕事にも慣れた気がする。
シラクスに借金を返し、それなりに金も貯まる。
小さい民家ながらも、
スパイと若い仇同士の少年と少女が二人。
昼下がり。
ガイオスが窓辺から、なんとなく、外を見ると、洗濯物が風に揺れている、
下着を干していたフレアが、キッ!
思わず目を逸らしてしまう。
視界に入る物を見てはならないのだろうか。
下着を見詰めるのは行儀のいいことではない、
しかし、権利と倫理の狭間で少しばかり自己主張したくなる。
深夜
シラクスとケレスが木を挟んで立っていた。
「ケレス・・・・首尾は?」
「スピルリナの追撃部隊は、1隊を残して南のコルレア側に向かったよ」
「ふっ それは助かる。デセートでは、ゆっくりしたったからな」
「温泉でか」
「そうだ」
「まあ、いい。スペルリナ部隊には、コルレアで遊んでもらうことにするよ」
「大したもてなしはしないがね」
「残りの1隊は?」
「ホムルスが指揮を執っている。6人だ」
「・・・この辺は魔物が多い。気をつけないとな」
「何人か、やるか?」
「いや、怪我、程度で、いいだろう。代わりが優秀だと困る」
「何人か、付けているから、こっちに向かったら知らせる。うまく逃げてくれ」
「ああ」
ガイオスは、暇潰しに土産物屋を覗く。
フレアの刺繍は、人気があるのか、人が集まっている。
丁寧な作りでデセートの山並や温泉地の絵柄が織り込まれていた。
これなら売れるだろう。
フレアも羽振りが良く、13歳で自立した少女は可愛げがない。
というより、経済的に依存していないので “いつでも殺せる” という圧迫を受ける。
同じ民家に住んでいても会話は、ほとんどない。
シラクスが、いなければ間が持たない。
もっともシラクスも時折、流通ルートを開発しているのか、いないこともある。
窓辺に座って刺繍をするフレアの姿は、貴族然として観賞用。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
時折、悲哀に満ちた表情を見せる。
仇のサイオス王は死にフィリア王国は、ギレンスに奪われている。
いや、むしろ、ギレンス将軍こそ、ネピロス王国の直接の仇でもある。
フレアが二律背反で苦悩しつつ、窮地のガイオス王子を助け、
ギレンスの邪魔をしたのも不自然とはいえない。
将来的にガイオス派とギレンス派で共倒れなら、彼女の復讐は完遂なのだろう。
立場を置き換えるだけで考えていることもわかってくる。
頭にくるのだが直接の関係だと、
フレアは、命を狙う復讐者であり、同時に命の恩人でもある。
フレアは、母を傷付けたのだが、肝心の母がフレアを庇ったのだから、この線は使えない。
時々 視線が絡むが互いに逸らしてしまう。
フレアにとっても仇の子であると同時に恩人の子では、直接、手にかける気にもなれないのだろうか。
なんで、一緒に住んでいるのだろう。と思ったりもするが行き掛かり上。
自分が苦しんでいる姿を見たいのなら見せてやろう、とも思う。
フレアは、夜になると無防備に寝る。
ガイオスは、まだ若いが襲えないわけではない。
フレアは、自分が襲われないと思っているのだろうか。
しかし、同時に襲えば殺す口実なると思い当たる。
復讐とは恐ろしいものだ。
そして、ガイオスもギレンスにどう復讐するのか、思い巡らす。
1対1では勝てそうにない。
ギレンスも魔法石を持っている。
互いの魔法を相殺すれば、あとは剣技が物をいう。
あの時、
状況の変化に付いて行けず。
恐怖のあまり、ロクな抵抗もできなかった。
無事に逃げ出せたのは、フレアのおかげだった。
しかし、それだけでは足りない、
運が良かったというより、
ギレンスが魔法石の魔法を消費したくなかったと考えられる。
王を殺して国を乗っ取ろうというのだ。
魔法力を全て使うわけにいかない、
人心掌握のため、魔法力を可能な限り残す。
冷静に考えれば、あの時の状況が流れとして掴めてくる。
しかし、どういう行動が最善だったのか、決めかねた。
夜勤の多いガイオスと普通に生活しているフレア。
二人が一緒にいる時間帯は、わずか、可能な限り互いを避ける。
それでも、たまたま、偶然に居合わせるときもある。
近くの食堂に入るとフレアの前の席しか空いていない。
「どうぞ」
店員が案内する。
「・・・え・・・」
一緒に住んでいることは知られていたらしく。
「・・・え・・・」
フレアの前に・・・・
「・・・あの・・・・」
「何になさいますか?」
「え・・・あ・・・ランチ・・・」
店員に気を使われたことで逆に二人の緊張感が高まる。
一緒に住んでいても正面で対することはない。
そして、これだけ近付くこともない。
歩哨の方が気が楽だと思ってしまう。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
緊張で、いつもよりランチの味が薄い気がする。
「フィリアには、いつ戻るつもり?」
フレアの魂胆は、見え見えで自分とギレンスを戦わせたがっているだけ、
「き、君が嫁いでからにするよ」
互いに憮然とする。
少なくとも命の恩人への礼は失っていない。
「ガイオス・・・復讐で帰るつもり?」
「それとも、王として帰るつもり?」
妙なことを聞く。二つは同じことだ。
「・・・どっちもだよ」
「・・・・・・・」
フレアは軽蔑し、満足したように微笑む。
「・・・今日は、奢ってあげる」
そう言うと、フレアは明細を持って食堂を出て行く。
「・・・・・・」
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