Book Review 芦辺 拓・アンソロジー編
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芦辺 拓・編/鮎川哲也・監修『本格推理マガジン 絢爛たる殺人』
1) 光文社 / 文庫版(光文社文庫) / 2000年10月20日付初版 / 本体価格743円 / 2000年11月3日読了鮎川哲也氏の編集により、幻となっていた中篇・短篇群を発掘、好評を博していた『本格推理マガジン』シリーズの第4巻。本巻より編集長を芦辺 拓氏が引き継いでいる。
●岡村雄輔『ミデアンの井戸の七人の娘』
[粗筋]
真木のり子はある晩、奇怪な老婆に導かれて、「東方の星会館」を訪れる。引き合わされたのは燧山砿造という化学者とその係累。砿造はのり子に、自分こそのり子の本当の親であり、ここにいる者達が本当の家族なのだと告げ、彼女を自由石工組合(フリー・マソン)の儀式へと誘う。だが、儀式の中視界を奪われ、握らされた短刀は生贄の羊ではなく、牧師であった。現場付近を訪れていた名探偵・秋水魚太郎らが捜査に乗り出すが、彼らの目と鼻の先で殺人は幾たびも繰り返される。この奇矯な殺人劇に、秋水はいかな形で幕を降ろすのか――?
[感想]
ネット上のあちこちで好評な本編、噂に違わぬ面白さ。ただ個人的には、過去の作品であることを差し引いてもユダヤ教やフリーメーソンに対する偏見が濃厚に過ぎること、冒頭の展開がその後の展開や推理に殆ど役立っていないことなど、今の目で見ると傷が多いのも事実。逆に現代作品にない剛胆なプロットと叙述手法が楽しい。●宮原龍雄・須田刀太郎・山沢晴雄『むかで横丁』
[粗筋]
二人の芸術家もどきが銀子と名乗る娼婦に誘われて、むかで横丁の娼窟に連れ込まれる。金の持ち合わせがなかった二人のうち一人は人質として留め置かれ、逃亡しないために女は身ぐるみ剥いで余所に運んでいった。それから数時間後、女は線路に横たわっていた――首と胴体とを分断された姿で。山沢警部補らが調査に乗り出すが、捜査陣の前には奇妙な証言や辻褄の合わない事実ばかりが積み上がっていく。捜査が難航する中、事件の中で僅かに名前を取り沙汰された女優と人気野球選手が、奇術の舞台上で狙撃され、野球選手が死亡するという事件が発生する。果たして、一連の事件の影には一体どんな真相が潜んでいるのか……?
[感想]
確か松本楽志さんも仰言っていたが、発展篇がかなり邪魔。展開の押し進め方は悪くないとしても、叙述が前後に全く馴染んでいないのが特にいけない。ストイックに本格物に設えようと試みている宮原・山沢両氏の努力が、この中盤のあまりに文芸を意識しすぎた(それ故に却って鼻持ちならない文章になってしまった)箇所によって読中感をかなり損ねている。リレー小説の内容そのものから見れば展開は理想的であり、解決も巧みなのだが、如何せんこの中盤が足を引っ張ってしまっている。後年執筆陣を変えて再挑戦を試みたのも宜なるかな。ですから『新・むかで横丁』も続刊でちゃんと紹介してください>芦辺様。●坪田 宏『二つの遺書』
[粗筋]
素封家の本條時丸は長い抑留生活を経て日本への帰還を果たした。だが、抑留中に左目に負った傷が許で間もなく失明、残った右目もまた日に日に光を失っていく。如何ともしがたい絶望感に苛まれ、時丸の帰国を待っていた妻・満里との関係もぎこちない。やがて満里が許より弱かった心臓に発作を起こし急死、間もなく時丸は現世に倦み、かねてよりの願望通りに自殺を決意する。――だが、時丸が行方を眩ましてから一週間後、二重の密室を形成した屋敷の地下室内から発見されたのは、時丸の異母弟・柳原康秀の遺体ただ一つであった。地下室には時丸の生活痕も残っていたというのに、彼は一体何処へ消えたのか? 時丸は本当に自殺したのか? 一連の出来事の背後に隠された真相を求めて捜査陣は奔走する。
[感想]
発端から中盤の堅実だが謎に満ちた展開は魅力的。だがラスト、書簡のみによって提示される名探偵の推理とその真相は、やや拍子抜けの感が濃い。往年の本格推理が伴っていた香気も高く、読中感は最良なのだけれど。昔年の本格ものとしては珍しいタイプの結末であり、地味ながらも奇妙な光彩を放っているのは確か。●宮原龍雄『ニッポン・海鷹』
[粗筋]
佐賀県唐津と長崎県対馬の中間にある菩薩島にて発生した御座船『乾雲丸』流出事件。これを発端に、菩薩島に居を置く独立国家の如き九鬼一族を中心に惨劇が繰り返された。まず、菩薩島住民と対立する星賀の地に乾雲丸が俄に出現して掻き消え、そのあとに戸板返しのような状態で海上に浮かぶ男の死体が発見された。調査のために峻険な菩薩島を訪れた捜査陣だが、その目と鼻の先で九鬼家現当主の青年とその二番目の妹が密室にて殺害される。倭寇を祖に持つ九鬼一族の来歴、往時から続く外界との対立・闘争、そして一帯に隠されていると言われる賊宝を巡る悶着――様々な歴史と思惑が輻輳し、事態は日増しに紛糾していった――
[感想]
事件の語り口も推理手法も堅実、だが事件の装飾は衒学的で異様に華々しく重い。そのインパクトばかりが強すぎて、実際の事件展開や登場人物の意識が殆ど後付けで語られているような気がするのが難。理詰めに解かれるトリック、その背景も非常に固く構成されていて面白いのだが、説明の提示の仕方が大量の稀覯書を引き合いに出した倭寇の歴史解説などに較べて地味になってしまったのが、ミステリとしての焦点を暈かしてしまっているのだ。換言すれば、こうしたペダントリーこそ本格探偵小説の本懐、と考える向きには好個の一篇と言えるだろう。書き下ろしの回想文で著者自身が『むかで横丁』の出来を反省しているのがちょっと面白い。●鷲尾三郎『風魔』
[粗筋]
従弟を見舞った先の病院で台風の到来に遭い、一夜を明かした探偵作家・毛馬久利が目を醒ましたとき、病院では奇妙な殺人事件が発生していた。病院の傍にある鴻ノ池に、昨晩院長を訪問した塚口という男の屍体が浮かんだのである。院長は台風の日の夕刻頃、塚口を連れて池の中心あたりにある島の休憩所へボートで向かったのだが、ボートは死体発見後も島に繋がれたまま、しかし島には院長の姿はない。しかも池の岸には院長のシガレットケースが落ちており、彼が陸に戻ったことは間違いないのだが、何処にも姿が見出せない。院長が取り寄せた吸血蛭が棲息し泳いで渡ることのない島で、一体何が起きたのか。そして院長は何処へ消えたのか。毛馬は恋人のストリッパー・川島美鈴と共にこの謎に立ち向かう。
[感想]
芯の通った荒唐無稽ぶりといいますか。全てが異様な取り合わせなのだが、それ故に一貫性があり、異常なトリックをあまり異常と感じさせない。後記で芦辺氏が触れている以外にもトリックには粗があるのだが、寧ろこの世界観にはよく馴染んでいて秀逸。あれこれ突っ込む方が野暮と感じさせる。出来れば他の作品と纏めて復刊して欲しいぐらい。全体を通してみても、意外なほど古めかしさがない。芦辺氏自身が語るように、現在の所謂「新本格」の作家諸氏が多用するトリックやモチーフの原型は多くこれらの時代に提示済みだった、という証左として読んでも興味深い。面白いのは、内包する問題点までが現代の諸作家に共通点が見られること。文章・風俗面での古めかしさに馴染めるなら、恐らく近年の諸作にしか触れたことのない読者にとっても面白く読める作品集だろう。出色は前半二作だが、どれも「本格探偵小説」を書かんとする意欲に満ち溢れて読み応えがある。深川は敢えてラストの『風魔』をベストとしたいところ。
(2000/11/6 切り張りの上編集)