Book Review 泡坂妻夫編
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泡坂妻夫『奇術探偵曾我佳城全集』
1) 講談社 / 四六判ハード / 2000年6月30日付初版 / 本体価格3200円 / 2001年1月8日読了僅かな舞台活動ののちに富豪と結婚、引退した女性奇術師・曾我佳城。彼女が周辺の人々と共に巡り逢い解き明かした事件について、二十年という長きに渉って語り継いだ一連のシリーズを、『天井のとらんぷ』『花火と銃声』の二短篇集に収録済みの作品・未単行本化の作品群も含めて一冊に纏めた作品集。待望の完結が話題を呼び、2001年版『このミステリーがすごい!』及び『本格ミステリベスト10』にて一位を獲得している。以下、一編毎に粗筋と感想を。
『天井のとらんぷ』
[粗筋] 教室の天井、脚立なしには手の届かない位置にガムで張り付けられたとらんぷ。局所的に流行したらしいその悪戯の源泉を教師の法界が手繰ると、ある殺人事件に辿り着いた。
[感想] 意外にも地味なシリーズの発端。だが些細な疑問から大きな謎の解明に至る道筋は、短篇とは思えぬ巧みさである。『シンブルの味』
[粗筋] ビクトリアで開催された奇術大会に訪れた素人奇術師はシンブルを呑み込み、その翌朝行方を眩ました。
[感想] 一つ一つのエピソードが一見無意味そうでありながら、ラストできっちりと実を結ぶ。その快感が一番「シンプル」に味わえる一篇。『空中朝顔』
[粗筋] 朝顔の変化咲きを栽培している女性が結婚した学生は、本当に彼女を愛していたのだろうか――?
[感想] 収録作中最短の物語。ある意味佳城の物語ですらないが、泡坂妻夫の多芸ぶりを如実に示している。本書を「贅沢」と呼ぶその所以。『白いハンカチーフ』
[粗筋] 歌劇団付属音楽学校の食堂で発生した集団食中毒。その検証をワイドショーの番組内で行っているとき、たまたまゲストとして居合わせた佳城が真相を指摘する。
[感想] 番組ドキュメント風の記述がきちんと伏線となっているのが見事。ただ、この動機に心情的に納得できない向きも少なくないと思う。『バースデイロープ』
[粗筋] ロープトリックに秀でた奇術師が講演を行ったのと同じ頃、同じホテルの中で発生した殺人事件。両者の繋がりとは何か?
[感想] シリーズの設定を逆手に取ったようなトリックが面白い。解明の道筋もロジカル。『ビルチューブ』
[粗筋] 吹雪の山荘。客として訪れた佳城に纏わる記録が盗まれ、焼き払われた。
[感想] これも何気ない描写が結末できちんと意味を帯びてくる。で、その後犯人はどうしたのか、が何故か気になる一篇。『消える銃弾』
[粗筋] サーカスの舞台で披露されたのは、拳銃を用いた奇術。だが、その舞台上で銃弾は現実に女性を打ち抜いてしまった。
[感想] シリーズの重要人物・串目匡一初登場。ビジュアルでないと仕掛が解りにくいのが些か難ではある。『カップと玉』
[粗筋] 奇術の研究家が専門誌の編集者に速達で届けた早過ぎる原稿は、そのまま暗号となっていた。暗号が最後に指し示すものは――
[感想] 奇術を素材に考え抜かれた暗号ミステリ、というだけでも楽しいが、その顛末がまた小気味良い。『石になった人形』
[粗筋] 傑出した芸を備えた女性腹話術師が、出番のあとに楽屋で殺害された。犯人と、彼女の芸に纏わる謎を佳城が解く。
[感想] ここから『だるまさん〜』までは再読。禁じ手ではないか、という気はするが、これも取材の上に張り巡らされた伏線に敬服。『七羽の銀鳩』
[粗筋] CM撮影のために佳城から撮影クルーが借り受けた銀鳩が盗まれた。何故かそれらの鳩は、撮影場所の近所で行われた奇術ショーの舞台に登場する鳩とすり替えられていた――
[感想] 展開の意外さでは冒頭の『天井のとらんぷ』すら凌駕すると言っていい。この結束の巧みさの前に、「御都合主義」という批判は野暮だろう。『剣の舞』
[粗筋] 三本の剣を利用した奇術。その舞台に関係した人間が、立て続けに殺害される。
[感想] 動機の着眼点が素晴らしい。恐らく、何処かで日常的に発生しているかも知れない出来事であるのが、切実で哀しいのだ。『虚像実像』
[粗筋] 映画のスクリーンの内と外を行き来する幻想的な一幕。そのクライマックスで演者は殺害され、犯人はスクリーンの向こう側に消えた。
[感想] 個人的には本書のベストとしたい、奇術ミステリならではの密室物。『花火と銃声』
[粗筋] 隅田川に程近いマンションで花火大会の夜、一人の強請屋が射殺された。
[感想] 地元に住んでいた(未だにその近辺で暮らしてます)人間には生々しく納得できる事件。それ故に非常に素直にトリックに感心できた。基本的な絡繰りは手垢の付いたものではあるが。『ジグザグ』
[粗筋] 奇術師が舞台で手伝いを請うたのは、曰くありげな女性であった。彼女はその後、奇術師の大道具に収められた状態で発見される――胴体を喪って。
[感想] 真相よりも中盤の想像遊びや奇術に関する蘊蓄の方が印象深かった。何故かというと――このトリックなら他に結論はないだろう、という代物だった所為である。無論、手跡は巧妙なのだが。『だるまさんがころした』
[粗筋] 凶悪犯罪のたびに捜査陣や報道陣に届けられる、「だるまさん」の犯行声明。それは、奇術師である通称「だるま」氏の犯行を示唆しているのだろうか?
[感想] 再読ここまで。謎と結論が極めてストレートに結びつく性質のため、それ自体は優れた着想なのだがどうしても過程の散漫な印象が否めない。『ミダス王の奇跡』
[粗筋] 雪の降りしきる温泉宿。露天風呂で発生した、足跡のない殺人の真相は……?
[感想] この状況だからこそ成立する密室トリックであるのに改めて感嘆。シリーズ全体を通して見ても、かなり重要なエピソードでもある。『浮気な鍵』
[粗筋] 密会のために用意された部屋で、女性が殺害された。当然の如く警察は密会相手の男性に嫌疑を掛けるが、そこには思いがけない欺瞞が秘められていた。
[感想] ああ、そういう技術もあるのか、という種類の驚きの方が強い。相変わらず証拠提示が巧みだが、最後の台詞が何故だか理解できない。『真珠夫人』
[粗筋] その来歴故に名の通った真珠の所有者として知られる夫人がいた。奇術の舞台上で悪戯なカモメがその真珠をかすめ取ったことから生じた、悲喜劇。
[感想] 最後まで作者がどういうタイプのミステリーを示すか解らない、その興味自体で引っ張ってしまうという珍しい技。『とらんぷの歌』
[粗筋] 少人数相手に披露されるクロースアップマジックの会場。トランプの技術に秀でた奇術師が、その舞台裏で一瞬の間隙のうちに殺害された。
[感想] 「とらんぷの歌」という観点は流石だが、それが限定条件として充分に機能しているとは感じられなかったのが難点。『百魔術』
[粗筋] 古い文献を参考に催された百魔術の場で、中国奇術の演者が毒殺された。彼が毒を飲まされたのは、一体いつのことだったのか。
[感想] 以下三編は『メフィスト』誌上で一挙に発表されたもの。本編で既にシリーズ結末の予兆としている風情がある。『おしゃべり鏡』
[粗筋] ジャグラーに熱中する三人の少年が初めて訪れた奇術のステージ。その裏にある密かな企みを、佳城は事前に暴いていた。
[感想] これまた、謎が明確になる前に事件が解決するという珍しい手跡である。ひたすら翻弄されるしかない。『魔術城落成』
[粗筋] 佳城の広大な邸宅に築かれた奇術博物館「佳城苑」。落成式直前に訪れたアメリカで活躍する邦人奇術師が、館内に併設された舞台の奈落で屍体となって発見される――
[感想] シリーズの掉尾を飾るには些か寂しい事件のように感じるが、佳城の人柄からすると実は一番相応しい選択だったようにも思う。……長かった。呆気なくとすら感じる幕引きだが、泡坂氏の手練手管を充分に堪能させる優れた作品集であり、一大功績であるのは間違いない。心から完成を祝うと共に、多くの読者の目に留まることを願いたい。
(2001/1/8)