Book Review ジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)編
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カーター・ディクスン『貴婦人として死す』
Carter Dickson “She Died A Lady” / 小倉多加志・訳
早川書房 / 文庫版(ハヤカワ文庫HM) / 1977年3月31日付初版 / 本体価格544円 / 2000年11月27日読了密室派の巨匠・ジョン・ディクスン・カーがカーター・ディクスン名義、ヘンリー・メリヴェール卿を探偵役に据えて、1943年に問うた長篇。
[粗筋]
ウェインライト家のバンガローの裏口から続く小道の終端は、<恋人たちの身投げ場>と呼ばれる崖であった。嵐のように激しく風が吹きすさぶ日、その小道を男女一組の足跡が進み、崖の端で途切れて消えていた――それから二日後、元数学教授のアレック・ウェインライトの妻・リタと、バリー・サリヴァンの死体が、崖から五・六マイル離れた海岸で発見された。一見、単純な心中事件と目された出来事だったが、二人の遺体には至近距離から銃弾を撃ち込まれたあとがあり、凶器となった拳銃がバンガローから程近い路上で発見されたことにより、状況は混沌としてくる。自殺説、他殺説、挙げ句の果てにバリーの妻を名乗る女が冒険の顛末にとある廃屋から救出され、いよいよ事態は紛糾するのであった。息子とともに医師を勤め、若い二人が「心中」したときにも間近にいて様々な証言を行ったリューク・クロックスリーは、アレックとリタの名誉のために他殺説を採り、その犯人追及のために奔走するが――[感想]
戦時中に執筆された作品だけに、終始その陰が背後に見え隠れする。同じ様式を日本で行うと、トリックはおろか作品全体をもその暗い陰が多いがちだが、本編では戦況を物語にとりこみつつもあくまでミステリが主役となっており、悲劇ながら沈鬱なムードよりも一種透明な情感が貫かれている。その雰囲気にこそ日本と海外の本格ミステリの違いを感じたりもする。
本編では、事件の核となる二人の死がかなり終盤まで自殺・他殺との判断が付かず、不可能性以上にその推理に比重が割かれているのが、他の本格ミステリとは若干趣を違えており興味深い。発表年度の古い作品は、相応にトリックやテーマ、物語の展開が通り一遍に感じられる場合が多いのだが、本編は意外性や技巧の面でも思いの外精度が高く、読んでいる間も飽きが来ない。前述の趣向に於ける捻りもそうだが、冒頭で消えるリタの人間像や、その真情を慮る人々の優しさ、また彼女を取り巻く人間関係の機微、そしてHMの奇矯な行動などで、巧みに読み手の興を惹き続けるのである。カー作品を読んだのは数年振りだが、改めて巧い、と感嘆する。ごく一部とはいえ再評価の気運が高まりつつあるのも至極当然と言えよう。