Book Review 『異形コレクション』番外編
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井上雅彦・監修『異形コレクション綺賓館I 十月のカーニヴァル』
1) 光文社 / 新書版(カッパ・ノベルス) / 2000年10月25日付初版 / 本体価格895円 / 2000年11月23日読了お馴染みの『異形コレクション』シリーズの番外編。全編書き下ろしの本編に対して、過去の名作とオリジナル作品とを半々の割で収録している。
●都筑道夫『かくれんぼ』
恋人と訪れた遊園地でかくれんぼを始めた男。不意に昔の記憶が甦り……
ディテールが明確なのに次第に曖昧模糊としていく情景描写が秀逸。
○山田正紀『オクトーバーソング』
水痘の痒みを耐えながら、「檸檬糖」という名前だけ記憶した薬を求めて、私は祭礼直中の郷里を訪れた。
展開と結末が少々切れてしまっている気がしたが、雰囲気はいい。
●笠井 潔『黒いオルフェ』
ベネツィアのカーニヴァルの夜、舞子は仮面の姿で一人の少年と出会う。
幻惑の物語。超常的な要素は乏しいが、それ故に奇妙に迫るものがある。
○篠田真由美『虚空より』
イタリアのとある朽ちた村では、毎年催される祭礼で必ず奇跡が起こるのだという。イタリア人の婚約者と共に現地を訪ねた女性が目撃したのは……
幻想的な推移から一転、ラストの衝撃が凄い。時系列に添って語った方が効果的な気もしたが。
●私市保彦『移動遊園地』
公園に移動遊園地がやってきた。「絵かきさん」と一緒に俄拵えの遊戯施設を楽しむ正男だったが……
語り口が不自然で古臭く感じられたが、次第に現実から遊離していく感覚の描写が巧み。
○竹本健治『ボクの死んだ宇宙』
ボクとボクの姉・美耶は暗黒の宇宙で暮らしていた。戯れに繰り返していた実験が、やがて……
意味との格闘。モチーフを刻み込むことにより逆説的に描かれたカーニヴァル、と捉えるべきか……どうもこじつけっぽいような。
●山田風太郎『笑う道化師』
道化師は、妻の手で笑い茸を食わされて死にかかる。一命は取り留めたが、それが為に、道化師は笑うことを恐れ、仕事にも支障を来すようになった。
唯一、祭りを行う者たちの物語。悪魔的な顛末が残す余韻が深い。
○菊地秀行『祭りにはつきものの……』
両親に会ってくれ、と恋人に言われて連れてこられたのは出雲の小村。そこには妙な風習があって……
一転して笑話仕立て。主人公には訳が解らないうちに話が進んでいくのが妙に写実的というか。
●内田百けん『蜥蜴』
女に手を引かれるように訪れた見世物で男が目の当たりにした、恐怖の一幕。
暗転、という表現がしっくりくる。短いながらも重みのある物語。
○早見裕司『十一月一日』
少し未来の話、過疎の村にもいつしか都市からの人口が流入し、「トリック・オア・トリート」の掛け声が聞こえるようになった。だが、子供達の無邪気な声は、唐突に消え失せた……
いい意味で、如何にもありそうなお話である。もう少し、主人公が実感を以て語れる立場に踏み込んでいたなら、とも思うが、そうするとこの長さでは無理か。
●宮沢賢治『祭りの晩』
秋祭りの晩、迫害されていた山男に亮二が与えた施しは、思わぬ形で返された。
端から端まで、宮沢賢治ならではの世界。
○菅 浩江『秋祭り』
あらゆるものが自動化しつつある未来、完璧に管理態勢を整えながらも農家はいま以て後継者不足だった。あるものを求めて、絵衣子は募集に応えたのだが……
個人的に一番好きな一話。一番切実で透明感のあるエピソードではなかろうか。
●萩尾望都(レイ・ブラッドベリ・原作)『集会』
万聖節の夜、様々な闇の住人たちが一堂に会する。けれど、ティモシーはその中に居場所がない……
美しい詩である。明らかにブラッドベリの世界なのに、完璧に消化してしまっている萩尾望都の膂力に脱帽する。
○奥田哲也『ロッキー越えて』
離婚も同然の別居状態だった妻が、ロッキー山脈の向こうの小村で惨殺死体となって発見された。その集落には、移民に纏わる不思議な伝説があった。
面白いのだが、主人公の感慨がどうにも中途半端に感じられて仕方なかった。別の処理にして欲しかったような。
●秋里光彦『かごめ魍魎』
人の目に見えない者たちと戯れることの出来る風松は、それ故に子供達から省かれていた。ある日、自らの特異な力で村の子供を救ったことが、風松の意識を変える。
日本魍魎譚の完成型。過不足のない伏線と語り口が絶品。
○田中文雄『死女の月』
流行作家・高坂幻斎の昔語り。遠隔の地に住む友人の家に滞在していた彼は、祭りの日、男性に連れられて出かける友人の姉を目撃するが――
ミステリ的な捻りが、ちょっと邪魔に感じた。その所為で幻想にも落ち物語にもなりきれていないような。テーマは秀逸。
●中井英夫『廃屋を訪ねて』
時間の認識が消え失せるほど長きに渉って閉じこめられる者たちが交わす、奇妙な会話。
魔術の如く綴られる言葉の巧みさ。違和感が明瞭な形に収束していく感覚の演出が見事である。
○竹河 聖『蜘蛛男爵の舞踏会』
蜘蛛男爵と呼ばれる人物がその日催した舞踏会はいつになく盛大なものだった。男爵は、これが最期だから、と言う――
気怠いムードがいい。敢えて情報を相前後して羅列しているのが、酩酊を誘う。
●小泉喜美子『血の季節 ―「第一部の続き」より―』
冒険に憧れる少年が、異国の少年との邂逅で初めて体験した、不思議な祭礼の物語。
スマートなハロウィンの一幕。こういう形でも精度は高いが、やはり長篇全体で見せていただきたかった。
○井上雅彦『夜会も終わりに』
ハロウィーンの終わりに、明かされる秘密。
掉尾に相応しく、如何にも井上氏らしい掌編。アンソロジーの象徴としてここ以外に置き場はない。思っていた以上に纏まりがあり、完成度の高いアンソロジーとなっている。ひととき幻想の宴を堪能させていただきました。無粋と知りつつ敢えてベストを挙げると、菅 浩江『秋祭り』と秋里光彦『かごめ魍魎』になろうか。