Book Review 加納朋子編

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加納朋子「ガラスの麒麟」
1) 講談社 / 四六判ハード / 1997年8月25日付初版 / 本体価格1600円 / 1997年8月31日読了
2) 講談社 / 文庫版(講談社文庫) / 初版年月日未確認 / 価格未確認 /

 1995年度推理作家協会賞短篇部門受賞作品「ガラスの麒麟」を冒頭に据えた連作集。
 受賞から刊行までえらい時間がかかったが、それも納得の内容。この様子だと、受賞作はただの予兆に過ぎなかった訳ね、初めから。一編一編に最終話へ向けての伏線が張られており、その上で個々の短篇としての出来も上々。流石に前掲賞受賞作より上のクオリティが他の作品にあるわけではないが、短編集としては豊穣の部類。
 ただ難を上げるなら、肝心の最終話が些かカタストロフィに乏しい。(以下ちょっと結末を割っているので伏せ字)突然未知の人物が(一応無名でながらも存在は読者に知らされているとはいえ)「犯人」という代名詞と共に登場し、一瞬に去っていってしまうのがどうにも首肯しがたい。全体の主題が「犯人」にあるわけではなく、初めから安藤麻衣子を基調とした一連の「少女」たち(無論、そこには神野先生や由利枝といった女性も含む)の、不安定な心証にこそあることを思えば決して誤った処理ではないのだが、終盤の纏まりに欠けた論理展開とも相俟って、落ちきっていない、という感想をこちらに与えてしまっている。 重大な瑕瑾にはなっていないにせよ、最終章より前に並んだ短篇の、ミステリーとしての、物語としての出来がいいだけに、妙に惜しいと思われて仕方がない。(……えらそうなこと書いてるな、俺)
 しかし、やはり全体としてみれば、その傷もさして気にはならない。得難い形の佳編、だと思う。


加納朋子『螺旋階段のアリス』
1) 文藝春秋 / 四六判ハード / 平成12年11月20日付初版 / 本体価格1524円 / 2000年11月22日読了

『ななつのこ』で鮎川哲也賞を、『ガラスの麒麟』で日本推理作家協会賞を受賞した加納朋子の連作ミステリ。

『螺旋階段のアリス』
 仁木順平が脱サラして設立した探偵事務所を最初に訪ねたのは、市村安梨沙と名乗る猫を抱えた可憐な少女であった。安梨沙が押し掛け探偵助手に立候補した直後に訪れた初めての依頼は、鍵捜し。
 いわば顔見せ程度の作品で、ミステリとしてはかなり食い足りない印象。

『裏窓のアリス』
 安梨沙が気紛れのようにご近所数件にばらまいたチラシに引き寄せられたのは、探偵事務所の真向かいに住むミカン嬢。彼女の依頼は、旦那に先んじてミカン嬢が浮気していない証拠を提出してくれ、というものだった。
 ここまでの二作は作者自身、シリーズの引っ張り方を手探りしていたのかも知れない。既に仁木と安梨沙、そしてシリーズ全体のムードは完成されているのだが、謎と物語の結びつきが些か弱い。

『中庭のアリス』
 裕福で人の優しさに包まれながら齢を重ねたような老婦人からの依頼は、行方を眩ました犬を見付けること。既に亡い主人が三十年前にプレゼントしてくれたという、サクラという名の犬。老婦人の係累である椿という女性は、とうの昔にサクラは死んだと語るが……
 論理性では傷を感じるが、展開の巧妙さはここまでで一番の出来。

『地下室のアリス』
 仁木の古巣である会社、その地下倉庫を守る人物からの依頼は奇妙な代物だった。地下倉庫から壁一枚、扉一枚隔てた場所にある書庫、誰も居ないその中で時折響く電話のベルの謎を解いてくれ、という。
 異論はないのだが、これだけ魅力的な謎ならばもっと別の解答を示して欲しかった、というのはちょっと望みすぎだろうか。

『最上階のアリス』
 仁木の学生時代の先輩であり、自分の生命活動よりも思索を優先する奇矯な人物・真栄田の依頼は、夫人が時々自分に対して頼む「お使い」の本当の理由を探ること。仁木は依頼そのものが真栄田の温情ではないかと勘繰るが、安梨沙はしかし謎は謎として調査することを提言する。やがて二人が到達した結論は……
 名品。伏線の張り方、論理展開、語り口に至るまできっちり決まっており、シリーズ全体の色調をも象徴している、文字通りの白眉。

『子供部屋のアリス』
 仁木の夫人の口利きのような形で転がり込んだ依頼は、あろう事か子守りであった。婦人科医の青年の依頼により、彼の開業する医院の一室で慣れない子守りに奮闘する仁木と安梨沙。「詮索無用」という約束であったが、どうしても子供の素性が気懸かりになった二人はこっそりと探りを入れる。
『最上階』と較べるとやや落ちる印象だが、こちらも完成度は高い。

『アリスのいない部屋』
 ボランティア同然で助手を務めていた安梨沙が、突然消息を絶った。単なる休暇と聞かされていたところへ安梨沙の父親からの電話と突然の訪問が続き、仁木は初めて安梨沙の素性を何も知らなかったことに気付き、彼女の行方を求めて奔走する――
「アリス」の謎への言及。全体を纏めるためには不可欠な一篇ではあるが、推理や企みより読者に提示されていない事実や偶然性が勝ってしまって、連作ミステリの括りとしてはやや拍子抜けの感がある。反面、シリーズを安梨沙という女性の存在意義に絡めて考えた上では語られるべきエピソードであり、判断に苦しむ処。

 惜しいのは、最初の二編では安梨沙を頭脳として利用する意図を伺わせながら、最終的には仁木と安梨沙の共同捜査のような形になってしまい、その所為でシリーズの構成が些か歪なものになってしまったこと。全編を通して、依頼そのものに謎があること、何処か探偵らしからぬ事件ばかり扱っていることが共通のカラーとなっているが、特に前半の作品にやや無理が感じられる。しかし、この作者ならではの厳しくも優しい眼差しと、何処か浮世離れした主人公たちの造型、それでいて地に足のついた謎の設定など、決して堅苦しい気分にさせず読ませながらも味わいは深い。文章的にも作劇技術的にも作者が円熟に近付きつつあることを示す、丁寧な佳作と言えよう。
 非常に男性的で身勝手な私感を敢えて述べさせていただくと、……安梨沙が未婚で安心した。あ、無理に反転させる必要はありません。

(2000/11/22)


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