cinema / 『あずみ』

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あずみ
原作:小山ゆう(小学館・刊) / 監督:北村龍平 / プロデューサー:山本又一郎、中沢敏明 / 脚本:水島力也、桐山 勲 / 美術監修:西岡善信 / 美術:林田裕至 / 撮影:古谷 巧 / 音楽プロデューサー:岩代太郎 / 音楽:SEXTASY ROOM / アクションディレクター:諸鍛冶裕太 / ポストプロダクションスーパーバイザー:篠田 学 / 出演:上戸 彩、オダギリ ジョー、原田芳雄、小橋賢児、成宮寛貴、金子貴俊、石垣佑磨、小栗 旬、佐野泰臣、鈴木信二、瑛太、山口翔悟、岡本 綾、北村一輝、竹中直人、伊武雅刀 / 配給:東宝 / 配給協力:日本ヘラルド
2003年日本作品 / 上映時間:2時間21分
2003年05月10日公開
2003年11月21日DVD版発売 [amazon(デラックス・エディション)(スタンダード・エディション)]
公式サイト : http://www.azumi-movie.jp/
日劇PLEX2にて初見(2003/06/07)

[粗筋]
 物心もつかぬ幼い頃、旅の途中でただひとりの肉親である母を喪った少女は、ひとりの男に保護され、とある山中で育った。ほか九人の少年たちと共に彼女が教え込まれたのは、世人を凌駕する剣術――暗殺術であった。南光坊天海(佐藤 慶)の命を帯びたその男・小幡月斎(原田芳雄)は、徳川の治世を崩し再び日本を戦乱に導きかねない不平分子を掃討するための、何者にも引けを取らぬ生粋の暗殺者を育て上げていた。
 十数年の月日が流れ、月斎に育てられた少女あずみ(上戸 彩)は、鍛え抜かれた仲間たちの中でもその速度において一歩も譲らぬ手練れに成長していた。やがて訪れる、使命を帯びて山を下る日を心待ちにしていたあずみたちだったが、運命の日、彼らに最初に下された命は、最も親しい仲間と斬り合い、相手にとどめを刺すことだった。憎からず想っていた仲間・なち(小栗 旬)を斬り殺したあずみの手には、なちの託した勾玉のお守りだけが遺された……
 残った仲間たち、ひゅうが(小橋賢児)、うきは(成宮寛貴)、あまぎ(金子貴俊)、ながら(石垣佑磨)と初めて訪れた下界であずみが目にしたのは、野党によって蹂躙され斬り殺されていく無辜の人々の姿であった。たまらず助けに出ようとしたあずみを、月斎は制止する。野党を百人斬り殺した程度で世の中は変わらない、と。
 間もなく、忍者長戸(榊 英雄)の手によって、天海からの暗殺指令が月斎のもとに届けられた。討つべき武将の名は、浅野長政(伊武雅刀)、加藤清正(竹中直人)、真田昌幸。
 川端で釣り遊びに興じていた浅野長政のもとに、あずみは姿を現した。討つべき相手を確認するために接近した彼女に、当の長政は気の緩んだ、優しげな所作で応じる。どうしても悪人とは見えない長政だが、護衛の掃討に出た仲間たちのためにあずみは刀を抜く。絶命する寸前、長政はあずみに向かって「可哀想に」と呟く。その言葉が、野党の横暴を目の当たりにしたとき、あずみの胸中に兆した疑いの芽を成長させた。自分が斬れ、と命じられたのは本当に悪人なのか? 自分たちは正しいのか? ぽつんとあずみが漏らした疑団を、月斎は封じる。
 長政の死によって、彼と結託していた武将たちは自らの身に迫る危険を悟った。豪胆に構える清正だが、その側近・井上勘兵衛(北村一輝)は一計を講じる。清正の一行が山中を移動しているさなか、あずみたちが急襲し清正を倒すが、しかしそれは影武者であった。使命をひとつ終え油断する月斎たちの許に、勘兵衛が雇った刺客が迫る――

[感想]
 監督の北村龍平氏は、日本よりも先にハリウッドが着目し、ミラマックス社とファーストルック契約(完成したフィルムをまずミラマックスの重役に鑑賞させる)を結んだ、という華やかな経歴が押し出されている。が、彼の作品をテレビドラマ『スカイハイ』しか観ていない私は、正直あまり期待していなかった――というのも、ホラー的要素の濃いこの作品では、VFXやカメラワークは凝っているものの、それ以外の演出では断片でしか効果を発揮しておらず、全体がぐずぐずになっていたのだ。
 が、よくよく考えれば本編の売りは凄絶なアクションであり、それに纏わる人と人との関わり、心理の揺れである。評価を高める契機となった『VERSUS』が日本でも珍しい正統派かつ熱狂的なアクションであったことを思えば、この『あずみ』の路線こそが北村龍平という映像作家の本領が発揮される方向性なのだろう。作品世界と演出技法が実によく噛み合い、隙がない。
 この作品の場合、日本映画としては異例に予算とスタッフに恵まれた、という感もある。天真爛漫だが優れた刺客、やがては自らの使命に苦悩していくという微妙な役柄を、中性的な凛々しいマスクできっちりと演じきった上戸 彩もさることながら、狂気と香気を併せ持った悪役を体現したオダギリ・ジョーはじめ、それぞれに壮絶な散り様を見せた脇役がすべて生き生きとしていた。
 一部、処理を行った映像がややわざとらしく見え、若干興醒めになる箇所が見受けられたが、問題はその程度だろう。アクションシーンを全体に鏤め二時間半近い長尺を飽きさせず、未だ完結していない原作とは別の(しかし実はちゃんと次に引っ張っている)決着を用意しカタルシスを齎すことに成功した本編は、ここ数年に日本で発表されたなかでも屈指のアクション映画であり、エンタテインメント作品である。

 でも、やっぱりアクションを排除した作品でもアベレージが叩き出せるくらいでないと、世界規模での活躍は難しいと思います。そーいう注文を出したうえで、北村龍平監督の今後を期待したいところ。

(2003/06/07・2003/11/21追記)


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