cinema / 『バッドサンタ』

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バッドサンタ
原題:“Bad Santa” / 監督:テリー・ツワイゴフ / 脚本:グレン・フィカーラ&ジョン・レクア / 製作総指揮:ジョエル&イーサン・コーエン / 共同製作総指揮:ハーヴィー・ワインスタイン、ブラッド・ウェストン / 製作:ジョン・キャメロン、サラ・オーブリー、ボブ・ワインスタイン / 共同製作:デヴィッド・クロケット / 撮影:ジェイミー・アンダーソン / プロダクション・デザイナー:シャロン・シーモア / 衣裳デザイナー:ウェンディ・チャック / 編集:ロバート・ホフマン / 音楽&指揮:デヴィッド・キティ / 出演:ビリー・ボブ・ソーントン、トニー・コックス、ブレット・ケリー、ローレン・グレアム、バーニー・マック、ジョン・リッター、クロリス・リーチマン / ディメンジョン・フィルムズ提供 / トリプティク・ピクチャーズ製作 / 配給:WISE POLICY
2003年アメリカ作品 / 上映時間:1時間31分 / 日本語字幕:石田泰子
2004年12月04日日本公開
公式サイト : http://www.wisepolicy.com/bad_santa/
渋谷シネマライズにて初見(2004/12/18)

[粗筋]
 ウィリー(ビリー・ボブ・ソーントン)は毎年クリスマスシーズンになるとデパートにサンタクロース役者として勤務し、シーズン最後の日に機材を袋に詰め込んで侵入し金庫破りを働く。翌シーズンを迎える前に金を使い果たしてはまたクリスマスになるとデパートへ、という繰り返しだったが、ろくでなしの父親から譲りうけたのは金庫破りの技術だけではなかった。生来の飲んだくれであるウィリーの酒量は年々増えていき、膀胱の締まりは悪くなり、善人を演じなければならない職場で醜態を晒し、妖精役の小さな相棒マーカス(トニー・コックス)にも呆れられる始末。近頃はアルコール依存症のせいで手が震えるようになり、唯一の取り柄だった金庫破りの腕も衰えつつある。
 これで仕事はおしまいだ、といちどは決心したものの、マーカスの予言通り半年もするとオケラになり、結局マーカスの呼び出しに応じる羽目になった。新たな獲物はアリゾナ州フェニックスのデパート――サンタスーツ姿で働くには暖かすぎる場所だが、背に腹は代えられない。
 不運にもウィリーたちを雇ってしまったデパートのマネージャーのボブ(ジョン・リッター)は、初対面早々のウィリーの粗暴な言動に不安を覚えるが、相棒のマーカスが自分の障害をたてにするもので、易々と解雇することが出来ない。ボブの気弱さをいいことにウィリーは子供に乱暴な口を利く、女性服売り場の奥で好みの女と変態的なプレイに勤しむ、などなど好き放題に振る舞う。ボブは警備主任のジン(バーニー・マック)に相談し、何とかクビにする口実を見つけ出して欲しいと頼みこんだ。
 ある日、ウィリーは妙な子供と出会った。保護者もなしにひとりでデパートにやってきて、ウィリーに向かって「ホントのサンタ?」などと訊ねてくるその子――キッド(ブレット・ケリー)はどういうわけかウィリーに懐き、彼の仕事が引けるのを駐車場で待ち伏せたり、夜中にひょんなことから言いがかりをつけられたウィリーを助けてくれたりする。ウィリーも妙な仏心を起こしてキッドを彼の家まで送ったのだが、家にはなぜかボケた祖母(クロリス・リーチマン)がいるだけだと知ると、金庫を開け車を持ち逃げしてしまうのだった。
 が、さすがに危険な言動が過ぎたようで、ある日宿泊しているモーテルの前まで来てみると、ウィリーの部屋で警察が家宅捜索をしている。これでは帰れない、と思ったウィリーは大胆にも、キッドの家に居候を決めこんだ――

[感想]
 あのビリー・ボブ・ソーントンが悪人のサンタを演じた、という話を聞いたときから日本での上映を楽しみにしていた作品だが、こいつは確かに酷い。何せ、登場するなりサンタの格好で小便を垂れ流す。クリスマスの夜にそれまでサンタとして詰めていたデパートの金庫をこじ開け大金を盗み出す。長年の飲酒生活で腕が衰えているのは重々承知で、もう現役を退くと宣言しながらけっきょく一年も保たずに借金生活に陥り、相棒マーカスからの呼び出しに応じるが、本気でサンタを演じるつもりもなく、贈り物のお願いをする子供達に無茶苦茶な受け答えをするわ、職場の奥に女を連れこんでファックスするわ、サンタの格好のまま車や野外ジャグジーでセックスするわ、としたい放題。傍目には憎めないし実に面白い人物像だが、実際に周辺にいたらとてもたまったもんじゃないだろう悪人、というかダメ人間を素晴らしいクオリティで演じている。
 また周りの人間の珍妙さも群を抜いている。相棒のマーカスはウィリーよりもずっと狡賢く、小人症という自分の障害を逆手にとって仮の職場での立場を確保したりする。ふたりに迷惑を被るボブも、それで責任者が務まるのかと思うくらいに腰の引けた態度が可笑しい。それから粗筋では書かなかったが、小さい頃からサンタとセックスするのが夢だったというマニアック極まりない女・スー(ローレン・グレアム)なんてのも登場する。「やって、サンタ、やって、サンタ」と漏らしながら喘ぐ姿を見ているとさすがに軽い眩暈を覚えなくもない。
 個性的という意味では更に著しいのが、キッドという人物である――もっとちゃんとした名前があるのだが、ウィリーが関係者の素性にさほど興味を抱かないために終盤まで登場しない。そこもまた本編の妙な特徴だが、当人もやっぱり変わっている。初対面でウィリーが本物のサンタじゃない、と指摘しながら何故かウィリーにつきまとい、彼がサンタであるという前提で口を利く。何をされても奇妙な薄笑いで受け止めてしまい、積極的に反抗したりしようとしない。それに乗じてウィリーは彼の家に上がり込んで好き勝手を始めるのだが、同時に気味悪いものを感じたりもする。
 極論すればウィリーもキッドも、ある意味この上なく純粋な性格なのである。ウィリーは自分が悪党でありダメ人間であることに自覚的であり、またまるで隠そうともしていない。キッドは見えるもの、感じるものを実に素直に受け止め、いちど感じた親しみに率直に縋っている。方向性は正反対ながら、実はこのふたりには相通じるものがあるのだ。
 相通じるせいか、当初勝手に依存しながらもキッドの言動を疎んじていたウィリーも、態度こそ改めないまでも少しずつこの少年を受け入れるようになっていく。最後にはほぼ進んで、キッドのためにクリスマスのイベントに参加する様子を見せていくのだが、基本的な行動理念は変わっていないため、どこかピントがずれているのが可笑しい。
 最も如実なウィリーを筆頭に、それぞれにどこかしらエキセントリックな一面のある登場人物たちのずれた言動が笑いどころなのだが、多分にアメリカ独特の雰囲気や英語ならではのニュアンスで笑わせようとしているところが多いようで、日本人の感覚からすると戸惑う場面が少なくないのがちょっと残念だった。字幕がかなり頑張っていたのが窺われるが、それでも充分ではなかっただろう。
 物語のほうも、状況の滑稽さや不条理さを際立たせようとし過ぎたが故なのか、首を傾げる部分が少なくない。たとえば、毎回勤め先のデパートでクリスマスシーズンを狙った金庫破りが起きているという不自然をウィリーたちがどう糊塗していたのか、またそのために経歴を隠していたとしたらどうやって五年も勤めたベテランを押しのけてサンタの職を得られたのか、あれだけ傍若無人な振る舞いをしていれば抗議やクレームも少なくないだろうに何故責任者は「クビに出来る理由がない」と言ったのか、などなど不自然な箇所が無数にある。
 とはいえ、本編が狙っていたのはそうした奇妙な状況が成立してしまう可笑しさと、基本的に最後まで悪人のままであるウィリーを憎めない存在として描くことのふたつだと考えられ、その意味では見事に的を捉えている。あんな無茶な終わり方がハッピーエンドに見えるのは、この設定とキャラクターがあってこそだろう。
 根っこにあるのは、あまりに性善説を無批判に許容したクリスマス・ストーリーを良しとしないひねくれた態度である。だったらクリスマスなんか題材にしなきゃいいものを、けれど何処かで夢を見たい、という思いが残っているからこそ作られた、風変わりなクリスマス・ストーリーである。やっぱりこの時期に幾つも作られる子供騙しのクリスマスものに飽き足らない方、そーいうのを観るのは寂しいから厭、という方にお薦めである。……まあ、何にしたって子供連れや保護者同伴では観ないほうがいいのは確かなので、一緒に観るばあいはご注意を。

(2004/12/20)


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