/ 『Be Cool/ビー・クール』
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『light as a feather』トップページに戻るBe Cool/ビー・クール
原題:“Be Cool” / 原作:エルモア・レナード(小学館文庫・刊) / 監督:F・ゲイリー・グレイ / 脚本:ピーター・スタインフェルド / 製作:デヴィッド・ニックセイ、ダニー・デヴィート、マイケル・シャンバーグ、ステイシー・シャー / 製作総指揮:F・ゲイリー・グレイ、エルモア・レナード、マイケル・シーゲル / 撮影監督:ジェフリー・L・キンボール,A.S.C. / 美術:マイケル・コレンブリス / 編集:シェルドン・カーン,A.C.E. / 衣装:マーク・ブリッジス / 音楽:ジョン・パウエル / 音楽監修:メアリー・ラモス / 出演:ジョン・トラヴォルタ、ユマ・サーマン、ヴィンス・ヴォーン、セドリック・ジ・エンターテイナー、アンドレ・ベンジャミン、スティーヴン・タイラー、ロバート・パストレリ、クリスティーナ・ミリアン、ハーヴェイ・カイテル、ザ・ロック、ダニー・デヴィート、ジェームズ・ウッズ、ワイクリフ・ジョン、フレッド・ダースト、セルジオ・メンデス、ジーン・シモンズ、The RZA、ジョー・ペリー、アナ・ニコール・スミス / ジャージー・フィルムズ&ダブル・フィーチャー・フィルムズ製作 / 配給:20世紀フォックス
2005年アメリカ作品 / 上映時間:2時間 / 日本語字幕:松浦美奈
2005年09月03日日本公開
公式サイト : http://www.becoolmovie.jp/
VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズにて初見(2005/09/03)[粗筋]
チリ・パーマー(ジョン・トラヴォルタ)の名を覚えているだろうか? 取り立て屋から映画好きが昂じて映画業界に転身、マーティン・ウィアー(ダニー・デヴィート)を主演に祭り上げた『ゲット・レオン』などをヒットさせて一躍大物になった男だ。
あれから十年――そんなチリでさえ、ヒット作に固執してやたらとシリーズものを連発し、制作会社の言いなりになるしかない業界に嫌気が差し、前の仕事に戻ることを考えはじめていた。そんな彼に旧友であるトミー・アテンズ(ジェームズ・ウッズ)は音楽業界への転身を提案する。トミーの経営するインディーズ・レーベルで新たに発掘しようとしているリンダ・ムーン(クリスティーナ・ミリアン)という女性シンガーを一緒に推していかないか、という。当初乗り気ではなかったチリだが、話を持ちかけられた直後に状況は一変する――彼が席を外した隙に、トミーはカツラが目につくロシアン・マフィアに射殺される。
半ば遺言のようになってしまったことを気にしたチリは、くだんのリンダに会うためクラブに赴く。化粧の濃い女ふたりと組まされ安く古臭い流行歌を歌わされていたリンダだったが、音楽に明るくないチリの目にも彼女は逸材と映った。その場でチリは彼女のマネージメントをすることを約束するが、そこに大きな問題がひとつ――リンダは都会に出てすぐに出会ったマネージメント会社社長のニック・カー(ハーヴェイ・カイテル)に騙されて契約を結び、その期間が未だ五年も残っているという。しかし、リンダの歌声に魅力を感じたチリは引き下がることをしなかった。クラブのマネージメントをし、いちおう彼女のプロデューサーという立場にあるラジ(ヴィンス・ヴォーン)に対して、契約は破棄だ、とその場で宣言する。
チリはトミーの若き未亡人であり、レーベルの共同経営者であるイーディ(ユマ・サーマン)にリンダを紹介し、事業を手助けすることを約束する。チリ同様にリンダの才能を認めるイーディだったが、会社の経営状態は思わしくない――というより、文字通り一銭も資金がない、という状況だった。死の直前、トミーはロシアン・マフィアとのあいだに悶着があったのは想像通りだが、更にレーベルの目玉アーティストであるダブ(アンドレ・ベンジャミン)&MD’Sに対する支払いも滞っており、イーディの予想以上に会社は逼迫している。だが、押しかけてきたダブたちと彼らのプロデューサーであるシン・ラサール(セドリック・ジ・エンターテイナー)に対して「金曜日までに30万ドルを支払う」と自信満々に言ってのける。
傍若無人とさえいえるチリの振る舞いに、周囲も黙っていなかった。ロシアン・マフィアが刺客を差し向けると、チリさえ消せれば万事解決だ、と安易に思いこんだラジも、ニックを介して殺し屋のジョー・ループ(ロバート・パストレリ)を雇う。だがニアミスの結果、先んじてチリの家に侵入したロシアン・マフィアを誤って殺害する、という事態に発展、狙っていることをチリに悟られる羽目になってしまった。
チリはロシアン・マフィアやニックたちを牽制しながら、リンダ売り込みのための新たな策を練る。ヒントは、イーディの腰に彫られたタトゥーである――かつてエアロスミスのコンサート・ツアーに洗濯係として同行したことがある、という彼女の経歴を聞いたチリはなんと、折しも現地を訪れていたエアロスミスのスティーヴン・タイラー(本人)に接触、コンサートで共演させることを目論んだのだ……[感想]
本編はバリー・ソネンフェルド監督、ジョン・トラヴォルタ主演によって映画化されたエルモア・レナード作品『ゲット・ショーティ』の続編にあたる。……が、うっかりしたもので、私はそちらをまだ観ていない。割と律儀に予習する方なのだが。
しかし、とりあえず前作を観ていないと解らない、というポイントは目につかなかった。たとえば、主人公チリ・パーマーがもともと映画業界に属していること、そこで『ゲット・レオン』というヒット作を出しているという点があるが、そのくらいは本編を観れば解ることだし、他に筋に影響を及ぼすような共通項というのは(前作を知らない眼で観る限りは)発見出来ず、あったとしてもその程度の関連なので安心して観られるはずだ。
主人公のチリはもともと取り立て屋、絡んだ音楽業界もプロデューサーらは業界ゴロにしか見えないし、ミュージシャンはギャングスタで更にロシアン・マフィアまで容喙してくるのだから、犯罪映画といって差し支えない。しかも全員どこか間抜けだから、いちばん相応しいのはクライム・コメディという言い方だろう。
それにしてはいささかテンポが悪い、というのが正直なところだ。全般に会話のセンスも良く、エピソードの加減も巧いのだが、もうちょっと編集の詰め方を丁寧にしていれば、中盤のだれた感覚を回避出来たのではないかと思う。何せ、いちおうは人目の多い業界ゆえ、あまりに目立った暴力は厳禁という大前提があるうえに、主人公チリは基本的にチンピラながら手を出すよりも弁の達者さで世の中を渡り歩いている、というキャラクターなので、尚更にヴァイオレンスが主眼となっていないことは初めのうちに察せられてしまう分、この作品はリスクを背負っているのだ。その点を考慮して、更に繊細なテンポを確立して欲しかった、と思う。
だが、その分主要登場人物たちのインパクトが軒並み強く、テンポの悪さをかなり補っている。妙に趣味の古臭い音楽会社のニックに、黒人に憧れ有能なプロデューサーを自認しているがやることなすことかなりピントのずれたラジ、そのボディガードでゲイであることをしょっちゅう揶揄われ、ラジの命でチリを脅すが映画のオーディションをちらつかされ強く出られないエリオット(ザ・ロック)、カツラにだんだん増えていくアザが痛ましいロシアン・マフィアなどなど、大挙する登場人物の大半が印象に残る。
キャラクターが多い分、意外にも全体での露出はあまり多くないチリ=ジョン・トラヴォルタであるが、しかしその限られた時間で存在感を万全に発揮し、濃い登場人物たちを事実上掌の上で踊らせているように感じさせるあたりはさすがだ。僅かな台詞で他人の感情や行動を誘導し、あとで膝を打つようなカタルシスに繋げていくこの役柄をこなせる俳優はそうそうあるまい。前作『ゲット・ショーティ』においてチリを当たり役と評されたそうだが、なるほどと頷ける。
人物面で少々惜しい、と感じるのはユマ・サーマンである。巧い役者であることは『キル・ビル』において二度に亘ってゴールデングローブのノミネートを受けたことで立証済だが、本編のイーディという役柄ではその巧さが存分に活かされているとは言い難い。結果的にチリを音楽業界へと導く動機付けをなすキャラクターだが、それ以外に目立った活躍はせず、全篇チリに引きずられるがままなので、正直なところ精彩を欠いている。初登場、自宅のベランダで披露するビキニ姿と、『パルプ・フィクション』以来となるジョン・トラヴォルタとのダンス・シーンでは目を釘付けにされるほど素晴らしい艶を放っているが、際立っているのはそのへんだけだった。
しかし、あとは安定した仕上がりとなっている。かなりドロドロとした音楽業界の内情を赤裸々に描きながら基本的にはユーモアに満ちた語り口を貫き、随所でシン・ラサールやチリが唸るほどの格好良さを見せつける。とりわけ、他のキャラクターに作品の精神を語らせる権利を譲りながら、自らは「言うべきことを言う」としながらも決してポリシーを語りすぎないジョン・トラヴォルタ=チリの格好良さは逸品だった。
だが何より本編の見所は、音楽業界と映画業界に跨るお遊びの数々と、採用されている音楽の完成度の高さであることもまた間違いない。チリによって見出される新人女性ヴォーカリストのリンダ・ムーンを、既に地歩を確立したシンガーであるクリスティーナ・ミリアンが演じ、その彼女が本物のエアロスミスと共演する。リンダの楽曲を完成させていく過程には見事な説得力があるし、その周辺でヒップホップグループ=アウトキャストの一員であるアンドレ・ベンジャミンが絡んできたり、更にはザ・ロックが意外なところで歌ったり踊ったりしているのも面白い。ほか、バックミュージックにも思いがけない大物が起用されたりしているようなので、アメリカのミュージック・シーンに愛着のある方には興味の尽きない作品であろう。(2005/09/04)