cinema / 『ボーン・アイデンティティー』

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ボーン・アイデンティティー
原題:“The Bourne Identity” / 監督:ダグ・リーマン / 原作:ロバート・ラドラム『暗殺者』(新潮文庫・刊) / 脚色:トニー・ギルロイ、ウィリアム・ブレイク・ハーマン / 製作総指揮:フランク・マーシャル、ロバート・ラドラム / 撮影:オリヴァー・ウッド / プロダクション・デザイナー:ダン・ウェイル / 編集:ザール・クライン / 音楽:ジョン・パウエル / 衣装:ピエール・イヴ・ゲイロード / 視覚効果スーパーバイザー:ピーター・ドーネン / 出演:マット・デイモン、フランカ・ポテンテ、クリス・クーパー、クライヴ・オーウェン、ブライアン・コックス、アドウェール・アキノエ=アグバエ / 配給:UIP Japan
2002年アメリカ作品 / 上映時間:1時間59分 / 字幕:戸田奈津子
2003年01月25日日本公開
公式サイト : http://www.uipjapan.com/bourne/
日劇PLEXにて初見(2003/02/22)

[粗筋]
 地中海の洋上、一艘の漁船が海に浮かぶウエットスーツ姿の男を保護した。衰弱した彼の容態を診た漁師は、背中には二発の銃弾が、尻にはスイス銀行の口座番号を記録したレーザーライトが埋めこまれていたことに驚く。治療中に目醒め、掴みかかってきた男は「何も覚えてないんだ」と呟く。ここがどこなのか、自分が何者なのか。
 2週間の航海中、漁を手伝いながら地図を眺め本を読んでいた男だったが、イタリアの小さな港に到着するまで、結局なにひとつ思い出さなかった――ただ、自分が語学に長け、身辺を取り巻く様々な情報を一瞬に解析する洞察力があることが解っただけで。
 彼を診てくれた漁師が別れ際に手渡してくれた金で男はスイスに渡り、銀行口座を開く。金庫室から鉄製のバッグを取り出し、個室で中身を確認した。収められていたのは腕時計やパスポートなどの日常的な、だがそれ故に何故金庫に納めていたのか理解に苦しむものばかり。パスポートの写真が自分のものだったことで、初めて男は自分の名をジェイソン・ボーン(マット・デイモン)だと知る。
 不意にボーンは、金庫のケースが二重底になっていることに気づき、底を上げてみた。するとそこには、各国の通貨の札束に写真だけが共通する無数のパスポート、そして一挺の拳銃が収まっていた。
 動揺しながらも拳銃以外のものを別のバッグに収め、ボーンは銀行を出た。この時、銀行に潜んでいたひとりの情報員が、CIAのテッド・コンクリン(クリス・クーパー)にあてて電話を繋いだ……
 アメリカ領事館を訪れたボーンは、ビザ発行窓口を前に懇願を繰り返す女性のために停滞した列につきながら、自分に注がれた不穏な眼差しを察する。列を抜け、奥に進んだボーンを警備員が呼び止める――彼の反応は迅速だった。襲いかかってきた警備員たちを軽くのし、追跡者たちの死角を縫って脱出したボーンは、路地裏にいた先程の女性に金を渡して、ある場所まで連れて行くように依頼する。
 長い道程の途中、格別な話し相手もなく孤独感を味わっていたボーンは、彼女――マリー(フランカ・ポテンテ)相手に苦悩を打ち明ける。複数のパスポートを持ち、素性を特定するものを全て銀行の口座に隠し、傑出した運動能力と洞察力とを備えた自分はいったい何者なのか? マリーは杞憂だと慰めるが、あっさりと安心することは出来なかった。
 二人はやがて、パリに到着した。ボーン名義のパスポートに記されていたアパートメントを訪ねると、鍵を持たない彼を管理人は「ムッシュー・ボーン」と呼び、快く通してくれた。どうやら自分の部屋らしい一室に辿り着いたものの、依然として記憶が戻る様子はない。マリーの目を盗んで、ボーンは部屋の電話のリダイアルボタンを押した。相手は、パリのとあるホテル。試しにボーン名義の宿泊者はいなかったか訊ねるが、そういう名前の客はいないと応えられる。そのとき不意に閃いて、ボーンは別の名前について確認した。――その人物の宿泊記録は存在した。ボーンが持っていた無数のパスポートのひとつの名義人である。だが、男は2週間前に死亡し、弟と名乗る人物が遺体を引き取ったあとだと言う。
 惑乱するボーンに、気の休まる暇はなかった。怪しい気配を察した次の瞬間、窓を突き破って刺客が侵入した――!

[感想]
 とりあえず、役者を旧作のイメージだけで眺めるのは止めましょう。本編でのマット・デイモンはちゃんとアクション俳優に変貌してます。
 アクションだけ堪能できればいーや、程度に思っていたのだが、そういう意味では意外に精度の高いスパイ・アクションとなっている。ボーンが記憶を喪う直前に行っていた仕事の内容や失敗した原因など、細部を伏せているために残る疑問はかなり多いのだが、本筋であるボーンの過去を求める道程と、彼の存在が立場を危うくする人々の奔走と追跡の様に不自然さがなく、スピーディな展開を違和感なしに受け止められる。結末まで約二時間、ほとんど飽きることなく見せつけてしまう語り口と演出は若々しい才気に満ちている。
 問題は、不自然な盛り上がりを排除したために、アクション映画特有の圧倒的な見せ場がなく、全てのキャラクターがいまいち活躍していないような印象を与えること。実際には、ボーンが厳重な警戒下に置かれた領事館から脱出する場面や、刺客との緊張感の高いアクションシーン、ヒロイン格のマリー=フランカ・ポテンテにも魅力を発揮する場面があるし、刺客の戦闘スタイルにはきちんと個性が認められるのだけれど、全体が平均して高水準に保たれているため目立たなくなってしまった。この類の謀略サスペンスで手腕を発揮した著者がどうやら亡くなる直前まで監修していたために起きた弊害と思われるが、少々勿体ない。
 また、アクション映画として捉えると、結末の据わりが少々悪い。通常のアクション映画なら主人公が自らの力によってきっちり幕を降ろすところが、本編は別の理由で決着したように見えるし、記憶喪失を含む主人公の各種の問題は果たしてきちんと解決しているのかという疑問も残る。が、謀略を絡めたサスペンスとして見ると、実は前の方で伏線が張られており、納得のいく説明も可能となっている。とりわけボーンが記憶を喪う直前の出来事に関する伏線は、にくいくらいにお見事。
 あまりに丁寧でリアルなために、却ってこぢんまりと纏まってしまった感を与えるのが残念だが、結末の微妙な収まりの悪ささえ除けば上級の作品。案外、続編の製作も目論んでいるのかも知れないが、はて。

 ディテールのために作られたキャラクターが多いためか、ボーンと途中から帯同するマリー、それにCIAのごく一部の人間を除くと、名前があっても尽く印象に残りづらいのが、本編の役者にとっては損な特徴である。故にプログラムで紹介されている役者も少ないのだが、その数少ないなかのひとり、アドウェール・アキノエ=アグバエ。初見の役者だが、最近じわじわと活躍しつつある人物らしいので、紹介されるのは解るのだが、作中でいったい何シーン登場したかというと……覚えている限り3シーン。それはどうかと思う。確かにキーパーソンなんだけどさ。

(2003/02/22)


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