/ 『きれいなおかあさん』
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『light as a feather』トップページに戻るきれいなおかあさん
原題:漂亮媽媽 / 英題:“Bleaking The Silence” / 監督:スン・ジョウ / 脚本:リュウ・ホン、スン・ジョウ、シャオ・シャオリー / 音楽:チャオ・チーピン / 出演:コン・リー、ガオ・シン、シー・ジンミン、リュ・リーピン、グアン・ユエ、ダー・ホー / 配給:ムービーテレビジョン、JCP
1999年中国作品 / 上映時間:1時間30分 / 字幕:?
2002年06月08日日本公開
2002年12月21日DVD日本版発売 [amazon|限定版:amazon]
2003年11月27日DVD最新版発売 [amazon]
日比谷シャンテ・シネにて初見(2002/07/03)[粗筋]
スン・リーイン(コン・リー)のたった一人の息子ジョン・ダー(ガオ・シン)は、生まれつき聴力に問題を抱えている。外に女を作った夫ジョン・ベイトン(グアン・ユエ)とは数年前に別れ、いまは外資系企業の工場で働きながらジョン・ダーを必死に養っている。
補聴器なしではどんな音も満足に聞き取れないジョン・ダーに教育を施すのは至難の業だった。同年代と較べて語彙がずっと乏しい息子は、小学校の入学試験に落ちてしまう。試験官として立ち合ったシアオ校長(リュ・リービン)は聾学校に進学するように薦めるが、症状に差のある子供達をひとところに集める聾学校に抵抗があるリーインは再試験を望む。
その為には、もっとジョン・ダーと過ごす時間を増やし、ひとつでも多くのことを学ばせる必用があるとリーインは思った。勤め先の工場でいちどは班長に推薦されるが、束縛される時間が増えることを理由に拒み、工場自体を辞めてしまった。夫から毎月得られる養育費は乏しく、リーインはひとつでも多くの仕事をし蓄えを増やしながら息子との時間も見つけなければならない。
そんな矢先、ジョン・ダーは揶揄われたことが理由で子供達と喧嘩し、大切な補聴器の片方を落として壊してしまう。補聴器は年収にも迫る高額な代物で、おいそれと買い換えることなど出来ない。再試験のための教育、新しい補聴器を購入するための貯金、日々の労働――沢山の苦労を抱えながら、リーインはそれでも子供のために尽くす。[感想]
古い日本映画のような手触りである。ところどころ音も画面もブチブチと切れて、社会情勢が激変する中で必死に適応しようとしながら生活も思うままにならない人々、しかも全員モンゴロイド――そこへ古典的な美人の顔立ちをしたコン・リーがメイクなしで体を張った生き様を見せているとくれば、古くも作りのしっかりした日本映画という雰囲気になろうというもの。
物語としてはいまいち緊迫感に乏しく、難聴の子供を育てる、というテーマの本質に対して何らかの答えを出すものでも理想的な形でもない。しかし、元々何かを訴えようとするものではなく、普通の母親が、やや普通よりも悪い条件を抱えた子供を必死に育てる姿を虚心に焼き付けた作品なのだから、それでいいのだ、多分。
終盤のある顛末にはあとあとの不幸を予感させるもので問題がありすぎるとは思うが、それさえひっくるめて、世間の荒波の中で懸命に生きようとする親子の姿は見ていて快い。優しい気分になれる佳作。
――ただ。字幕はちょっと酷い。中国語が殆ど理解できない私にもかなりの部分を端折っているのが解るし(名前や属性を呼ぶ箇所はかなり切られている)、送り仮名や「てにをは」も必要以上に落としているのは、字数の制約に合わせるためであっても違和感がある。字幕はあくまでも理解の手助けに過ぎないのだから、もっとスムーズに読める文章を心懸けて欲しいものなのだけど。(2002/07/03・2004/06/22追記)