cinema / 『二重誘拐』

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二重誘拐
原題:“The Clearing” / 監督・原案:ピーター・ジャン・ブレッジ / 脚本:ジャスティン・ヘイス、ピーター・ジャン・ブレッジ / 製作:ピーター・ジャン・ブレッジ、ジョナ・スミス、パルマー・ウエスト / 撮影:ドニ・ルノワール / 美術:ポール・ハギンズ / プロダクション・デザイン:クリス・ゴラク / 編集:ケヴィン・テント / 音楽:クレイグ・アームストロング / 出演:ロバート・レッドフォード、ウィレム・デフォー、ヘレン・ミレン、アレサンドロ・ニヴォラ、マット・クレイヴン、メリッサ・サージミラー / 配給:20世紀FOX
2004年アメリカ作品 / 上映時間:1時間31分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2004年09月25日日本公開
公式サイト : http://www.foxjapan.com/movies/clearing/
お台場シネマメディアージュにて初見(2004/10/01)

[粗筋]
 レンタカー業で成功したウェイン・ヘイズ(ロバート・レッドフォード)が行方を眩ました。その日、いつものように車で出勤するウェインに妻のアイリーン(ヘレン・ミレン)は、夕方来客があるから早く戻るようにと言い聞かせてあったのに、電話一本の連絡もないまますっぽかし、夜が更けても帰る気配がない。不安からアイリーンは、その晩のうちに警察に捜索願を出した。
 当初、単純な家出だと捉えていた警察とFBIだが、ヘイズ宅に届いた郵便に脅迫文と、駐車場に放置されていたウェインの車の鍵が同封されていたことで、初めて誘拐の事実を悟る。電話での直接交渉を拒む態度、長期の監禁を行っている状況などからFBIは極めて知性的なリーダーに従えられた組織犯であると推測するが、そうした読みとは無縁に、なかなか交渉は進展をみせなかった。
 ――ウェインを捕らえたのは、数年前にいちどだけ彼と接触したことのあるアーノルド・マック(ウィレム・デフォー)だった。家を出た直後のウェインを足止めし、近づいたアーノルドは彼に一通の封筒を差し出す。そのなかには、アイリーンを盗み撮りした写真が数葉入っていた。愕然とする彼にアーノルドは銃を突きつけ、自分のいうとおりに行動するよう命じる。
 いちど車を乗り換えたあと、アーノルドはとある山の近くで車を駐め、ウェインにスニーカーを履かせ山中を歩かせる。長い道中、ぽつぽつと言葉を交わしているうちに、ふたりの関係は微妙に変質していく……

[感想]
 誘拐ものはサスペンスの王道であり、こうした作品を扱う人であれば一度は挑んでみたいテーマである。ここ数年に私が鑑賞しただけでも、正統派では『サウンド・オブ・サイレンス』に『コール』があり、捻ったところではコーエン兄弟の『ファーゴ』や『恋人はスナイパー[劇場版]』といった作品がある(『誘拐犯』というそのものズバリの邦題のものもあるが、これはガン・アクションが主体)。
 本編は比較的真っ向からこの“誘拐”というテーマに挑んだ――ように見えるが、ちょっと趣が違う。実に描写が静かなのだ。前述、正統派として挙げた二作と見較べるとよく解る。この二作が終始緊張を孕み多くの紆余曲折と終盤にはアクションシーンさえ導入しているのに対し、本編は誘拐が発覚するまでも静かであれば、その後の犯人とのやり取り、警察の動きも実に静かで大きな波がない。
 加えて、静かに展開し続けたその結末はかなり意表を衝くものなのだが――その意表の衝き方が、屈折しすぎていて衝撃よりもまず戸惑いを感じさせる。それまでの静けさはもっと破壊力の大きなどんでん返しや、明白なハッピーエンドを期待させるものだが、そのどちらにも歩み寄らない、実に微妙な場所に物語は辿り着く。ここまでの展開が意味するものはなんだったのか、と首をひねらずにいられる観客はそう多くないだろう。
 だが、決着してからよくよく反芻すると、その狙いがうっすらと解るように思う。ネタバレになるので詳しくは述べられないが、本編はハリウッド映画をはじめとするフィクションに確然と存在する“定石”を逆手に取った作品と言える。逆手に取りながら、その物語の随所に挿入した繊細なカメラワークや役者の一挙手一投足に意味を添え、全体でドラマとしての深みを齎そうと試みた、と考えられる。
 そう推測すると極めて野心的な作品と言えるのだが、しかし成功しているか、と訊かれるとやっぱり首を傾げてしまう。狙いが深すぎるために、観賞後すぐさまに伝わるものがないのは、誘拐ものというテーマから期待する観客にはどうしても失望を色濃く与えるはずだ。ストーリー面でもっと明確な衝撃がもうひとつあったほうが、作品にとっては良かったように思う。
 あまりに捻りが激しすぎて、その深甚なテーマもいささか埋もれさせてしまった感のある、ちょっと残念な秀作。だが、やはりロバート・レッドフォードとウィレム・デフォーの存在感は一級であり、この両者の静謐な演技合戦を堪能するだけでも一見の価値はある。

(2004/10/03)


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