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es [エス]
原題:“Des Experiment” / 監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル / 原作:マリオ・ジョルダーノ / 脚本:ドン・ボーリンガー、クリストフ・ダルンスタット、マリオ・ジョルダーノ / 製作:ノルベルト・プレウス、マーク・コンラッド、フリッツ・ヴィルトホイヤー / 共同製作:ベンジャミン・ハーマン / 撮影監督:ライナー・クラウスマン / 美術:ウリ・ハニッシュ / 音楽:アレクサンダー・フォン・ブーベンハイム / 出演:モーリッツ・ブライブトロイ、クリスチャン・ベルケル、オリヴァー・ストコウスキ、ヴォータン・ヴィルケ・メーリングユストゥス・フォン・ドーナニー、ティモ・ディールケス、ニッキ・フォン・テンペルホフ、アントニオ・モノー・ジュニア、エドガー・ゼルゲ、アンドレア・サヴァツキー、マレン・エッゲルト / 配給:GAGA Communications
2001年ドイツ作品 / 上映時間:1時間59分 / 日本語字幕:林完治
2002年06月22日日本公開
2004年03月03日DVD日本盤最新版発売 [amazon]
DVDにて初見(2006/05/19)

[粗筋]
 もと記者、現在はタクシーの運転手として生計を立てているタレク(モーリッツ・ブライブトロイ)は、奇妙な広告に目を留める。大学教授のトーン(エドガー・ゼルゲ)、監獄に擬した施設内にて参加者を看守と囚人に振り分け、そのなかでどのような心理的変化・影響が人々に齎されるのかを調べる実験が行われるため、その被験者となる人材を求めるという内容だった。タレクは久々にスクープがものに出来ると直感、外部の受信機とリンクして映像と音声を送信する眼鏡を携えて、実験に参加を申し出た。
 実験は極力現実に則したかたちで行われた。看守は全員制服着用、手錠と警棒を携帯し、帰宅も許される。対する囚人は、収監前に消毒を受け、下着なしの貫頭衣に似た囚人服のみを着用、全員が番号で呼ばれ当然終日檻のなかに閉じこめられる。
 それでも最初はどちらも気楽だったのだ。休憩時間には看守も巻き込んで遊びに興じる余裕さえあった囚人たちだが、看守の横暴な振る舞いに少しずつストレスを募らせていく。番号77を与えられたタレクは、食事を残さないよう厳命される囚人仲間に代わって牛乳を飲み干したり、看守のひとりを騙して逆に檻のなかに閉じこめてみせたりと反抗的な態度を取ったが、そのためにじわじわと看守とのあいだに軋轢を生じていく。とりわけ、ベルス(ユストゥス・フォン・ドーナニー)という看守は、タレクに「臭い」と罵られたことをきっかけに、タレクを敵視するようになっていた。
 急速に増していく緊張状態に耐えきれず、やがて囚人役が相次いでリタイアしていった。助手を務める女性は既に度を過ごしている、と実験の中断を提案するが、これこそ望んでいた状況だ、と教授は継続する。だが、“実験”は教授の予想を超えた速さで、最悪の道を辿っていった……

[感想]
 この“監獄実験”は1971年、アメリカの大学にて実際に行われたものが原型となっている。極めて現実に則したシステムを採用し、瞬く間に“役者”たちが自らの役柄に染まり没個人化していったのも、最終的に看守たちが囚人たちに行った醜悪な罰の類も、現実に行われたものを原型にしている。
 従って、登場人物たちが役柄と課せられた状況とに追い詰められる過程がリアルであるのはごく当然と言っていい。本編の優れている点は、それをフィクションとして加工する手管にこそある。
 現実には記者として潜入する人間はなく、また終盤で鍵を握るような人物も関与していない。煽動する役割を負った人間と後半で刑罰を受ける人間も実際には別々だったが、本編では視点人物に設定したタレクに集約することで理解をしやすくしている。序盤からタレクの過去をちらちらと仄めかすことで、終盤のスリルを増している点も巧い。
 また実際には、より現実に倣うために聖職者を招き、囚人たちの心の悩みを聞いてもらう時間を設けており、その聖職者の存在が早い実験の中止に一役買っていたのだが、本編では聖職者を敢えて外すことで、事態を現実よりも押し進め、“状況”に流されて生じる人間の狂気をより掘り下げている。最後の展開にあたって、一部あまりに都合のいい箇所があったが、あの程度は許容範囲だろう――あれがなければ、極限状態の心理を踏まえた終盤の破滅はあり得なかったのだから。
 タレクが持ち込んだ隠しカメラ付きの眼鏡からの映像や、施設内にセットとして組まれた監房、という設定を活かした物語の仕掛けとカメラの動きも巧妙で、画面のセンスも優れている。リアルながら娯楽であることを忘れていない、良質な心理サスペンスである。

(2006/05/19)


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