cinema / 『ハサミ男』

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ハサミ男
原作:殊能将之(講談社・刊) / 監督:池田敏春 / 脚本:池田敏春、香川まさひと / 企画:藤原正道、瀬崎 巌、岡田真澄 / 製作:釜 秀樹、林 哲次、渡辺 敦 / 製作総指揮:斎 春雄、渡辺英一 / ラインプロデューサー:大里俊博 / 撮影:田口晴久 / 照明:斉藤志伸 / 美術:西村 徹 / 編集:大畑英亮 / 衣裳:宮田弘子 / 音楽:本多俊之 / 脚本協力:長谷川和彦、山口セツ、相米慎二 / 出演:豊川悦司、麻生久美子、阿部 寛、斎藤 歩、阪田瑞穂、樋口浩二、石丸謙二郎、小野みゆき、三輪明日美、寺田 農 / 製作:東宝、東北新社、広美 / 配給:メディアボックス / 配給協力:東宝
2004年日本作品 / 上映時間:1時間59分
2005年03月19日公開
公式サイト : http://www.media-b.co.jp/hasami/
お台場シネマメディアージュにて初見(2005/03/21)

[粗筋]
 諸般事情から今回は割愛させて頂きます。とりあえず、御覧になるつもりの方は、公式サイトの粗筋も、劇場用パンフレットの文章も一切読まずスクリーンに臨まれることを強くお薦めします。原作をご存知の方も同様です。

[感想]
 というわけで、この感想開始以来初めて、粗筋を完全放棄する羽目になりました。何をどんな書き方をしてもネタに抵触せざるを得ない甚だ厄介な代物です。
 もとをただせば、原作にしてからが極めて未読の方に説明しづらく、どう薦めればいいのか困惑する難物だった。もともと文章というスタイルだからこそ成立した試みを詰め込んだ作品であるだけに、映像化は不可能だと言われており、本編の製作が発表されたときもよもや、という想いがまず最初にあったのだが、実際に完成したものを観た印象は、決して悪くない。それどころか、原作の試みを見事に映像的にアレンジして活かしたものとなっている。だからこそ粗筋の書き方にさんざ悩んだ挙句、今回は放棄したわけなのだけど――実のところ、本気で虚心に観たいのならこんなもの読む前にまず観ろ、と言いたいくらいであって。
 相当な無理をしているだけに欠点は様々ある。特に、予算的な問題もあったのだろうが、全般にチープな印象が付きまとうのが勿体なかった。ほぼ全篇ロケで視覚効果は最小限に留めているのだが、それが見た目で解ってしまうというのはどうかと思う。個人的にいちばん問題だと感じたのは、音響演出の粗雑さだ。犯人側の心理描写や、少数の人物が狭い範囲で絡んでいるときなどはさほど感じないのだけれど、大勢が一堂に会する捜査会議など、警察側のシーンはあからさまにアフレコだと解ってしまい、しばし興醒めさせられた。カメラを固定し、人物の移動を静かに追うような表現をするのならば、群衆の音声を抑えたうえで主要人物の声は移動を考慮して調整し距離感を演出するぐらいの配慮が欲しかった。この杜撰な作りが、全体にある安っぽさをよりいっそう強調しているのである。
 それと、ラスト三十分ほどはさすがに少々蛇足だったと思う。原作の企みを映像化するために用いたアイディアと、それに付随して発生したアイディアを処理するための描写に費やされているのだが、この部分はもっと台詞や表現をカットしてスリムにしても良かったはずだ。アイディアの骨子そのものは原作を既読の観客や観察力に優れた人には早い段階から見え見えとは言え、確かに映画だけ観るような人にはある程度の説明が必要だったとは思うが、それでも情に流されすぎ執拗になってしまったあのくだりは更に安っぽい印象を助長している、と指摘せざるを得ない。もともとあったチープさが加速した結果、なんとなく二時間ドラマのような余韻が残ってしまった。ラストもアレだし。
 が、それ以前――冒頭から一時間半についてはかなりのファインプレイだった。あるアイディアを映像化するための着想も無論だが、それなりにヴォリュームのある原作の謎解きに必要なものを必要最小限ながら抜き出し、物語としてのキモのひとつである“ハサミ男”の便乗犯探しのくだりは極めて正統派の謎解きサスペンスの様相を呈している。また、犯人側の行動を描く際の異様な禍々しさとでもいった空気の醸成が素晴らしく、繰り返し“チープ”という表現を用いてはいるが、それも含めて独自の味わいを生んでいることも事実だ。ロケ中心というフットワークを活かして現実に即した土地の移動を実現していると同時に、なまじ街のど真ん中であるために却って舞台にはされにくかった場所に潜りこんでいる点も映像的な価値を高めている。とりわけ、ある重要な場面では地理的な不整合に目を瞑ってまで東宝本社ビル屋上を使っているが、これは今年中に改築のためいちど取り壊されることが決まっているが故のお遊びであるらしい。基本的に原作ほど徹底した遊び心はないのだが、それに代わる映像的な工夫が認められるのは嬉しいポイントだ。
 空間の拡がりを堪能できる場面が少ないため、敢えて劇場で観る必要があるか、と問われると辛いところだが、原作のファンでも原作未経験でもかなり楽しめる作りであることは間違いなく、映像文字に拘わらず謎解きものが好きだという方は劇場なりDVDなりでいちど観てみていい作品だろう。……テレビ? ちょっと難しいような気がします。あるとしても深夜放送だろうなあ……

(2005/03/21)


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