cinema / 『ハッカビーズ』

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ハッカビーズ
原題:“i love(heart) huckabees” / 監督:デヴィッド・O・ラッセル / 脚本:デヴィッド・O・ラッセル、ジェフ・バエナ / 製作:デヴィッド・O・ラッセル、グレゴリー・グッドマン、スコット・ルーディン / 製作総指揮:マイケル・クーン / 製作補:ダーラ・L・ワイントローブ / 撮影監督:ピーター・デミング,A.S.C. / 美術:K.K.バレット / 編集:ロバート・K・ランバート,A.C.E. / 衣装:マーク・ブリッジス / キャスティング:メリー・ヴェーニウ / 音楽:ジョン・ブライオン / 出演:ジェイソン・シュワルツマン、ジュード・ロウ、マーク・ウォルバーグ、ダスティン・ホフマン、リリー・トムソン、イザベル・ユペール、ナオミ・ワッツ、ティッピ・ヘドレン、タリア・シャイア、シャナイア・トゥエイン / 配給:日本ヘラルド
2004年アメリカ作品 / 上映時間:1時間47分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2005年08月20日日本公開
公式サイト : http://www.huckabees.jp/
新宿武蔵野館にて初見(2005/09/07)

[粗筋]
 環境保護団体の支部長を務めるアルバート・マルコヴスキー(ジェイソン・シュワルツマン)の目下の悩みはふたつ。ひとつは、活動への援助を求めたハッカビーズの広報担当ブラッド・スタンド(ジュード・ロウ)に、企画していた森と沼地の保護を訴えるイベントの主導権を握られ、立場が悪くなっていること。もうひとつは、それまで縁もゆかりもなかった黒人の青年と、三回も偶然の遭遇を果たしたこと。
 アルバートはレストランで借りたスーツのポケットにたまたま入っていた名刺を見つけて、興味本位でその名刺に記されていた<ジャフェ探偵社>を訪ね、黒人の青年と自分との関係性を調べてもらおうとする。この探偵社は理論派の夫ベルナード(ダスティン・ホフマン)と行動派の妻ヴィヴィアン(リリー・トムソン)が中心となって運営しており、問題の抜本的解決を目指して主にヴィヴィアンが依頼者を徹底追跡し、ベルナードが毛布と寝袋を使った独自の瞑想法をもとに依頼者の意識からの改革を実践している。ベルナードの複雑すぎる実存主義哲学に幻惑されながらも、無料サービスという言葉に思わず一切を委ねてしまうアルバートであった。
 そのあいだにもアルバートの、団体における立場は微妙なものになっていた。シャナイア・トゥエイン(本人)を起用した広報戦略を展開して上層部への受けもいいブラッドに対して、何かというと自作の詩を朗読するアルバートの評判は日ごとに下降している。そのうえ、職場には姿を見せるな、と厳命しておいたはずなのに、探偵ふたりは事務所やハッカビーズの本部にまで無造作に姿を現して彼の周辺を攪乱しはじめた。
 更にややこしいことに、ハッカビーズに姿を現したベルナードたちに、ブラッドまでが依頼をしたのだ。彼が自分の立場をより悪化させようと目論んでいるのだと邪推したアルバートが激しく憤ると、ベルナードは彼に共通項の多い別の“依頼人”を紹介する。その人物、トミー・コーン(マーク・ウォルバーグ)は九月の大事件を契機に石油を用いる愚かさを訴えるようになり、呆れ果てた妻や娘達に逃げられたばかりであった。
 主張の方向性に似通ったところのあるアルバートとトミーはすぐさま意気投合した。アルバートはトミーの提案を受け、脱線しがちな探偵に委ねることを止めて、自分で捜査することにした――ブラッドとのことではなく、例の黒人の話である。トミーの協力でヴィヴィアンのファイルを盗み見、くだんの黒人青年の所在を確認すると、自転車で彼を訪ねた。
 青年はカンボジアで苦労をしてきて、現在アメリカのとある一家に世話になっている、心持ちのいい若者だった。いきなりやって来たアルバートたちを快く迎え、食事にも招待した青年だったが、トミーは彼が身を寄せている家族の(彼の基準による)無頓着さに怒り、喧嘩腰で議論を持ちかけたために、すぐさま追い返される。怒りを共有したアルバートとトミーは、いっそう連帯感を深めるのだった。
 だが、何事につけいちいち持論を展開するトミーを、企画会議の場に連れて行ったのが間違いだった。無関係な人間であるにも拘わらず、他人の意見を押さえつけてでも持論を展開しようとするトミーの態度から、アルバートの指揮能力に疑問を抱いた上司はその場で彼の任を解き、代わりにブラッドを支部長に据えてしまう。
 完全に拠り処を失ったアルバートだったが、そんな彼の前に、かつてはベルナードたちの愛弟子であり、今や正反対の理論を主張するカテリン・ボーバン(イザベル・ユペール)が現れる。彼女の登場を契機に、アルバートの周辺は更にややこしさを増す……

[感想]
 ……いったい何の話なのだこの映画は。
 予告編を観た印象は、スーパーマーケット・チェーン“ハッカビーズ”の新規出店を巡るドタバタ劇のようなものだったのだが、粗筋を御覧になれば解る通り、実物はかなり似て非なるものである。だいたい新規店舗はもとより、旧店舗の内部さえ画面には映らないのだ。序盤、アルバートの活動の一部でハッカビーズの駐車場らしき場所が舞台となっているくらいで、最後までいったいどんな雰囲気の店なのか判然としない。もっと言えばジュード・ロウ主演みたいに謳っているが、どう観ても主人公はアルバートを演じたジェイソン・シュワルツマンだ――まあその点は、両者の日本における知名度の違いを思えば許容範囲の「嘘」ではあるのだが。
 とにかく冒頭からして、観客はアルバート以上に煙に巻かれっぱなしになる。粗筋のように順序立てて綴られるのではなく、いきなりアルバートが活動の現場からジャフェ探偵社へと依頼に赴く様子が描かれ、そしてアルバートが説明したのは「なんでそれをわざわざ探偵に頼む?!」と画面に向かってツッコミたくなるような偶然の出逢いの話。なかなかハッカビーズに話が辿りつかず、この辺でもう何の映画か訳が解らなくなる。
 調査、というかカウンセリングもどきが進行するにつれて次第にアルバートとハッカビーズとの関わりが明らかになっていくのだが、いずれにしてもハッカビーズが中心という印象にはならない。
 この作品の主題を強いて表現するなら、カウンセリングへの依存や周囲に顧慮の乏しい環境運動に対する皮肉だろうか。カウンセラーと名乗っていないにも拘わらずカウンセリングもどきの方法論を用いて依頼人の問題を解決すると豪語する探偵と、その言動にただただ翻弄される登場人物たちの姿は、カウンセリング依存の色濃いアメリカ社会を戯画化していると捉えられる。環境運動にしても、実際的な効果ではなく目先に囚われて右往左往している彼らの様子はただただ滑稽だ。いちばん視野が広いように見えるのは実は消防士のトミーなのだが、彼はマクロに囚われて完全に細部に目が行っていない典型で、他人の意見に一切耳を貸さず己の主張だけ繰り返すから周囲に疎んじられる。
 いずれも多分に誇張されているが、ありそうに感じさせるのは、みな全体を観ると苦笑してしまうのだけれど、細かく頷ける部分も隠れているからだ。一見適当に話を進めているように見えるが、細部にはリサーチの痕跡が窺われ、そのことが支離滅裂とも感じられる物語の骨格を支えている。
 更に言えば、本編の眼目は思想の内容そのものよりも、思想という裏打ちによって強化された言葉によって、内実のあるなしに拘わらず対象となった人々が、些細な疑問を膨らまされ、或いは密かに抱えていた悩みや問題を指摘されて、それまでの人間関係や社会的地位をぶち壊されていくさまをコミカルに描くことにある、とも捉えられる。掴み所のない登場人物が、更に掴み所のない人々によって攪乱され、それまでのキャラクターからは予想もつかない言動に走らされて生まれる物語は、もうどうしたって先読みは出来ない。展開の予測が出来ない、と謳う作品は多数存在するが、これほどそう表現して間違いのない作品も珍しいだろう。フランスで活躍するイザベル・ユペールが理解不能な脚本に惹かれてわざわざ大西洋を渡ったというのも納得出来る気がする。
 そう、そうして振り回す側にダスティン・ホフマンやイザベル・ユペールといった存在感あるベテランを配し、振り回される側にジュード・ロウやナオミ・ワッツといった今が旬であると同時に、それぞれ知性的な印象のある俳優を揃えたあたりもまた巧い。何事も深く考えそうもない人々は探偵たちに攪乱される前に彼らを断固拒絶してしまうだろうし、しかし下手な俳優であっては観ている側が共感することも出来ない。その微妙なバランスが調整可能な役者が揃っているのだ。
 プログラムを読むと、監督はアート系やインディペンデント系の作品に多い暗い思想や哲学から逸脱し、思索的でありながら陽性な喜劇に仕立てたかったようだ。そう言われてみると納得する。結局最後まで登場人物たちを引っかき回す探偵たちは、もう理解不能なくらいに思索的だが、決してインドアに閉じこもっておらず、異様に活動的だ。そして彼らに攪乱される人々の動揺ぶりはおかしくも、深刻なぐらいに切ない。
 出ている人物たちもさることながら、映画としても捉えどころがなく、説明の難しい作品である。ただ――だからこそ、端倪すべからざる傑作であることは確実だ。但し、あまりに癖がありすぎて、必見とは訴えにくいのが困る。
 ……とまあ、観ている私のほうもだいぶ混乱していたわけで、でもとりあえず楽しんだということが伝わっていれば幸い。

(2005/09/07)


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