cinema / 『インファナル・アフェア』

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インファナル・アフェア
原題:“無間道/INFERNAL AFFAIRS” / 監督:アンドリュー・ラウ、アラン・マック / 脚本:アラン・マック、フェリックス・チョン / エグゼクティヴ・プロデューサー:ナンサン・シー、ジョン・チョン / プロデューサー:アンドリュー・ラウ / ライン・プロデューサー:エレン・チャン、ロレイン・ホー / 美術:チウ・ソンポン。ウォン・ジンジン / 衣装デザイン:リー・ピックワン / 撮影:アンドリュー・ラウ(HKSC)、ライ・イウファイ(HKSC) / 視覚効果顧問:クリストファー・ドイル(HKSC) / アクション指導:ディオン・ラム / 編集:ダニー・パン、パン・チンヘイ / 音楽:チャン・クォンイン / 音響デザイン:キンソン・ツァン / 出演:アンディ・ラウ、トニー・レオン、アンソニー・ウォン、エリック・ツァン、ケリー・チャン、サミー・チェン、エディソン・チャン、ショーン・ユー、エルヴァ・シャオ、チャップマン・トウ、ラム・カートン / 配給:COMSTOCK
2002年中国作品 / 上映時間:1時間42分 / 翻訳:鈴木真理子 / 字幕:松浦美奈
2003年10月11日日本公開
公式サイト : http://www.infernal.jp/
丸の内シャンゼリゼにて初見(2003/11/01)

[粗筋]
 10年前、警察学校にふたりの若者がいた。ひとりはヤン(ショーン・ユー)、正義感に燃える有望な青年。彼は面接の席でウォン警視(アンソニー・ウォン)に見込まれて、学生の身でありながら特命を帯びることとなった。彼に課せられた仕事は、麻薬密売などに絡む犯罪組織の内部に潜入し、その情報をウォン警視に伝えること。早速任務に就くために、ヤンは早々に警察学校を退学という名目で立ち去ることになった。
 その後ろ姿を羨望の眼差しで見つめていたのは、ラウ(エディソン・チャン)。劣悪な環境で育った彼は必然的にサム(エリック・ツァン)が頭目を務める犯罪組織の一員となり、内通者を潜り込ませるというサムの計画によって警察学校に入学させられることになった。望まない環境ながら、懸命の努力でラウは警官としての実績を積み重ねていく。
 そして、現在。成長したラウ(アンディ・ラウ)は内部調査課の課長にまで昇進していた。巧みに情報をコントロールして、サムの敵対組織を駆逐していく一方で味方の組織を摘発から免れさせていたラウは、その実績によりエリート捜査官としての道を歩みつつあったのだ。一方、ヤン(トニー・レオン)は当初三年の予定だった潜入捜査をたびたび延期され、既に10年間裏社会で生き続けていた。正義を望みながら、職務のために人を傷つけることを避けられない状況に、ヤンは心の均衡を崩してカウンセラーのリー(ケリー・チャン)の世話になるところまで追い込まれていた。
 ふたりの内通者がそれぞれに悩みを抱えるなか、サムは大がかりな取引に着手しようとしていた。既に四年間サムの側近を務めていたヤンは取引の現場に立ち会わされ、ウォン警視に実力を評価されていたラウもまた摘発の前線基地に同席している。ふたりの内通者が流す情報は相互の動きを混乱させ、検挙も取引も等しく失敗に終わった。同時にふたりの上司は、互いの組織に内通者がいることを悟った。
 サムはヤンに、ウォン警視はラウに、それぞれの組織にいる内通者を割り出すように命じる。善悪の彼我を見失いかけていたふたりは、重大な決断を迫られようとしていた……

[感想]
 噂に違わぬ上質なサスペンス――だが、個人的にはちと物足りない。
 まず、冒頭のラッシュのように混沌と描かれる過去の出来事が、ちと雑然としすぎて把握しにくいのが気にかかった。あとになって、主人公ふたりがほぼ同時に警察学校に入った頃からを描いていたのだと解ったが、リアルタイムではどちらの心境を描いているのか、そもそもどれが誰なのかが把握しづらい。いきなり現在になり、ふたりの思いがけない出会いからようやく落ち着いたペースで話が進み始めるのだが、始まってからもしばらくは混乱が続く。尤も、退屈になりがちな序盤から目を離させない、という効果を狙ってのことかも知れないが、それにしてもバタバタしている。
 また、主人公ふたりの心理的葛藤の描き込みが少々足りない。人によっては、ヤンが何故精神科にかからねばならないほど(厳密にはウォン警視の命令で通っているものの、リー医師の同意の下に寝ていただけらしいが)追い込まれていたのか、ラウはどの段階からああいう考え方をするようになったのかが理解しづらいだろう。後者など、恐らくは現在と過去のあいだの極めて早い段階だと思われるが、であれば作中で心理的な伏線を張るなりして欲しかった。そうでないと、終盤の言動がやや唐突に感じられて、カタルシスより戸惑いが勝つ場合もあり得る。
 だが、その両者が絡み合っての筋書きそのものは秀逸。一番最初に発生する取引の場面、互いに相手の目を盗みながら情報をやり取りしていくその緊張感、また互いの上司に信頼されているが故に追い込まれ、葛藤を招いていく様は実に巧い。この状況で考えられるサスペンスをほぼ余すところなく、丁寧に織り込んでいる。
 あまりに丁寧すぎて、すれっからしの目にはどの描写がどういう展開に至る伏線だ、というのが解ってしまうという難もあるが、そこまで責めるのは酷だろう。子細に検証し、クライマックスまで不自然さを感じさせずに観客を導いていった手捌きの巧さ、そして終始途切れない緊張感の高さは、素直すぎる伏線を補ってあまりある面白さを演出している。
 あまりにスピーディな展開のため、細部の印象が掠れる人もいるだろう。けれど、出来れば忘れないで欲しい。冒頭、潜入捜査官になるために警察学校を放校扱いで出て行くヤンの姿を見ながら教官が「ああなりたくなければ精進しろ」と言い放った台詞に、ラウが胸中で「なりたい」と呟いたことを。ラストでこの場面を反復したところに、製作者たちの巧さをいちばん感じる。
 ドラマ性に考慮した、深みのあるサスペンス。欠点も多いが、それでも本年度トップクラスの名作だと思う。

 基本的に男達のドラマという組み立てになっている本編だが、ドラマには彩りが必要ということで、当然のようにロマンスの要素が添えられている。とは言え押しつけがましさはなく、本当に彩り程度で、主人公ふたりのキャラクター造型に深みを与えるために付け加えた感がある。そこがまた心地よい。
 作家という設定はともかく、ラウと一緒にいるときは明らかに依存して愛らしい表情を見せるメイ(エルヴァ・シャオ)もいいのだが、こうして並べてみるとケリー・チャンの美貌が際立っている。彼女は日本映画『冷静と情熱のあいだ』に出演した際、かなりのレベルまで日本語を習得し、バラエティ番組などで可憐な頑張りっぷりが未だ印象に残っているが、新作のスクリーンにあってもその可憐さは健在で、改めて「いいなー」と見蕩れてしまったのでした。出番は少ないんだけどね。

 当初、この映画については無理に劇場で観る必要はないと思っていたのだが、とある理由から慌てて観ることに決めた。その理由は、編集をダニー・パンが担当していると知ったから。
 ダニー・パンは兄オキサイド・パンとともに『レイン』『the EYE』を監督して、世界的に認知度を高めつつある映像作家である。いま挙げた2作品に惹かれて、ふたりの関わった作品は見逃すまい、と心に決めていた私にとって、本編は必見の作品となったわけだ。
 物語の構成、演出のスタイルなどは兄弟の作品とかなり異なっているものの、編集の仕方は随所にパン兄弟の作品を思わせるものがあった。冒頭のラッシュ映像などもそうだし、場面転換にブラックアウトを使うあたりも妙にそれらしい。そういう意味でも、私にとっては楽しい作品でした。プログラムでダニー・パンの紹介がイントロダクションにしか載っていなかったのが不満だったが。

(2003/11/01)


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