cinema / 『アイ,ロボット』

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アイ,ロボット
原題:“i, robot” / 監督:アレックス・プロヤス / 原案:ジェフ・ヴィンター / 脚本:ジェフ・ヴィンター、アキヴァ・ゴールズマン / 製作:ローレンス・マーク、ジョン・デイヴィス、トファー・ダウ、ウィック・ゴッドフリー / 製作総指揮:ウィル・スミス、ジェームズ・ラシター、トニー・ロマーノ、ミシェル・シェーン / 撮影監督:サイモン・ダガン / 視覚効果監修:ジョン・ネルソン / 編集:ウィリアム・ホイ、リチャード・リーロイド、アルメン・ミナシアン / 音楽:マルコ・ベルトラミ / 出演:ウィル・スミス、ブリジット・モイナハン、アラン・テュディック、ジェームズ・クロムウェル、ブルース・グリーンウッド、チー・マクブライド / デイヴィス・エンタテインメント、ローレンス・マーク、オーヴァーブック・フィルムス製作 / 配給・DVD発売:20世紀フォックス
2004年アメリカ作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:林 完治
2004年09月18日日本公開
2005年02月04日DVD日本版発売 [amazon(通常版)amazon(限定版)]
公式サイト : http://www.foxjapan.com/movies/irobot/
DVDにて初見(2005/02/20)

[粗筋]
 2035年。高度に進歩した科学技術は各種産業のオートメーション化のみならず、高性能のロボットの家庭普及を急速に促した。ロボット産業を中心に勢力を拡大する大企業・USRに勤めるラニング博士(ジェームズ・クロムウェル)の提唱したロボット三原則に基づいて製作された“信頼できる隣人”は、完璧に一般家庭に浸透したと言っても過言ではない。
 そんな状況に違和感を抱く、極めて少数の人間の一人がシカゴ市警に勤務するデル・スプーナー刑事(ウィル・スミス)である。これまでにいちどもトラブルを引き起こしたことのないロボットに対して疑いの目を向ける彼に、同僚は嘲笑的な眼差しを向け、上司のバーギン副署長(チー・マクブライド)は苦い顔を見せる。愛する祖母でさえ偏見を拭うように訴えるが、スプーナーはなかなか折れようとしなかった。
 ある出来事を契機にしばらく休職していた彼が復帰するなり遭遇した事件は、他でもないラニング博士の自殺だった――殺人課のスプーナーはお呼びでないはずだが、遺言として残された応答式のホログラムが、かねてから親交のあった彼を指名したのである。しかし、質問内容の制限されたホログラムとの“面談”は謎掛けのようで埒があかない。USRの社長ランス・ロバートソン(ブルース・グリーンウッド)を介し、ラニング博士と同じ研究者であるスーザン・カルヴィン博士(ブリジット・モイナハン)の案内でラボに立ち入ったスプーナーは、階下に通じる窓が強化ガラスであることから更に疑念を深める。更に室内を調べたスプーナーは、突如起動したUSR社製の新型ロボットNS−5と遭遇、にわかに交戦状態となった。ロボットは逃走したが、重大な損傷を受けていることから工場に向かっていると推測、カルヴィン博士の道案内で現地に赴き、応援もあって辛うじて“身柄”を確保する。
 捕らえたものの対処に苦しむ副署長に直談判し、スプーナーは僅かの時間ながら“被疑者”であるロボットに対する事情聴取を許される。だが、そのロボットの反応は彼の知るロボットのそれとはやや異なっていた――サニー(アラン・テュディック)と名乗ったNS−5型ロボットはラニング博士を父と呼び、感情があるような物云いをし、「博士を殺したか?」というスプーナーの執拗な問いに憤りさえ見せ、そんな自分に戸惑ってさえいた。やがて、ロボットの“犯行”は立件不可能である、という検事の判断を仰いだロバートソンらが警察を訪れてサニーを引き取り、事件はスプーナーたちの手を離れる。
 しかしどうしても納得のいかないスプーナーは、手懸かりを求めてラニング博士の住宅を訪れる。既にロバートソン社長の手が回っているのか、屋敷の前には翌日午前八時から取り壊しを行うための作業用ロボットが停まっていた。博士の書斎に置かれたコンピューターの意味深な会議記録をスプーナーが閲覧していたとき、翌朝動きはじめるはずだった工事用ロボットが突然破壊を始めた――!

[感想]
 当初アイザック・アシモフ原作という話だった本作ですが、公開前に情報が小出しにされるたび「なんか違う」という反応を呼び、いざ公開されてみたらやっぱり別物だった、という結果でした――が、それはそれとして、評判も意外と悪くなかったのは、堅苦しいまでに正統派のSFを志そうとせず、SFをモチーフとしたアクション娯楽大作に仕立て上げたのが良かったのでしょう。
 SFとして観ると、あまりに平凡な世界観に疑問が湧く。僅か30年程度でここまで科学技術は発達し、こうも見事に普及するものか? 今になって手塚治虫や藤子不二雄初期のSF漫画に登場する21世紀を見せられているような居心地の悪さがある一方で、パソコンや大企業USRの管理システムの構想などもありきたりで、かつ考察不足が窺われ物足りなく思える。
 一種のSFミステリ風組み立てになっているのだが、それにしては伏線の張り方が恣意的であり、肝心の動機が充分に解明されていない不満が残る。いちばん大きな計画の首謀者はすっきりと判明するのだが、それに抵抗するための方法論が抽象的すぎて見終わったあとも消化不良な印象を残すのだ。SF風のガジェットの練り込みがやや足りない一方で、こちらはあまりに凝りすぎて尺のなかに説明を収めきれなかったのかも知れない。
 しかし、そうした欠陥を補ってあまりあるのが、精緻に作り込まれた映像と、スピーディなストーリー展開、そして迫力のアクションシーンである。凡庸ではあるがそれだけに突飛さがなく、ごく自然に作り込まれた近未来都市の姿はなかなかにリアルであり、ほどよく無機的でほどほどに人間味が感じられる。オフィス街が完全に整備されている一方で、バーの設備やスプーナー刑事の自宅や祖母の家のレイアウトは私たちに馴染みのあるものから踏み出していない。そのあたりの匙加減は、昨今のSF映画の主流ではあるがなかなか絶妙と感じた。
 ストーリー展開のスピード感は、視点をスプーナー刑事ひとりにほぼ絞り、理性よりも勘に従って動く彼のキャラクター性に因るところが大きい。彼があまり迷うことなく突き進み、あとづけで理由が説明されるという仕組みを選んでいるのが、本編の場合はいい方向に役立っている。随所に挿入されるアクションシーンも、そうした彼のキャラクターと秀逸なVFXあっての成果と言えるだろう。
 クライマックスはいかにもハリウッドらしい予定調和ながら、どこか不安と希望の綯い混ざったような余韻を残しているのもいい。前述の通り、題名と“ロボット三原則”という要素からハードSFを期待すると大いに裏切られるが、娯楽映画としてはかなり上出来な作品と言えるだろう。SFミステリとしての謎解きの粗さが気に掛かるものの、それを忘れさせるぐらいの勢いと力強さはお見事だった。
 ……やっぱり何とかして劇場で観ておきたかったなー。いちおうパソコンで再生するために5.1chスピーカーを用意してありますが、やっぱり大画面で、音響がそのまま振動として伝わるぐらいの環境で堪能したかった。

(2005/02/20)


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