/ 『亀は意外と速く泳ぐ』
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『light as a feather』トップページに戻る亀は意外と速く泳ぐ
監督・脚本:三木聡 / プロデューサー:佐々木亜希子 / ラインプロデューサー:坂口慎一郎 / プロダクションマネージャー:樋口慎祐 / 共同脚本:本多久就 / 撮影:小林元,J.S.C. / 照明:堀直之 / 美術:常磐常春 / 編集:高橋信之 / アクション指導:村上潤 / 音楽プロデューサー:坂口修 / 主題歌:レミオロメン『南風』 / オープニング漫画:小田扉 / 出演:上野樹里、蒼井優、岩松了、ふせえり、伊武雅刀、要潤、松重豊、村松利史、緋田康人、温水洋一、森下能幸、松岡俊介、岡本信人、嶋田久作、水橋研二 / 製作・配給・宣伝:Wilco
2005年日本作品 / 上映時間:1時間30分
2005年07月02日公開
公式サイト : http://www.kamehaya.com/
テアトル新宿にて初見(2005/08/08)[粗筋]
片倉スズメ(上野樹里)はごく平凡な、というかこれといって目立つところのない一般的な主婦。海外出張に赴いている旦那様からはいちおう毎日電話がかかってくるが、言ってくれることといえば常に「亀太郎に餌はやったか?」だけ。時間を無為に過ごし、自分を必要としてくれているのは亀太郎だけ、という生活に、さすがに少々うんざりしかけている。
そんなスズメの目にとても羨ましく映るのは、同じ日、同じ病院で生を受けて以来の腐れ縁である扇谷クジャク(蒼井優)の生き様だった。だいたい学生時代に鞄のステッカーの貼り方からしてスズメよりも格段上のセンスを備えていた彼女は、成長したいまもアグレッシヴな日々を送っている。断層に掘った家で生活し、将来はエッフェル塔の見える場所でフランス男性と暮らすことを本気で夢見ている。学生時代憧れだった加東先輩(要潤)絡みの話で借りがあることもあって、要求されるがままに未だにときどき会っているけれど、一緒にいるとスズメの存在が吹き飛んでしまいそうだった。
そんなある日、スズメはまったく思いがけない場所に、妙な広告を発見する。切手よりも小さなポスターもどきに記された文句は、「スパイ募集中 委細面談」――変化を欲していたスズメは衝動的に、併記された電話番号に問い合わせ、面談の約束を取り付ける。
招かれたのはうらぶれたアパートの一室、現れたのはクギタニシズオ(岩松了)にエツコ(ふせえり)という夫婦。やたら生活臭に満ちあふれたふたりはスズメの凡庸極まる佇まいを高く評価してあっさり採用、活動資金を手渡すと共に早速指令を与えた。その指令とは――平凡に目立たず、スパイとして悟られることなく生活しろ、というもの。
こうしてあれよあれよという間に主婦兼スパイとなったスズメであった。不思議なことに、指命として送る“平凡な暮らし”は、それまでとやっていることは対して変わっていないにも拘わらず、とってもスリリングなことに感じられてきた。亀太郎に餌をやるのも、部屋の掃除をするのも諜報活動の一環だと思うと妙にワクワクする。
が、先輩スパイであるクギタニ夫妻の要求は更に厳しかった。スパイっぽくサングラスを買っても駄目、レストランでもウェイトレスの記憶に留まるような頼み方をするのはペケ。スーパーでの買い物も高すぎず安すぎず、自然な品揃えを心懸けよ。そうやって意識しはじめると、意外と目立たず平凡に、という暮らしは厄介だったりする。初日からスズメはすっかりへとへとになってしまった。
以後もたびたびクギタニ夫妻の薫陶を受けつつ、スズメは新米スパイとしての暮らしに少しずつ順応していく。なかなか本格的な指令が齎されないまま時が過ぎていったが、ある日、クジャク共々参加した地引き網にかかった溺死隊がきっかけで、中西(伊武雅刀)・福島(嶋田久作)ら公安の面々がスパイの存在を疑い、現地での捜査を開始する。果たしてスズメたちの運命は……?[感想]
小ネタ命の映画の粗筋を書くのは大変です。ネタをいちいち拾い上げて書いてしまっては大変だし、だいいち観るときの興を削いでしまう。そんなわけでシンプルかつ、色々とフェイクの入った粗筋になっていますご了承を。
脚本・監督を担当している三木聡という人物は、テレビのバラエティやコント番組で辣腕を振るってきた人物であり、2005年に奥田英朗原作の『イン・ザ・プール』と本編とが相次いで公開されて劇場映画デビューを飾ったとのこと。手懸けたテレビ番組は『トリビアの泉』『笑う犬の生活』『ダウンタウンのごっつええ感じ』『タモリ倶楽部』。この辺の番組を御覧になった方であれば、本編の手触りを想像することは難しくない。
あからさまに「お笑いです」と主張するような、大袈裟な身振りや話術などとは無縁に、日常をやや予想外の角度から眺めて“違和感”を挿入したり背景を垣間見せたりして、そこはかとなく滲んでくる笑いを演出している。大爆笑にはならないが、ツボに嵌るといつまでもいつまでも頭のなかで反芻してしまうような“擽り”に満ちた笑いが全篇を支配している。何せ、やたらとわざとらしいシチュエーションを作るのではなく、実際に町中であり得そうな状況にポン、と妙な要素が投げ入れられているので、何気ない生活の中で不意に思い出してしまいそうだ。反芻を前提とした笑いが、この作品の独特の魅力となっている。
だいたい発端となる発想が、町中にひっそりと貼られた“スパイ募集中”の広告であり、それに応募した平凡な主婦にまず下されたのが「目立たず暮らすこと」というあたりからして一発ネタである。聞いた瞬間、最初のうちは面白いが、ただ“平凡な日常”を淡々と描いただけでは面白いはずもない。無数に注ぎ込まれた様々なネタは、それを支えるために使われていると言っていい。
しかし、自分でいうほどこのヒロインの暮らしや佇まいは平凡ではない。かなり若くして結婚して家庭に入り、夫が海外出張に出ているため漠然と毎日を過ごしてけっこう平気でいるところや、電話のない家に暮らし、帰ってきた娘と何故か相撲の手合わせをする父親がいたり、だいたい生まれた日から一緒という腐れ縁の幼馴染みのアグレッシヴぶりだけで相当楽しめるに違いない。そんな当人も、外見的にはこれといって目立つ点はないけれど、暇潰しに買ってきた縄跳びで遊び、思いつきで永久パーマをかけてしまうあたり、結構変わっている。
実際のところ、誰しも人と比べて変わった部分の一つや二つあるのである。要はそれを自覚するかしないか、だ。本編のヒロイン・スズメは、スパイとして“平凡に暮らす”という指命を受けたことから、平凡の難しさと面白さを認識し、何気ない日常の光景にも裏があることに思いを巡らせるようになる。そんなちょっとした色づけだけで、退屈だと思いこんでいた日常が一転、華やかなものに変容するのだと知る。
無数の小ネタの集積である本編だが、その背景には日常というものの可笑しさを再認識させる、という主題が秘められている。要はそれに気づくか気づかないか、だ。話も中盤を過ぎたあたり、それまでスズメが羨んでいた幼馴染みのクジャクはあるときこんなことを言う。
「最近あんたいい顔で笑ってる。あんたの生活が羨ましいわ」
この逆転のくだりが何よりも本編を象徴している。
基本的にネタづくめなので、全体の起伏は大きくなく、またネタのままで済ませるために肝心の話のオチもそう大胆なものではない。しかし、すべてが終わっていちど寂しさを味わったあと、だが日常に戻ったはずのスズメは、とある事情から明後日の方向へと足を進めていく。その思わぬ逸脱の清々しさがまた巧い。たぶん、作中で描かれなかった本当の決着のあと、主人公はまた何ということのない日常生活に回帰していくのだろう。しかし、それはきっとかつてのように味気ないものではなく、彩りに満ちたものであるに違いない。
そのポジティヴな決着が、観ているこちらの暮らしでさえ悪いものじゃないのかも、と思わせてしまう、非常に快い作品。肩肘張らずにゆったりと鑑賞して、随所に鏤められた小ネタを反芻してゆったりまったりと延々楽しめる、優れたコメディ映画です。上野樹里はじめ出演者たちの脱力した演技も秀逸。
――だが、しかし。たったひとつだけ残念に思うのは、“亀が泳ぐシーンがない”
このことである――拘ってどうする、という気もするが。
(2005/08/09・2005/08/27書き忘れを追記)