cinema / 『キング・コング』

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キング・コング
原題:“King Kong” / 監督:ピーター・ジャクソン / 脚本:フラン・ウォルシュ、フィリッパ・ボウエン、ピーター・ジャクソン / 製作:ジャン・ブレンキン、キャロリン・カニンガム、フラン・ウォルシュ、ピーター・ジャクソン / 原案:メリアン・C・クーパー、エドガー・ウォレス / 撮影:アンドリュー・レスニー,A.C.S.,A.S.C. / プロダクション・デザイン:グラント・メイジャー / 編集:ジェイミー・セルカーク / スペシャル・メイクアップ、クリーチャー、ミニチュア:リチャード・テイラー / 衣装デザイン:テリー・ライアン / 視覚効果監修:ジョー・レッテリ / 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード / 出演:ナオミ・ワッツ、ジャック・ブラック、エイドリアン・ブロディ、トーマス・クレッチマン、コリン・ハンクス、ジェイミー・ベル、イヴァン・パーク、カイル・チャンドラー、アンディ・サーキス / ウィングナット・フィルムズ・プロダクション製作 / ユニバーサル・ピクチャーズ提供 / 配給:UIP Japan
2005年ニュージーランド・アメリカ合作 / 上映時間:3時間8分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2005年12月17日日本公開
公式サイト : http://www.kk-movie.jp/
VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズにて初見(2005/12/29)

[粗筋]
 1933年、大恐慌に喘ぐアメリカ・ニューヨーク。喜劇女優として劇場勤めをしていたアン・ダロウ(ナオミ・ワッツ)は、突然の劇場閉鎖で仕事を失ってしまった。かねてから憧れていた劇作家ジャック・ドリスコル(エイドリアン・ブロディ)の戯曲を上演するプロデューサーに接触して職を求めるが、しかし彼はとうに役は埋まってしまったと言い、代わりに紹介してくれたのは場末のストリップ小屋という始末だった。
 同じころ、映画監督のカール・デナム(ジャック・ブラック)もまた苦境に立たされていた。好んで秘境映画ばかりを撮影するカールだったが、毎回あと一歩興収が振るわず、用意していた新作はとうとう出資者たちに見放されようとしている。そこでカールは予定していた海外ロケを早め、その日のうちにスタッフと出演者を集めて出航するよう助手のプレストン(コリン・ハンクス)に指示するが、直前で更に厄介な問題が出来した。肝心の主演女優が降板してしまい、役に空きが出てしまったのである。スタッフや船の手配をプレストンに委ね、主演女優を捜して街を徘徊したカールはやがて、場末のストリップ小屋を前に立ち尽くすアンを見出した。
 自分を舞台の喜劇女優と自認するアンは当初、切迫した財政事情はさておき、カールの構想する秘境探検映画に自分は合わないと固辞しようとしたが、脚本を手懸けるのが憧れのジャック・ドリスコルであると聞かされて翻意した。すぐさま港に連れて行かれ、手配された船・冒険号のみすぼらしい外観とカールらの胡散臭い言動にややたじろいだものの、結局アンは乗船する道を選ぶ。
 脚本の冒頭部分しか書き上げていなかったジャック・ドリスコルをも騙して船に押し込み、出資者らの通報で駆けつけた警察を振り切り無事出航まで漕ぎつけたカールだったが、実は彼にはまだ余人に秘密にしていたことがあった。出資者やスタッフ、更には冒険号のイングルホーン船長(トーマス・クレッチマン)にさえ目的地をシンガポールと偽っているが、本当に目指していた場所は、公式の海図には存在せず、未知の巨大生物が多数跋扈していると噂される島――“髑髏島”であった。
 カールはおいおい航路を指示し、シンガポールから外れて島へと向かう心積もりだったが、ジャックに計画を打ち明け脚本の方向性を相談しているところを最年少の船員ジミー(ジェイミー・ベル)に嗅ぎつけられてしまった。そこへ追い打ちをかけるように、カールに逮捕状が出たという無線連絡が船に齎される。航路を外れて港に戻りカールを降ろす、という船長の最後通牒に、刃向かうことなど出来ようはずもなかった。
 カールが終焉を悟ったその矢先に、船を異変が見舞う。針路を維持できなくなって間もなく、霧に包まれた海域に潜りこみ、やがて眼前に巨大な岩の城壁を構えた島に辿り着く――それこそ、カールが密かに目的地に定めていた“髑髏島”に間違いなかった。
 浅瀬の岩場に乗り上げ船が座礁した隙にクルーと共に上陸したカールたちだったが、原住民の襲撃に遭う。いちどは船長らに助けられたが、戻った船に原住民が侵入、アンを攫ってしまった。異様な儀式の果て、吊り橋によって城壁の向こうにある密林へと吊されたアンの前に現れたのは、体長七メートル近い巨大な猿――キング・コング(アンディ・サーキス)であった……!

[感想]
『ロード・オブ・ザ・リング』の成功により一流監督の仲間入りを果たしたピーター・ジャクソン監督だが、根っこは茶目っ気の豊かなマニアなのだろう。成功に乗じて実現に漕ぎつけた、名作SF秘境冒険映画のリメイクである本編の完成度の高さが、その本質を証明している。
 この作品は1976年にもリメイクが実現し、そちらの場合は作中の時代背景を当時に設定しなおし、より大胆な脚色を行っているようだが、本編は時代をオリジナルが発表されたのと同じ1933年に戻している。
 そのため序盤で描かれるのは、大恐慌の影響で貧困に喘ぐニューヨーク市民の生活の様子だ。道端で眠り、ゴミを漁って食事を得る人々の姿を点綴したのち、ようやくヒロインであるアン・ダロウが登場するが、彼女も不興の影響を被っているのがすぐに理解できる。描写の呼吸が実に滑らかで、観客が惹きこまれるのに時間を必要としないだろう。そんな彼女にもうひとりの主要登場人物である映画監督カール・デナムの物語が交錯すると、まだキング・コングどころか未知の孤島での出来事を予見させないうちから、ちょっとしたスリルのある展開を繰り出してくる。暢気な観客であってもこの頃にはペースに巻き込まれてしまうはずで、脚本の構成が実に巧い。
 移動の船内では随所にユーモラスな表現を交えながら、中盤で重要な意味を持つ感情的な変化を織り込み、そして髑髏島に辿り着いたところからはまた矢継ぎ早に危険と活劇とが展開する。言葉で過剰に説明させず、ひたすらに状況を積み重ねているだけなのだが、何故こんなことになっているのかはだいたい察しがつくような情景描写、所作、あるいは感情の機微を細々と採り入れているので、大混乱ながらも展開に戸惑わされることはない。安心して活劇を堪能できる。
 昨今はVFX技術の驚異的な発達により、画面上で何が動こうと本気で驚くようなことは少なくなったが、それでも本編の映像は驚嘆に値する。生き残った恐竜たちの描写もさることながら、やはり素晴らしいのがキング・コングだ。作中で本人の姿のままコック役を演じているアンディ・サーキスの動きを取りこみCG化する、という手続を踏んでいることが奏功して、これ以上ないほど仕種が生々しく、しかもCG特有の人工臭がなく暖かみすら帯びている。特に、窮地に陥ったアンを助けた直後、彼女に見せる表情の人間くささは特筆に値する。
 一方で、コングが終盤の行動の鍵となる、ヒロインに執着するに至った背景をここで丁寧に描きこんでいるあたりにも注目したい。最たるものは、アンがコングの気を逸らすために喜劇女優ならではの動きで楽しませようとするくだりであるが、それ以外にもちらっと、コング同様の巨大動物の骨が、コングの生活する洞窟に転がっているところを映像に収めているのだ。髑髏島では覇者に等しいコングだが、他に同種の生物はいっさい登場しない――そんなところに、コングがアンに気を許す動機をちらつかせていることもポイントである。人間を描くような配慮が、またこのタイトル・ロールの存在感を膨らませている。
 そうして物語は、『キング・コング』というタイトルから我々が即刻連想する、あの名場面へと繋がっていく。作中でも登場人物が口にするある疑問が、実はきちんと髑髏島での描写を踏まえていることにも注目していただきたい。このツボを押さえた描写が、物語のドラマ性を更に強固なものにしている。
 ここまでクリーチャーが丹念に作られていると人間のほうが疎かにされていそうだがさにあらず、冒険号の船員にも個性的なキャラクターを配し、中盤における髑髏島の活劇に深みを齎している。特に、考えようによってはコングさえも掌のうえで躍らせた感のあるカール・デナムが秀逸だ。かなり強引な性格だが映画に対する情熱は強く、その側面は終始物語を動かし続ける。終盤でコングを捕獲しニューヨークに連れ去ることを推し薦めたのも彼だが、そこに至る心理的背景も描かれているあたりがまた巧妙だ。終始第三者の意思を仲介する道化の役回りを担わされたジャック・ドリスコルの、逞しさと共存する二枚目になりきれない情けなさもいい。
 序盤では笑いさえ盛り込みながら巧みに冒険譚への導入を図り、中盤で一気にスペクタクルを加速させる。そして終盤では、中盤の出来事を踏まえながら、今度は摩天楼を舞台に壮絶な戦いが繰り広げられながら、中盤にはない繊細な情感を湛えさせてさえいる。激しくも滑らかに、いっときも観客の気を逸らさない、喝采ものの娯楽大作である。三時間を超える長尺に二の足を踏んでいる人もあるだろうが、断言しておく。そんなもの、まったく気になりませんから。

(2005/12/29)


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