/ 『リーグ・オブ・レジェンド 時空を超えた戦い』
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『light as a feather』トップページに戻るリーグ・オブ・レジェンド 時空を超えた戦い
原題:“The League of Extraordinary Gentlemen” / 監督:スティーブン・ノリントン / 脚本:ジェームズ・デイル・ロビンソン / 原作:アラン・ムーア&ケヴィン・オニール / 製作:ドン・マーフィ、トレヴァー・アルバート / 製作総指揮:ショーン・コネリー、マーク・ゴードン / 撮影監督:ダン・ラウストセン、D.F.F. / プロダクション・デザイン:キャロル・スピア / 編集:ポール・ルーベル、A.C.E. / 衣装デザイン:ジャクリーン・ウエスト / 音楽:トレヴァー・ジョーンズ / 視覚効果スーパーバイザー:ジャネク・シルス / 出演:ショーン・コネリー、ナサーラディン・シャー、ペータ・ウィルソン、トニー・カラン、スチュアート・タウンゼント、シェーン・ウエスト、ジェイソン・フレミング、リチャード・ロクスバーグ(ロクスボロウ)、デイヴィッド・ヘミングス / 配給:20世紀フォックス
2003年アメリカ作品 / 上映時間:1時間50分 / 字幕:林 完治
2003年10月11日日本公開
公式サイト : http://www.foxjapan.com/movies/league/
日比谷スカラ座1にて初見(2003/10/11)[粗筋]
1899年、まだ単身ライフルが戦争の主役であった頃。イギリスのとある銀行が、人々のまだ見たことのない乗物――戦車によって襲撃された。戦車に乗った兵隊を指揮する、“ファントム”と名乗る仮面の男は、ひとりの目撃者を残して警官達を皆殺しにすると、金銭のほかにとある絵画を強奪して、いずこへともなく消えた。
襲撃者がドイツ語を話していたことから、ドイツ軍関係者の犯行が疑われたがドイツ側は否定、だがそのうちに今度はドイツにある飛行船建造所が襲撃された。またしても主犯はファントムだったが、疑心暗鬼に囚われた列強諸国は一触即発の状態に陥り、人類が未だ経験したことのない世界規模の戦争が危惧されはじめた。
そんなある日、冒険家として名を馳せたアラン・クォーターメイン(ショーン・コネリー)のもとをひとりの使者が訪れた。大英帝国、ひいては世界の危機を救うために力を貸して欲しい、という使者に、冒険を通じて息子をはじめとする多くの親しい人を喪ってきたクォーターメインは首を振る。だが、そんな彼らにも“ファントム”の魔の手は伸びていた。突然の襲撃で、クォーターメインの表の顔を代行していた友人ナイジェル(デイヴィッド・ヘミングス)を含めた多くの仲間たちが殺される。襲撃者をほぼ掃討したあと、クォーターメインは重い腰を上げて、久しぶりに故郷の地を踏んだ。
クォーターメインは、この計画の立案者であるM(リチャード・ロクスバーグ)のもとに案内された。Mがクォーターメインに請うたのは、彼を含めた「異能の人々」を指揮し、四日後にヴェニスで開催される国際会議に対する“ファントム”らの攻撃を阻止すること。そうしてクォーターメインが引き合わされたのは、天才的な発明家にして巨大潜水艇ノーチラス号の船長ネモ(ナサーラディン・シャー)、盗み出した薬品によって透明人間となるも戻り方を考慮し忘れた“泥棒紳士”ロドニー・スキナー(トニー・カラン)、かの伯爵の襲撃から唯一生還したが同じ吸血鬼となってしまったミナ・ハーカー(ペータ・ウィルソン)。
Mは更にあとふたりを大至急スカウトしてくるようにクォーターメインに要請し、早速ネモ船長の車に乗ってドリアン・グレイ(スチュアート・タウンゼント)を訪問した。はじめは拒んでいたグレイだったが、かつて恋人であったハーカーの存在に心を動かされた、と参加をほのめかす。そこへ、またしても“ファントム”の一味が襲いかかった。ある理由から一味に潜んでいたアメリカ諜報員のトム・ソーヤー(シェーン・ウエスト)の機転と、銃弾の雨にも死ぬことのないグレイの活躍によって難を免れると、クォーターメインはにわかにやる気を起こしたグレイとともにトムも仲間に引き入れる。
残るひとりは、パリにいた。自らの作った薬品によって凶暴化し、人を殺めてイギリスを追われたジキル博士=ハイド氏(ジェイソン・フレミング)をうまく罠に誘い込みノーチラス号に捕えると、クォーターメインはロンドンへの受け入れを条件にジキル博士を籠絡した。
斯くして、“超紳士同盟”は結成された。だが――“ファントム”の計略は、思いもよらぬ形でクォーターメインらを陥れようとしていた……[感想]
「誰ひとり、ただ者じゃない。」というコピー通り、主役も脇役もなかなか正体を明かさない敵役もみんな往年のフィクションを飾ったヒーロー・ヒロインである。それぞれが、それぞれの特性を損なわないまましのぎを削るという趣向が、どこか子供っぽくて楽しい。
本編はグラフィック・ノベル(ノベルとは言うが、日本で言えば青年漫画のようなものらしい)に基づいており、果たしてどこまで忠実に再現しているのか、原作が手元にないため判断は出来ないが、キャラクター造形はいずれも何らかのアレンジが施されている。こと、ジキル博士=ハイド氏の変更は特に映画的なアレンジだろう――どー見ても「ハルク」だ。
ほか、そもそもの原作では不死身などとは一言も書かれていないらしいドリアン・グレイ、基本的にごく普通のしかも少年だったトム・ソーヤーを青年のスパイとして起用する、などなどかなりの潤色が目立つ。しかし、そうやってきっちりと色づけが為されているから、ヒーロー同士で方向性がかち合うことなく共存し、それぞれが本編の中での個性を引き立てているとも言える。原作を知っている方は変にこだわるより、ああこのキャラクターをこういうふうに捉えて描いたか、でここでこういうふうに使うのか、と解釈そのものを楽しんだ方がいいだろう。
とにかく、ヒーローをヒーローらしく描きながら、往事の冒険ものを思わせる物語を築くことに腐心した作品である。ぶっちゃけた話、あちこちかなり破綻している。悪役の動機はどうも先に過程ありきで決められたような節があるし、あれだけのことが出来るならこんな計画必要ないだろ、というかなり根本的なところから芳しくない要素が散見される。が、ネモの車を駆ってヴェニスの町を疾走するトム・ソーヤー、無数のコウモリとともに空を舞うミナ・ハーカー、ここまでやらせて大丈夫か、と感じる格闘センスを披露するネモ船長に、年齢を感じさせずに奮闘するクォーターメイン(まあ、大半スタントだとは思うが)、大海原を自在に駆けめぐるノーチラス号、中盤のクライマックスとなるヴェニス爆破の場面、といった無数の見せ場に、一分の隙もないストーリーを求めるのがだんだん馬鹿馬鹿しくなってくる。
随所で襲いかかる敵やトラブルに目まぐるしく対応していく様を、素直に楽しむのがいちばんという作品。上の粗筋に書いただけでなく、まだあちこちに19世紀末頃のフィクションに登場したキャラクターが登場しているので、それを探したりするのもまた一興である。一緒に鑑賞した某氏は、直前に「それぞれの原作者が草葉の陰で泣くような作品を期待したい」と言っていたが、ここまでやられたらきっと苦笑しながら受け入れてしまうに違いない。……あ、でも、『ドリアン・グレイの肖像』の作者オスカー・ワイルドはちょっと泣いてそうな気がする。私にとってヒーローの競演以上に気になっていたのは、既に70歳を超えた往年のムービーヒーロー=ショーン・コネリーがどれだけ動けているか、だった。実際のところは――画面で判断するのは難しい、というのが率直な感想なのだが。
それはさておき、鑑賞しながら「さすがショーン・コネリー」と感心してしまった一幕は別にあった。冒頭、Mの使者がアフリカにいるクォーターメインを訪れた場面である。最初、クォーターメインと名乗って使者を迎えるのはショーン・コネリーではなく、冒険談を聞きに来る人々に応対するいわば影武者的人物であり、それを演じているのは何とデイヴィッド・ヘミングス――かつては『サスペリアPART2』などに主演し、現在は大作・インディーズの秀作などで味のある脇役を演じる大ベテランである。
さすがはショーン・コネリー、影武者もある程度大物でないと駄目なのね……。(2003/10/12)