cinema / 『ミリオンズ』

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ミリオンズ
原題:“Millions” / 原作:フランク・コットレル・ボイス(新潮社・刊) / 監督:ダニー・ボイル / 脚本:フランク・コットレル・ボイス / 製作:アンドリュー・ハウプトマン、グレアム・ブロードベント、ダミアン・ジョーンズ / 製作総指揮:フランソワ・アイヴェルネル、キャメロン・マクラッケン、ダンカン・リード、デイヴィッド・M・トンプソン / 共同製作:トレイシー・シーウォード / 撮影監督:アントニー・ドッド・マントル / 美術:マーク・ティルデスリー / 編集:クリス・ギル / 衣装:スザンナ・パクストン / ヘアメイク:ロゼアン・サミュエル / キャスティング:ゲイル・スティーヴンス、ビヴァリー・ケオウ / 音楽:ジョン・マーフィ / 出演:アレックス・エテル、ルイス・マクギボン、ジェームズ・ネスビット、デイジー・ドノヴァン、クリストファー・フルフォード / ミッション・ピクチャーズ製作 / インサイド・トラック共同製作 / 配給:Asmik Ace
2004年イギリス・アメリカ合作 / 上映時間:1時間38分 / 日本語字幕:石田泰子
2005年11月05日日本公開
公式サイト : http://millions-movie.net/
渋谷シネマライズにて初見(2005/11/15)

[粗筋]
 線路沿いに自転車を走らせると、まだ線引きしかされていない住宅街があった。間もなくそこに、ダミアン(アレックス・エテル)と兄アンソニー(ルイス・マクギボン)、それからビル清掃員をしている父ロニー(ジェームズ・ネスビット)の新居が建つ。
 お母さんは、しばらく前に天に召された。経済観念の優れたアンソニーは、とても巧妙なタイミングでそのことを口にする。悲劇に直面した子供に、大人達は基本的に優しいからだ。けれど、いつ頃からか聖人の名前と功績にやたらと詳しくなってしまったダミアンは、そうして自分の境遇を利用するのが正しいことなのか、いまいちよく解らない。ときおり、聖人の幻を目の当たりにする――しかも、ダミアン自身それが幻だということはよく解っている――ダミアンは、どこまでが悪徳で、どこからが貴い行いなのか、その基準もまたよく解らなかった。
 新興住宅街が完成して引っ越しが済むなり、ダミアンがまず行ったのは、自分の庵を編むことだった。引っ越しの際に出た段ボールを組み合わせて、線路そばの空き地に建てたそれは、ダミアンにとってとても心地よい空間になった。
 だがある日、唐突に庵は、飛び込んできた鞄によって崩壊した。ナイキのロゴをあしらった巨大なバッグの中身は、膨大な量のポンド紙幣。
 アンソニー共々数えた結果、バッグに詰まっていた紙幣はおよそ22万ポンド。新しい同級生たちに「自分たちだけの秘密だ」と言って見せびらかし、賄賂を与えて口を噤ませ新生活の溜飲をひとしきり下げたあと、はた、とふたりは立ち止まらざるを得なくなった。
 子供が大金を使うのは意外と難しい。アンソニーはサングラスを買ったり、取り巻きにばらまいたりしているけれど、経済観念のしっかりした兄は、パラ撒きすぎると不審を招くと解っているから、いちどに使える金額などたかが知れている。
 一方、聖人に憧れを抱くダミアンは貧しい人達に施しをしようと考えるけれど、新興住宅街に基本的にまったくお金のない人はいない。あちこちからときおり集ってくる貧しい人達を集めてピザを奢っても、ギリギリの資金で共同生活を送るモルモン教の人たちのポストにお札を詰め込んでも、膨大なお金はなかなか減らない。
 何せ、急いで減らさなきゃならないのだ。間もなくイギリスはポンドと完全におさらばする。クリスマスを過ぎたら、この膨大なお金はすべて価値のない紙屑に変わってしまう。子供達が膨大な額の紙幣を携えて預金や換金に訪れれば、否応なしに不審の目を集めることになる。堅実なアンソニーは住宅に換えることも思いつくけれど、子供相手に真面目にお金の話をしてくれる不動産屋なんてこの世にはいない。
 もっと厄介な問題がある。この大金を、ダミアンは暢気に神様からの賜り物ぐらいに考えていたけれど、アンソニーはその出所をおおよそ把握していた。ちょうど彼らが新居に越してきて間もない頃、不要となったポンド紙幣を大量に積み込み、廃棄処分するために運用されていた列車が、犯罪組織の襲撃を受けたのだ。すぐさま駆けつけた警察によって紙幣は無事に運ばれたと思われたが、どさくさに紛れて紙幣共々列車に潜んだ犯人のひとりが、紙幣をバッグに小分けにして詰め込み、特定のポイントで列車から放った。随所に散らばった仲間たちがそれを回収する手筈となっていたのだ。それは恐らく、ダミアンたちが越してきた新興住宅地のそばを列車が通ったときにも放られたはずだった……

[感想]
 ある日突然、目の前に大金が降ってくる――そういう類の妄想を思い描いたことは誰しもいちどくらいあるだろう。が、それを手にしたのが大人であっても、実際に使う段になると様々な厄介があるのは、分別がある人間なら容易に想像がつく。まして子供ともなれば、使い道を考えるだけでもなかなか大変なものだ。本編はそういうごく当たり前のことを至極現実的に捉えつつ、同時に現代のフェアリー・テイルとして描き出すことに成功している。
 この成功に最も寄与しているのは、主人公であるダミアン少年の設定の巧妙さだ。彼は小学校低学年にして、キリスト教の聖人の名前とその功績をあまた暗記している。しかも、折に触れてそうした聖人たちの幻を目撃する、という変わった癖がある。物語に並行して随所で登場する、頭に天使の輪をかけた聖人たちの姿が、どちらかというとリアリティの側に与するテーマと物語の流れに空想的な味わいを添えている。
 そういう少年の兄として用意されたアンソニーもまた、物語にとっては重要な要素となる。大金を手にするなり、聖人に関心を抱いているだけあって、私物化するのではなく貧しい人々に施すことを考えるダミアンに対し、アンソニーは実に子供っぽく、それでいて実に策略的なお金の使い方を試みる。友人たちにお金(の一部)を披露すると、賄賂を掴ませて沈黙させると同時に、ギャングスタさながらに自分を中心としたグループを構成する。一方で、年に似合わず経済観念の発達した彼は、子供が突然大金をばらまき始める不自然を最初からある程度自覚していて、弟に対しても慎重に振る舞うことを要求する。子供相手に不動産がまともに取り合わないというのに気づかないあたりはまだまだだが、資産価値のある家やマンションに換えたり、すぐさま預貯金することを考える彼は、実質的にダミアン以上に物語をよく牽引していると言えるだろう。
 ダミアンだけであれば貴いけれどいささか俗っぽい善行話に落ち着いてしまう。アンソニーだけであったら、如何に金銭感覚の発達した彼とて子供に過ぎないのだから、先に待ち受けているのは惨いカタストロフィだったはずだ。それを、このふたりを絡めていくことで巧みにバランスを保たせている。
 無論子供ばかりでは話は進行しない。アンソニーが幾ら抑えたところで、ダミアンは施しを第一に考え、そういう意味ではお金を無造作に使う傾向があり、いずれ大人達の目に留まる。また、突然大金が訳もなく転がり落ちてくるはずはなく、まして真っ当な経緯でなければ、それだけの大金を他人の手に渡ったままにしておくのを、当事者が潔しとしないのも当然だ。中盤からはそうした大人達の思惑が絡んで、話は複雑に、そして剣呑に変化していく。ごく当たり前の流れだが、しかし細部は意外性に富んでいる。こう来るか、と予想していると明後日の方向から意外な手が伸び、ああいう形で丸く収めるのか、と思いきや更なるトラブルに見舞われて、心理的には自然でも序盤からは想像もしにくい方へと向かっていく。ところどころ反応や成り行きに大袈裟なものが目につくきらいがあるが、その派手な筋書きもまた、真実味と同時に物語の空想性を強調しており、本来泥臭い主題を親しみやすいものにしていることも見逃してはならない。このあたりともなると、ほとんどの観客は些末な点に囚われることなく、いつしか気持ちを掴まれてしまっているはずだ。
 やがて訪れる結末は、ある意味お約束通りのハッピーエンドだが、しかし単なる教訓話めいた締めになっておらず、実に快い。ここでも登場人物たちの行動は至極生々しく、しかし提示されるラストシーンの描写はまるでファンタジーだ。そういう普通なら矛盾しそうな表現が、この物語のなかでは自然に溶けあって、本編だからこそ提示しうる暖かな余韻に包まれた終幕を作りあげているのだ。
 本編のそうした独特の空気をより膨らませているのが、デジタル技術や早廻し、オーバーラップなど工夫を凝らした映像であることも指摘しておきたい。正直なところ、住宅地の建築の模様から引っ越し、転校初日あたりまでのくだりでは、そうした小技を多用しすぎていることがいささか鼻につくのだが、最終的にはそのスタイリッシュな画面作りや映像表現が、物語のリアリティと空想的な側面とを調和させている。空間感覚に優れ、メリハリに富んだカメラワークは、先行する『28日後...』などとまるっきり趣を違えながらも、ダニー・ボイル監督の作家性をきちんと感じさせる。
 ダニー・ボイル監督らしさを留めながら、現実を皮肉とウイットとで味付けして盛りつけながら、全体としては年齢層を問わずに楽しめるように仕立て上げられた、秀逸なファンタジーである。お金というものの意味を改めて再考するきっかけになると同時に、キリスト教の聖人たちの名前や偉業の一端に触れられるという点でもお得な映画かも知れない。

(2005/11/16)


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