/ 『盲獣VS一寸法師』
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『light as a feather』トップページに戻る盲獣VS一寸法師
原作:江戸川乱歩(創元推理文庫・刊) / 監督・脚本・撮影:石井輝男 / 照明:野口素胖 / 美術:鈴屋 港、八木孝道 / 特殊美術協力:原口智生 / 特殊効果:西村善廣 / 音楽:藤野智香 / 出演:リリー・フランキー、塚本晋也、平山久能、リトル・フランキー、藤田むつみ、橋本麗香、薩摩剣八郎、及川光博、丹波哲郎 / 配給:石井輝男プロダクション+スローラーナー
2001年日本作品 / 上映時間:約1時間40分
2004年03月13日公開
2004年10月29日DVD版発売 [amazon]
公式サイト : http://www.fjmovie.com/ishii/mojuvs/
渋谷シネ・ラ・セットにて初見(2004/03/25)[粗筋]
浅草レビューの女王・水木蘭子(藤田むつみ)をモデルに制作された彫像を嘗めるように撫でまわしていた男(平山久能)。たまたま展示場を訪れていた蘭子が不快感からそれを制止すると、男は「こうする以外に確かめる術がないのです」とサングラスを外してみせた――男は、目が見えないのだ。しかし、あまりに薄気味悪い様子に、蘭子はその場を逃げ出す。
蘭子のレビューを鑑賞しに小屋を訪れていた三文探偵小説作家の小林紋三(リリー・フランキー)は帰途、灯りの落ちた浅草の街をそぞろ歩いていると、子供と見紛うほどに小柄な男――一寸法師(リトル・フランキー)を発見した。見るともなく様子を窺っていた小林は、一寸法師が躓いた拍子に取り落としたものを目の当たりにして驚愕する。それはどう見ても、切り落とされた人間の腕だった。魅せられたように一寸法師のあとを追った小林だったが、とある寺の庫裏に入っていったところまで確かめるのが精一杯だった。
同じころ、蘭子は結婚相手として狙っている恋人のもとを訪ねるため、ハイヤーを使った。だが車が着いたのは見も知らぬ家である。女に案内されるがまま邸内に入っていった蘭子は、壁の絡繰りによって、奇妙な部屋に閉じこめられる。灯りの乏しいその部屋は、人間の柔肌を思わせるなまめかしい素材によって、無数の顔や手足、乳房を再現した、異様な作りをしていた。……
翌朝。下宿のおかみに叩き起こされた紋三は、彼女に突きつけられた新聞の見出しにふたたび驚かされた。浅草の近辺で、女の躰の一部が発見されたというものだった。いやがおうにも見失った一寸法師のことが思い出された小林は、改めてあの小さな男が消えた寺のそばを訪れるが、近所のものが言うにはそれらしき男がここらに暮らしていたという話はないらしい。訝りながら立ち去った小林は、途中で旧知の山野百合枝夫人(橋本麗香)とばったり遭遇する。なにやら苦悩している様子の彼女に子細を訊ねると、義理の娘である三千子が密室のような状況から行方をくらましてしまった、というのだ。
百合枝夫人に請われた小林は、昔からの友人で素人探偵として名を挙げつつある明智小五郎(塚本晋也)に調査を依頼する。失踪人の捜索は苦手だ、それよりは寧ろこういう事件のほうに興味がある、と届いたばかりの夕刊を明智は示す。そこには、水木蘭子の失踪を告げる記事が載っていた。ちょうど失踪直前に蘭子のレビューを見、客席に挙動の不審な男を見つけていた小林は、その事実を口にしかかって危うく思いとどまる。明智の興味を惹くような情報をくれてやるわけにはいかない――懸命に懇願すると、明智は遂に折れて、事実確認のために小林と共に山野邸を訪問した。
一方、閉じこめられていた蘭子は、自分を拐かした悪党があの目の見えない男だと解ると、薄気味悪い趣向に酔いしれる獣――盲獣と彼を罵った。だが、その呼称に寧ろ悦びさえ示した男は、人間の肉体がもつれ合う奇怪な部屋で、蘭子に襲いかかった――![感想]
石井輝男氏といえば、約三十年前に制作し、ビデオソフトなどで発売されることもなかった幻のカルト作品として知られる『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人形』の監督である。その氏が、ふたたび江戸川乱歩原作に挑んだのが本編である。くだんの作品は昨年、一部劇場で再上映され日の目を見たのだが、私自身は機会を逸して鑑賞することが出来なかった。悔しい思いをしていたところへ、新作である本編上映の報を目にし、また見逃してなるものか、とばかりに劇場に赴いたわけだ。
今日日珍しい4:3の画面もそうだが、いい意味で作りが古めかしい。恐らくセットと呼べるものは盲獣サイドの、人間の肢体をモチーフにした内装で覆われた秘密の部屋と、一寸法師側のエピソードに登場する人形師の仕事部屋ぐらいで、あとは大半ロケであったと思われる。が、そういうことを窺わせぬよう工夫して撮影しているのが解る。たぶんビルなどが映ってしまった場合は加工で消してしまっているのだろうが、それを差し引いても撮影場所の選択が巧い。大正後期・昭和初期のいかがわしい雰囲気を纏った浅草や下町界隈をうまく再現している。画面の作り方がチープなのも、そうした雰囲気作りに却って貢献しているようだった。
しかし、本編の最大の問題は、本来別々の作品である『盲獣』と『一寸法師』を縒り合わせた必然性がいまいち感じられないことだろう。この疑問に応えるような言葉を、物語の中心人物である小林が述懐しているものの、彼の言葉を証明するような描写はあまり見られない。単独であれば丁寧に伏線を張り巡らせることも出来ただろうものを、ふたつのエピソードを同時進行で描いたために、説明不足の箇所が終盤になって溢れだしてしまった印象がある。
反面、上述のように雰囲気作りには成功しており、通常の明智小五郎=美男子というキャスティングから(こう言っては失礼だが)外れた塚本晋也に、メインの語り手となる小林紋三=リリー・フランキーの飾らず飄々とした演技、ほか異様に癖のある脇役によって、乱歩独特の退廃的、猟奇的なムードが再現されている。及川光博に丹波哲郎、また手塚眞に園子温といった通好みのゲストをちょい役で配するような贅沢な趣向も、作品に彩りを添えている。
盲獣の目指していた世界観、一寸法師の事件を巡る謎解きの細部など、通俗ものといえど確かに存在していた論理性が、尺のためにかなり削られてしまっており、それぞれの理念が原作を知らない人にとっては解りにくいのでは、という懸念があるものの、乱歩の通俗ものが備える雰囲気を再現する、という点についてはほぼ完璧な仕上がりだと思う。乱歩作品の愛読者としては、オリジナルで一度削除されてしまったあの曰く付きの箇所をちゃんと再現してくれただけでも歓喜ものの一本である。鎌倉ハム万歳。
――それにつけても、丹波哲郎は、ずるい。映画鑑賞の際には、感想執筆の助けとして必ずプログラムを購入するようにしているのだが、今回これが1000円もした。普通は600円前後、豪華な装幀や脚本採録などがあってもだいたい800円程度である。帰宅後よくよく眺めてみたら、実はこれ、今回の劇場公開に合わせて作られたというものではなく、どうやら作品が完成された時点で、石井監督の作品世界を一望するテキストとして制作したものを再利用したらしい。本編のみならず、近作である『地獄』や『ねじ式』の解説も収録し、監督のバイオグラフィに最も紙幅を割いている。
いわゆるプログラムとは目的意識が違うため、本編の内容や個々の出演者に突っ込んでいく、という箇所がなく、そういう意味では難渋したが、私のように「乱歩作品の映像化」を前提に鑑賞に訪れるような人間には、石井作品を理解するうえでは非常に助けになった――ような気がする。
ただ、巻頭付近にある乱歩の主要作品一覧に、肝心のものが載っていないのはどーかと思われます。石井監督のイベントで供するものなら兎も角、本編のプログラムとして売るには……ねえ。『猟奇の果』なんてのまで載せてるんだから。(2004/03/26・2004/10/12追記)