cinema / 『マルホランド・ドライブ』

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マルホランド・ドライブ
原題:Mulholland Drive / 脚本・監督:デイヴィッド・リンチ / 音楽:アンジェロ・パタラメンティ / 衣裳:エイミー・ストフスキー / 編集:メアリー・スウィーニー / 出演:ナオミ・ワッツ、ローラ・エレナ・ハリング、アン・ミラー、ジャスティン・セロウ、ロバート・フォスター / 配給:コムストック
2001年アメリカ・フランス合作 / 上映時間:2時間26分 / 字幕:不明
2002年01月19日日本公開
2002年08月21日DVD日本版発売 [amazon]
公式サイト : http://www.mulholland.jp/
銀座シネパトスにて初見(2002/04/03)

[粗筋]
 ハリウッドを見下ろす山腹に延びる道“マルホランド・ドライブ”――疾走する黒塗りの車。その中からプルネットの女(ローラ・エレナ・ハリング)が街の灯りを見下ろしていた。不意に急停止したことに驚き運転手を非難すると、彼はおもむろに拳銃を向け、女に降りるよう命じた。もうひとりの男がドアを開けるのに従い、降りようとした矢先に、無軌道な若者の運転する車が女達の車に真っ向から衝突する。車が燃え上がる惨状から、ただひとり無傷であったプルネットの女は逃げだし、サンセット通りにある高級アパートの庭先に転がり込む。疲れ果てた女は、そのまま眠りに就いた。
 明くる朝、希望を胸に抱いてロサンゼルス空港へと降り立ったベティ(ナオミ・ワッツ)は、旅行に出かけた伯母と入れ替わりに伯母の住む高級アパートに到着した。やや口うるさいが人の良さそうな管理人・ココ(アン・ミラー)に鍵を開けてもらい、部屋に上がると――奥の浴室で、ブルネットの女がシャワーを浴びていた。リタ、と名乗った彼女を伯母の友人と思いこみ歓待するベティだったが、伯母からの電話で間もなく偽りを知る。問い詰めると、ブルネットの女は告白した――夜中の道路で事故に遭い、それ以前の記憶を喪ってしまった。名前でさえ、たまたま近くに貼ってあったポスターから拝借したものだった。
 同情したベティは、仮称リタの身許探しに協力する。警察への通報を拒む以上は、僅かな記憶を手懸かりにするしかない。オーディションなど、女優目指して励む傍ら、ベティはリタと行動を共にし彼女の素性を追い求める――
 一方その頃、新進の映画監督アダム・ケシャー(ジャスティン・セロウ)は、謂われのない災厄に見舞われていた。新作の出資者から突如主演女優を指名され、拒んだところ監督を解雇すると言われた。腹いせに出資者の車をゴルフクラブで蹂躙し、むかっ腹を立てたまま自宅に戻ってみれば妻は男とベッドの中、怒りのあまりに妻の大事な宝石類にペンキを浴びせたら男に叩き出され、逃げ込んだダウンタウンの安宿で呼び出されてみれば、なんといつの間にか全財産を奪われている、ときた。秘書を介してアダムを呼びだしたカウボーイ姿の男は、主演女優を昼間推薦された女にしろ、と暗に命じ、手綱は自分が握っている、と告げた――

[感想]
 ――さっっっぱり、わからん。
 と安易に投げ出すのはなるべく避けるとして。
 物語の志向するところは解る。前半でばらまかれたガジェットが、ラスト30分程度で思わぬ位置に納まっていく感覚――酩酊感とでも言おうか、は凄まじいものがある。ただ、それらがきっちりあるべき場所に収まった、という感覚は微塵もない。非常に企みに満ちているのだが、いまいち論理的という気がしないのだ。
 ただ、そこは流石『ツイン・ピークス』のリンチ監督と言うべきか、「思わせぶり」の演出は殆ど神懸かりの域に達している。脈絡もなく出来事を羅列しているように見えて、まさに手綱を握り締めているかのように観客を迷宮へ迷宮へと誘導していく様は巧みだ。問題は、果たして監督自身が本当に出口を知っていたとは思えないことだが――それを是とするか否とするかは人それぞれではないか。
 その快い居心地の悪さ、とでも言うべき感覚を醸成してみせたことだけでも、評価するべきだろう。一般向けの作品ではないが、不思議な魅力に満ち溢れた一本。私自身は取り敢えず満腹気味だが、二度・三度と劇場を再訪するリピーターが現れてもおかしくはない。『メメント』のように観るたびに欠けていたパーツがまた埋まっていき、ただ再確認として鑑賞しても楽しめる、というのではなく、観るほどに霧が濃くなってゆくタイプの作品だろう。

(2002/04/03・2004/06/22追記)


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