cinema / 『ノロイ』

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ノロイ
監督:白石晃士 / プロデューサー:一瀬隆重 / 脚本:白石晃士、横田直幸 / 撮影監督:森下彰三 / 美術:安宅紀史 / 特殊造型:松井祐一 / 視覚効果:松本肇 / 編集:高橋信之 / 音楽プロデューサー:慶田次徳 / 音楽:氷室マサユキ / 製作プロダクション:オズ / 出演:小林雅文、松本まりか、矢野加奈、堀光男、飯島愛、高樹マリア、アンガールズ、ダンカン、荒俣宏 / 配給:XANADEUX
2005年日本作品 / 上映時間:1時間55分
2005年08月20日公開
公式サイト : http://www.no-ro-i.jp/
新宿オスカーにて初見(2005/08/20)

[粗筋]
 2004年4月12日、とある一軒家が全焼した。焼け跡からは小林雅文の妻・景子の焼死体が発見されたが、同じ時刻、家にいたはずの小林の姿はなく、彼はそのまま行方を眩ました――
 小林雅文は約十年のキャリアを持つ、怪奇実話を手懸ける作家であった。2000年以降はビデオカメラによる撮影を取材に採り入れ、ビデオ媒体での発表を中心に活躍している。彼は自宅の焼亡と失踪の二日前に、最新作となる『ノロイ』の編集を終えたばかりであった。この最新作は未発売となり、その後発売元となるはずだった杉書房のビデオ製作部が廃止されたことにより、完全にお蔵入りとなるところを、『呪怨』シリーズなどを手懸けた一瀬隆重プロデューサーによって権利が買い取られ、こうして日の目を見ることとなる。小林が生前、最後に編集した映像をもとに、一部の実名を出すことに問題のある人物が登場する箇所については撮影をやり直すなどして製作されたのが、この映画なのである。
 ――小林が一連の出来事に巡り会うきっかけとなったのは、隣の家から奇妙な音が聴こえる、という現象の取材のためにとある家を訪ねたことにあった。その家の隣には四十代半ばぐらいの女性と、五歳か六歳ぐらいの男の子しか住んでいないはずなのに、夜になると時折赤子の泣き声に似たものが聴こえてくるのだという。主婦から話を聞いた小林はその足で隣家にも取材を敢行するが、頬のこけた鬼気迫る形相をした女に意味不明の言葉で罵られ、尻尾を巻いて逃げ出すほかなかった。去り際、カメラは隣の家に面した窓から男の子が自分たちを窺っている姿を一瞬捉える。
 後日、例の主婦から、隣の家に住んでいた女性と子供が引っ越した、という報告を受け、小林とカメラマンの宮川は追跡取材に訪れた。確かにあの不気味な女性は転居したようで、家屋に人の気配はない。裏庭に廻ると、そこには無数の鳩の死骸が転がり、異様な気配を醸していた。怪奇現象の手懸かりは得られぬままその場は辞去した小林たちだったが、間もなく彼らのもとに思いもかけない悲報が齎される――報告者となった主婦とその娘が、それから五日後に交通事故で急逝したのだ。
 話は変わって、テレビで放映された超能力特集番組で、驚異的な能力を見せた少女がいる。矢野加奈というその少女は、フィルムケースに収めた紙片に記されたものを当てるというテストで、五問中四問まで完璧に正解し、直後、密閉されたフラスコに液体を出現させるという実験でも、見事に成功してみせた。彼女に興味を抱いた小林は彼女の自宅を訪ねる。実験後、しばらく熱を出して寝込んでいた加奈は、復調して以降奇妙な言動が目立つようになった。両親には見えない何者かと会話を交わしたりすることが増えたのだという。その“見えない誰か”との会話の内容を訊ねた小林に、加奈は「もうみんな、終わりだと思うの」と異様な答を返す。――そして加奈は間もなく、忽然とその姿を眩ました。
 次の怪事は、あるバラエティ番組のお蔵入りしたロケで発生した。人気芸人のアンガールズと女優の松本まりかが、心霊スポットとして知られる神社を訪れてその様子を探る――というありきたりのものだったが、まりかの異様な反応のために放送が見送られたのだった。現地で彼女は「変な人が沢山いる」と言いだし、やがて何かの発作を起こしたように倒れ絶叫を繰り返したが、間もなく正気を取り戻した彼女は、自分の行動をいっさい覚えていなかった。
 この出来事を人伝に知り興味を抱いた小林は、某所で開催されたトークライブの席でまりかをゲストに招き、彼女を経由して入手した映像を流したあと、霊能力者に彼女を霊視してもらう、という企画を用意する。着衣をアルミ箔で覆った奇妙な風体のその霊能力者・堀光男は、だが現れるなりまりかに殴りかかるという奇行に出る――後日、件の番組のディレクターに面会した小林は、まりかに映像を手渡すとき、彼女がショックを受けるといけないと配慮して削った場面があったことを知る……

[感想]
 長々と綴ったが、あの異様な雰囲気は実物で体感した方が早い。
 実在した怪奇ドキュメンタリー作家が失踪直前に完成させた作品に基づく、という体裁を取っているので、全篇に亘ってハンディカムを駆使したドキュメンタリータッチの作りになっている。基本的に取材者である小林と、常に同道するカメラマンのふたりしかいない、という状況ゆえ、視点は時としてぐらつくカメラひとつに限定される。現場でトラブルに遭遇すればカメラがぐらつくし、レンズはひとつしかないので、その正面にある出来事以外は音や間接的な事実から想像するしかない。この特殊な状況が、作品全体に異様な臨場感を齎している。ホラー、しかも全体像の掴めない恐怖という感覚から想起されるのは『ブレアウィッチ・プロジェクト』だが、緊張感と完成度は本編のほうが上だろう。素人が思いつきで撮っている、といった体裁を取っているあちらと比べると、もともと“商品”として提示することを意図して編集が入っている、という設定の本編は、観客の興味を惹くための演出をする余地が残されている分、だれる箇所が少ないのだ
 小林が取材しているのは各所で発生する奇妙な出来事だが、その一方で、彼らがカメラを廻している目の前ではさほど奇妙な出来事は起きていない。例えば、最初の取材で訪れた隣家の窓に覗きこむ男の子の姿が映っていても、それ自体は異様ではあっても説明のつかない出来事ではない。その記録の音声部分に奇妙な音が入っている、松本まりかの怪事を撮影したバラエティ番組の映像に異様なものが映りこんでいる、その後も関係した記録に似たような異音が紛れ込んでいる……といったものは確かに鏤められているが、しかし個々はありきたりのものである。
 本編の恐怖の源泉は、現実で説明はつくけれども不気味としか言いようのない出来事が、ほとんど絶え間なく蓄積されていくことにある。まず小林が事態に拘わる契機となる最初の取材で遭遇した、意味不明の言動で彼を追い払った女。加奈が唯一失敗した透視で描いた絵。松本まりかを招いたトークイベントで突如襲いかかった霊能力者の異様な言動。その霊能力者の助力で辿りついたマンションの、鳩が集まる一室……細かに細かに蓄積されていく異様な“事実”が、事態の中心にいるまりかは無論のこと、次第に取材者である小林を巻き込んで、その逃げ場を奪っていく。観ている側までも包み込んでいく閉塞感が、寒気を誘わずにおかない。『呪怨』のように、脅威を齎す存在が直接描かれるよりも、本編のような積み重ねのほうが長篇ホラーには向いているし、よっぽど恐ろしい。
 ただ、この作品を本心から“怖い”と感じられるのは、その背後に存在する“約束”を理解するか、多少なりとも察することの出来る人間に限られるかも知れない。ここで描かれていることの背後に拡がる暗黒に想いの及ばない人、また根っこにある約束を蔑ろにするような人はたぶん楽しめないだろう。
 特にそうした長短の如実となるのが終盤の怒濤の展開である。それまでに蓄積した違和感と伏線とを拾い上げてこれでもかこれでもか、とばかりに悪夢のような出来事が畳みかけてくるが、さすがにやり過ぎと感じる可能性は否めない。だが、作品世界に完全に入り込んでしまったあとであれば、このある意味乱暴なシナリオにも鳥肌の立つような感覚に見舞われる。寧ろ、そこまででリアルな薄気味悪さを蓄積していったからこそ、自信を持ってこれだけの無茶をしたとも言えるのだ。
 積み重ねによって、現在の東西ホラーの主流とは趣の異なる恐怖を見事に体現してみせた傑作。ここしばらくに鑑賞したホラー映画のなかでは間違いなくトップレベルの一本だと思う。

(2005/08/21)


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