cinema / 『ノー・グッド・シングス』

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ノー・グッド・シングス
原題:“No Good Deed” / 原作:ダシール・ハメット「ターク通りの家」(『コンチネンタル・オブの事件簿』ハヤカワ・ミステリ文庫所収) / 監督:ボブ・ラフェルソン / 製作総指揮:ピーター・M・ホフマン / 製作:バリー・バーグ / 脚本:スティーヴ・バランシック / 撮影:ファン・ルイス=アンシア / 美術:ポール・ピーターズ / 衣装:マリー・クレール・ハナン / 編集:ウィリアム・S・スカーフ / 音楽:ジェフ・ビール / 出演:サミュエル・L・ジャクソン、ミラ・ジョヴォヴィッチ、ステラン・スカルスゲート、ダグ・ハッチソン、ジョス・アックランド、グレイス・ザブリスキー、ジョナサン・ヒギンズ / 配給:GAGA-HUMAX
2002年アメリカ作品 / 上映時間:1時間37分 / 字幕:風間綾平
2003年03月08日日本公開
公式サイト : http://www.no-good.jp/
池袋HUMAXシネマズ4にて初見(2003/03/21)

[粗筋]
 窃盗課に所属する刑事ジャック・フライア(サミュエル・L・ジャクソン)は、唯一の趣味であるクラシック演奏会に参加する為の準備に追われていた。そこへ、隣人の女性が、失踪した娘を捜し出して欲しいと懇願してくる。専門でないことを理由に拒もうとするが、焦燥しきった女性の姿についに折れてしまう。
 娘と、彼女が付き合っている男の写真を手に、男が住んでいるというターク通りへ出向いて聞き込みを行うジャックだったが、収穫はない。急に雨は降り始める、糖尿病を抑えるインシュリンは切らしてしまう、と散々な有様だった。
 ジャックが車のなかで途方に暮れていると、玄関に上がるステップで転倒した老婦人(グレイス・ザブリスキー)を目に留めた。助けに出て、婦人が落とした荷物を拾い集めるジャックは、そのときポケットから尋ね人の写真を落としてしまったことに気づかなかった――
 居間に通されたジャックは、現れた主人(ジョス・アックランド)にも協力を願おうと思って写真を取り出そうとする。だが、紛失したことに初めて気づいたジャックは、口頭で説明しようとした。金髪で碧い目の男――次の瞬間、銃で頭を殴られ、ジャックは昏倒する。
 目が醒めたとき、ジャックは椅子に座った状態で手足を縛られ、拘束されていた。フープと呼ばれた金髪の男(ダグ・ハッチソン)は、ジャックが捜していたのとは別人だったが、誰ひとり信用しようとはしない。家の主人も、夫人も偽名であるという僅かな台詞に、ジャックは自分が退っ引きならないトラブルに巻きこまれたことを悟る。
 その裏でフープは、計画のボスであるタイロン(ステラン・スカルスゲート)に軽率を咎められていた。タイロンは、刑事が誰を捜していたにせよ、計画の遂行を一日早める必要がある、と告げる。つまり、実行は今日。
 ジャックに剣呑な態度を取るフープを宥めるのは、娘役を務めているらしい美しい女エリン(ミラ・ジョヴォヴィッチ)。ジャックのきつすぎるロープを緩め、食事も与えようとするのは彼女ひとりだった。
 偶然家を訪れた、協力者である銀行員のデヴィッド(ジョナサン・ヒギンズ)に計画が前倒しになった事実を告げ、偽物の家族はそれぞれの持ち場に向かっていく。大胆な銀行強盗計画が粛々と進むなか、ジャックは謎めいた女・エリンの監視のもと、ターク通りの家に取り残された……

[感想]
 実に真っ当な、ハードボイルドでした。
 原作はそのハードボイルドの基礎を築き上げたダシール・ハメット、そして監督が『郵便配達は二度ベルを鳴らす』のリメイクを手掛けたボブ・ラフェルソンとなれば安定した仕上がりは保証されたようなものだが、探偵役の視点に絞らず襲撃計画に関わる人々それぞれの確執をシンプルに丁寧に描いており、現代を舞台にしながら古風なハードボイルド、というより犯罪小説の雰囲気を再現している。
 登場人物の設定も、孤独で妙に高尚な趣味を一つだけ持つ糖尿病の刑事、過去を背負い謎めいた行動をする美女、独善的だが貫禄を具えた悪党などなど、新しさはないがクライム・サスペンスの持つ淫靡な魅力を表現するのに充分な役割をそれぞれに果たしている。
 印象的なのは、主人公であるジャック=サミュエル・L・ジャクソンが、作中の八割方で手足を拘束されたままの状態でいることだ。この状態で孤独ながら遺志の力を具えた男を演じているサミュエルも凄いが、同時にサスペンスを演出する脚本家と監督の仕事ぶりもうまい。
 心理的で地味な駆け引きが繰り返されるため、漫然と見ていると展開の意味を把握し損ねる可能性もあり、不慣れな観客には退屈に感じられるかも知れない。また、謎の女エリン=ミラ・ジョヴォヴィッチ、彼女自体は好演しているのだけれど、その行動意図が最後まで明確にならなかったことにも不満を容れる余地を残している。
 が、その点まで含めて、ハードボイルドというものをよく理解した職人の仕事という印象が濃厚な、味わい深い作品に仕上がっている。こと、エリンがジャックにチェロとピアノとの共演を強制し、渋々ながらジャックがチェロを演奏する一連のくだりなどは官能的ですらあり、細かな表現にも香気が漂っているのがいい。

 本編の原作は前述の通りダシール・ハメット、だが上のスタッフ一覧を見ていただければ解るようにオリジナルはジャックという刑事などではなく、コンチネンタル・オプを主人公とした短篇である。映画向けにキャラクターを手直しし、プロットを複雑化させているはずなのだが、きちんとハードボイルドの香気を留めているあたりはもう少し評価されてもいいように思う。のわりに話題になっていないのは……原作と題名が違いすぎるせいか、広告上で言及されることが少なかったからか。
 ハメットの愛読者に評価を窺いたいところだが、生憎身近で思いつく人がない。

(2003/03/21)


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