cinema / 『ピーナッツ』

『cinema』トップページに戻る
『light as a feather』トップページに戻る


ピーナッツ
監督:内村光良 / 脚本:内村光良、益子昌一 / 製作:柵木秀夫、長澤一史、亀山慶二、安永義郎、工藤浩之、白内寿一 / プロデューサー:春名慶 / 協力プロデューサー:山本隆司 / 撮影:谷川創平 / 照明:木村仲 / 録音:内田誠 / 美術製作:津留啓亮 / 美術進行:大倉謙介 / 編集:田口拓也 / VFXディレクター:山本雅之 / VFXスーパーヴァイザー:稲葉貞則 / サウンドデザイナー:藤村義孝 / 助監督:長瀬国博 / 製作担当:白石治 / アクション監督:山田一善 / 音楽:ロケットマン、梅堀淳 / 主題歌:NO PLAN『君の中の少年』(Ki/oon Records) / 製作プロダクション:ウイルスプロダクション / 出演:内村光良、三村マサカズ、大竹一樹、ゴルゴ松本、レッド吉田、ふかわりょう、佐藤めぐみ、飯尾和樹、青木忠宏、藤重政孝、桜井幸子、ベンガル、、入江雅人、中島ひろ子、山内菜々、中島知子、Adeyto、奥貫薫、府川涓、府川京子、小木茂光、松村雄基、高杉亘、有田哲平、竹中直人、ウド鈴木、原田泰造、出川哲朗 / ピーナッツ製作委員会:マセキ芸能社、COMSTOCK、テレビ朝日、博報堂DYメディアパートナーズ、ケイマックス、イキナエンタテインメント / 配給:COMSTOCK
2005年日本作品 / 上映時間:1時間55分
2006年01月28日公開
公式サイト : http://www.peanuts-movie.jp/
渋谷Q-AX CINEMAにて初見(2006/01/28)

[粗筋]
 秋吉光一(内村光良)が十年振りに郷里・富士沢に帰ってきた。いの一番に相良和雄(三村マサカズ)を訪ねるなり、秋吉は久し振りに野球がしたい、と言い、かつて彼が所属し、地区大会優勝を成し遂げた草野球チーム、富士沢ピーナッツへの復帰を申し出る。
 だが、あれから十年を経て、町もピーナッツも大きく様変わりしていた。富士沢の商店街を中心とした再開発事業に反対する監督・草野務(ベンガル)は組合の仕事に奔走しているため練習にはほとんど顔を出していない。往年の名スラッガー・赤岩登(レッド吉田)はピーナッツの元マネージャーだった妻アカネ(奥貫薫)が乳ガンのために闘病しており、誘いたくても誘える状況ではなかった。ファーストを担当していた文野正樹(大竹一樹)は借金が祟って実家の靴屋は閉店、いまは身を隠して暮らしている。十年前、最後の試合で肩を壊したピッチャーの勝田一鉄(ゴルゴ松本)は脱サラして、ロシア人の妻トスカーニャ(Adeyto)とともに小料理屋を営んでおり、野球とはすっぱり訣別していた。
 現在、ピーナッツの練習にまともに参加しているのは、最近入ったばかりの宮本音楽堂の若き後継者・宮本良一(ふかわりょう)と、容姿はまったく違うけど癖は同じのクリーニング屋の三兄弟、秋山ハルオ(飯尾和樹)、ナツオ(青木忠宏)、アキオ(藤重政孝)、そして相良のわずか五人だけ。
 それでも熱心に勧誘を続け、練習にも積極的に参加する秋吉だったが、彼もまた別の悩みを隠し持っていた。十年前、ピーナッツについて綴った文章が出版者の目に留まったことをきっかけに上京してスポーツライターとなった秋吉だが、今やかつての情熱を失い、一年ほどまともに仕事していない。彼が故郷に帰ってきたのは、自分が転職するきっかけとなったピーナッツをもういちど題材にする目論見があったからだった。野球を始めたことで情熱は確かに蘇っていたが、仲間たちを利用していることへの後ろめたさは禁じ得ない。
 一方、東和ニュータウン開発による再開発事業は着々と進み、既に賛同者も半数に達していた。ある日、東和ニュータウンの社長・大崎健二(小木茂光)は草野監督に対し、ニュータウンが抱える草野球チームの強豪・東和ニュータウンズとの親善試合の話を持ちかけてくる。監督は三つの条件をつけてこの申し出を受け入れる。ひとつ、試合には軟球を使用する。ふたつ、ピーナッツのホームグラウンドで行うこと。そしてみっつめは――この試合でもしピーナッツが負ければ開発に全面協力、買った場合は即時、開発は中止とすること……

[感想]
 衰退したスポーツ・チームに訳ありの男が加わる、となれば話は決まっている。本編はそのお約束を基本的に外れない、オーソドックスな組み立てとなっている。
 ただし、そこはお笑い芸人であり、元々は映画を作りたくて映画学校に進み、現在も多くの映画を鑑賞しているという内村光良が初監督を務めただけあって、オーソドックスだが筋廻しは決して単純ではない。まず冒頭、野球をもういちど始める、という意思があって郷里に戻った秋吉だが、お約束通りに勧誘には走らない。相良の案内でかつてのチームメイトの様子を見に行くものの、積極的に説得を試みるわけではない。当初は地区大会の出場だけを念頭に、かるく参加を促すだけだ。
 代わりに、かつてのメンバーや監督たち、それぞれのドラマが随所に鏤められていく。本編の出色な点は、このくだりでほぼすべての主要メンバーのキャラクターを確立していったことだ。基本的に凡庸なおじさんである相良、愛妻に対して甘すぎる赤岩、やたら難しい言い回しを好むロシア人の妻と一風変わった生活を営む勝田、足の速さ以外に取り柄のない宮本、という具合に、それぞれを演じる芸人の芸風と個性とを活かして肉付けされたキャラクター像がすぐ観ているこちらに馴染む。
 そのなかでも個人的に評価したいのは文野である。借金取りから逃れねばならない立場上、表立って練習に加わることが出来なかった彼もやがて野球に対する情熱を蘇らせていくのだが、その紆余曲折が涙ぐましくも可笑しい。試合間際までほとんど他のキャラクターと絡まず単独でエピソードを紡いでいるせいもあるのだが、いちばん印象的であり、また本人の芸風との嵌り具合も見事だった。大竹一樹だからこそあそこまで面白いキャラクターになった、と言えるだろう。
 通常であればヒーロー役として物語を牽引していくべき位置づけであるはずの内村演じる秋吉は、随所に個人としての見せ場を設ける一方で、そうしたキャラクターたちの味を引き出すツッコミ役としての活躍が目覚ましい。こうしたエピソードの構築手段はバラエティ番組のそれに通じるものを感じさせ、実に内村光良らしい話作りと言える。そういう格好で作品としての個性を確立しているあたり、初監督ながら既に職人的な側面を窺わせてもいる。
 但し、内村含むメイン・キャストは、ヒロイン格である監督の娘・みゆきを演じた佐藤めぐみ以外すべて本職の役者ではなく、シビアな眼で見ればその演技は、大健闘はしているものの素人でしかない。だが、観ているあいだそれがマイナスと感じられるところはほとんどない。序盤では微笑ましくすらあり、随所に鏤められた笑いと胸を温かくさせるドラマによって惹きこまれたあとのクライマックスでは、意識することすらなくなっている。
 その理由は、ギャグの部分では本業ならではの技術と呼吸とできちんと押さえながら、それ以外のシーンでも全力で、大真面目に作っていることが画面から伝わってくるからだろう。顕著なのは佳境における野球のシーンである。CGに頼ることを嫌った内村監督は、どれほど危険なプレーであっても役者本人に演じることを要求したという。だから、復活した勝田が剛速球を投じるシーンでは感激させられるし、野手たちが必死の捕球を試みる場面では喝采を送りたくなる。そうした真剣さが、野球の絡まない真面目な場面でも活きているのだろう。笑いを挟むことで真面目なシーンを際立たせる結果となっていることも指摘しておきたい。
 そのうえ本編は決して安易なコメディにも、浮ついた夢物語にもなっていないのだ。定番の筋廻しを押さえつつ随所で笑いによる擽りやさりげない捻りを用意し、微妙にお約束とは異なった方向へ話を引っ張っていく。その決着にしても、単純なめでたしめでたし、という代物ではなく、だがそれ以上に爽やかな余韻を残すものに仕上げている。
 もうひとつ、映画好きの目からすると、画面の使い方や純粋な映画としての演出にも感心したことを付け加えておきたい。映画館の広いスクリーンと奥行きを駆使した画面作りを心懸け、前述のように間を駆使した演出は、お笑い出身の監督、という先入観を抜きにしても巧い。
 監督も主要俳優も芸人である、ということから色眼鏡で見ている向きもあるだろうが侮るなかれ、確かに素人っぽさもあるが、それ故に真摯さと、芸能界に身を置く“職人”ならではの工夫が随所に光る、極めて優秀なコメディ映画にして野球ドラマである。それぞれの芸人ファンや、出演者の被るバラエティ番組『内村プロデュース』のファンであればほぼ確実に楽しめる作品だが、そうでない人にも、かなり幅広い層に安心してお薦めしたい。

(2006/01/28)


『cinema』トップページに戻る
『light as a feather』トップページに戻る