cinema / 『レッド・ドラゴン』

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レッド・ドラゴン
原題:“RED DRAGON” / 原作:トマス・ハリス(ハヤカワ文庫NV・刊) / 監督:ブレット・ラトナー / 脚色:テッド・タリー / 製作:ディノ・デ・ラウレンティス、マーサ・デ・ラウレンティス / 製作総指揮:アンドリュー・Z・デイヴィス / 撮影:ダンテ・スピノッティ,A.S.C.,A.I.C. / プロダクション・デザイナー:クリスティ・ゼア / 編集:マーク・ヘルフリッチ,A.C.E. / 衣裳:ベッツィ・ヘイマン / 音楽:ダニー・エルフマン / 出演:エドワード・ノートン、アンソニー・ホプキンス、レイフ・ファインズ、ハーヴェイ・カイテル、エミリー・ワトソン、メアリー=ルイーズ・パーカー、フィリップ・シーモア・ホフマン、アンソニー・ヒールド、ケン・リュン、フランキー・フェイソン、タイラー・パトリック・ジョーンズ / 配給:UIP Japan
2002年アメリカ作品 / 上映時間:2時間5分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2003年02月08日日本公開
2003年07月25日DVD日本発売 [amazon限定版通常版]
公式サイト : http://www.uipjapan.com/reddragon/
日比谷スカラ座1にて初見(2003/03/22)

[粗筋]
 背中の肉や胸腺、腎臓などを抜き取るという手口でアメリカ全土を賑わせていた猟奇殺人事件。天才的な閃きと、ハンニバル・レクター博士(アンソニー・ホプキンス)の協力によって幾つもの事件を解決してきたFBI捜査官ウィル・グレアム(エドワード・ノートン)だったが、この一件にだけは苦戦していた。だが、スーヴェニアとして持ち去られていた部位がそのまま料理に使われる部位であることに気づいたグレアムは、アドヴァイスを求めて訪れたレクター博士の邸宅で「子牛の胸腺」を用いた料理のところにチェックをつけたレシピを発見し――次の瞬間、レクター博士にナイフを突きたてられた。
 必死の応戦でレクター博士を逮捕し、一躍英雄扱いされたグレアムであったが、この時の傷とストレスが原因で職務の継続が困難となり、レクター博士の九度に亘る終身刑判決を見届けたのち退官、妻モリー(メアリー=ルイーズ・パーカー)と息子ジョシュ(タイラー・パトリック・ジョーンズ)とともに海に程近い家で隠退生活を送るようになった。
 それから数年。ボートの修理に勤しむグレアムのもとを、かつての上司ジャック・クロフォード(ハーヴェイ・カイテル)が訪れた。満月に近い夜、二つの一家を惨殺した通称“咬みつき魔”の捜査に、かつて誰よりも有能だったグレアムの助力を求めたのだ。レクター事件の苦い経験を経て表舞台に立つことを厭うグレアムだったが、次の満月の夜に生まれる新たな犠牲者を助けられるかも知れない、という思いが、遂に彼を現場に駆り立てた。
 早速グレアムはアトランタの犠牲者リーズ一家の自宅を訪れる。緻密な検証と資料との格闘を繰り返した結果、被害者であるリーズ夫人の角膜に犯人の指紋が残っている可能性までを指摘し得たグレアムだったが、それ以上の手懸かりは容易に発見できない。そこでクロフォードが提案したのは、レクター博士のアドヴァイスを受けること、だった。
 チルトン博士(アンソニー・ヒールド)の管理するボルティモア州立病院精神科の監獄病棟、その中で最も自由だが最も束縛されたガラス張りの独房にレクター博士はいた。久し振りに出逢ったグレアムをレクターは言葉で嬲るが、それでも“咬みつき魔”事件に簡単なヒントを提示する。君は既に見ている、だが見ていない――謎掛けのようなそのことばに導かれるように、グレアムは最初の殺人が行われたバーミングハムの検証を行う。犯人の進入経路にまず疑問を抱きながら、それよりもグレアムが興味を惹かれたのは、犯人が一家を監視していたと思しい木の幹に彫られた「中」の文字だった。漢字の中、麻雀パイの「中」は龍を表す。その事実をレクター博士に告げて、返ってきた謎掛けをもとにグレアムが辿り着いたのは、ウィリアム・ブレイクという詩人にして画家の功績だった。
 ――その頃、“咬みつき魔”の異名で呼ばれる男、フランシス・ダラハイド(レイフ・ファインズ)はひとつの出逢いを経験した。上顎の怪我がもとで整形手術を受け、上の歯を失い鼻の下に大きな傷を残してしまったことにコンプレックスを抱くダラハイドだったが、彼の働くビデオ制作会社クロマラックスの同僚で、盲目の女性リーバ・マクレーン(エミリー・ワトソン)はそんなことなど意に介さず、彼の繊細な気性に理解を示した。初めてコンプレックスを感じずに付き合える女性と出逢ったことが、ダラハイドに微妙な変化をもたらす。
 しかしその一方、事件は意外な局面を迎えた。レクター博士のもとに、“咬みつき魔”からのファン・レターが届いていることが発覚したのだ。宛先のない相手に、ゴシップ紙の通信欄を用いて連絡を取ろうとしていたことを察知したFBIの面々は、トイレットペーパーに下書きされていた文面から暗号を読み取ることに腐心する。結果判明したのは、恐るべき内容だった……

[感想]
 1991年の『羊たちの沈黙』、2001年の『ハンニバル』に引き続き、アンソニー・ホプキンスがみたび「アメリカ映画界最強の悪役」ハンニバル・レクター博士を演じた、ということで話題になった本編だが、話の軸はエドワード・ノートン演じるグレアム元捜査官にある。レクター博士が完成されたキャラクターと演技で強烈な印象を残すのも事実だが、まず彼が主役であることを理解しておかないと、変な肩透かしを食らうのではないかと思う(尤も、原作を予め読んでいればそんな誤解をすることはないはずだが)。
 サイコスリラーというスタイルを映画界に根付かせた『羊たちの沈黙』ほど革新的ではないし、リドリー・スコットのカラーが全面に染み渡った『ハンニバル』ほどスタイリッシュでもなく、寧ろ非常に基本を押さえたスリラーとなっている。シリーズの商標のように捉えられている残虐描写は極力控えつつ、地道で堅実な捜査と細やかな心理表現を中心にサスペンスを盛り立てており、際立った部分はないが飽きさせず最後まで惹き付ける手管は、或いは『ハンニバル』よりもいい仕上がりと言えるかも知れない。
 予想していたよりも遥かに原作に忠実で、しかも無理も無駄もないシナリオはそれ自体称賛に値するが、最も努力の痕跡が窺えるのはクライマックスだろう。原作を予め読んでいた私にとって最大の興味がそこでもあった。ハッピーエンド、そうでなくとも主人公が奈落に落ちるような結末は否定されがちなハリウッド資本では絶対に有り得ない結末であり、どう処理するのかにずっと不安を抱いていたが、驚いたことにほとんど原作のテイストを壊していない。いちおうすべてがいい形で収束したように見せてはいるが、レクター博士の台詞によって原作に近い「影」を落としているのが、巧い。
 どうしても従来の二作を意識せざるを得なかったことがやや作品を小さくしているし、また先行作のような他の作品をも浸蝕するような迫力がなかったのが「レクター・サーガ」の愛読者としてはやや物足りないが、強烈な二作を踏まえた上で過去に立ち戻った作品としては充分な仕事ぶりだと思う。レクター博士は凶悪になっているし、レクターと似た資質を持つことに煩悶する捜査官を完璧に演じたエドワード・ノートンも相変わらず素晴らしい。『羊たちの沈黙』に繋げる描写も挟んだ遊び心も含めて、充実したスリラーだった。
 強いて言うなら、どこかで書いていたとおり、容姿にコンプレックスを持つ男にしてはレイフ・ファインズは少々ハンサムすぎることが変ではあったが、人間の心理は通り一遍なものではないからそれ程問題にすることでもあるまい。

 しかし本編でいちばん苦労が窺われるのは、他の作品と共通するキャストを極力同じ役者で揃えたことだろう。ジャック・クロフォード役(スコット・グレン→ハーヴェイ・カイテル)を除いて、チルトン博士(アンソニー・ヒールド)、看護人バーニー(フランキー・フェイソン)が姿を見せている。特にアンソニー・ホプキンスとアンソニー・ヒールドの両人は『羊たちの沈黙』のころよりも老境に迫りながら更に若い頃を演じねばならないわけで、当人以上にスタッフの苦労が偲ばれる。……それでも、チルトン博士の容姿には多少ならず無理を感じたが。

(2003/03/22・2003/07/24追記)


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