cinema / 『サヨナラCOLOR』

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サヨナラCOLOR
監督:竹中直人 / 原作;馬場当 / 脚本:馬場当、竹中直人 / プロデューサー:新藤次郎 / 撮影:佐々木原保志 / 照明:安河内央之 / 録音:北村峰晴 / 美術:斎藤岩男 / 装飾:松本良二 / 衣装:伊藤佐智子 / 編集:奥原好幸 / 音楽:ハナレグミ、クラムボン、ナタリー・ワイズ / 主題歌:ハナレグミ&クラムボン&ナタリー・ワイズfeat.忌野清志郎『サヨナラCOLOR』 / 製作:近代映画協会、NIKKEN.INC、衛星劇場 / 出演:竹中直人、原田知世、段田安則、雅子、中島唱子、水田芙美子、内村光良、大谷直子、久世光彦、中島みゆき、三浦友和、三東康太郎、藤澤志帆 / 配給・宣伝:Zazie Films
2004年日本作品 / 上映時間:1時間59分
2005年08月13日公開
公式サイト : http://www.zaziefilms.com/sayonara-color/
渋谷ユーロスペースにて初見(2005/08/23)

[粗筋]
 ――今でもずっと想い続けている初恋の人に、すっかり忘れられるほど、ぼくは印象の薄い男だったのだろうか?――
 笈川未知子(原田知世)が入院して以来、彼女の病状を気遣いながらもずっと佐々木正平(竹中直人)が胸を痛めているのはそのことだった。独身貴族を気取り、小料理屋の女将・聖子(中島唱子)を愛人にして、ひょんなことで出会った女子高生沢井まなみ(水田芙美子)と援助交際まがいの親交を重ねながら、その実佐々木は在学中いちどもまともに言葉を交わすことの出来なかった彼女をずっと慕い続けていた。自分の勤める病院に重病患者として訪れ、しかし一向に彼のことを想い出してくれない彼女に対して、佐々木は記憶を刺激するようなアプローチを繰り返す。
 結婚こそしていないが、パリ在住時代からの恋人で人気スタイリストの鈴木雅夫(段田安則)と同棲している未知子には、佐々木のしつっこさは正直なところ迷惑だった。だが、執拗であまり品はないけれど、ひたむきで誠実な彼の態度に少しずつ心を開き、彼についての記憶を甦らせていった。
 そんな彼女の抱える病は、子宮癌。話をされてたやすく動揺する雅夫に代わって告知の義務を果たし、後輩の前田(内村光良)とともに化学療法で手術可能な状態にまで病状を緩和させるように務める。時として他の患者をお座なりにしてまで未知子の治療に全精力を傾ける佐々木の様子に、一部の患者からは抗議の声さえ上がるようになっていく。
 だが、それでも佐々木は未知子のために自分の全力を注ぎ続ける。その本当の理由を、胸に秘めたまま――

[感想]
 細かいところは映像で体感して欲しい、と考えながら書いたらえらい短くなってしまいました。
 しかし、基本的にこれは粗筋というものが作りにくい映画である。ちゃんと説明しようと思ったら、描写の背景まで採りあげて、終わりまで書かないと消化不良になる。かといって、それでこの映画の大切な雰囲気をちゃんと伝えられるかというと、甚だ心許ない。
 本編の映像からまず伝わってくるのは、物語や登場人物の感情以上に、「映画が好き」という監督はじめ製作者たちの想いである。場面ひとつひとつに鏤められたアイディアと、その情感の素晴らしさといったら、言葉を重ねて表現しようとするよりも映像そのものに触れて体感してもらったほうがずっといい。特に秀逸なのは物語中盤を過ぎて、夜更けに未知子の病室を訪れた佐々木が、カーテンを使って影絵遊びをするシーンと、一時退院中の未知子に呼び出されて、佐々木が彼女と共にランプ用のガラス拾いをしたあとの場面である。前者は、未知子が半ば仕事にしているランプ作りというモチーフを映画のなかで最大限に活かした極上の映像に仕上がっているし、後者はそれ以前のとある場面を踏まえて未知子の気持ちの変化を如実に語る繊細さを備えながら、しかしヴィジュアル的にはものっ凄い大胆な代物にする、という離れ業をやってのけている。
 印象優先で作っているせいなのだろう、印象深い代わりに全体で考えてみると無意味に感じられる場面が多いのが気に掛かる向きもあるだろう。だが、その無駄の多さが作品全体にゆとりを齎し、その穏やかな色合いの映像と相俟って柔らかな雰囲気を生み出している。また、あからさまなサプライズや起承転結のためではない、けれど実に味わい深い演出のための伏線として用いられている場面が多いことにも注目したい。未知子のランプという素材の扱い方もそうだし、過去の出来事と現在との絡め方も巧い。そんななかで、映画好きならではの美しい場面が更に活かされているのだ。
 その柔らかな雰囲気を醸成するのにもうひとつ、音楽の果たした役割が大きいことも特筆しておきたい。竹中直人監督は馬場当の脚本を読んだとき、咄嗟にSUPER BUTTER DOGの『サヨナラCOLOR』という曲を想起し、そのテーマを敷衍する形で自らも加わって脚本を手直ししていったのだという。その『サヨナラCOLOR』の作曲者である永積タカシのソロ・ユニットであるハナレグミに、彼と共同作業の多いクラムボンとナタリー・ワイズというふたつのグループが加わって製作した音楽は、作品の苦くも柔らかな雰囲気を更に膨らませている。
 またその音楽の使い方が、微妙に普通の感覚とずれているのが、本編の一風変わった味わいを強めている。例えば、未知子の恋人・鈴木雅夫が、未知子の友人でもあり自分の浮気相手でもあるあき子の店に遊びに行く場面では、ふたりが席に着いて噛み合っているのかいないのかいまいち解らない会話を静かに繰り広げているなか、かかっている音楽は不思議な疾走感のあるメロディだ。同じく雅夫とあき子の場面、ふたりを巡るエピソードのクライマックスにあたるところでは、韓国の演歌風の楽曲を用いている。他方、オーソドックスな使い方をしている場面では、基本的にあまり俳優に言葉を喋らせず、些細な所作と重ねていくことで情感を積み重ねていく――監督自身ちらっと語っていることだが、ラヴ・ストーリーであるとともに音楽映画である、という表現は決して気取ったものではないと思う。
 だがやはり、本編は何よりも先にラヴ・ストーリーであることは間違いない。それもかなり独特な趣のものだ。何せメインとなる男性は、学生時代は“ササ菌”と呼ばれ女子には避けられてすらいた変わり者で、現在は飲み屋の女将を愛人に、女子高生と援助交際もどきの交流を重ね、職場では毎朝のように看護師の女性のお尻を鷲掴みにし、独身貴族を気取りながら内心ではずっと初恋の人・未知子を想い続けていたという甚だ執念深い人物である。想われる女性のほうも、昨今ではさほど珍しくないが、いかにもアーティストらしい男と交際して籍は入れず、彼の影響でランプの製作販売をはじめるという進歩的な一面を持ちながら、相手の浮気を察しながらも黙って堪えている、という古風に臆病な面も持ち合わせている。そんな彼女が、一歩間違えればストーカーになりかねない男の純情を理解し、少しずつ惹かれていく過程が主軸なのだ。実のところ、恋愛物語というのは真っ向からやろうとすれば今ではストーカーとしか呼ばれない行動が主体となるものなので、これこそある意味正当な形であるのだが、それを決して反感を抱かれぬ品性をもって描ききっていることがまず凄い。その点で、「映画好き」だからこその場面構成のセンスと、作品の趣旨をよく理解し手助けした音楽の功績はやはり極めて大きい。
 そして、ドラマティックに組み立てることはしていないが、実は本編にはちゃんとアイディアがあり、作品全体の動きを踏まえた見事な結末が用意されている。そこへ向けて、少しずつ少しずつ優しさや穏やかさ、柔らかな想いを積み重ねていく手管は秀逸だ。
 やがて訪れるラストシーンは、優しくも非常に苦い。だが、あとに残る感覚はとても快い。海岸にひとり佇む後ろ姿をロングショットで捉えながら、バックに流れるメインテーマ『サヨナラCOLOR』の歌詞が、まるでその人に語りかけているように聴こえ、その歌詞とえんえん綴られてきた物語とが共鳴しあって、苦みさえも包み込み深い余韻を生み出す。
 主題が主題であるだけに、観終わったあとの感じ方は人によって様々だろう。だが、少なくとも私はいつまでも、いつまでもこの世界に浸っていたい、と思ってしまった。こんなことを考えさせる作品はそう滅多に存在しない。
 誰に観てもらっても満足間違いなしの傑作か、と問われたら、正直なところ迷う。だが、好き嫌いは別にしていい映画と言えるか、または自分にとって好きな映画か、と問われたら、即座に頷くだろう。まさしく、愛すべき佳品である。

 私が本編を気に留めた理由は、まず映画マニアになってからまだ一度も劇場で目にしたことのない竹中直人監督作品である、というのが第一でしたが、もうひとつ、中島みゆきがゲスト出演していたから、というのもあったりします。
 とは言え、ドラマ『親愛なる者へ』や竹中監督の旧作『東京日和』などにも出演している彼女ですが、いずれも扱いはあくまでカメオだったので、今回も似たようなものだろう、と高を括っていたところ――なかなかどうして、結構重要な役回りでした。様々な事情から未知子の手術を他の人に託さざるを得なくなった佐々木が未知子を任せるのが、中島みゆき演じる、新たに病院にやって来た、子宮癌のエキスパートである厳岳先生。初めての打ち合わせで実に粋な台詞を発し、ラストの去り際も実に凛々しい。ファンにとって文句のない、いい使い方をしてくれました。
 そんな彼女よりも更に重要な役回りについている内村光良をはじめ、本編にはかなりの数、よその映画ではあまり出会うことのないゲストが目白押しです。とりわけ、冒頭ではスチャダラパーとAFRAがアカペラでのラップを披露する格好で、音楽を担当したハナレグミにクラムボン、ナタリー・ワイズの面々が患者や医者として登場し、随所で音楽的な彩りを添えているのが面白い。
 ほかにも、やはりテーマ曲でフィーチャーされた忌野清志郎が佐々木と未知子の高校の同窓会で司会を任された同級生に扮していたり(実はこれも序盤で伏線が張られていたりする!)、未知子が当時憧れていた先生を演出家・小説家の久世光彦が演じていたり、と、思いがけないゲストがあちこちに顔を見せていたりします。この辺はすべてプログラム掲載の配役に記されていますが、他にもちょこちょこと意外な人が出演しているようなので、それを探して笑ったり驚いてみたりするのもまたひとつの楽しみ方だと思います。

(2005/08/24)


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