/ 『Shall We Dance?』
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『light as a feather』トップページに戻るShall We Dance?
原作:周防正行“Shall we ダンス?” / 監督:ピーター・チェルソム / 脚本:オードリー・ウェルズ / 製作:サイモン・フィールズ / 製作総指揮:ジュリー・ゴールドスタイン、ボブ・オシャー、マリ・スナイダー・ジョンソン、ボブ・ワインスタイン、ハーヴェイ・ワインスタイン / 共同製作:マリー・ジョー・ウィンクラー / 撮影監督:ジョン・デ・ボーマン,B.S.C. / 編集:チャールズ・アイアランド / 美術:キャロライン・ハナニア / 衣装:ソフィー・デ・ラコフ / 振付:ジョン・オコネル / 音楽:ガブリエル・ヤーレ、ジョン・アルトマン / 出演:リチャード・ギア、ジェニファー・ロペス、スーザン・サランドン、スタンリー・トゥッチ、ボビー・カナヴェイル、リサ・アン・ウォルター、オマー・ミラー、アニタ・ジレット、リチャード・ジェンキンス、タマラ・ホーク、スターク・サンズ / 配給:GAGA Communications
2004年アメリカ作品 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2005年04月23日日本公開
公式サイト : http://www.shallwedance-movie.jp/
VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズにて初見(2005/05/04)[粗筋]
幸せだからって、満たされているとは限らない。ジョン・クラーク氏(リチャード・ギア)がそのいい典型だ。遺言書作成専門の弁護士で、大成功ではないけれど安定した収入を維持している。デパートの商品管理部で働いている妻のビヴァリー(スーザン・サランドン)とはゆっくり一緒に過ごす時間が持てないのが悩みだが、子供達も無関心になりがちの年頃になっても父親の誕生日にちゃんと祝ってくれていて、充分満たされた人生だと、自分でも思っていた。だが――それでもちかごろ、心の中にぽっかりと穴が開いていることを意識せずにはいられない。
そんなクラーク氏の目を惹いたのは、仕事上がり、家路を辿る電車の窓から見える一枚の窓だった。美しい女性が、一瞬胸を打たれるほど寂しげな表情で一点を見つめている。“ミス・ミッツィーのダンス教室”という看板を掲げた窓のなかから、来る日も、来る日も、来る日も。そしてある日、クラーク氏は発作的に、その窓からほど近い駅で途中下車していた。いったい何を考えてるんだ、と自分を罵りながら、知らず知らずのうちにダンス教室の扉を潜っていた。
ミス・ミッツィー(アニタ・ジレット)の主催するこのダンス教室は、若者向けに派手で熱狂的なダンスを教えている“ドクター・ダンス”に押されて会員数を減らしており、やや閑散としていた。そんな事情もあってか、いきなり現れたクラーク氏を少々強引に説き伏せて、そのまま初心者コースに参加させてしまう。こうして、自分でもよく解らないままクラーク氏は“社交ダンス”を学び始める。
人数こそ少ないが、ミス・ミッツィーのダンス教室に連なる面々はなかなか個性的だった。ダンスを愛する婚約者に釣り合うため通い始めたというヴァーン(オマー・ミラー)、ダンスの技術はベッドの技術に通ずると信じ込んでモテるための手段にしようとしているチック(ボビー・カナヴェイル)、言動も体格も出立までもが押しの強いボビー(リサ・アン・ウォルター)……更に意外なことに、クラーク氏の同僚でスポーツ愛好家という触れ込みで、トレーニングジムでそのマッチョぶりを目撃したこともあるリンク・ピーターソン(スタンリー・トゥッチ)が変装までして紛れ込んでいた。実はかなり年季の入ったダンスマニアだが、同僚から妙な眼で見られるのが厭でアメフトやバスケットを好んでいるかのように見せかけているだけだという。職場の人間には秘密にしてくれ、と懇願する彼に、否と応えるはずもないクラーク氏であった――何故なら、彼自身職場はおろか、まだ家族にもダンス教室通いを伝えていないのだから。
そう、そろそろクラーク氏の家族も彼の妙な行動に疑問を抱き始めていた。部下との会話がきっかけで疑心暗鬼に陥ったビヴァリーは、ついに探偵事務所の門を叩く。探偵のディヴァイン(リチャード・ジェンキンス)は不穏なことを口にしながらも、とりあえず実験的にクラーク氏を追うことを約束した。
そんな矢先、ただ目的も理由もなく踊り続けていたクラーク氏にひとつの転機が訪れる。最良のパートナーとともに競技会に出場することを夢見るボビーに、クラーク氏を推薦したのだ。覚えねばならないダンスは五種類、自分にはとても無理だ、と思いつつも、周囲の強い要請に根負けして頷いてしまう。すったもんだありながらも、しかし次第に本気でダンスを楽しみ始めた彼の姿は、クラーク氏がダンス教室にたどり着くきっかけを作った、窓辺の美女――ポリーナ(ジェニファー・ロペス)にも影響を及ぼし始めていた……[感想]
我ながらこういうパターンが多いのに恐縮しますが、実はオリジナルである日本版『Shall we ダンス?』を観た覚えがありません。昔はほんとーに映画にさほど興味がなかったので、あれほど話題になった作品であっても、見過ごしていたのでしょう。今回、リメイク版の公開に合わせてオリジナルを観ておきたかったのですが、結局予習なしで鑑賞することになりました。
が、観ようと観まいとあまり関係はなかったかも知れません。恐らく予備知識の有無に拘わらず、安心して観られるでしょう。
扱っているのが“社交ダンス”たがらなのか、露悪的なところが少なく、全編を覆う雰囲気は暖かで品がいい。ときおりリチャード・ギアによるナレーションを挟みつつ繰り広げられる心理描写はシンプルながらも繊細で、細やかな感情の変化が丁寧に伝わってくる。
基本的に扱っているのは国や土地の東西を問わずある悩みや不安だから、というのもあるだろうが、全体を通して事情が伝わりやすく、また随所に折り込まれたユーモアが活きてくるのも、“社交ダンス”という動きの明確なものをテーマに据えているからだろう。これのオリジナルが大ヒットとなったお陰で一時期ブームになったとは言え、誰もが社交ダンスのルールに精通しているわけではないし断片的な知識しか持ち合わせていない人が殆どだろうが、勝敗ではなく踊ることの楽しさを主眼にした本編は、ルールなど知らなくてもステップに馴染もうと努力しているクラーク氏、ダンスに嵌っていることを同僚らに知られたくないあまり競技会にまでカツラを被っていくリンク、生徒たちの姿にかつての情熱を取り戻していくポリーナ、などその純粋な挙措に注意を向けているだけでも楽しめるはず。
また、オリジナルを観ていなくても、本編がその脚本や意図に敬意を払っていることは配役からも窺える。主人公にハリウッドでもその男っぷりとチャーミングさにかけては随一と言っていいリチャード・ギアを配し、役所広司のユーモアと同居する一種の愛らしさを見事にハリウッド風に消化している。こと、日本版では竹中直人の役柄を担当したスタンリー・トゥッチと、渡辺えり子のキャラクターに当たるリサ・アン・ウォルターなどは素晴らしい嵌りっぷりだった。とりわけ後者など、押しの強さは無論喋り方までイメージが近い。
最近は作品の評価も低く、私的にも芳しくない話題が続いていたジェニファー・ロペスも、本編では久し振りにその魅力を遺憾なく発揮している。派手さよりも人間味を強調した役柄が、ダンスシーンでの華やかさと情熱とを強めている。個人的には当初いちばん不安に感じていた配役だったので、ちょっと意外に思うくらい嵌っていた。
人物の背景にはそれぞれひと匙ずつぐらいの重さと苦みがあり、滑らかな物語のなかにもリアリティと味わいを添えており、ダンスシーンの華やかさとの対比を為していることも巧い。この対比が丁寧だからこそ、いかにもロマンティックな結末が活きてくるのだ。話によるとオリジナルよりも“夫婦の絆”を重視したシナリオになっているようだが、ラストの余韻を思うと巧い判断だ、と思う。
強いて難を挙げるなら、ちょっとエピローグ部分の展開が雑に感じられることか。だが、これは観る人によって評価も異なるだろう。最初は首を傾げたのだけれど、洒落たカメラワークのあとに冒頭との対比を為すラストの一場面は、あとになって思うといちばん自然な纏め方かも知れない。
華やかさとウイット、ユーモア、ささやかだけど人生に変化と光とを与えるドラマ。日本人として、日本映画が蒔いた種であることが誇らしく思えるぐらいの佳作です。(2005/05/04)