cinema / 『サイレントヒル』

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サイレントヒル
原題:“Silent Hill” / 原作:コナミ『サイレントヒル』 / 監督:クリストフ・ガンズ / 脚本:ロジャー・エイヴァリー / 製作:サミュエル・ハディダ、ドン・カーモディ / 製作総指揮:ヴィクター・ハディダ、山岡晃、アンドリュー・メイソン / 撮影:ダン・ローストセン,D.F.F. / プロダクション・デザイナー:キャロル・スピアー / 編集:セバスチャン・プランジェレ / 衣装:ウェンディ・パートリッジ / クリーチャー・デザイナー&スーパーヴァイザー:パトリック・タトポロス / 音楽:ジェフ・ダナ、山岡晃 / 出演:ラダ・ミッチェル、ショーン・ビーン、ローリー・ホールデン、デボラ・カーラ・アンガー、キム・コーツ、ターニャ・アレン、アリス・クリーグ、ジョデル・フェルランド / 配給:松竹
2006年カナダ・フランス合作 / 上映時間:2時間6分 / 日本語字幕:牧野琴子
2006年07月08日日本公開
公式サイト : http://www.silenthill.jp/
新宿ジョイシネマ2にて初見(2006/07/08)

[粗筋]
 ――ある夜。ローズ(ラダ・ミッチェル)はひとり娘のシャロン(ジョデル・フェルランド)を車に乗せ、ウェスト・ヴァージニア州を目指して道を急いでいた。夫クリス(ショーン・ビーン)とともに仲睦まじく暮らしていたローズたちのうえに影を落としていたのは、繰り返し発症するシャロンの夢遊病である。危険な場所に赴き、譫言のように何かを呟くシャロンに、ローズもクリスも胸を痛めていた。
 そしてローズは発見したのだ――シャロンが口にする“サイレントヒル”という地名が実在することを。30年前に地下で大火災が発生、それにより街に住む人の大半が焼け死に、いまなお燃え残る火のために封鎖され見捨てられてしまった土地。道中、正確な場所を訊ねようとしても応えてくれる人はなく、それどころか夜中に子供ひとりを乗せて危険な土地を目指していることで、ローズは婦人警官に目をつけられてしまった。車を猛スピードで走らせ、懸命に追っ手を振り切り、封鎖のゲートを突き破って“サイレントヒル”間近まで肉薄したローズだったが、忽然と現れた人影を避けた勢いで車は横転、ローズは気を失う。
 目醒めたとき、助手席に座っていたはずのシャロンの姿が消えていた。ローズは我が娘の姿を捜し求めて、徒歩でサイレントヒルへと足を踏み入れる。降りしきる灰によって覆われた世界は完全に廃墟と化していて、人の気配はない。
 シャロンらしき人影を瞥見し、懸命に追ったローズは、地下街に迷い込むその直前に、何処からともなく高らかに響きわたるサイレンの音を聴いた。廃墟のはずのこの街の何処から、と怪訝に思いながらも娘らしき影を追って地下街に入り込んだローズが遭遇したのは――奇声を上げながら迫り来る、異形の集団であった。掴みかかる集団から必死に逃げ続けるが、ボーリング場の廃墟に飛び込んだところで、ローズはふたたび意識を失った。
 気づいたとき、異形の者たちの姿はなく、不気味な気配も消えていた。単独ではどうしようもない、と悟ったローズはいったん車に戻り、その場を離れようとする。だがそこへ、彼女を追っていた婦人警官・シビル(ローリー・ホールデン)が現れた。ローズを追跡中に転倒した彼女は傷を負っていたが、かつて廃坑に侵入し子供を突き落とした男を捕まえた経験から、夜中にひとりで子供を連れ回していたローズに疑惑の目を向け、逃走の恐れありとして手錠をかけたうえで所轄署へ連行しようとした。
 ――だが、ふたりはサイレントヒルを出ることは出来なかった。何故なら、ふたりがやって来たはずの道は忽然と途切れ、深い霧と断崖絶壁が行く手を阻んでいたのだ……

[感想]
 スタッフ一覧にも記したとおり、原作は大ヒットとなり、現時点で4作まで発表されているゲーム・シリーズである。生憎私は遊んだことがないのだが、その臨場感、恐怖感の演出についての評判は耳にしていた。
 そんな人気作品の映像化に挑んだクリストフ・ガンズはフランスの映画監督である。数年前に製作した『ジェヴォーダンの獣』は従来のフランス映画の枠を逸脱する娯楽性とアクションの迫力、そして優れた芸術性により好評を博し、当時のフランスでNo.1ヒットとなり、日本でもかなりの興収を上げた作品であった。そんな彼が手懸けただけに、娯楽性についてはある程度確保しているだろうことは信じていたが、一方で、ホラーとしてはどうなのか、ひいては映画としてどうなのか、については疑問符をつけていた。娯楽性・芸術性は高い一方で、ストーリーテリングの技術には難を抱えている、というのが私の受けた印象だったのである。
 しかし、どうやら杞憂であったようだ。本編は『ジェヴォーダンの獣』以上に優秀な娯楽作品に仕上がっている。
 ホラー映画としては正直弱い。BGMを排し僅かな効果音だけで場面を構成し、気配を漂わせることで恐怖を煽る手法は巧みだが、肝心の“恐怖の対象”が出没する瞬間が全般に説得力に乏しいのだ。BGMで脅かしたり横から急に何かが飛び出してくる、という安易な方法に逃げていないことは評価できるのだが、肝心の現象が必ずしも恐怖を招かないのでは物足りない。
 だが、ゲームの世界観を映像に取り込む、という見地からはほぼ完璧と言っていい仕上がりだ。原作のファンでもあるという監督の「解ってますよ」と言わんばかりの演出、表現が実に堂に入っている。
 まず、視点がかなり明確に規定されている点が挙げられる。カメラアングルはちかごろのアート系作品やアクションものにあるような自由自在な動きを示しているが、基本的にヒロインであるローズの視点を中心にし、中盤までは他に夫クリスの視点が展開する程度で、ほとんどぶれがない。それ故に、観ている側はまさにゲームを遊んでいる感覚で、ローズに感情移入がしやすい。終盤はローズのいない場面も描写されるが、この辺もゲームのお約束をなぞっていると言えよう。
 この、ゲームのお約束の踏襲、という点での仕掛けや遊び心も楽しい。鏤められたヒントを頼りに娘の居所を捜し求める様子、そうして辿り着いた廃屋での探索の手順など、『バイオハザード』を筆頭とするサバイバル・アドベンチャー・ゲームの文法を映画の中で見事に再現している。役目を終えたアイテムが、唐突に使用不能になるあたりなど、そのお約束っぷりに思わず笑ってしまうくらいだ。特殊な行動性質を持つ敵キャラや仕掛けをかいくぐるくだりなど、ゲーム的であるがそれ故に解り易い緊張感が横溢し、観ている側の目を釘付けにする。
 特に秀逸なのはそのヴィジュアル感覚である。ローズ視点での灰に覆われた白っぽい画面から闇に侵蝕され煉獄のような熱さを帯びた世界と、クリス視点での焦げついたような、しかし如何にも現実的な生々しさのある映像との対比の巧みさ、異形の者たちの徘徊する状況から静謐な廃墟に回帰する際の映像のグロテスクな美しさ。何よりクライマックスにおける実験的な画面作りと、最後の惨劇の荒唐無稽だが目を惹きつけずにおかないインパクトが素晴らしい――年端もいかない子供が観ればトラウマとなりそうな、そしてだからこそすれっからしのホラー映画好きとしては歓声を上げたくなるような強烈な地獄図絵が展開する。
 基本的にローズの視点でしか物語っておらず、目的を我が子シャロンの救出と自らの生還に絞っているため、説明不足に陥っている箇所も少なくない。何故サイレントヒルがこうした状態に陥っているのかの説明が足りず、またその契機となった街の成立背景についても多くの疑問が残る。何より、どうしてローズたちを待ち受けていた結末があんな形になったのか、疑問に思う向きもあるだろう。
 だが、疑問は残れど、それ以前から丹念に伏線を張っているので、こういう風に収まってしまう可能性を観客に予感させているため、収まりは悪くない。寧ろハリウッド作品にありがちな、予定調和のハッピーエンドに陥らず、あるべき結末に辿り着いた印象があるので、その薄気味悪さがまた好もしいのだ。
 一緒に鑑賞した人物は続編の可能性を示唆していたが、しかし私はここで終わってもいいのでは、と思う。ゲームのような同調感を観客に齎し、緊張感と強烈なカタルシス、そしてホラーらしくまとわりつくような厭な余韻を留める結末まで、優れたクオリティを示した娯楽作品である。あまり期待しないよう心懸けていただけに、この収穫は非常に嬉しかった。

(2006/07/10)


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